生命倫理学・医療倫理学

生命倫理学・医療倫理学 · 09

組織・臓器移植の倫理

Ethical Questions of Tissue and Organ Transplantation

🧠 全体像:移植医療の倫理は、臓器がに足りないという一点から派生する。不足は3つの局面で倫理問題を生む——①誰に配分するか(リストへの登載の公正さ)、②に侵襲を加えてよいか(無危害原則との衝突を「全体性の原則」と自発的同意でする)、③死者から臓器を得るのに同意は必要か(オプトイン対推定同意)。そして不足を市場で解決しようとする発想が、臓器売買という最も深刻な論点を生む。

移植医療の歴史と技術的到達点

時期 出来事
1667年 Jean-Baptiste Denysが動物からヒトへの輸血を行う。患者が死亡し、Denysは殺人罪で訴追された(無罪)。相次ぐ死亡例を受けて多くの国がヒトへの輸血を禁じ、以後ヨーロッパでは長く行われなくなった1
第一次世界大戦 輸血が広く成功裏に行われるようになる
1920年代
1940年代
1960年代 腎・肝・

これらはもはや実験的方法ではなく、標準治療である。移植は必ずしも患者の生命を延ばすとは限らないが(腎移植など)、生活の質を大きく改善する。

⚠️ 移植医療には、他の医療にない固有の条件がある。倫理的問題を公開の場で議論することが、社会の信頼と支持のために不可欠であり、社会の信頼がなければ、どの国でも移植プログラムを運営することはできない。ドナーの善意に依存する医療だからである。

臓器を置き換える3つの理論的方法

方法 倫理的評価
人工臓器を使う 倫理的には最善(他人の身体を必要としない)。ただし現実に臓器機能を代替できているのはによる腎機能の代替に限られ、希少資源の配分という問題が生じる
遺伝子操作した動物の臓器を使う() 動物倫理・感染リスク・の問題を伴う
ヒトの臓器を使う(または者から) 現実の主流だが、以下で論じる倫理問題が集中する

配分の公正——透析と待機リスト

(ESRD)はまたは腎移植で治療できる。理想的には、慢性の40〜50%がに登載されるべきだとされるが、ヨーロッパの多くの国ではこの割合はもっと低い。

⚠️ リストへの登載を左右するのは、医学的要因だけではない。

  • 腎臓内科医が出来高払い(fee for service)でを得ている場合、患者をリストに載せない方向へのの動機が働きうる(移植されれば透析の収入が失われるため)。
  • 女性、マイノリティに属する患者、貧困層の患者は、リストに載る機会が少ない。

💡 これは「配分の公正」が、明示的な配分ルールの前段階、つまりそもそも誰が候補者として数えられるかという時点で既に崩れうることを示している。

国・地域による格差

のは人口100万人あたり約1000人とされるが、これだけのが治療を受けている国はどこにもない。日本と米国はカナダや西欧の約2倍の患者を治療しており、フランスやイタリアはアイルランドや英国の約2倍を治療している。1992年時点の東欧では、成功率が最も高い若年の原発性腎疾患患者のみが治療され、やSLEによる二次性腎疾患のは治療されなかった。国が豊かであるほど、透析を受ける患者が多い。

⚠️ ここに挙げた数値は1990年代前後のデータに基づく。現在の各国の透析・移植の実施率は大きく変化している可能性があるため、傾向(豊かな国ほど治療を受ける人が多い、地域差が大きい)として理解するのが安全である。

生体臓器提供の倫理

最も多い形は腎提供であり、を増やす方向の傾向がある。しかし生体提供には根本的な問題がある。

⚠️ 健康な人にを入れて臓器を取り出す行為は、「まず害をなすな(primum non nocere)」という原則に反するように見える。ユダヤ・キリスト教の伝統にはを禁じる戒めもあり、生体提供はその一形態ではないかという問いが生じる。

全体性の原則(principle of totality)

この問題を解くな論拠が「全体性の原則」である。

  • 狭い解釈:壊死した四肢を切除して人を救うことはに許されてきた——全体の機能のために身体の一部を犠牲にできる。
  • 広い解釈:自分の精神的・健康を守るために、自分の身体の一部を犠牲にできる(例:自分の子を救うため)。この拡張された解釈は教皇ピウス12世に帰される。

