医療心理学

医療心理学 · 03

人間の性と性の障害

Human Sexuality and Sexual Disorders

🧠 性の問題は「よくあるのに語られない」。だから診断の中身より前に、訊き方(許可を得て、中立に、の順で)が臨床の要になる。-TR の性機能不全はほぼ全て「6か月以上の持続」が共通の物差し。

性の問題が診療で語られにくい理由

性の問題は頻度が高い。米国の全国調査(NHSLS、18〜59歳)では、女性約43%・男性約31%が過去1年に何らかの性機能上の問題を報告した1。

⚠️ この43%/31%を「性機能不全の」として読まない。この調査は7項目の問題について2か月以上続いたかを訊いただけで、苦痛や機能障害の有無を要件にしていない。-TR の性機能不全は苦痛と6か月の持続を要するため、診断としてのはこれより大幅に低い。この数字は「訴えを持つ人がいかに多いか」を示す指標として使う。

診療で語られにくい理由は双方にある。

医療者側 患者側
訊くのが気まずい 打ち明けるのが気まずい
性の問題についての教育不足 「たいしたことではない」「そのうち消える」「もう慣れた」
頻度と重要性の過小評価 「年齢のせいだろう」「医学的な原因はない」「には解決できない」
時間がない/安全に話せる環境がない

ある米国調査では、回答者の71%が「は自分の性の問題を軽く扱うだろう」と考え、68%が「性の話題を持ち出せばを困らせてしまう」と心配していた2。国際調査でも、性の問題を抱える人がに相談する割合は低く、医療者側から訊かれた経験のある人はさらに少ない3。つまり沈黙の多くは、医療者の姿勢についての患者側の推測に由来する。訊かれなければ話されない。

💡 は性科学のである必要はない。自分のパートナー関係が完璧である必要も、患者と価値観を共有する必要もない。必要なのは良い聞き手であることである。

問診の進め方

の:広い話題から始め、徐々に具体的な質問へ。

  1. 許可を求める:「性についていくつか伺ってもよいですか?」「あなたとパートナーの性交渉がどのように行われているか、お話しできますか?」
  2. 許可が得られたら、短く・直接的で・分かりやすい質問をする
  3. 中立的な言葉を使い、専門的・非判断的な態度を保つ

項目:氏名・連絡先・婚姻状況・(カップルの)職業、問題の記述、これまでの治療、、勃起/マスターベーション、性についての背景質問、医学的既往、その他(性的指向、婚外関係)。

PLISSIT モデル

段階的に関与の深さを上げる枠組み4。

段階 内容
Permission(許可) 話してよいと伝え、話題化を許可する
LImited Information(限定的情報提供) 精神科的・医学的・な病歴を集め、性機能不全の評価に役立てる
SSpecific Suggestions(具体的助言) どの性の障害があり、何が寄与しているかを特定する
IT(集中的治療) 適切なへ紹介する

性反応周期

⚠️ 「Masters and Johnson, 1966」の名で欲求期・興奮期・期・解消期の4相が挙げられることがあるが、これは2つのモデルの混合である。Masters と Johnson の原著4相モデルは・平坦期(plateau)・期・解消期(resolution)であり、相を含まない5。欲求の概念を性反応に導入したのは Helen Singer Kaplan で、興奮期と平坦期を1相にまとめ、その前に欲求を置いた欲求・興奮・の三相モデルである6。つまり「4相」と言うなら平坦期が入り、「欲求」を言うなら Kaplan の三相になる。

モデル 相
Masters & Johnson(1966、原著) 興奮 → 平坦 → → 解消
Kaplan(三相) 欲求 → 興奮 →
Basson(循環モデル) 直線的でなく循環的。欲求は刺激に先立つとは限らず、反応として後から生じうる(responsive desire)

Basson の循環モデルは、特に女性で「欲求がないから異常」とは限らないことを示し、親密さの動機から始まって刺激→覚醒→欲求が現れる経路を記述する7。

性機能不全は周期の前3相のいずれかで生じ、解消期には生じない。ただし -TR は性機能不全をこの周期どおりには分類していない(下記)。周期は生理学の枠組み、診断名は臨床の枠組みで、一対一に対応しない。

性機能不全(DSM-5-TR)

-TR では性別ごとに診断名が整理されている。ほぼ全てに「6か月以上の持続」という期間基準がつく8。

⚠️ ICD-11 では性機能不全は精神疾患の章にない。ICD-10 は性機能不全を精神・行動の障害の章(F52)に置いていたが、ICD-11 はこれを新設の「性の健康に関連する状態」の章へ移し、身体的要因と心理的要因のどちらも同じ診断のもとで記述できる構成にした。ICD-10 と ICD-11 で置かれる章が違うので、どちらの版に基づく記載かを確認する。

