医療心理学

医療心理学 · 05

不安と身体疾患

Anxiety and Medical Illnesses

🧠 不安そのものはで、最適水準では成績を上げる(逆U字)。病的になるのは「危険がない/不釣り合い」「慢性・非合理」「回避を生む」とき。診断名は“何を恐れるか”で分かれ、だけは“発作そのものを恐れる”という入れ子構造になる。

恐怖と不安、そして適応的な不安

対象 知覚されたへの瞬間的反応 特定の差し迫ったがない、より全般的な恐れ

不安の利点:逆境や予期せぬ状況への対処を促し、最適水準では成績を高める。これが Yerkes–Dodson の法則——覚醒(不安)の強さと遂行成績は逆U字を描き、ある閾値までは成績が向上し、その後は低下する1。

⚠️ 不安が「問題」になるとき:①同定できる危険がない、または実際の危険に不釣り合い、②慢性・非合理的で通常の生活を妨げる、③・絶え間ない心配・集中力と記憶の困難を引き起こす。これらの特定の現れ方がである。

危険因子:生物学的(遺伝、脳内生化学の変化)と心理的(乏しい対処、)。

:を「約6〜10%」とする記載も見かけるが、欧州の推計では12か月が約14%で、精神疾患のなかで最も頻度が高い群である2。女性で男性より高い3。この14%は群としての12か月であり、個別診断(・など)の値ではなく、またでもない。

DSM-5-TR の不安症群

⚠️ の重要な再編:(OCD)と症(PTSD)は、もはやには分類されない4。OCD は「」、PTSD は「心的外傷および関連症群」という独立した章へ移された。-TR(2022、現行版)でもこの章立ては同じで、の各も TR で変更されていない。

ICD-11 でも同様の分離が行われているが、区分の切り方は と一致しない。ICD-11 は「不安または恐怖関連症群」「または関連症群」「ストレス関連症群」を別章に置き、さらに ICD-11 には に対応する診断がない「 PTSD(complex PTSD)」がある(後述)5。ICD-10 は OCD も PTSD も「神経症性障害、ストレス関連障害および(F4)」という一つのまとまりに置いていた——ICD-10 を現行として引かない。

診断 中核
言語能力の欠如ではなく、特定の状況で話せない
愛着対象からの分離をめぐる、発達段階に不相応な不安。小児期に始まり成人期に及ぶことも
特定の対象・状況への恐怖・不安・回避
状況の回避
反復する+将来の発作への持続的懸念+な行動変化
公共交通機関、広い空間などの特定の公共空間での不安+回避
な事柄についての過剰で持続的な心配
物質・医薬品誘発性不安症 —
他の医学的疾患による不安症 —

限局性恐怖症

進化的起源をもつこともあるが、多くは学習される。治療はが有効6—— の技法で、リラクセーション法を教えたうえで段階的に曝露する(ヘビ恐怖なら 写真 → 動画 → イメージ → 実物)。

社交不安症

⚠️ を「屈辱を受けたり拒絶されたりすることへの恐怖ではなく状況を回避する」と記した記載があるが、意味が逆である。はまさに他者から精査され、恥をかき、屈辱を受け、拒絶されること(あるいは他者を不快にさせること)への恐怖が中核であり、回避はその恐怖の帰結として生じる。恐怖の対象が「他者からの否定的評価」である点が、やとの分かれ目になる。

  • 恐れる場面:見知らぬ人と会う、食事や飲酒を見られる、トイレに行く、人前で話す
  • 自分の不安症状がどれだけ見えているかを過大評価する
  • が不安を強化する——一見役立つように見えて維持因子になる
  • 事後の:終わった後に場面を繰り返し検討する

パニック症

の症状——13症状のうち少なくとも4つが突然に出現し、数分以内に頂点に達する4。この「13のうち4つ」は -TR でも変更されていない。

# 症状
1 、心悸亢進、または心拍数の増加
2 発汗
3 身震いまたは震え
4 感または息苦しさ
5
6 胸痛または胸部の不快感
7 または腹部の不快感
8 めまい、、頭が軽くなる感じ、または失神感
9 寒気または熱感
10 (感覚麻痺またはうずき感)
11 (非現実感)または(自分自身から離脱した感じ)
12 統制を失うことまたは「気が狂う」ことへの恐怖
13 死ぬことへの恐怖

の診断は、発作の反復に加えて次の一方または両方:

  • 追加の発作やその結果(統制を失う、心臓発作を起こす、気が狂う)についての持続的な懸念・心配
  • 発作に関連した有意な行動変化(発作を誘発する行動や不慣れな状況の回避)

