組織学

組織学 · 17.2

感覚器:耳

Sense organs — Ear

🧠 耳は「音を集める(外耳)→機械的に増幅する(中耳)→有毛細胞でに変換する(内耳)」という3段階の変換装置、と覚える。 さらに内耳の中で、蝸牛()が音(聴覚)を、(・・)が体の傾き・回転()を担当する——同じ「有毛細胞が機械刺激をに変える」という原理を、聴覚とという2つの異なる目的に使い回している点が耳の設計の本質。

外耳・中耳・内耳の3区分

flowchart TD
  A["外耳:耳介+外耳道、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='elastic cartilage'>弾性軟骨</span>を含む"]
  A --> B["鼓膜"]
  B --> C["中耳:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tympanic cavity'>鼓室</span>、耳小骨(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='malleus'>ツチ骨</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='incus'>キヌタ骨</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stapes'>アブミ骨</span>)"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oval window'>卵円窓</span>"]
  D --> E["内耳:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='osseous labyrinth'>骨迷路</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='membranous labyrinth'>膜迷路</span>"]
区分 主な機能
外耳 音を集音し鼓膜へ伝える
中耳 耳小骨(3つの小さな骨)の梃子作用により、空気中の振動を内耳のに効率よく伝える機械的増幅装置
内耳 機械的振動をに変換する感覚器(蝸牛=聴覚、=)

⭐ 耳小骨による増幅は、空気(低)から内耳(高)への振動伝達で生じるを補正するために必須——中耳が障害される(中耳炎など)と、この増幅機構が働かずを来す、という臨床的意義につながる。

内耳:骨迷路と膜迷路

内耳はのと、その中に浮かぶの二重構造からなる。との間は、の内部はで満たされる。

蝸牛とコルチ器

蝸牛はに巻いた管で、内部の()の基底膜上にという聴覚受容装置が存在する。

⭐ 蝸牛は「基底膜の力学的な勾配で音を場所に置き換える」周波数分析器()。 基底膜は蝸牛底(側)では幅が狭く硬く、蝸牛頂(先端)に向かって幅広く柔らかくなる。この勾配により高い周波数は底部で、低い周波数はで最大振幅を生じ、どの周波数がどの位置を揺らすかが決まる——上の位置と最適周波数の関係はほぼで表され、ヒト蝸牛にも生体の動物にも同じ形の関数が当てはまる1。の有毛細胞は自分の位置に対応する周波数だけを拾えばよく、周波数の情報は「どのが興奮したか」という場所の符号としてへ渡される。

構成要素 特徴
聴覚受容の主体。のの約95%がここに終わり、音を実際にへ変換するのはこの細胞
細胞膜のによる(膜電位に応じて伸縮)で基底膜の振動を能動的に増幅し、感度と周波数選択性を高める。はわずかで、代わりに蝸牛束からのを受ける
有毛細胞頂端の構造、アクチン芯(02-2-apical-specializationsで既出のと同じ構造)。とも呼ばれ、長さの順にに並ぶ
を覆うの膜。の最も長いの先端が埋まり込む一方、のはに付着せずの流れで屈曲する。基底膜の振動との相対運動(ずり運動)がを屈曲させる

💡 を屈曲させると開くのは「先端をつなぐ紐(tip link)」に引かれたチャネル。 隣り合うの先端と側面をつなぐ細い線維がtip linkで、その正体は上端側の23(CDH23)と下端側のプロト15(PCDH15)がそれぞれを作って端どうしで結合した線維である2。束が長い方へ傾くとtip linkの張力が上がり、下端にあるチャネルが開いての(主にK⁺)が流入し、有毛細胞が脱分極する。CDH23・PCDH15はいずれもヒトの遺伝性難聴(1型など)ので、「の1つが壊れると変換そのものが止まる」ことが難聴の分子的な説明になる。

💡 の増幅は、という1つのタンパクに帰着する。 はに特異的に発現するで、(ペンドリンなど)に似た配列をもちながら輸送はせず、膜電位の変化に応じて構造を変えて細胞の長さを変える3。の聴覚感度はこの機械的増幅により40 dB以上(100倍以上)高められており、を欠損させたマウスではのは保たれたままだけが失われ、蝸牛の感度が40〜60 dB低下する(でも約6 dB上昇)4。増幅の相手役がで、が上皮から離れたマウスではの感度が35 dB落ちる——はが力を及ぼす質量として働いている5。

