医療コミュニケーション

医療コミュニケーション · 13

緊張した敵対的な人とのコミュニケーション

Communicating with Tense, Hostile People

🧠 攻撃的な出来事は完全になくすことはできないが、頻度は大幅に下げられる。一部は状況に由来するが、一部は患者の状態や疾患の帰結だからである。だから予防が要る——組織レベル(リスク分析・リスク低減・安全方針・研修とその評価)と個人レベル(適切な)の両方。予防が足りなかったときは、早期の検出と適切な反応、そして怒りへの対応の4水準を使う。

医療従事者は、患者やその家族からの言語的な、さらには身体的な攻撃にしばしば直面する。攻撃を受けた側に生じる心理的帰結とバーンアウトは 医療心理学 14 のメンタルヘルスとバーンアウト が扱う。

攻撃的な出来事の二つの起源

緊張した敵対的な場面は、一つの原因から生じるのではなく、性質の異なる二系統の原因が重なって生じる。この区別が、予防にどこまで期待できるかを決める。

起源 内容 予防の可能性
状況に由来するもの 長い待ち時間・混雑・情報の不足・要求が通らなかったこと・軽んじられたという知覚・職員間で説明が食い違うこと 設計とで減らせる
患者の状態や疾患の帰結 ・せん妄・アルコールや薬物の影響・離脱・強い疼痛・低酸素・精神疾患1 減らせるが、完全には排除できない

⚠️ 攻撃的な出来事を完全に排除することはできない——後者の理由、すなわち疾患そのものに由来する攻撃性が残るからである。しかし適切な方法を用いれば頻度は有意に下げられる。したがって「起きたときにどうするか」だけでなく、予防的なアプローチが必要になる。

医療が危険な職場である理由

論点 内容
言語的攻撃 医療者の多数が経験する。臨床医の職業生活のなかでは例外ではなく、通常の出来事に近い2
身体的攻撃 言語的攻撃より少ないが稀ではない2
高リスクの場 3。精神科・老年科も高い
加害者 病院職員への暴力の大部分は、患者と面会者による Type II 暴力である1
臨床状態の関与 加害側の要因に、・アルコールや薬物の影響・疼痛・低酸素・せん妄が含まれる1

💡 頻度の高さと加害者の内訳は、そのまま対策の形を決める。加害者の大部分が患者と面会者であるということは、対策の主戦場が警備ではなく日常の診療と待合の設計にあるという意味である。

組織レベルの予防

方法 内容
リスク分析(組織的) どこで・いつ・どんな状況で攻撃が起きているかをする。フォーカスグループで職員の経験を集める
リスク低減 待ち時間・混雑・情報不足・動線・照明・出入口の設計を変える
安全方針 警備と通報の手順を定める。パニックボタン・個人用アラーム
苦情処理方針 不満を暴力以外の経路に流す仕組み。第4水準の「別の方法の提示」は、この方針があって初めて成り立つ
研修の開催とその評価 攻撃対応研修を行い、その研修が実際に効いたかを測る。研修の効果測定の枠組み自体が総説の対象になっている4

⚠️ 研修を「実施した」ことで終わらせると予防は進まない——効果を測らない研修は、内容が古くても不適切でも続いてしまうからである。組織レベルの方法には研修の評価まで含まれる。

💡 同じ構成は労働安全の公的ガイドラインにもある——経営の関与/職場のリスク分析/の予防と管理/安全衛生教育/記録とプログラム評価の5要素であり、多くの医療機関の好事例が予防の具体例として示されている5。組織的な暴力予防は医療固有の発明ではなく、労働安全一般の枠組みの医療への適用である。

個人レベルの予防——医師‐患者関係の要素

個人レベルの方法とは、要するに適切なである。‐患者関係の次の要素が、攻撃の起こりやすさを下げる。

要素 なぜ攻撃を減らすか
情報を与える 待たされる理由・見通し・次に起こることが分かればが減る(→ 05 治療のリスクを伝える)
敬意と対等な扱い 軽んじられたという知覚が攻撃の引き金になりやすい
傾聴と 不満が言葉として受け取られれば、行動に転化しにくい(→ 02 ‐患者面談)
性と一貫性 職員間で言うことが違うと不信と怒りを生む
患者の統制感 選択肢を示し、決定に参加させる

早期の検出

組織レベルと個人レベルの予防のいずれも攻撃を防ぐのに十分でなかった場合、早期の検出と適切な反応がとりわけ重要になる。早期検出の鍵は二つ——リスク分析と、高まる緊張の徴候を同定することである。