💡 「パニック思考」=。生理的知覚を破局的に解釈し、自己観察が過剰になり、些細な症状に重大な意味を付与する。Clark の認知モデルでは、この誤解釈が身体症状をさらに強め、悪循環になる7。

flowchart TD
  A["引き金<br>(内的・外的)"] --> B["身体感覚<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='palpitations'>動悸</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='shortness of breath / breathlessness'>息切れ</span>・めまい"]
  B --> C["破局的な誤解釈<br>「心臓発作だ」「気が狂う」"]
  C --> D["不安・恐怖の増大"]
  D --> E["自律神経の活性化"]
  E --> B
  D --> F["回避・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='safety behavior'>安全確保行動</span>"]
  F -. "誤解釈が反証されず<br>維持される" .-> C

治療:(症状の現実的な意味づけ=破局視を打ち破る+回避の克服)、抗うつ薬、セルフヘルプ。

広場恐怖症

公共交通機関、広い空間などでの不安と回避。治療はとほぼ同じ+曝露。

全般不安症(GAD)

な事柄についての過剰で持続的な心配が、正常な機能を妨げ身体症状を引き起こす。心配が6か月以上、大半の日に存在することが前提で、そのうえで以下6症状のうち少なくとも3つ(小児では1つで足りる)を要する4。この「6のうち3つ」も -TR で変更されていない。

  • 落ち着きのなさ、緊張感、または過敏
  • 、または心が空白になること
  • 筋肉の緊張
  • 睡眠障害(入眠・睡眠維持の困難、または落ち着かない不満足な睡眠)

治療:リラクセーション、、薬物療法、長期的な支援。

不安と身体疾患

臨床上の要点は「不安症状を見たら身体疾患を除外する」こと。他の医学的疾患による不安症では、不安症状が身体疾患の生理学的帰結として生じる。

領域 疾患
内分泌 甲状腺機能亢進症、低血糖、症
心血管 、不整脈、肺塞栓症
呼吸器 喘息、肺炎
代謝 ビタミンB12欠乏
神経 腫瘍、脳炎、てんかん

物質・医薬品誘発性も忘れない——、、、物質離脱(、アルコールなど)、薬物治療そのもの。

⚠️ と心筋梗塞・肺塞栓・甲状腺機能亢進症は症状が重なる。「若い患者の胸痛だからパニック」と決めつけない。また不安症は他の精神疾患(など)としばしば併存する。

強迫症(OCD)

DSM-5 ではには分類されない4。

要素 内容
不安を引き起こす反復的・侵入的な思考。反復的な疑念(鍵をかけたか、テレビを消したか)/汚れや汚染への心配/誰かを傷つけるかもしれないという恐れ/冒涜的・不適切な思考/魔術的思考(ひび割れを踏むと恐ろしい結果になる)
による不安を中和するための反復行動・儀式。洗浄(手洗い・家の掃除)/確認(戸締まりや本の位置を何百回も)/反復(語や文の繰り返し)/緩慢さ(過度に慎重で几帳面)/溜め込み

治療:

  • ——が中核6。の源にに曝露しつつ、を行わないようにする
  • 認知療法:に対して、いつもの以外のより有効な応答を見つける
  • 薬物療法:SSRI(および clomipramine)。では抗うつ薬をうつ病より高用量・長期間(効果判定に8〜12週)用いるのが通例で、うつ病と同じ用量設計で「効かない」と判断しない
  • 、
  • ⚠️ 「最重症例では精神外科」という書き方は現在の実践に合わない。 と複数の薬物療法に反応しない重症例に対して、療法(DBS)や的な破壊術(前部破壊術など)が選択肢として残っているが、これは倫理審査を伴う高度専門施設での限定的な適応であり、標準治療の延長線上にある段階的選択肢ではない8

心的外傷後ストレス症(PTSD)

安全を脅かす、あるいはを抱かせる外傷的出来事の。症状が1か月以上持続し、物質や他の医学的疾患によらない4。

症状群 内容
持続的な 侵入的記憶、、、時の強い苦痛と身体反応
回避と麻痺 出来事に関連する場所・思考・感情・人の回避、離脱感と情動の空虚感
認知の陰性の変化 出来事の重要な側面を思い出せない、原因や結果についての歪んだ考え
と反応性の変化 、自己破壊的行動

⚠️ ICD-11 の PTSD は -TR と構造が違う。ICD-11 は PTSD を・回避・感の持続という3要素に絞り込み(-TR は4症状群)、さらに に対応診断のない「 PTSD(complex PTSD, 6B41)」を新設した。 PTSD は PTSD の3要素に加えて、情動制御の困難・否定的な自己概念・の持続的困難という「の障害」を伴うもので、反復的・長期的な外傷(小児期の虐待、監禁、)に典型的である。ICD-10 の「持続的パーソナリティ変化」に代わる枠組みでもある。

治療:

  • が第一選択——、、持続、EMDR など。トラウマをさせる思考・感情・状況へのと、歪んだ認知の修正を含む
  • 「薬物療法は二次的な抑うつ・不安のためにのみ用いる」という位置づけは現行ガイドラインと合わない。(、)およびは PTSD のそのものに対する有効性の根拠があり、推奨される薬物療法である9。ただしのほうが効果量が大きく、が利用できる場合はそれを優先する——薬物療法はが受けられない場合や患者が希望する場合の選択肢という順序になる
  • ベンゾジアゼピンは PTSD に推奨されない(有効性の根拠がなく、回復を妨げうる)