💡 つまり生体提供は、「他人のために身体を損なう行為」ではなく、「提供者自身の(精神的・)全体性を守る行為」として再記述することでされる。子を救えなかった親が負う精神的損害を考えれば、腎提供の身体的損失の方が小さいという理屈である。

生体提供の倫理的問題

ドナーとの関係はどこまで許容されるか。

  • 遺伝的なに限るべきか。
  • 情緒的つながりのある者(配偶者・友人)も認めるか。
  • 見知らぬ他人(stranger)からの提供も認めるか。
  • 特定の相手を指定した提供(directed donation)は認められるか。
  • 交換提供(criss-cross/ペア交換:AのドナーがBに、BのドナーがAに提供する)は認められるか。

自発的で強制のない同意という原則。

  • の問題:家族から「あなたが提供しなければ子が死ぬ」という圧力がかかる状況で、その同意は本当に自発的か。
  • の問題:が「あなたは適合ドナーです」と伝えること自体が、本人に道徳的な重荷を負わせる。知らなければ負わなかった責任を、医療者が作り出してしまう。この論点は「」——道徳的な立場が自分の統制の外にある事情に左右されるという問題——と関連づけて論じられる。なおこの語はBernard Williamsが1976年に導入したもので、Thomas Nagelの同題論文はWilliamsへの応答として書かれた(両者の名が並んで挙がるのはこのためである)。2
  • を欠く人(子ども、知的障害のある患者)は生体臓器提供に同意できるか。

⚠️ を欠く人からの提供は、本人に医学的利益がなく、本人の同意も得られないため、最も慎重な扱いを要する。代理人の同意だけで足りるとすれば、本人を他者のための手段として扱うことになりかねない。

死の概念と脳死

死亡判定の歴史

には、心拍と呼吸の停止が死の基準だった。中世には、生きたまま埋葬されることへの恐怖が広まった(大流行の時期には感染への恐れから遺体が十分に検査されなかった)。18世紀に最初の蘇生法が登場すると、逆に問題が生じた——心拍と呼吸の停止が死の証明にならないのなら、いつ死は確実になるのか。

1740〜1850年のヨーロッパでは死亡時刻についての不確実性が続き、生き埋めへの強い恐怖が社会に広がった(エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』などに表れている)。1850年以降、死亡判定はより確実になり、死体安置所の設置や、死亡から埋葬までに一定時間(48〜72時間)を置くことを求める法など、この恐怖を和らげる制度が整えられた。

脳死概念の成立

1967年に最初のが行われると、決定的な問いが生じた——心臓が動いているドナーは死んでいたのか。 この議論が、1968年のハーバード大学医学部特別委員会による判定基準(ハーバード基準)につながった。3

💡 つまり概念は、純粋な生理学的発見として生まれたのではなく、移植医療という具体的な必要に迫られて整備されたという歴史的経緯を持つ。この点が、概念に対するな疑念の一因にもなっている。判定の臨床的な基準そのものは終末期医療の倫理で扱う。

死者からの臓器摘出——同意は必要か

死者から移植目的で臓器を摘出するのに同意は必要か。3つの立場がある。

立場 内容
不要——臓器は公共財である 死者は害されえないのだから、同意は要らない
必要——オプトイン(積極的同意) ドナーカードなど、本人の明示的な同意があって初めて摘出できる
必要——推定同意(オプトアウト) 拒否の意思表示がなければ同意があったとみなす

臓器は公共財か

この立場の論拠は、①死者は害されうるのか、②同意なしの司法解剖が許されるのなら、なぜ同意なしの臓器摘出は許されないのか、という問いである。

⚠️ しかし今日の合意は、何らかの形の同意が必要だというものである。 議論の核心は「私たちは自分の身体の所有者なのか」という問いにあり、通常は完全な所有権ではなく——売買はできないが、その処分について決定する権利は持つ——として理解される。

オプトイン方式(積極的同意)

本人が明示的に同意していなければ臓器は摘出できないという方式である。米国では統一死体提供法(Uniform Anatomical Gift Act、1968年制定、1987年・2006年改訂)がこの枠組みを定め、ドナーカードがその手段になる。4 米国、カナダ、ドイツ、ニュージーランド、オーストラリア、日本、韓国など多くの国がこの方式を採ってきた。

オプトイン方式の倫理的問題:

  • 米国ではの臓器摘出を受け入れる意向のある人が50%いるのに対し、実際にカードを持つ人は20%にとどまるとされる。
  • この方式は臓器を無駄にする。
  • 最終的には遺族が決めることになり、本人の自己決定権が侵害される(本人がカードを持っていても遺族が拒めば摘出されない)。
  • 米国では1987年に「」——病院が遺族に臓器提供の意思を必ず尋ねることを義務づける法——が導入されたが、これにも問題があった(の只中にある遺族に尋ねる負担、形式的な照会にとどまる問題など)。

⚠️ 上記の「50%対20%」という数値は1990年前後の米国のデータに基づく講義の記述であり、現在の登録率はこれより高い。傾向(意向と登録のギャップが存在する)として理解するのが安全である。

推定同意方式(オプトアウト)

拒否の意思表示をしていない限り、の臓器摘出に同意していたとみなす方式である。2つの形がある。

形 内容
強い形(hard form) 拒否の記録がなければ摘出できる(遺族に尋ねる必要はない)
弱い形(soft form) 拒否の記録がなくても、遺族には尋ねなければならない

推定同意を採る欧州諸国として、弱い形ではスペイン・イタリア・ギリシャ・フィンランド・ノルウェー、強い形ではオーストリア・フランス・ベルギー・ハンガリーが挙げられることが多い。

ハンガリーは推定同意方式である。 拒否の意思表示は登録簿に記録され、移植コーディネーターが死亡時に本人が拒否登録をしていたか、また医学的な禁忌がないかを確認する。5 ハンガリーで学ぶのであれば、自国の制度がどちらの方式かは押さえておく必要がある。

⚠️ 国別リストは古くなりやすい。 制度は法改正で動くため、1990年代前後に作られた分類表をそのまま現状として読んではならない。少なくとも次の点は、旧来のリストと現状が食い違う。

  • イングランドは2020年5月20日にへ移行した。6 したがって英国をオプトインの例として挙げるのは現在では正しくない(ウェールズ・スコットランド・北アイルランドも別々の時期に同方向へ移行している)。
  • オランダは2020年7月1日に積極的ドナー登録制度へ移行した。7 18歳以上の全住民が登録簿に載せられ、照会に応答しない者は「異議なし」と記録される。
  • スイスは2022年5月15日の国民投票で拡大オプトアウト(推定同意)の導入を約60%の賛成で承認したが、2026年8月時点でまだ施行されていない。電子登録簿の運用開始が2027年第1四半期の予定で、制度そのものの発効はその約半年後とされている(国民が新制度を知り登録する期間を置くため)。8 つまり現時点のスイスは依然としてオプトイン国であり、旧来のリストがスイスを推定同意の「強い形」に分類しているのは制度実態と合わない。
  • イスラエルは推定同意国ではない。 本人の登録に基づくオプトイン制度を採り、2008年の臓器移植法で登録者に配分上の優先順位を与える仕組みを組み合わせている。9
  • デンマークは明示的同意(オプトイン)国として分類される。 一方スウェーデンは、遺族の同意を要しない推定同意国として分類されている。10

💡 したがって覚えるべきは国名の一覧ではなく、2方式の違いと、強い形・弱い形の区別、そして「分類は法改正で動く」という一点である。

推定同意の是非

flowchart TD
    A["推定同意方式"] --> B["賛成論"]
    A --> C["反対論"]
    B --> B1["最も多くの命を救える"]
    B --> B2["費用のかかる啓発キャンペーンが不要"]
    B --> B3["遺族に尋ねる必要がない<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='medical doctor'>医師</span>と急性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='grief'>悲嘆</span>にある遺族<br>双方の負担を避けられる)"]
    C --> C1["臓器を公共財とみなすことになる"]
    C --> C2["出発点の前提が誤っている<br>(沈黙は同意を意味しない)"]
    A --> D["倫理的な条件"]
    D --> D1["国民が法律の内容を知っていること"]
    D --> D2["国民が知らされていない場合は<br>弱い形の推定同意が望ましい"]

推定同意が倫理的に正当でありうるのは、国民がその法律の存在を知っている場合である。国民が十分に知らされていない状況では、弱い形(遺族に尋ねる形)の方が望ましい。は加盟国に推定同意法を提案してきた。

💡 反対論の核心は「沈黙は同意ではない」という点にある。登録簿の存在も知らずに亡くなった人について「同意していた」とみなすのは、同意という概念そのものをさせるという批判である。だからこそ「国民が法律を知っていること」が条件になる。