個人的リスク分析

組織的なリスク分析とは別に、いま自分が置かれている場面のリスクをその場で見積もる作業がある。

側面 例
患者側の臨床状態 ・せん妄・中毒・離脱・強い疼痛・精神疾患・低酸素1
既往 過去の攻撃的な出来事の記録
状況 夜間・単独勤務・長い待ち時間・悪い知らせを伝える場面・拘束や強制が関わる場面
場所 退路のない部屋・応援を呼べない場所
自分側 疲労・時間の圧力

⚠️ 自分側の状態を分析から外さない——疲労と時間の圧力は、こちらの語調と応答のを削り、攻撃の展開そのものに寄与するからである。

高まる緊張の警告徴候

緊張は一段で爆発するのではなく段階的に上がる。だから徴候は観察できる62。

領域 徴候
声 声量の増大・速さの増加・語調の硬化
身体 落ち着きのない動き・行き来する歩行・拳を握る・筋緊張・距離を詰める
視線 凝視、あるいは視線をまったく合わせない
言語 要求の反復・罵り・脅し・こちらの発言の遮り
文脈 要求が通らなかった直後・待たされた後・拒否を伝えた後

💡 検出の目的は「引き返せる段階で介入すること」である。緊張が段階的に上がるということは、早い水準で気づけば低い水準の方法で足りるということでもある。大多数の緊張した状況は、次に述べる第1・第2水準の方法で解決する。

避けるべき反応

避けるべきもの 理由
相手の感情を正当なものと認めず、事態の解決を相手に押しつける言い方(「落ち着いてください」型) 理解の欠如を示し、相手の感情を正当なものと見なしていないことを表し、さらに事態の解決をこちらが相手に期待していることを伝えてしまう
攻撃的に返すこと 緊張を上げるだけで、争点が本来の課題から離れる
服従的/受動的な 自分の立場を表明しないので問題は解決せず、要求の増大を招く
「すみません」と言うのを避けること 「すみません」の使用は責任を認めることを意味しない。緊張を効果的に下げられるので、この表現は使うことが推奨される

3つの反応様式

攻撃的に返すか、黙って受け入れるかの二択ではない。第三の道、すなわちアサーティブネスがある。それは、相手の視点を考慮に入れながら自分の立場を表明し、互いに受け入れられる解決を探すことを意味する。

様式 自分の立場 相手の視点 結果
攻撃的 主張する する 緊張の増大
服従的/受動的 主張しない 受け入れる 問題は残り、要求は増える
アサーティブ 主張する 考慮に入れる 相互に受け入れられる解決を探す

怒りへの対応の4水準

による解決には4つの水準がある。原則は下から順に上げていくことだが、状況が最初から著しく重い場合は途中から入る。

水準 名称 使う場面
第1水準 回避 緊張の初期。大多数の状況は第1・第2水準で解決する
第2水準 対決を伴わないアサーティブな反応 緊張が続くが、まだ罵りや脅しに至っていない
第3水準 対決を伴うアサーティブな反応 上の段階で不十分な場合、または最初から著しく重い場合(患者が罵り、脅しをかけているなど)
第4水準 苦情処理の別の方法を提示する 上記すべてにもかかわらず解決しない場合。統制を失いそうなとき・が迫っているときの出口
flowchart TD
  A["緊張の徴候を検出"] --> B["第1水準 回避<br>挑発に乗らない・話題をそらす"]
  B -->|大多数はここで解決| Z["緊張の低下・診療の継続"]
  B --> C["第2水準 対決を伴わない<br>アサーティブな反応<br>感情の承認・すみません・援助の視点"]
  C -->|大多数はここまでで解決| Z
  C --> D["第3水準 対決を伴う<br>アサーティブな反応"]
  D --> D1["状況の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='objective'>客観的</span>記述<br>一人称で・感情を交えず"]
  D --> D2["言語的攻撃の停止<br>問題を述べ→望むことを述べる"]
  D --> D3["会話を建設的な方向へ導く"]
  D1 --> Z
  D2 --> Z
  D3 --> Z
  D --> E["第4水準 苦情処理の別の方法を提示<br>例 部門長へ申し立てる"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='communication'>コミュニケーション</span>の出口<br>統制不能・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumor cells'>脅威</span>が迫るとき"]
  A --> G["最初から著しく重い場合<br>罵り・脅し"]
  G --> D

