組織病理学

組織病理学 · H1-022

新生児呼吸窮迫症候群(PAS染色)

Infant respiratory distress syndrome (PAS) - infant lung

描出疾患
新生児呼吸窮迫症候群

🧠 全体像:(neonatal respiratory distress syndrome:NRDS)は、未熟肺のサーファクタント不足を起点として、低酸素、上皮・が進み、に好酸性のを形成する病態である。標本では「の乏しい密な肺」「不規則に虚脱した肺胞」「を縁取る」を探す。

標本の要点

項目 所見
臓器 肺
染色 過ヨウ素酸Schiff反応(periodic acid-Schiff reaction:PAS)
病変 、別名
低倍率 肺全体が密でが少なく、虚脱した不規則な肺胞が並ぶ
高倍率 に沿う好酸性・の
付随所見 毛細血管・小血管のうっ血、未熟な肺実質

発症機序

が作るサーファクタントはを下げ、呼気終末にも肺胞を開いた状態に保つ。早産などで産生が不十分だと、小さな肺胞ほど虚脱しやすくなる。

flowchart TD
    A["肺の未熟性"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='type II alveolar epithelial cell (pneumocyte)'>II型肺胞上皮細胞</span>のサーファクタント不足"]
    B --> C["肺胞<span class='jp-term jp-term-diagram' title='surface tension'>表面張力</span>が上昇"]
    C --> D["広範な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='atelectasis'>無気肺</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lung compliance'>肺コンプライアンス</span>低下"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='V/Q mismatch'>換気血流不均衡</span>・低酸素・アシドーシス"]
    E --> F["肺胞上皮・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capillary endothelium'>毛細血管内皮</span>の傷害"]
    F --> G["蛋白に富む<span class='jp-term jp-term-diagram' title='plasma components'>血漿成分</span>の漏出<br>+壊死上皮細胞"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar wall'>肺胞壁</span>に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyaline membrane'>硝子膜</span>を形成"]

⚠️ 病態を「肺虚脱→肺低灌流→」という一本線だけでは捉えない。主軸はサーファクタント不足によると低酸素であり、上皮・と透過性亢進が加わって、フィブリンを含むと壊死細胞からが形成される。

💡 「サーファクタント不足が主軸」は介入の効果からも裏づけられる。 早産が予想される妊婦への出生前副腎皮質ステロイド投与は、20か国27試験・新生児11,925例を集めたCochraneレビューでを0.71(95%信頼区間0.65〜0.78、確実性は高い)へ減らし、周産期死亡(同0.85)・新生児死亡(同0.78)も減らす1。肺成熟を促す介入が発症率そのものを動かすことが、この病態の起点がサーファクタント産生の未熟さにあることを支持している。

観察の順序

低倍率

  1. 正常肺なら広いはずの空が乏しく、切片全体が密に見えることを確認する。
  2. は小さく不規則で、広範に虚脱している。
  3. 気道周囲も含めて肺実質が未熟で、が相対的に目立つ。
  4. 血管内に赤血球が充満するを探す。

高倍率

所見 読み方
未熟肺胞 小さく不整な腔として見え、十分に開いていない
・に沿う均質な好酸性帯で、PAS反応により強調される
虚脱により近接し、毛細血管のうっ血を伴う
壊死細胞成分 の形成材料となる上皮細胞を含む
拡張したに赤血球が密集する

💡 は真の細胞膜ではない。漏出した、フィブリン、壊死したのがに沿って凝集したものである。

PAS反応の意味

PAS反応は糖質に富む成分や糖蛋白を赤紫色に強調する。は蛋白性・糖蛋白性成分を含むため目立ちやすいが、診断はだけでなく、という臨床背景、びまん性、の分布を組み合わせて行う。

💡 標本像は治療歴で変わるので、在胎週数と治療内容を必ず併せて読む。 管理の欧州ガイドライン第7版(2025年)は、を含む周産期最適化、出生直後からの、細径カテーテルによる早期サーファクタント投与で挿管を避けること、が必要な場合もで換気期間を最短にすることを柱に置いている2。これらの介入が入った児では、教科書的なの完成像がそのまま並ぶとは限らない。

鑑別

病変 鑑別点
吸収遅延が中心で、典型的な形成は示さない
先天性肺炎 、細菌・ウイルスに応じた炎症像が前景に立つ
気道内の胎便、、反応、斑状とを示す
内の赤血球が主体で、を連続的に覆うとは異なる
酸素・換気療法後の慢性期病変で、肺胞形成の単純化と間質変化を示す。高度の気道傷害と・線維化が交代する「旧来のBPD」に対し、とサーファクタントが普及した後の「新しいBPD」は大きく単純化した肺胞構造、異形の毛細血管配置、多様な増生/線維増殖が主体になる。肺胞形成は完全に停止するのではなく障害されると捉え、換気時間が短い例やnCPAP例では肺胞形成が続く3

まとめ

  • 未熟肺のサーファクタント不足によりと低酸素が生じる。
  • 上皮・後にと壊死細胞がへ付着し、を作る。
  • 低倍率ではの乏しい密な肺、高倍率ではに沿うと充血を確認する。
  • 「」は蛋白性滲出物とであり、独立した膜構造ではない。

出典

  1. 1.Antenatal corticosteroids for accelerating fetal lung maturation for women at risk of preterm birth(Cochrane Database of Systematic Reviews・2020)20か国27試験(無作為化された妊婦11,272人・新生児11,925人)のCochraneレビューで、出生前副腎皮質ステロイド投与は呼吸窮迫症候群をリスク比0.71(95%信頼区間0.65〜0.78、26試験11,183児、確実性は高い)、周産期死亡を同0.85、新生児死亡を同0.78へ減らし、脳室内出血も同0.58へ減らす可能性が高いことを確認した。閲覧 2026-08-24
  2. 2.European Consensus Guidelines on the Management of Respiratory Distress Syndrome: 2025(Neonatology・2025)呼吸窮迫症候群管理の欧州ガイドライン第7版(2025年、2025年半ばまでの文献に基づく)が、出生前ステロイドを含む周産期最適化、体温維持と臍帯クランプ前の自発呼吸促進、可能な限りの非侵襲的呼吸補助、細径カテーテルによる早期サーファクタント投与での挿管回避、機械換気が必要な場合の肺保護戦略と換気期間の最短化(気管支肺異形成の危険低減)を柱に据えたことを確認した。閲覧 2026-08-24
  3. 3.Pathology of bronchopulmonary dysplasia(Seminars in Perinatology・2006)高度の気道傷害と過膨張・線維化が交代する「旧来の」気管支肺異形成の組織像は、「新しい」気管支肺異形成では大きく単純化した肺胞構造・異形の毛細血管配置・多様な間質細胞増生あるいは線維増殖へ置き換わったこと、対象となるのは肺胞と末梢血管の発生が進む在胎24〜26週(管腔期)に出生した極早産児であること、また肺胞形成は「停止」ではなく「障害」と捉え直すべきで、換気時間が短い場合やnCPAP使用例では肺胞形成が続くことを確認した。閲覧 2026-08-24