医療心理学

医療心理学 · 04

うつ病と気分障害

Depression and Mood Disorders

🧠 うつ病の診断は「2週間・9症状のうち5つ以上・そのうち1つはか」。躁病は「1週間・3つ以上」。この数字の非対称を最初に固定すると、以降の分類が全部その派生として読める。

DSM-5-TR における気分障害の分類

は従来の「」という単一の章を(低い気分の相のみ)とおよび関連症群(低い相+躁/の相)に分けた。現行版の -TR(2022)でもこの二分と各エピソードのは変わっていない1。

(低い気分のみ) および関連症群(躁/も)
双極I型症(躁病+うつ)
症(単一エピソード/反復性) 双極II型症(+うつ)
持続性() 気分循環症(+軽度のうつ)
物質・医薬品誘発性および関連症
他の医学的疾患による 他の医学的疾患によるおよび関連症
他の特定される/特定不能の 他の特定される/特定不能のおよび関連症

⚠️ -TR で実際に変わったのは基準ではなく「何が診断として存在するか」。気分症群の各エピソード基準は のままだが、TR で次が加わった1。

  • が新しい診断として追加された。置かれるのはではなく「心的外傷および関連症群」の章である。から成人で12か月以上(小児・青年では6か月以上)が経過してもなお、故人への強い思慕・とらわれが持続し、・回避・情動的麻痺などを伴い、文化的規範を超える機能障害を生じるもの。正常なやと区別するための診断であり、「悲しみが長い」ことを病理化する枠組みではない
  • 「特定不能の気分症」が復活した(抑うつか双極かの判断を保留せざるをえない場面のため)
  • 自殺行動とが「症状コード」として記載できるようになった——診断名ではなく、併記して記録する枠組み
  • あわせて多数の疾患で本文(・危険因子・文化・性差の記述)が更新され、用語も改訂された

ICD-11 も遷延性症(6B42)を新設しているが、こちらはから6か月以上を要件とする。-TR は12か月、ICD-11 は6か月で閾値が違い、この差だけでの推計が変わる2。

単極性うつ病(大うつ病症)

疫学

⚠️ うつ病の「」として約5%と約15%の両方が流通しているが、これは矛盾ではなく別の指標である。どちらか一方を「うつ病の」と書くと必ず誤りになる。

指標 意味 値
点/12か月 ある時点(または直近1年)に罹患している割合 成人で数%の水準。GBD 2019 のの推計もこの水準3
一生のうち一度は経験する割合 約15〜17%。米国 NCS-R では 16.6%4

「女性の4人に1人、男性の8人に1人」(=25%と12.5%)という言い方も見かけるが、これはを性別に割ったものであり、点と並べて書くと二重に混乱する。引用するときは必ず指標名と調査年を添える。

  • 性差:女性は男性の約2倍(文化差あり)。この2倍差はに固有で、にはない
  • 過小診断される——医療現場での認識が低い
  • 併存症:、身体疾患、他の精神疾患、そして遷延性症(-TR で独立した診断になった。と併存もしうるので、別立てで評価する)
  • 原因:と生物学的要因が相互に影響する

大うつ病エピソードの診断基準(DSM-5-TR)

A. 以下9症状のうち5つ以上が2週間以上続き、以前の機能からの変化を示す。うち少なくとも1つは①または②興味・喜びの喪失であること1。この基準は -TR で変更されていない(TR での変更は本文記述と用語にとどまる)。

# 症状
1 ——ほとんど1日中、ほぼ毎日(報告:悲しい・空虚・絶望的/他者の観察:涙ぐんで見える)
2 興味または喜びの著明な減退——すべてまたはほぼすべての活動で、ほとんど1日中、ほぼ毎日
3 食事制限をしていないのに有意な体重減少、または体重増加(1か月で体重の5%以上の変化)、あるいはほぼ毎日の食欲の減少または増加
4 ほぼ毎日の不眠または
5 ほぼ毎日の精神運動性のまたは制止(他者にで、単にな落ち着かなさではない)
6 ほぼ毎日の疲労感または気力の減退
7 ほぼ毎日の、または過剰・不適切な(的であることもある。病気であることへの自責ではない)
8 ほぼ毎日の思考力・集中力の減退、または決断困難
9 死についての反復的な思考(死の恐怖だけではない)、具体的計画のない反復的な、、または自殺の具体的計画

B. 症状が臨床的に意味のある苦痛、または・・その他重要な領域における機能の障害を引き起こす。 C. エピソードが物質または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

症状群を機能別に整理すると覚えやすい。

領域 症状
感情 悲しみ/、以前楽しめた活動への
認知 ・低い自尊心・過剰な、死や自殺の考え、記憶と集中力の低下
行動 引きこもり、精神運動の変化(動作が遅いなど)
身体機能 食欲の変化(も減食も)、睡眠障害(も起床困難も)、気力低下・疲労、精神運動性の/制止