領域 女性の診断 男性の診断
関心・欲求・覚醒 女性の性的関心・興奮障害:性行為・思考・出会い・手がかりに関する関心/興奮の欠如または低下 男性の障害:性的思考・空想・欲求の持続的な不足または欠如(6か月以上)
性交 性器‐/挿入障害:性交時の腟挿入の困難——性交時痛、痛みや挿入への恐怖・不安、性交時のの収縮(6か月以上) :パートナーとの性行為時に勃起を獲得または維持できない
:の遅延・低頻度・欠如、または感覚強度の低下(6か月以上) 早期():挿入後約1分以内、または本人が望む前のが持続・反復(6か月以上)
遅延:望むの達成が著しく困難または不能(6か月以上)

* 遅延とは50歳以上の男性でより多い。

補助的な記述子:か獲得型(acquired)か、か状況型(situational)か、軽度・中等度・重度。

の目安:-TR はの推計を10〜42%と幅のある形で記載し、この幅は問題の定義・期間・苦痛を要件にするかどうかで生じるとしている。約10%の女性は生涯にわたってを経験しないとも記載される8。性交時に反復する痛みを報告する女性は約15%1。

これらの数字は「症状を報告した割合」であって診断のではない。10〜42%という幅の広さ自体が、定義によって値が4倍動くことの表れである。臨床では数字ではなく「訴えの有無を訊いたか」が問われる。

原因

分類 例
器質的疾患 、末梢神経障害、動脈硬化、糖尿病、ホルモン異常
精神疾患 うつ病、不安症、心身症、精神病、症
薬剤の副作用 抗うつ薬、、ホルモン薬、利尿薬
関係性の問題 不良、疎遠化
その他の心理的問題 遂行不安、自他の性能力への不適切な期待、、過去の否定的経験、否定的自己像

⚠️ 慢性疾患は性生活に影響する——関節炎、糖尿病、がん、肥満、高血圧、腎疾患、、、変性疾患など。しかし慢性疾患や障害があっても性生活は可能である。「病気だから性の話は不要」という前提を置かない。

低強度の心理的介入

  • 教育とオープンな対話の支援(可能ならパートナー同席で):性的な欲求や好みはがあり時期で変わること/時間帯による活動性の/率直な対話と歩み寄りの重要性/の意味づけが男女で異なること/日常の性とメディアが描く性の違い/加齢に伴う自然な変化/「学習」の重要性(経験を開かれた態度で観察する)
  • Kegel 体操の推奨(を強化し、膀胱・腸を支え性機能に影響する)

性別違和(gender dysphoria)

まず用語を区別する。

用語 定義
自分が同一視するジェンダーの内的・個人的な経験。出生時に割り当てられた性別と一致することもしないこともある
誰に恋愛的・情緒的・性的に惹かれるか(異性愛・両性愛・同性愛など)。米国 NHSLS(1992年実施)では同性愛または両性愛と自己同定した割合が男性2.8%・女性1.4%1。より近年の調査では自己同定率が大幅に高く(若年層で特に)、この種の数値は調査年・質問文・世代に強く依存するので固定値として扱わない

性別違和は、経験され表現されるジェンダーと出生時に割り当てられたジェンダーとの著明な不一致が6か月以上続き、苦痛を伴うもの8。小児と青年・成人で基準が分けられている。

⚠️ 版による用語と位置づけの違いが大きい項目。

  • DSM-5-TR(2022):診断名と基準の構造は のままだが、用語が改訂された——「望むジェンダー(desired gender)」は「経験されるジェンダー(experienced gender)」へ、「natal male/female」は「出生時に男性/女性を割り当てられた人」へ、「異性への」は「な医療的処置」へ置き換えられた。基準の閾値は変わっていない
  • ICD-11(2022年発効):ICD-10 の「性障害(F64)」を廃し、「」として精神・行動の障害の章から外し、「性の健康に関連する状態」の章へ移した9。苦痛の存在は要件ではない(-TR の性別違和は苦痛・機能障害を要する)ため、両者は同義ではない

ICD-10 を現行として「性障害は精神疾患に分類される」と述べないこと。ICD-10 を運用している国はまだ多いが、最新の分類では精神疾患ではない。

  • 小児:別のジェンダーになりたいという願望、異性の服装や役割への強い好み、遊びの相手や玩具・活動の好みが生物学的性別と反対、自分の性器解剖への強い嫌悪など
  • 青年・成人:自分の一次/と経験されるジェンダーとの著明な不一致、他のジェンダーの性徴を得たい強い願望、他のジェンダーとして扱われたい願望、自分は他のジェンダーの典型的な感情・反応をもつという強い確信など

性的指向は障害ではない。同性愛は1973年に から、1990年に ICD から精神疾患として削除されている。性機能不全は性的指向にかかわらず治療できる。Kinsey 尺度は性的指向を連続体として捉える古典的なだが、単一次元で指向を表す枠組みには限界がある。

パラフィリア症群(DSM-5-TR)

とは別の概念である:(非定型な性的関心)そのものは診断ではなく、それが①他者の権利を侵害する形で行為に及ぶ、または②本人に臨床的に意味のある苦痛・機能障害を生じるときに初めてという診断になる8。この区別は で明示的に導入されたもので、-TR でも維持されている。