移植コーディネーターの役割

()が潜在的ドナーを報告することには実務上の困難がある(手間、遺族対応の負担、本来の業務との衝突)。移植コーディネーターの主な仕事は、のスタッフに移植プログラムへの参加を促すことである。

💡 そのためにコーディネーターは、移植施設の利益ではなく、の利益に焦点を合わせなければならない。移植を増やしたいという移植側の都合を前面に出せば、側の協力は得られないからである。

臓器売買をめぐる議論

世界的に移植可能な臓器の不足が深刻化しており、臓器の市場があれば十分な数の臓器が供給されるという主張がある。提案には、の臓器売買を認めるものと、より急進的に生体臓器提供の市場を認めるものがある。

売買を認める論拠

法律で何かを禁止する根拠は、①その行為が他者を害する、②その行為が行為者本人を害する、のいずれかである。しかし臓器を売ることで誰が害されるのか——臓器を買う人は利益を得るし、売る人は自分にとって最善と考えることを行っている。それを禁止するのはパターナリズムではないか、という論法である。

売買に反対する論拠

  • 臓器の「」を生む——貧しい国から豊かな国へ、貧しい人から豊かな人へ。
  • これは健康の再分配をもたらす(貧困層の健康を富裕層へ移すことになる)。
  • 貧しい人に、なお残された唯一のもの——自らの健康(臓器)——を売ることを許してはならない。

規制された市場という中間案

のない市場が容認できない帰結をもたらすことは、売買を認める側も認める。臓器ブローカーや者が儲け、ドナー本人は儲からない。また、疾患のあるドナーが病気を隠すため、移植される臓器の質が落ちる。そこで「された市場」が提案される——臓器の摘出は非営利組織のみが行える、委員会が個々の取引を許可する、売却を検討してから実行までに一定の期間(例:6か月)を置く、といった条件を付ける案である。

結論——国際的な規範

この講義のは、①人体は商品ではなく、その臓器を売ることは人体を貶める、②臓器市場は利他的な臓器提供を終わらせる、③臓器の質が低下する、というものである。

国際的な規範もこの方向で確立している。

  • 指導原則5(2010年、第63回世界保健総会決議WHA63.22で承認):細胞・組織・臓器の提供は無償かつ真に自発的でなければならない。本人・遺族・遺体を管理する者への支払いの申し出、ブローカーや者、直接の購入者による営利的な勧誘を禁じる。搾取・強制・支払いによって得られた臓器を用いた移植に、医療者は関与すべきでなく、保険者もそれを給付すべきでない。11
  • イスタンブール宣言(2008年、The Transplantation SocietyとInternational Society of Nephrologyが招集したサミット):を、力・強制・誘拐・詐欺・欺罔・権力の濫用・脆弱な立場の利用、または支払い・便益の授受によってドナーの支配を移転させ、移植のための臓器摘出によって搾取する目的で人や臓器を募集・輸送・移転・収容・受領することと定義し、移植のを、臓器を商品として扱う——売買される、または物質的利益のために用いられる——政策または慣行と定義した。12

⚠️ イスタンブール宣言は2008年版がそのまま現行版ではない。 2018年7月1日にマドリードで改訂版(2018 Edition)が公表され、これが現行版である。13 主な変更点は次のとおりで、2008年版の記述をそのまま現状として引かないよう注意する。

  • 6つの原則が11の原則に再編された。
  • 定義が拡張され、「」と「臓器摘出を目的とする人身取引」がより明確に区別された。
  • 「移植の」の独立した定義は、臓器売買の定義の中でより明確に扱われるようになったため削除された。したがって「イスタンブール宣言は transplant commercialism を定義している」という説明は2008年版についてのみ正しい。
  • 移植におけると、臓器提供におけるが新たに定義に加えられた。

💡 重要なのは、実費補償と臓器売買の区別である。イスタンブール宣言は、臓器提供に実際に要した費用の補償を認めており、2018年版はこれを「財政的中立性」——提供によって金銭的に損も得もしない状態——として概念化している。渡航費・入院費・休業損失の補填は「臓器の代金」ではない。

胚・胎児組織の利用

パーキンソン病やの治療を目的として、胎児組織を実験的に用いる試みがある。この組織はによって得られたものが用いられるため、次の懸念が生じる。

  • これはを増やす方向に働かないか。
  • 母体と胎児の商品化につながらないか。

独立性の原則(principle of independence)