💡 ICD には別の切り口がある。ただし ICD-10 と ICD-11 で構造が違う。

  • ICD-10(多くの国でなお実務に使われている):症状を(・興味と喜びの減退・気力の減少)と副症状(集中力低下、と、食欲低下、睡眠障害、活動性の低下、・など)に分け、その組み合わせで軽症・中等症・重症を決める
  • ICD-11(2022年1月発効):この中核/副症状の構造を廃止し、を感情・認知・自律神経(neurovegetative)の3にまたがる症状群として記述する。少なくとも1つは感情の症状であることを要する

⚠️ ICD-10 を「現行の ICD」として引かない。ICD-11 が現行版で、ICD-10 は移行期の実務として併存している——うつ病の症状分類はまさに両版で変わった箇所である。-TR の「9症状のうち5つ」とも一致しないので、どの分類の話かを必ず明示する。

躁病エピソード

疫学

  • 双極I型症の:約1%、男女比はほぼ 1:1(の約2:1と対照的)
  • 双極I型は「が1回」あれば診断できる(は必須ではない)
  • 双極II型:とうつのエピソード。の持続は4日以上(躁病は1週間以上)で、ここも数字が違う

躁病エピソードの診断基準(DSM-5-TR)

⚠️ 躁病の症状数を「5つ以上」と書いた記載を見かけるが、これは誤りである。の「9症状のうち5つ以上」と混ざったものと考えられる。-TR のは、気分の異常な高揚・またはと活動性/気力の増加が1週間以上(入院を要する場合は期間を問わない)続くことに加えて、症状は3つ以上——気分がのみの場合は4つ以上である1。

この症状数は (2013)から -TR(2022)で変更されていない。「3つ、のみなら4つ」で確定している。

1週間以上の/(+活動性・気力の増加)に加え、以下のうち3つ以上(のみなら4つ以上):

領域 症状
認知 自尊心の肥大または(特別な才能・力・能力があるという信念)/(重要でない刺激に注意が逸れる)/、または思考が競走する体験
行動 普段より多弁、しゃべり続けようとする/目標志向性の活動の増加(・・学業的・性的)または精神運動性の/苦痛な結果になる可能性の高い快楽的活動への過剰な関与(制御を欠いた買い物、性的無分別、愚かな事業投資)
生理 の減少(3時間眠れば休めたと感じる)

同様に、症状は苦痛・機能障害を引き起こし、他の精神/身体疾患や物質使用によるものではない。

うつ病の心理学的モデル

Seligman:学習性無力感

不能な電気ショックを与えられたイヌは、後に可能な状況に置かれても回避を試みなくなった5。Seligman はこれをと呼び、うつ病は「自分の人生を統制できない」と学習した状態と考えた。

Beck:認知三角と認知の歪み

抑うつでは——自己・世界・将来への否定的な見方——が中核になる6。ここからスキーマ→機能不全的態度→否定的が生じ、として現れる。

⚠️ の「個数」は文献間で一定しない(Beck 系の著作でも9〜15と幅がある)。9種か10種かという数字は覚える対象ではない。押さえるのは中身——、破局視、、、感情的推論、レッテル貼り、拡大/縮小視、心の、肯定の割引など——を患者の発言から同定できることである(一覧はパーソナリティ理論)。

Ellis:ABC モデル

うつの背景には共通したがある7。

flowchart TD
  A["A:出来事<br>Activating event"] --> B["B:信念<br>Beliefs(非合理的信念)"]
  B --> C["C:帰結<br>Consequence(感情・行動)"]
  B -. "<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cognitive distortion'>認知の歪み</span>で<br>偏っていると" .-> D["抑うつ的な帰結"]
  C --> D

要点は「A が直接 C を生むのではなく、間にある B が C を左右する」こと。だから介入点は B になる。

治療

区分 内容
薬物療法 抗うつ薬、
()と(IPT)がエビデンス最良
追加の選択肢 (季節性感情障害)//(ECT)——に

では、と薬物療法はいずれも有効で、両者の併用が単独より優れる8。

低強度の心理的介入(上のモデルに基づく)

  • 肯定的な経験に焦点を当てる
  • 定期的な運動
  • 段階的な法
  • 否定的の同定と、「標準的な質問」による

💡 背景要因・引き金・持続条件を明らかにすることが、治療の選択そのものを決める。

スクリーニングとオンライン予防

  • WHO-5: が開発した5項目の尺度。肯定的な表現のみで構成され患者に受け入れられやすく、短く適用が容易。でのうつ病スクリーニングで良好な検出率を示した910
  • ⚠️ スクリーニングは診断ではない。WHO-5 が陽性でも、診断には基準(2週間・5症状・機能障害・除外)の確認が必要である。またスクリーニング陽性者に有効な治療経路が用意されていない場において集団スクリーニングを行うことは推奨されていない
  • 軽症のうつ病にはオンライン自己管理ツール(誘導型セルフヘルプ)が選択肢になりうる。効果は治療者による伴走があるほど大きく、完全な自己完結型ではが高いという点に注意する