診断 内容
性器を見せることが性的興奮につながる
他者の性行為などを秘密裏に見ることが興奮につながる(“Peeping Tom”)
フェティッシュ対象(例:靴)
服装倒錯症 反対のジェンダーの服を着ることが興奮につながる
公共交通機関などで性器を他者に擦りつけることが興奮につながる
—
—
—

まとめ

  • 性の問題は高頻度だが語られにくい。障壁の多くは「は関心がない/気まずいだろう」という患者の推測にある。
  • 訊き方が本体:許可を求め、の順で、中立に。PLISSIT(許可→限定的情報→具体的助言→)で段階的に対応する。
  • 性反応周期の2モデルを混ぜない。Masters & Johnson (1966) は興奮・平坦・・解消の4相で欲求を含まない。欲求を加えたのは Kaplan の三相モデル。Basson は女性で循環的・反応的欲求を提唱。
  • DSM-5-TR の性機能不全はほぼ全て6か月以上の持続が基準。生涯型/獲得型、全般型/状況型、重症度で記述する。ICD-11 は性機能不全を精神疾患の章から「性の健康に関連する状態」へ移した(ICD-10 では F52)。
  • 慢性疾患があっても性生活は可能。性的指向は障害ではなく、性機能不全は指向にかかわらず治療できる。
  • 性別違和は版で扱いが違う。-TR は基準の閾値を変えずに用語を改訂(「経験されるジェンダー」「出生時に割り当てられた」「ジェンダー肯定的処置」)。ICD-11 は「性別不一致」として精神疾患の章から外し、苦痛を要件としない——ICD-10 の「性障害」と同義に扱わない。
  • ≠ :非定型な性的関心そのものは診断ではなく、他者の権利侵害または本人の苦痛・機能障害があって初めて診断になる。

出典

  1. 1.Sexual Dysfunction in the United States: Prevalence and Predictors(JAMA(著者 Edward O. Laumann, Anthony Paik, Raymond C. Rosen)・1999)米国全国調査 NHSLS(18〜59歳)で過去1年に何らかの性機能上の問題を報告した割合は女性約43%・男性約31%。苦痛の有無は要件とされていない。同調査で同性愛または両性愛と自己同定した割合は男性2.8%・女性1.4%、性交時に反復する痛みを報告した女性は約15%閲覧 2026-08-17
  2. 2.Survey Says Patients Expect Little Physician Help on Sex(JAMA(著者 Charles Marwick)・1999)米国の調査報告——回答者の71%が医師は自分の性の問題を軽く扱うだろうと考え、68%が性の話題を持ち出すと医師を困らせると心配していた閲覧 2026-08-17
  3. 3.Help-seeking behaviour for sexual problems: the Global Study of Sexual Attitudes and Behaviors(International Journal of Clinical Practice(著者 Edson D. Moreira, Gerald Brock, Dale B. Glasser ら)・2005)国際調査 GSSAB——性の問題を抱える人が医療者に相談する割合は低く、医療者側から性について訊かれた経験のある人はさらに少ない閲覧 2026-08-17
  4. 4.The PLISSIT Model: A Proposed Conceptual Scheme for the Behavioral Treatment of Sexual Problems(Journal of Sex Education and Therapy(著者 Jack S. Annon)・1976)性の問題への段階的対応枠組み PLISSIT(Permission/Limited Information/Specific Suggestions/Intensive Therapy)閲覧 2026-08-17
  5. 5.Human Sexual Response(Little, Brown(著者 William H. Masters, Virginia E. Johnson)・1966)性反応周期の原著4相モデル——興奮期(excitement)・平坦期(plateau)・オルガズム期・解消期(resolution)。欲求(desire)相は含まれない閲覧 2026-08-17
  6. 6.Hypoactive sexual desire(Journal of Sex & Marital Therapy(著者 Helen Singer Kaplan)・1977)性反応に「欲求(desire)」相を導入し、欲求・興奮・オルガズムの三相モデルへ再編した(性欲低下という概念の臨床的定式化)閲覧 2026-08-17
  7. 7.Using a Different Model for Female Sexual Response to Address Women's Problematic Low Sexual Desire(Journal of Sex & Marital Therapy(著者 Rosemary Basson)・2001)女性の性反応は直線的でなく循環的で、欲求は刺激に先立つのではなく反応として生じうる(responsive desire)という循環モデル閲覧 2026-08-17
  8. 8.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)(American Psychiatric Association・2022)性機能不全群・性別違和・パラフィリア症群の診断カテゴリーと、6か月以上の持続という期間基準、パラフィリアとパラフィリア症の区別閲覧 2026-08-17
  9. 9.Innovations and changes in the ICD-11 classification of mental, behavioural and neurodevelopmental disorders(World Psychiatry(著者 Geoffrey M. Reed, Michael B. First, Cary S. Kogan ら)・2019)ICD-11 における主要な変更——性別不一致を精神疾患の章から「性の健康に関連する状態」へ移したこと、身体的苦痛症の新設、複雑性PTSDの追加、パーソナリティ症の次元モデルへの転換、睡眠覚醒障害の独立章化閲覧 2026-08-17