第1水準:回避

回避とは、挑発に乗って対決の局面を作らないことである。相手の要求をそのまま受け入れる服従でもなく、言い返す攻撃でもない。緊張の対象そのものを争点にせず、いったん場面をずらす。

具体的には、相手の言葉の攻撃的な部分に反応せず内容だけを拾う/議論の勝敗を作らない/話題を課題(治療・検査)に戻す/場所や人を変える。

⚠️ 回避が使えるのは緊張が低い段階に限る。罵りや脅しが始まっている段階では、回避は「許容された」という信号として受け取られるので、第3水準に移る。

第2水準:対決を伴わないアサーティブな反応

手立て 内容
「すみません」を使う 責任を認めることにはならず、緊張を効果的に下げられるので推奨される
感情を承認する 相手の感情を正当なものとして扱う。避けるべき言い方のちょうど反対
援助の視点 「私はあなたを助ける側にいる」という枠を示し、の構図を協働の構図に置き換える
解決志向の 誰が悪いかではなく、これからどうするかに焦点を移す
声を落とす・距離と姿勢を保つ・遮らずに聴く・選択肢を示す

⚠️ 技法は臨床で広く推奨されているが、研究の証拠はほぼ存在しない。系統的レビューでを満たしたのは研究1件のみで、しかもそれはレビューの主要・副次をいずれも測定していなかった6。したがって推奨は主にの合意と観察研究に基づく。💡 「効果が証明済みの手順」として扱わないことに実務上の意味がある——効かなかった場面で「やり方が悪かった」と自分を責める代わりに、次の水準(第3・第4水準)に移る判断ができるようになるからである。

第3水準:対決を伴うアサーティブな反応

大多数の緊張した状況は第1・第2水準の方法で解決できる。しかし上記の段階が不十分な場合、または状況が最初から著しく重い場合(例:患者が罵り、脅しをかけている)には、その行動が許容できないものであることを示すために次の方法を用いる。

# 方法 内容 例文
1 状況のな記述 感情を交えない記述を、映画の一場面のように、しかし一人称単数で述べる 「いいですか、私は当直のです。あなたの傷を治療したいのですが、あなたが叫んで罵るのをやめるまで、私は自分の仕事ができません」
2 言語的攻撃の停止 まず問題をな語調で定式化し、次に自分が何を望むかを開示する 「この調子ではこの会話を続けられません。そういう言葉を使わないでください」/「私が話そうとするたびにあなたは何度も遮ります。互いに聴き合うことを提案します」
3 会話を建設的な方向へ導く できるだけ早く、会話を解決の方向へ導こうとする 「診察台に座ってください。診察をさせてください」

💡 3つの手立ての構造は一貫している——①事実を一人称で述べる → ②望むことを述べる → ③課題に戻す。述べるのはな行動と、それが自分の職務に与える影響だけである。

⚠️ 相手の人格や動機を評定する語(「あなたは攻撃的だ」)は使わない——「あなたは〜だ」は非難として受け取られ、「私は〜できない」は事実の報告として受け取られるからである。同じ内容でも、主語の選択でアサーティブか攻撃的かが分かれる。

第4水準:苦情処理の別の方法を提示する

上記にもかかわらず緊張した状況が解決しない場合には、苦情を処理するさまざまな方法(例えば部門長に申し立てること)を勧めることができる。これは、状況が統制を失いそうに見えるとき、あるいはが迫っているときのの出口として役立つ。

💡 この水準の本質は「勝つこと」ではなく「その場から降りること」である。正式な経路を示すことで、①相手の不満に正当な行き先を与え、②自分がその場を離れる理由を作る。

⚠️ 組織の苦情処理方針が整っていなければ、この水準は使えない——示す先が存在しないからである。個人の技法が組織の準備に依存する唯一の水準である。

攻撃を受けた医療者に何が起こるか

攻撃の帰結は、その場の危険で終わらない。攻撃を受けた医療者には不安・・回避が生じ、職務満足が下がり、離職意思が増大し、バーンアウトにつながる2。

💡 予防を組織の課題として扱う理由の一つがここにある。攻撃は個々の職員の不運ではなく、離職と人員不足を通じて組織の機能そのものを削る(→ 医療心理学 14 のメンタルヘルスとバーンアウト)。

強制的な方法の位置づけ

で収まらず、しかも危険が差し迫る場面——せん妄・中毒・精神症状による攻撃性など——では、身体的抑制や強制的な処置の適用が問題になる。

⚠️ この領域は技法ではなく法の問題である。どの状態で・誰の判断で・どの手続きを踏めば強制的な方法が許されるかは各国の医療法が定めており、国によって内容が異なる。自国の法規で確認しておかなければ、現場では判断できない。

