分子細胞生物学

分子細胞生物学 · 25

原核・真核生物における翻訳開始;真核生物翻訳の調節;eIF2αリン酸化の役割

Initiation of the translation in pro- and eukaryotes; regulation of eukaryotic translation; the role of phosphorylation of eIF2α

🧠 の核心は「正しいを確立するために、を正確にへ配置する」という1点に尽きる。 原核生物は「・ダルガーノ配列+」で直接位置を指定する一方、真核生物は「5′キャップから始めてまでスキャンする」という探索方式を取る。そしてeIF2αのリン酸化は、装置そのものを「使い捨てにする」ことでストレス時に翻訳を全面停止させる、細胞の緊急ブレーキとして機能する。

翻訳開始の基本原理

翻訳の第一段階(開始、initiation)では、小・大が、にMet-tRNA()がリボソームに正しく位置づけられたmRNAの周りに組み立てられる。AUGコドン()は大部分のmRNAでとして機能する。の重要な側面は、mRNA全体の正しいを確立することであり、これはの正確な位置決めによって得られる。

原核生物・真核生物ともに2種の異なるtRNAを持つ:

tRNA 機能
tRNAiᴹᵉᵗ(開始tRNA) をに取り込むことができる——に結合し翻訳を開始できる唯一のtRNA(他の全てのtRNAはA部位に結合する)
tRNAᴹᵉᵗ(tRNA) 成長中のタンパク質鎖(A部位)にのみを取り込むことができる

→ (tRNA合成酵素)が両方のtRNAにを与える。

⭐ : =mRNAに結合、大サブユニット=ペプチド結合形成を担う(A+P+E部位)(24-the-structure-of-prokaryotic-and-eukaryotic-ribosomes-the-ribosome-cycle-binding参照)。

原核生物における翻訳開始

原核生物で翻訳を開始するtRNAに関して重要なのは、N-が結合される点である——これが最初のアミノ酸となる。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='small subunit'>小サブユニット</span>(30S)がIF1+IF3に結合"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='small subunit'>小サブユニット</span>がmRNA+IF2(GTP結合)+fMet-tRNAと結合"]
  B --> C["30S<span class='jp-term jp-term-diagram' title='initiation complex'>開始複合体</span>形成(最初のアミノ酸=N-<span class='jp-term jp-term-diagram' title='formylmethionine (fMet)'>ホルミルメチオニン</span>)"]
  C --> D["IF1・IF3が放出"]
  D --> E["大サブユニット(50S)が動員される"]
  E --> F["IF2がGTPを加水分解→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='conformational change'>構造変化</span>→IF2放出"]
  F --> G["70S<span class='jp-term jp-term-diagram' title='initiation complex'>開始複合体</span>の形成"]
  1. (30S)が開始因子(IF)1+3に結合する
  2. がmRNAをIF2(GTPと結合)+とともに結合する→30Sの形成(最初に付加されるアミノ酸はN-)
  3. IF1+IF3が放出される
  4. 大サブユニット(50S)が動員される
  5. IF2がGTPを加水分解し、を引き起こす=IF2の放出→70Sの形成

💡 原核生物がを見つける仕組み=・ダルガーノ配列。 真核生物のようにキャップからスキャンするのではなく、mRNA上のの数塩基上流にあるプリンに富む配列(・ダルガーノ配列、AGGAGGなど)が、16S rRNAの3′末端側にある相補配列(アンチSD配列。16S rRNAの3′末端は5′-…A-C-C-U-C-C-U-U-A-3′で、このA-C-C-U-C-Cの部分がmRNA側のを認識する)とすることで、30Sサブユニットがその場に直接載る1。これによりがに直接位置づけられる。原核のmRNAは複数のシストロンそれぞれにSD配列を持てるため、1本のmRNAから複数の蛋白を独立に翻訳できる(ポリシストロニック)——スキャン方式の真核生物が原則1本のmRNAから1種の蛋白しか作れないのと対照的である。