まとめ

  • 不安は本来で、Yerkes–Dodson の逆U字により最適水準で成績が最大になる。病的化の指標は「不釣り合い・慢性/非合理・回避を生む」。
  • /-TR では OCD と PTSD はではない(それぞれ独立した章)。ICD-11 も両者を別章に置くが区分の切り方は と一致せず、ICD-11 には PTSD がある。ICD-10(F4 に一括)を現行として引かない。
  • =13症状のうち4つ以上。は発作の反復+「発作そのものへの持続的懸念」または「な行動変化」。破局的誤解釈が悪循環を作る(Clark)。
  • を「屈辱・拒絶への恐怖ではなく」と記した記載は意味が逆。屈辱・拒絶・精査への恐怖こそが中核で、回避はその帰結。が不安を維持する。
  • は心配が6か月以上・大半の日+6症状のうち3つ以上(小児は1つ)。(・パニック・)と(OCD)が行動療法の柱。上記の症状数はいずれも -TR で変更されていない。
  • PTSD の薬物療法は「二次的な抑うつ・不安のためだけ」ではない。 とはに有効だが、が第一選択。ベンゾジアゼピンは推奨されない。
  • 不安症状を見たら身体疾患・物質を除外する——甲状腺機能亢進症、低血糖、不整脈、肺塞栓、B12欠乏、、離脱。

出典

  1. 1.The relation of strength of stimulus to rapidity of habit-formation(Journal of Comparative Neurology and Psychology(著者 Robert M. Yerkes, John D. Dodson)・1908)刺激(覚醒)の強さと学習・遂行成績の関係が逆U字を描き、最適水準を超えると成績が低下すること閲覧 2026-08-17
  2. 2.The size and burden of mental disorders and other disorders of the brain in Europe 2010(European Neuropsychopharmacology(著者 Hans-Ulrich Wittchen, Frank Jacobi ら)・2011)欧州における不安症群の12か月有病率は約14%であり、精神疾患のなかで最も高頻度の群であること閲覧 2026-08-17
  3. 3.Global, regional, and national burden of 12 mental disorders in 204 countries and territories, 1990–2019(The Lancet Psychiatry(GBD 2019 Mental Disorders Collaborators)・2022)不安症群の世界的な有病率推計と、女性で男性より高いという性差閲覧 2026-08-17
  4. 4.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)(American Psychiatric Association・2022)不安症群の一覧と各診断基準(パニック発作13症状のうち4つ以上、パニック症・広場恐怖症・全般不安症の基準)、および強迫症と心的外傷後ストレス症が不安症群から独立した章へ移されたこと閲覧 2026-08-17
  5. 5.Innovations and changes in the ICD-11 classification of mental, behavioural and neurodevelopmental disorders(World Psychiatry(著者 Geoffrey M. Reed, Michael B. First, Cary S. Kogan ら)・2019)ICD-11 における主要な変更——性別不一致を精神疾患の章から「性の健康に関連する状態」へ移したこと、身体的苦痛症の新設、複雑性PTSDの追加、パーソナリティ症の次元モデルへの転換、睡眠覚醒障害の独立章化閲覧 2026-08-17
  6. 6.The Efficacy of Exposure Therapy for Anxiety-Related Disorders and Its Underlying Mechanisms(Annual Review of Clinical Psychology(著者 Edna B. Foa, Carmen P. McLean)・2016)曝露療法が不安関連症群(恐怖症・パニック症・社交不安症・強迫症・PTSD)に有効であること、および強迫症では曝露反応妨害法が中核であること閲覧 2026-08-17
  7. 7.A cognitive approach to panic(Behaviour Research and Therapy(著者 David M. Clark)・1986)パニック発作は身体感覚を破局的に誤解釈することで生じ、その誤解釈が不安をさらに強める悪循環(パニックの認知モデル)閲覧 2026-08-17
  8. 8.Deep Brain Stimulation for Obsessive-Compulsive Disorder: Real World Experience Post-FDA-Humanitarian Use Device Approval(Frontiers in Psychiatry・2021)治療抵抗性強迫症に対する深部脳刺激療法の実臨床での位置づけ——高度専門施設に限られる限定的適応であること閲覧 2026-08-17
  9. 9.The Management of Posttraumatic Stress Disorder and Acute Stress Disorder: Synopsis of the 2023 U.S. Department of Veterans Affairs and U.S. Department of Defense Clinical Practice Guideline(Annals of Internal Medicine(米国退役軍人省・国防省)・2024)PTSD ではトラウマ焦点化心理療法を第一選択とし、薬物療法としてセルトラリン・パロキセチン・ベンラファキシンが中核症状に対して推奨される一方、ベンゾジアゼピンは推奨されないこと閲覧 2026-08-17