組織病理学

組織病理学 · H1-012

膵脂肪壊死

Liponecrosis pancreatis - pancreas

描出疾患
急性膵炎

🧠 全体像:は、で漏出したリパーゼが脂肪を分解し、とカルシウムが結合して(saponification)を起こした病変である。低倍率で「膵実質と周囲脂肪の淡い壊死」、高倍率で「輪郭だけ残ったと好塩基性の」を探す。

標本の要点

項目 所見
臓器 膵臓と膵周囲脂肪組織
染色 ・染色(HE)
病変 酵素的
低倍率の鍵 正常腺房のと、な淡い壊死部の対比
高倍率の鍵 ゴースト状、の、炎症細胞
関連病態

発症機序

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acinar cell injury'>腺房細胞傷害</span>・膵管流出障害"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pancreatic enzyme'>膵酵素</span>の早期活性化と漏出"]
    B --> C["リパーゼが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='triglyceride'>中性脂肪</span>を分解"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='free fatty acids'>遊離脂肪酸</span>が放出"]
    D --> E["カルシウムと結合"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='calcium soap'>カルシウム石鹸</span>形成・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fat necrosis'>脂肪壊死</span>"]
    B --> G["プロテアーゼによる膵実質壊死"]

胆石は共通管出口である部を閉塞し、膵液流出障害と上昇を介してを起こしうる。「胆汁が膵臓へ流れ込んで酵素を直接活性化する」ことだけが機序ではない。オポッサムでは、膵管のみをしても、胆汁逆流が起こる共通胆膵管のと同程度の性膵炎が生じており、胆汁逆流は発症に必須ではなかった1。アルコールは毒性、分泌変化、微小ななど複数の経路で膵傷害を促す。

観察の順序

低倍率

  1. 小葉構造を保つ濃紫色の膵腺房を見つける。
  2. 腺房の間または膵周囲脂肪へ広がる、淡く無構造な壊死領域を探す。
  3. 膵実質の酵素的壊死と、脂肪組織のを別々に確認する。
  4. 壊死部の境界が梗塞のように鋭い楔形ではなく、不規則であることを確認する。

高倍率

所見 読み方
の影 核が消え、細胞膜の輪郭だけが残る
壊死脂肪内に・塊状の好塩基性物質として沈着する
膵実質壊死 腺房構築が崩れて境界不明瞭な性壊死様変化を示す。ただし全体は、・実質壊死・出血が混在する酵素的壊死として捉える
炎症 好中球やマクロファージが壊死部を取り囲む
出血 血管傷害が加わると赤血球の漏出を伴う

💡 膵実質の壊死と膵周囲脂肪の壊死は、臨床の分類でも別々に扱われる。 (2012年)はの局所合併症を、膵周囲液体貯留・膵実質および膵周囲の壊死(無菌性/感染性)・・として定義している2。標本で実質壊死とを分けて読む作業は、そのまま画像・臨床の記載につながる。

💡 に伴うは、壊死組織へ生じる(dystrophic calcification)である。全身のが正常でも起こり、重いではカルシウム消費などによりを伴うこともある。で放出される脂肪酸のうち、に細胞内カルシウム放出とミトコンドリア・V阻害を介した壊死を起こすのは不飽和脂肪酸で、飽和脂肪酸にはこの作用がない。肥満マウスでを阻害すると、・・腎肺障害・死亡がいずれも減った3。は膵炎に付随して起こるだけの所見ではなく、重症化そのものに関与する。

肉眼像との対応

肉眼では膵周囲脂肪に白色から黄白色のチョーク状斑点が散在する。これは H1-015:膵(肉眼標本) で確認できる。

鑑別

病変 鑑別点
乳房・など外傷部位に生じ、漏出を伴わない
膵梗塞 血管支配に対応するが中心で、広範なは典型的でない
(旧分類の語) 壊死をほとんど含まない限局性の膿の貯留を指した語で、好中球が主体。は極めてまれで混乱を招くとしてこの語を用いず、感染を伴う壊死は「感染性壊死」として別に定義する(両者は同じものではない)2
脂肪組織の のゴースト像と性の分布を欠く

まとめ

  • では漏出したリパーゼが膵周囲脂肪を分解する。
  • とカルシウムの結合により、と好塩基性沈着が生じる。
  • ゴースト状、、炎症細胞を一組として読む。
  • の中心は乳頭部閉塞による膵液流出障害であり、単純な胆汁逆流だけでは説明しない。

出典

  1. 1.Pancreatic duct obstruction triggers acute necrotizing pancreatitis in the opossum(Gastroenterology・1993)オポッサムで膵管のみの結紮、胆管と膵管を別々に結紮、共通胆膵管の結紮の3群を比較したところ、いずれの群も出血性壊死性膵炎を発症し重症度は同等であった。胆汁逆流が起こるのは共通管結紮群だけであり、共通管を介した胆汁逆流は膵炎の発症に必須ではなく、膵管閉塞に伴う膵炎の重症度を悪化させることもなかった閲覧 2026-08-24
  2. 2.Classification of acute pancreatitis--2012: revision of the Atlanta classification and definitions by international consensus(Gut・2013)改訂Atlanta分類は急性膵炎を早期・後期の2相に分け、重症度を軽症・中等症・重症の3段階(重症は48時間を超える持続する臓器不全)とする。局所合併症は膵周囲液体貯留、膵実質および膵周囲の壊死(無菌性または感染性)、仮性嚢胞、被包化壊死(無菌性または感染性)として定義される。旧Atlanta分類の「膵膿瘍(pancreatic abscess)」は極めてまれで、語が混乱を招き広く採用されなかったため現行分類では用いないと明記する(Wayback保存の出版社HTML全文で確認)閲覧 2026-08-24
  3. 3.Lipotoxicity causes multisystem organ failure and exacerbates acute pancreatitis in obesity(Science Translational Medicine・2011)肥満者では膵内脂肪細胞の体積増加が急性膵炎時のより広範な膵壊死と関連し、急性膵炎が多臓器不全と結びついた。腺房細胞を用いた実験で不飽和脂肪酸は細胞内カルシウム放出、ミトコンドリア複合体I・Vの阻害、壊死を引き起こしたが、飽和脂肪酸にはこの作用がなかった。肥満(ob/ob)マウスで脂肪分解を阻害すると血清不飽和脂肪酸の上昇が抑えられ、腎障害・肺障害・全身性炎症・低カルシウム血症が防がれ、膵壊死と死亡率が低下した閲覧 2026-08-24