真核生物における翻訳開始

1) リボソームの解離

前回の翻訳からのリボソーム解離——サブユニットはeIFが(40S)へ結合することで引き離された状態に保たれる。

2) 43S前開始複合体の形成

前は、eIF(1、1A、3)を伴う40SサブユニットがeIF5+と会合したときに形成される。(tRNAiᴹᵉᵗ+GTP結合eIF2)が40Sサブユニットに結合し43S前を形成する。

タンパク質合成の制御点——eIF2αのリン酸化

  • はeIF2がGTPと会合したときにのみ形成され、tRNAiᴹᵉᵗはGTPがeIF2と会合したときにのみ結合される
  • 細胞がストレス下にあるとき、eIF2のα-のリン酸化がを阻害する
  • リン酸化された複合体は結合したGDPをGTPと交換できない——eIF2がtRNAiᴹᵉᵗを結合できないため→タンパク質合成が起こらなくなる

💡 「交換できない」の実体は、eIF2Bという交換因子(GEF)の奪い合いである。 eIF2はGTPを自力では持ち替えられず、eIF2BというにGDP→GTPを入れ替えてもらう。Ser51がリン酸化されたeIF2は、基質ではなくeIF2Bの剤になってeIF2Bの調節サブユニットに強く居座る2。細胞内でeIF2Bはリン酸化eIF2より少ないので、eIF2の一部がリン酸化されるだけで、リン酸化されていないeIF2の再生まで止まる——これが「1つの修飾で翻訳全体が落ちる」ことの仕組みである。

  • ストレスの種類ごとに別々のeIF2αキナーゼが担当する:=PERK、(ウイルス感染)=PKR、アミノ酸欠乏=GCN2、ヘム欠乏=HRI。入口は4つあるが、出口はeIF2αのSer51という1点に収束する(統合的ストレス応答)

⚠️ eIF2αのリン酸化はストレス応答の中心的な制御点である。 この単一の修飾がタンパク質合成全体をオン/オフする「マスタースイッチ」として機能する——ウイルス感染・アミノ酸欠乏・など様々な子がこの経路を介して翻訳を全体的に抑制しうる(67-endoplasmic-reticulum-stress-connection-between-the-unfolded-protein-response参照)。

⚠️ ただし「全面停止」ではない——一部のmRNAはこのとき翻訳が逆に上がる。 eIF2αリン酸化は全体の翻訳量を下げると同時に、ATF4のような特定のmRNAの翻訳を選択的に増やす。仕掛けはATF4 mRNAの5′にある2つのuORF(上流の小さな)である。非ストレス時はeIF2-GTPが潤沢なので、uORF1を訳し終えたリボソームはすぐ再充填されて手前の抑制的なuORF2で再開始してしまい、ATF4本体は訳されない。ストレス時はeIF2-GTPが乏しく再充填に時間がかかるため、リボソームはuORF2を読み飛ばしてATF4のコード領域で再開始する3。つまりこの制御点は「翻訳を止めるスイッチ」であると同時に、ストレス対応遺伝子だけを選んで通す関門でもある。

3) mRNA-eIF4複合体

43S前は5′(7-メチル、7-methylguanosine)キャップに結合する。mRNAは5′キャップとポリA尾部の両方を持つeIF4複合体に結合する——この結合により環状複合体が形成される。

4) 48S開始複合体の形成

43S前はmRNAに沿って滑りながら(スキャン)し、tRNAiᴹᵉᵗのが(AUG)を認識するまで続く。の認識→GTPの加水分解(不可逆的段階)→さらなるの停止→48Sの形成。

💡 「最初に出会ったAUGで止まる」わけではなく、周囲の配列(コザック配列)が採否を決める。 開始に最適な文脈は ACCATGG で、この範囲の1塩基置換だけで産物量が20倍の幅で変わる。中でも支配的なのはAUGの−3位がプリンかどうかで、そこがピリミジンだと−1・−2・+4位の影響を強く受けるようになる4。文脈が弱いAUGはスキャンするリボソームに素通りされ(リーキースキャニング)、下流のAUGから翻訳が始まる——同じmRNAから長短2種の蛋白ができる仕組みの一つである。

5) 80S開始複合体の形成

大サブユニット(60S)の複合体への結合(eIF5による)により、多くの他のeIFが置換される。全てのeIFが複合体を離れると、大サブユニット(60S)と48Sが完全に結合し80Sを形成する(tRNAiᴹᵉᵗはにある)。

