微生物学

微生物学 · 1/8

細菌遺伝学:修飾・変異・復帰変異

Bacterial genetics: modification, mutation, reversion

🧠 細菌の「変化」には3段階ある——修飾(表現型・可逆・集団全体)、変異(遺伝子型・不可逆・1細胞・遺伝する)、復帰(変異が野生型に戻る)。 この3つを混同しないことが細菌遺伝学の土台になる。誰が・何を・どのくらいの範囲で変えるのかを毎回自問すると整理しやすい。

細菌のDNAの3つの形態

細菌のは細胞内で以下の3つの形態をとりうる。

  1. 染色体:の主な担い手で、全ての細菌に存在する。約4000キロからなる単一の環状構造。

  2. プラスミド:特定の菌にのみ存在し、遺伝子を含むことがある。約100 kbpので、菌から菌へ耐性が伝達される際の運び手となることが多い(構造は1/3、伝達機構は1/9参照)。

  3. :より小さな断片。自己複製のための情報は持たないが、特殊な機能(など)をコードする情報を持ち、ある遺伝子座から別の遺伝子座へ移動する(プラスミド→プラスミド、あるいはプラスミド→染色体)——いわゆる「動く遺伝子」。

修飾

細菌の表現型に生じる変化(な変化)。

  • における莢膜形成の消失
  • コロニー性状の変化
  • 発酵活性の変化
  • 抗菌薬感受性の消失
  • 感受性の消失

修飾による変化は集団全体に影響し、短期的な環境適応に応じた可逆的な変化である。

💡 ここでいう「修飾」は表現型の修飾であって、のとは別物である。 細菌には自己をメチル化して標識し、標識のない外来だけを切断する制限があり、これは細菌の自然免疫にあたる。一方、過去に侵入したファージやプラスミドの配列断片をとして自分のゲノムに記録し、再侵入時にそれを目印に切断するCRISPR-Casは獲得免疫にあたる別の系である1。英語ではどちらも modification という語が出てくるので、本項の表現型修飾と混同しない。

変異

細菌の遺伝子型に生じる変化。/ゲノムの未修復の損傷に由来する塩基配列の変化(複製時のエラーなど)を指す。に結びつく場合も結びつかない場合もある。

  • 変異を起こした細胞のみに影響する
  • 不可逆的
  • 遺伝する(子孫に伝わる)

💡 変異率は固定値ではなく、ストレスで上がる。 損傷を感知すると細菌はSOS応答を起動し、忠実度の低いポリメラーゼを動員して損傷を乗り越える。この過程で変異が持ち込まれるため、抗菌薬曝露そのものが変異率を押し上げる。大腸菌に以下の(0〜50 ng/mL)を与えた実験では、塩基置換変異率の上昇分の約30〜50%がSOS応答に由来した2。中途半端な用量・不十分な期間の抗菌薬投与がを「育てる」理由のひとつである。

修飾と変異の比較

項目 修飾 変異
レベル 表現型 遺伝子型
影響範囲 集団全体 変異した細胞のみ
可逆性 可逆的 不可逆的
遺伝性 なし() あり(遺伝する)

復帰変異

変異した遺伝子が元の野生型 に戻ること。

⚠️ に含まれる病原体がを起こすと危険である。 のために導入された変異が野生型へ戻れば、病原性が再獲得されるリスクがあるため、生ワクチンの安全性評価ではのリスクが重要な検討事項となる。

💡 その実例が由来のである。 (OPV)のSabin株が率の低い集団で長期間ヒトからヒトへ循環すると、変異が戻ってと伝播性を再獲得し、麻痺例を起こす(循環型ワクチン由来=cVDPV)。2021〜2022年の2年間だけで46か国から88件のcVDPVが報告され、その76件(86%)が2型だった。この復帰リスクを下げる目的で遺伝的により安定化させた新型2型(nOPV2)が開発され、2021年から使用可能になっている3。

遺伝子伝達の2様式(概観)

細菌が新しい遺伝情報を獲得する経路は大きく2つに分けられる。

  • :(無)性生殖を介して親から子孫へ遺伝子が伝わる、な伝達様式。

  • :な生殖以外の方法で生物間を遺伝子が移動する様式。形質転換・・接合・という4つの機構があり、詳細は1/9 の伝達機構にまとめる。

flowchart TD
    A["細菌<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span>に変化が生じる"] --> B{"変化のレベルは?"}
    B -->|"表現型のみ・可逆"| C["修飾<br>集団全体に影響"]
    B -->|"遺伝子型(塩基配列)・不可逆"| D["変異<br>変異細胞のみ・遺伝する"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Reversion'>復帰変異</span><br>野生型へ戻る"]

まとめ

  • 細菌のは染色体(主要な)・プラスミド(染色体外因子、耐性遺伝子の運び手)・(動く遺伝子)の3形態をとる。
  • 修飾は表現型レベルの可逆的変化で集団全体に及び、変異は遺伝子型レベルの不可逆的変化で変異細胞のみに生じ子孫に遺伝する。
  • は変異が野生型に戻ることで、では病原性再獲得のリスクとして重要。
  • 遺伝子伝達には親子間のと、形質転換・・接合・によるがあり、の詳細は1/9で扱う。

出典

  1. 1.Why put up with immunity when there is resistance: an excursion into the population and evolutionary dynamics of restriction-modification and CRISPR-Cas(Philosophical Transactions of the Royal Society B・2019)制限修飾系が細菌の自然免疫、CRISPR-Casが獲得免疫にあたる別個の防御機構であること閲覧 2026-08-26
  2. 2.Contribution of the SOS response and the DNA repair systems to norfloxacin induced mutations in E. coli(Marine Life Science & Technology・2023)致死量以下のノルフロキサシン(0〜50 ng/mL)曝露で大腸菌の変異率が上昇し、その塩基置換変異率上昇分の約30〜50%がSOS応答に由来すること(変異率は一定ではなく抗菌薬曝露自体が変異を誘発する)閲覧 2026-08-26
  3. 3.Update on Vaccine-Derived Poliovirus Outbreaks - Worldwide, January 2021-December 2022(Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR), Centers for Disease Control and Prevention・2023)経口ポリオワクチンのSabin株が接種率の低い集団で長期間循環すると弱毒化変異が復帰して神経病原性を再獲得し、2021〜2022年に世界で88件の循環型ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV)アウトブレイクが46か国で発生したこと(うち76件86%が2型)、および復帰リスクを下げるため遺伝的に安定化させたnOPV2が2021年から使用可能になったこと閲覧 2026-08-26