微生物学

微生物学 · 3/2

ウイルスの増殖。ウイルス生合成の分子基盤:産生感染

Propagation of viruses. Molecular bases of the biosynthesis of viruses: productive infection

🧠 ウイルスのは「吸着→侵入→→複製→組み立て→放出」の6段階の一本道であり、途中のは「genomeの型が何か」だけで決まる。 前トピックで整理したgenomeの分類(/、ss/ds、極性)がそのまま「mRNAを作るまでに何ステップ要するか」を決定する——この6段階のフレームに、ゲノム型ごとの複製戦略を当てはめて理解する。

ウイルスの培養法

ウイルスは絶対細胞内寄生体であるため、生きた細胞内でのみ培養できる。

培養法 特徴
マウス・ニワトリ・・サルなどを使用。例:新生マウスはA・B ウイルスの鑑別に使われた。現在は診断には用いられず、研究目的のみ
発育鶏卵での培養 製造に使用。実験動物より安価かつ簡便
現在最も用いられる増殖法。ヒト・の細胞を培養フラスコ/シャーレで培養する
  • には2種類ある。

    • :寿命が短い
    • :例として由来のHeLaが挙げられ、・・の回収に優れる

ウイルスの生合成

とは、宿主細胞のプログラムが切り替わり、宿主自身の物質の代わりにウイルスを産生し始めることをいう。感染性の子孫の産生(=ウイルスの複製)を特徴とする。

ウイルス複製サイクルの6段階

  1. 吸着:ウイルス表面タンパク質(など)が、の受容体や他の構造に結合する。

  2. 侵入:が細胞内に入る。

    • enveloped virus:エンベロープが細胞膜と融合し、capsidが細胞内に放出される
    • non-enveloped virus:で侵入する

    ⚠️ 「エンベロープあり=/なし=エンドサイトーシス」と1対1で対にしない。 実際にはエンベロープの有無にかかわらず、動物ウイルスの大半がエンドサイトーシスで取り込まれる——クラスリン依存性エンドサイトーシス、、/経由など複数の経路が使い分けられている1。エンベロープを持つウイルスでも、多くはまで運ばれてから低pHでを起こす(が典型)。細胞膜で直接融合して細胞質に入れるものは一部にとどまる。

  3. :細胞質でcapsidが分解され、ウイルス核酸が放出される。

  4. と複製

    • :感染したウイルス自身は検出できなくなる時期。感染ウイルスのタンパク質はすでに分解され、新しいウイルスはまだ産生されていない
    • ほとんどのウイルスは宿主酵素を用いて核内で複製し、ウイルスは細胞質で複製する
    • ウイルス核酸 → mRNAへ転写 → ウイルスタンパク質翻訳 → 合成されたポリペプチド鎖は早期タンパク質(early proteins、複製に関与)と後期タンパク質(late proteins、質)に分かれる → genomeの複製
  5. 組み立て(assembly):複製されたウイルスgenomeとcapsidタンパク質がし、新しいを形成する。

  6. 放出:は以下のいずれかで放出される。

    • 出芽:エンベロープは細胞膜・小胞体(ER)・から取り込まれる
flowchart TD
    A["吸着<br>Attachment"] --> B["侵入<br>Penetration"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uncoating'>脱殻</span><br>Uncoating"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nuclear translocation'>核内移行</span>・複製<br>Nuclear entry & replication<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='eclipse period'>暗黒期</span>)"]
    D --> E["組み立て<br>Assembly"]
    E --> F["放出<br>Release<br>(出芽 / <span class='jp-term jp-term-diagram' title='cell lysis (cytolysis)'>細胞融解</span> / <span class='jp-term jp-term-diagram' title='exocytosis'>開口分泌</span>)"]