胎児組織の利用が倫理的に許容されるのは、の動機が、胎児組織を得たいという願望から独立している場合である。をするという決定が、組織提供の話とはに、それ自体の理由でなされていなければならない。

⚠️ ここに固有のジレンマがある。胎児の母親のインフォームド・コンセントは必要か。

立場 問題
不要とする 本人の同意なく胎児組織を利用することになり、受け入れがたい
必要とする 同意を求める過程がの決定に影響を与えうるため、独立性の原則に反する

講義はこのジレンマの一つの解決として、から得られた胎児組織の利用を挙げている(の処置は母体の生命を守るために医学的に必要であり、組織を得る目的とは完全に独立しているため)。

無脳症新生児をドナーにできるか

移植可能な新生児の臓器が不足しているため、新生児の臓器を用いる提案がなされてきた。児は数週間のうちに死亡するが、脳幹機能が残っているためではない。そこで「この場合には別の死の定義を用いてよいか」という問いが生じる。

⚠️ この問いに「米国会(AMA)——yes」と答える資料があるが、それは現在のAMAの立場ではない。 確かにAMAの倫理・司法問題評議会(CEJA)は1994〜95年に、親の同意など一定の条件下で児の臓器を死亡前に用いることを認める意見を出した。しかし1995年12月の中間総会で、CEJAは「新生児のドナー利用——」という報告を提出してこの意見の適用を停止し、認めない立場へ戻した。の診断の正確性への懸念と、こうした新生児がどの程度の意識を持ちうるかについての理解が不十分であることが理由とされた。14

現行のAMA倫理綱領(Opinion 6.1.6)は、新生児について次のように定める。15

  • 死の判定ができる時点まで臓器の灌流と生存性を維持するために必要な人工呼吸などの医学的処置を行うことはできる。
  • 臓器の摘出と移植は、その死の判定がなされた後に限り、移植に関する倫理指針に従って行う。

💡 つまりAMAは最終的に、児にも通常のデッドドナー・ルールを適用する立場に落ち着いた。この提案に対してに向けられてきた批判——「これは死の定義に二重基準を用いることになり受け入れがたい」——は、まさにAMA自身が意見を引っ込めた理由と一致している。「AMA——yes」という記述に出会ったら、それは1994〜95年の一時期の状態を指していると読む必要がある。

まとめ

  • 移植医療の倫理問題はすべて臓器の不足から派生し、その解決には社会の信頼が不可欠である。
  • リストへの登載は医学的要因だけで決まらず、体系や性別・人種・貧困による偏りが生じうる。配分の公正は「候補者に数えられるか」の段階で既に問われる。
  • 生体提供は無危害原則と衝突するが、「全体性の原則」の広い解釈(精神的・健康を守るため)と自発的同意によってされる。情緒的強制と道徳的医原病が同意のを脅かす。
  • 概念は1967年の初のを契機に、1968年のハーバード基準として整備された——移植という必要に迫られて生まれた歴史を持つ。
  • 死者からの臓器摘出には何らかの同意が必要という合意があり、オプトイン(米・独・日など)と推定同意(ハンガリーを含む欧州の多く)に分かれる。ただし国別の分類は法改正で動き、イングランド(2020年)・オランダ(2020年)は推定同意側へ移行した。推定同意が正当でありうるのは国民が法律を知っている場合に限られ、知られていなければ弱い形が望ましい。
  • 臓器売買は指導原則5とイスタンブール宣言(現行版は2018年改訂版)によって国際的に禁じられているが、提供に要した実費の補償は売買と区別される(2018年版のいう「財政的中立性」)。
  • 胎児組織の利用は「独立性の原則」(の動機が組織取得と独立していること)を条件とする。
  • 新生児については、AMAは1995年12月に死亡前の臓器摘出を認める意見の適用を停止し、現在は死の判定後に限るという通常のルールを適用する。