まとめ

  • 攻撃は完全に排除できない(一部は患者の状態・疾患の帰結)が、適切な方法で頻度は有意に下げられる。だから予防的アプローチが必要である。
  • 予防は2層。組織レベル(リスク分析・リスク低減・安全方針・研修の開催とその評価)+個人レベル(適切な)。研修の評価まで含まれる。
  • 予防が足りなければ早期検出と適切な反応。早期検出の鍵はリスク分析と、高まる緊張の徴候の同定。
  • 反応様式は3つ——攻撃的/服従的・受動的/アサーティブ(相手の視点を考慮しつつ自分の立場を表明し、相互に受け入れられる解決を探す)。二択ではない。
  • 4水準は ① 回避 → ② 対決を伴わないアサーティブな反応 → ③ 対決を伴うアサーティブな反応 → ④ 苦情処理の別の方法を提示(の出口)。大多数は①②で解決する。
  • 第3水準の3つの手立ては、状況のな記述(感情を交えず、映画の一場面のように、しかし一人称単数で)/言語的攻撃の停止(まず問題を定式化し、次に望むことを開示)/会話を建設的な方向へ導くこと。
  • 最初から著しく重い場合(罵り・脅し)は第1・第2水準を飛ばして第3水準へ。
  • 「すみません」は責任の承認ではない。緊張を下げるので使うことが推奨される。
  • 相手の感情の正当性をし、解決を相手に押しつける言い方は避ける。服従的・受動的も避ける。
  • 加害者の大部分は患者と面会者(Type II)。が高リスク。は広く推奨されるが、系統的レビューで該当した研究は1件のみでも測られておらず、研究の証拠はほぼ存在しない。効かない場面があることを前提に、次の水準へ移る判断を用意しておく。

出典

  1. 1.Perpetrator, worker and workplace characteristics associated with patient and visitor perpetrated violence (Type II) on hospital workers(Journal of Safety Research(著者 Lisa Pompeii, John Dement, Ashley Schoenfisch ら)・2013)病院職員に対する暴力の大部分が患者・面会者による「Type II」暴力であり、加害者側の要因に認知障害・中毒・疼痛などの臨床状態が含まれること閲覧 2026-08-17
  2. 2.A review of research on the prevalence, antecedents, consequences and prevention of workplace aggression in clinical medical practice(Aggression and Violent Behavior(著者 Danny Hills, Catherine Joyce)・2013)医療現場における職場攻撃の頻度・先行要因・帰結・予防の総説。言語的攻撃を経験する医師が多数にのぼり、身体的攻撃はより少ないが稀ではないこと、および攻撃を受けた医療者に不安・回避・職務満足の低下・離職意思が生じること閲覧 2026-08-17
  3. 3.Prevalence and risk factors of workplace violence against health care workers in emergency department in Ismailia, Egypt(Pan African Medical Journal(著者 Rania F. Abdellah, Khadiga M. Salama)・2017)救急部門が職場暴力の高リスク環境であり、加害者の多くが患者およびその付き添い者であること閲覧 2026-08-17
  4. 4.Workplace violence in the health care sector: A review of staff training and integration of training evaluation models(Aggression and Violent Behavior(著者 Bernard Beech, Phil Leather)・2006)職員向けの攻撃対応研修の総説と、研修そのものの効果を評価する枠組みが必要であること閲覧 2026-08-17
  5. 5.Guidelines for Preventing Workplace Violence for Healthcare and Social Service Workers(Occupational Safety and Health Administration (OSHA), U.S. Department of Labor・2016)組織レベルの暴力予防プログラムの構成要素——経営の関与、職場のリスク分析、ハザードの予防と管理、安全衛生教育、記録とプログラム評価。および医療機関の好事例閲覧 2026-08-17
  6. 6.De-escalation techniques for managing non-psychosis induced aggression in adults(Cochrane Database of Systematic Reviews(著者 Sally Spencer, Paul Johnson, Ian C. Smith)・2018)精神病に起因しない成人の攻撃性に対するデエスカレーション技法の系統的レビュー。組み入れ基準を満たしたのはクラスター無作為化研究1件のみで、しかもそれはレビューの主要・副次アウトカムをいずれも測定していなかったこと——臨床では広く推奨されているが無作為化研究の証拠がほぼ存在しない閲覧 2026-08-17