まとめ

  • =2週間・9症状のうち5つ以上(1つはか)/躁病=1週間・3つ以上(のみなら4つ)。この非対称が診断の骨格。躁病を「5つ以上」とする記載は誤り——の数字と混ざったもの。どちらの数字も -TR で変更されていない。
  • -TR(2022)が現行版。TR で変わったのはエピソード基準ではなく、遷延性症の追加(心的外傷および関連症群の章、成人で後12か月以上/ICD-11 は6か月以上)、特定不能の気分症の復活、自殺行動・の症状コード、本文と用語の改訂である。
  • は指標を区別する:点は成人で数%、は約15〜17%(NCS-R 16.6%)。「5%」と「15%」の食い違いはこの違いに由来する。
  • ICD-10 と ICD-11 で状の分類が違う。ICD-10 の中核/副症状の構造は ICD-11 で廃され、感情・認知・自律神経の3になった。ICD-10 を現行と断定しない。
  • は女性が男性の約2倍、双極I型は約1%で男女差なし。双極I型は1回で診断できる。は4日以上、躁病は1週間以上。
  • 心理モデルは Seligman(学習性)・Beck(認知三角)・Ellis(ABC:A→C ではなく B が媒介)の3本柱。
  • 治療は と IPT がエビデンス最良で、薬物療法との併用が単独より優れる。治療抵抗性には ECT、季節性には。
  • スクリーニングは WHO-5(5項目・肯定的表現)。軽症にはオンライン自己管理ツール。

出典

  1. 1.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)(American Psychiatric Association・2022)大うつ病エピソード(9症状のうち5つ以上・2週間以上・うち1つは抑うつ気分か興味喪失)と躁病エピソード(3つ以上、易怒性のみなら4つ以上・1週間以上)の診断基準、抑うつ症群と双極症群の一覧、および本文改訂版で追加された遷延性悲嘆症・特定不能の気分症・自殺行動と非自殺性自傷の症状コード閲覧 2026-08-17
  2. 2.Prolonged grief disorder in ICD-11 and DSM-5-TR: differences in prevalence and diagnostic criteria(Frontiers in Psychiatry・2024)遷延性悲嘆症の基準は DSM-5-TR が死別後12か月以上、ICD-11 が6か月以上を要件とし、この期間の違いにより有病率が異なること閲覧 2026-08-17
  3. 3.Global, regional, and national burden of 12 mental disorders in 204 countries and territories, 1990–2019(The Lancet Psychiatry(GBD 2019 Mental Disorders Collaborators)・2022)抑うつ症群の世界的な点有病率と、女性で男性の約2倍という性差閲覧 2026-08-17
  4. 4.Lifetime prevalence and age-of-onset distributions of DSM-IV disorders in the National Comorbidity Survey Replication(Archives of General Psychiatry(著者 Ronald C. Kessler ら)・2005)大うつ病の生涯有病率は約16.6%(米国)であり、点有病率(約5%)とは指標が異なる閲覧 2026-08-17
  5. 5.Failure to escape traumatic shock(Journal of Experimental Psychology(著者 Martin E. P. Seligman, Steven F. Maier)・1967)逃避不能な電気ショックを受けたイヌが、逃避可能な状況になっても回避を試みなくなる「学習性無力感」の実験閲覧 2026-08-17
  6. 6.Cognitive Therapy of Depression(Guilford Press(著者 Aaron T. Beck, A. John Rush, Brian F. Shaw, Gary Emery)・1979)抑うつの認知三角(自己・世界・将来への否定的な見方)と、認知療法の技法(否定的自動思考の同定と再構成)閲覧 2026-08-17
  7. 7.Reason and Emotion in Psychotherapy(Lyle Stuart(著者 Albert Ellis)・1962)ABC モデル——出来事(A)が直接に帰結(C)を生むのではなく、その間にある信念(B)が帰結を左右するという論理情動行動療法の枠組み閲覧 2026-08-17
  8. 8.A network meta-analysis of the effects of psychotherapies, pharmacotherapies and their combination in the treatment of adult depression(World Psychiatry(著者 Pim Cuijpers, Hisashi Noma, Eirini Karyotaki ら)・2020)成人うつ病では心理療法・薬物療法とも有効で、両者の併用が単独より優れる(急性期治療のネットワークメタ解析)閲覧 2026-08-17
  9. 9.Identifying depression in primary care: a comparison of different methods in a prospective cohort study(BMJ(著者 Verena Henkel, Roland Mergl, Ronny Kohnen ら)・2003)プライマリケアでのうつ病スクリーニングにおいて WHO-5 が良好な検出率を示したこと閲覧 2026-08-17
  10. 10.The WHO-5 Well-Being Index: A Systematic Review of the Literature(Psychotherapy and Psychosomatics(著者 Christian Winther Topp ら)・2015)WHO-5 は5項目・肯定的表現のみで構成され、抑うつのスクリーニング尺度として妥当性が高いという系統的レビュー閲覧 2026-08-17