出典

  1. 1.The Strange, Grisly History of the First Blood Transfusion(Encyclopædia Britannica・2024)1667年にJean-Baptiste Denysが動物からヒトへの輸血を行い、患者の死亡と殺人罪での訴追を経て、多くの国がヒトへの輸血を禁じ、以後ヨーロッパで長く行われなくなったこと閲覧 2026-08-17
  2. 2.Moral Luck(Stanford Encyclopedia of Philosophy・2024)「道徳的運(moral luck)」という語がBernard Williamsによって1976年に導入され、Nagelの同題論文がWilliamsへの応答として書かれたこと閲覧 2026-08-17
  3. 3.A Definition of Irreversible Coma: Report of the Ad Hoc Committee of the Harvard Medical School to Examine the Definition of Brain Death(JAMA(ハーバード医学部特別委員会)・1968)1967年の初のヒト心臓移植を受けて、心拍のあるドナーの死をどう判定するかという議論から、脳死判定基準が初めて体系化されたこと閲覧 2026-08-17
  4. 4.Uniform Anatomical Gift Act(Uniform Law Commission(米国統一州法委員会)・1968)米国における臓器提供の法的枠組みが、本人の積極的な提供意思(donative intent)を基礎とするオプトイン方式であること(1968年制定、1987年・2006年に改訂)閲覧 2026-08-17
  5. 7.The Donor Act — active donor registration(Government of the Netherlands(オランダ政府)・2020)オランダの改正臓器提供法が2020年7月1日に施行され、18歳以上の全住民が登録簿に載せられ、照会に応答しない者は「臓器提供に異議なし」と記録される積極的ドナー登録制度へ移行したこと閲覧 2026-08-17
  6. 8.Organ and tissue donor register(Federal Office of Public Health FOPH(スイス連邦保健庁)・2026)2022年5月15日の国民投票で承認された拡大オプトアウト制度が、電子登録簿の2027年第1四半期の運用開始を経て、その約半年後に発効する予定であること(2026年8月時点で未施行)閲覧 2026-08-17
  7. 9.Israel's 2008 Organ Transplant Law: continued ethical challenges to the priority points model(Israel Journal of Health Policy Research・2018)イスラエルが本人の登録に基づくオプトイン制度を採り、2008年臓器移植法で登録者に臓器配分上の優先順位を与える仕組みを組み合わせていること閲覧 2026-08-17
  8. 10.Comparison of organ donation and transplantation rates between opt-out and opt-in systems(Kidney International(2023年にcorrigendumが公表されている)・2019)各国を明示的同意(オプトイン)国と推定同意(オプトアウト)国に分類した一覧——デンマークが明示的同意国、スウェーデンが遺族の同意を要しない推定同意国に分類されていること閲覧 2026-08-17
  9. 11.WHO Guiding Principles on Human Cell, Tissue and Organ Transplantation (WHA63.22)(World Health Organization(第63回世界保健総会決議 WHA63.22で承認)・2010)指導原則5——細胞・組織・臓器の提供は無償かつ真に自発的でなければならず、金銭の支払い・仲介業者による営利的な勧誘を禁じること閲覧 2026-08-17
  10. 12.The Declaration of Istanbul on Organ Trafficking and Transplant Tourism(The Transplantation Society および International Society of Nephrology(2008年イスタンブール・サミット)・2008)2008年イスタンブール・サミットで採択された初版における臓器売買(organ trafficking)と移植の商業化(transplant commercialism)の定義、およびこれらを禁じつつ、提供に実際に要した費用の実費補償は認めるという区別閲覧 2026-08-17
  11. 13.The Declaration of Istanbul on Organ Trafficking and Transplant Tourism (2018 Edition) Introduction(Transplantation(The Declaration of Istanbul Custodian Group)・2019)2018年7月1日にマドリードで公表された改訂版が現行版であり、6つの原則が11に再編され、定義が拡張されて「臓器売買」と「臓器摘出目的の人身取引」が区別され、「移植の商業化(transplant commercialism)」の独立した定義は臓器売買の定義に吸収されて削除され、移植の自給(self-sufficiency)と提供における財政的中立性(financial neutrality)が定義に加えられたこと閲覧 2026-08-17
  12. 14.The use of anencephalic neonates as organ donors(および背景報告 The Use of Anencephalic Neonates as Organ Donors—Reconsidered)(American Medical Association, Council on Ethical and Judicial Affairs・1995)CEJAが一定の条件下で無脳症新生児からの死亡前臓器摘出を認める意見を示したのち、1995年12月の中間総会で「再考(Reconsidered)」報告を提出してその適用を停止したこと、および理由が無脳症の診断の正確性への懸念とこれら新生児の意識水準についての理解の不足であったこと閲覧 2026-08-17
  13. 15.AMA Code of Medical Ethics, Opinion 6.1.6 — Anencephalic Newborns as Organ Donors(American Medical Association・2022)無脳症新生児からの臓器摘出は、死の判定がなされた後に限って認められること(別の死の定義を用いることは認めない)閲覧 2026-08-17