ウイルスの複製戦略

genomeの型によって、mRNAを合成するまでの経路(=複製戦略)が異なる。

💡 ここでの分類は、いわゆるの考え方と対応する。 「genomeからmRNAまで何段階かかるか」を軸にウイルスを分ける発想は、1971年のボルティモアの提案に遡る2。現在は7群に整理される——I: dsDNA、II: ssDNA、III: dsRNA、IV: ssRNA(+)、V: ssRNA(−)、VI: ssRNA-RT(レトロウイルス)、VII: dsDNA-RT()。VI群とVII群はどちらも逆転写酵素を使う点で共通し、下の表で「レトロウイルス」と「」が別行に立っているのがこの2群にあたる(B型肝炎ウイルスはゲノムを持ちながら、を中間体として逆転写で複製する)。

genome型 複製の要点 複製部位 代表例
ssDNA 核内で複製。を鋳型とし、依存性ポリメラーゼを用いる 核 など
dsDNA 核内で複製し、宿主の通常のポリメラーゼを利用 核 など
複製に必要な因子をすべて自前で持ち、細胞質で複製 細胞質
不完全な鎖を持ち、まず修復されてから転写される 核 B型肝炎ウイルス
ssRNA(+) そのままmRNAとして使われる。ウイルスポリメラーゼは感染後に新規合成される 細胞質 など
ssRNA(−) を鋳型としてmRNAが合成される。自身の依存性ポリメラーゼをする 細胞質(を除く) など
dsRNA がmRNA合成に使われる。が自身のポリメラーゼをする 細胞質 など
レトロウイルス 逆転写酵素によりssRNAがdsDNAへ逆転写され、dsDNAがmRNAへ転写される。逆転写は細胞質で起こり、ウイルス特異的の合成は核内で行われる 細胞質+核 レトロウイルス科(など)

💡 ウイルスの複製産物は「1本の配列」ではなく、変異体の雲である。 依存性ポリメラーゼと逆転写酵素はをほとんど持たないため、1回の増殖から近縁の変異体集団が生じる——これをと呼ぶ3。株や免疫株が治療開始前から集団内に少数存在しうることが、抗ウイルス薬を単剤で使えない理由であり、・B型/の治療設計を規定している。逆に変異率をさらに上げて集団を破綻させる「誘発」という戦略もこの理解から生まれた。

まとめ

  • ウイルスは生きた細胞内でのみ培養でき、・発育鶏卵・(現在の主流、/)の3法がある。
  • とは、宿主細胞のプログラムがウイルス産生に切り替わり、感染性の子孫ウイルスが作られる過程である。
  • は吸着→侵入→→・複製(を含む)→組み立て→放出の6段階からなる一本道のである。
  • 侵入様式はエンベロープの有無で整理されるが(enveloped virusは、non-enveloped virusは)、実際にはエンベロープの有無を問わず大半のウイルスがエンドサイトーシスを経由し、の多くは内の低pHで融合する。放出様式は出芽・・のいずれかをとる。
  • 複製戦略(mRNAをどう作るか)はgenome型(ssDNA/dsDNA/ssRNA(+)/ssRNA(−)/dsRNA/レトロウイルス)ごとに異なり、複製部位(核 vs 細胞質)や必要な酵素(依存性ポリメラーゼ、逆転写酵素など)が変わる。
  • 早期タンパク質(複製関連)と後期タンパク質(質)の分業が、genomeの複製と粒子の組み立てを時間的に整理している。

出典

  1. 1.Virus entry by endocytosis(Annual Review of Biochemistry・2010)一部のウイルスは細胞膜を直接通過して細胞質へ侵入できるが、大半のウイルスはエンドサイトーシスによる取り込み、細胞質内の小胞輸送、エンドソームなどへの送達に依存する。取り込み経路にはクラスリン依存性エンドサイトーシス、マクロピノサイトーシス、カベオラ/脂質ラフト経由などがある。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Expression of animal virus genomes(Bacteriological Reviews・1971)動物ウイルスを「ゲノムからmRNAへ至る経路」によって類別する枠組み(のちにボルティモア分類と呼ばれる)を提唱した原著。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Viral quasispecies evolution(Microbiology and Molecular Biology Reviews・2012)RNAウイルスは近縁の変異体集団(変異体の雲=準種)として増殖・進化し、この変異体集団が表現型変異のリザーバーとなって適応を可能にする。ヒト免疫不全ウイルス・B型およびC型肝炎ウイルスの抗ウイルス治療戦略に直接影響し、変異率をさらに高めて集団を破綻させる致死的変異誘発という新しい治療設計も生んだ。閲覧 2026-08-26