⭐ これは不可逆的な段階である——はmRNA全体が翻訳されタンパク質合成が終わるまで解離しない。

flowchart TD
  A["リボソーム解離:eIFが40Sサブユニットに結合し分離を維持"] --> B["43S前<span class='jp-term jp-term-diagram' title='initiation complex'>開始複合体</span>:40S+eIF1/1A/3+eIF5+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tRNAiMet+eIF2-GTP'>三者複合体</span>"]
  B --> C["mRNA-eIF4複合体:5'キャップ+ポリA尾部を介した環状化"]
  C --> D["48S<span class='jp-term jp-term-diagram' title='initiation complex'>開始複合体</span>:スキャンにより<span class='jp-term jp-term-diagram' title='start codon'>開始コドン</span>AUGを認識→GTP加水分解(不可逆)"]
  D --> E["80S<span class='jp-term jp-term-diagram' title='initiation complex'>開始複合体</span>:60Sサブユニット結合→他のeIF全て解離"]
  E --> F["伸長開始(不可逆、mRNA全体の翻訳終了までサブユニットは解離しない)"]

まとめ

  • は原核生物・真核生物ともにへのtRNAiᴹᵉᵗとmRNAの結合から始まるが、原核生物は・ダルガーノ配列と16S rRNA 3′末端のでを直接指定しを用いて30S→70S複合体を形成する1一方、真核生物は43S前がmRNAをスキャンし、コザック配列の文脈を手がかりにを選ぶ4という異なる方式を取る。
  • eIF2αのリン酸化は形成(GTP結合eIF2+tRNAiᴹᵉᵗ)を阻害することで全体を停止させる、ストレス応答の中心的な制御点である。その実体はリン酸化eIF2が交換因子eIF2Bをしてすることであり2、全体が下がる一方でuORFを持つATF4のようなmRNAはむしろ翻訳が上がる3。
  • 真核生物のは43S前→mRNA-eIF4環状複合体形成→48S(認識、不可逆)→80S(全eIF解離、不可逆)という段階を経る。
  • 80S形成後はがmRNA全体の翻訳終了まで解離しない、不可逆的なとなる。

出典

  1. 1.The 3'-terminal sequence of Escherichia coli 16S ribosomal RNA: complementarity to nonsense triplets and ribosome binding sites(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America・1974)大腸菌16S rRNAの3'末端配列はPyd-A-C-C-U-C-C-U-U-A(OH)で、そのA-C-C-U-C-C部分がファージmRNAのリボソーム結合部位に共通する配列を認識し、mRNA・30Sサブユニット複合体の形成に関与する閲覧 2026-08-22
  2. 2.Tight binding of the phosphorylated alpha subunit of initiation factor 2 (eIF2alpha) to the regulatory subunits of guanine nucleotide exchange factor eIF2B is required for inhibition of translation initiation(Molecular and Cellular Biology・2001)eIF2のα subunitのSer51がリン酸化されると、eIF2はグアニンヌクレオチド交換因子eIF2Bの競合阻害剤として働き、三者複合体の形成を妨げて翻訳開始を阻害する閲覧 2026-08-22
  3. 3.Reinitiation involving upstream ORFs regulates ATF4 mRNA translation in mammalian cells(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America・2004)eIF2リン酸化によるeIF2-GTP減少はATF4 mRNAの5'リーダーにある2つのuORFの使い分けを変え、非ストレス時に抑制的なuORF2で再開始していたリボソームがストレス時にはATF4本体のコード領域で再開始するため、全体翻訳が下がる中でATF4だけ翻訳が上がる閲覧 2026-08-22
  4. 4.Point mutations define a sequence flanking the AUG initiator codon that modulates translation by eukaryotic ribosomes(Cell・1986)真核リボソームの開始に最適な配列はACCATGGで、この範囲の点変異が産物量を20倍の幅で変える。-3位のプリンが最も強い決定因子であり、そこがピリミジンだと-1・-2・+4位の影響を受けやすくなる閲覧 2026-08-22