💡 蝸牛の有毛細胞のは、精巣上体上皮(02-2-apical-specializations、14-2-excretory-ducts)のと同じアクチン芯構造をもつが、機能は全く異なる(の拡大 vs )——「同じ構造でも使われる文脈によって全く異なる役割を果たす」という生物学のの好例として対比しておくと記憶に残りやすい。

前庭器:平衡覚

構造 感知する運動 感覚装置
回転運動() :有毛細胞+(の膜)
・ ・(頭部の傾き) :有毛細胞+(のを含む)

💡 前庭の感覚上皮の有毛細胞は2型あり、向きが揃っていることが方向の情報になる。 フラスコ形でカップ状(杯状)の求心性終末にすっぽり包まれるI型と、円柱形でボタン状終末を受けるII型が、にもにも混在する。いずれの細胞も頂端に状の束と、その最も長い側に立つ1本の()をもち、束がの側へ傾くと脱分極、逆へ傾くと過分極する。蝸牛の成熟有毛細胞ではが失われるのに対し、前庭では残る点が対比になる。ではの向きがという帯を境に反転しているため、1つの斑の中で互いに逆向きの細胞集団が働き、どの方向の傾き・でも一部の細胞が興奮する。

⭐ =回転(動的平衡)、・=と(静的平衡)という感知内容の違いは、有毛細胞を覆う構造の違い( vs を含む)に対応する——の重さが・による膜のずれを増幅する仕組みだと理解すると、なぜ・だけにが必要なのかが分かる。

まとめ

  • 耳は外耳(集音)・中耳(機械的増幅)・内耳()の3区分からなり、中耳の耳小骨がを補正する。
  • 内耳はとの二重構造で、・で満たされる。
  • 蝸牛のは内・のとの相対運動により音をに変換する。変換の実体は先端のtip link(CDH23+PCDH15)に引かれるチャネルで、はによるで40 dB以上の増幅を加える。
  • 基底膜は底部で狭く硬くで広く柔らかいため、高音は蝸牛底、低音は蝸牛頂を最も強く揺らす()。
  • は(回転、)と・(・、)でを担う。

出典

  1. 1.A cochlear frequency-position function for several species--29 years later(The Journal of the Acoustical Society of America・1990)蝸牛の基底板上の位置と最もよく応答する周波数の関係は、ほぼ指数関数で表される。ヒト死後蝸牛のデータにも生体動物(ネコ・モルモット・チンチラ・サル・スナネズミ等)のデータにも同一形の関数が当てはまり、上限周波数を決めるパラメータ1つを種ごとに調整すればよい閲覧 2026-08-24
  2. 3.Prestin is the motor protein of cochlear outer hair cells(Nature・2000)外有毛細胞に特異的に発現するプレスチンは、ペンドリンなど硫酸/アニオン輸送体に類似した膜タンパクで、これを発現させたヒト腎細胞にも膜電位依存性の形態変化と非線形容量(ゲーティング電流)が生じることから、外有毛細胞の電気運動性の実体(モータータンパク)と同定された閲覧 2026-08-24
  3. 4.Prestin is required for electromotility of the outer hair cell and for the cochlear amplifier(Nature・2002)哺乳類の聴覚感度は外有毛細胞による機械的増幅で40 dB以上(100倍以上)高められている。プレスチン欠損マウスでは外有毛細胞の機械電気変換は保たれたまま電気運動性が失われ、蝸牛の感度が40〜60 dB低下する。ヘテロ接合体では電気運動性が半分になり閾値が約6 dB上昇する閲覧 2026-08-24
  4. 5.A targeted deletion in alpha-tectorin reveals that the tectorial membrane is required for the gain and timing of cochlear feedback(Neuron・2000)α-tectorin欠損マウスでは蓋膜が蝸牛上皮から離れコルチ器の構造は保たれるが、基底板の感度が35 dB低下する。野生型の基底板応答にみられる第二の共鳴が失われることから、蓋膜は外有毛細胞が力を及ぼす慣性質量として働き、増幅のゲインとタイミングを決めていると解釈される閲覧 2026-08-24