微生物学

微生物学 · 1/7

細菌代謝の原理

Principles of bacterial metabolism

🧠 細菌代謝は「酸素とどう付き合うか」と「炭素をどこから取るか」の2軸で分類すると全体が整理できる。 この2軸を先に押さえておけば、あとで学ぶ菌種ごとの培養条件・鑑別培地・の特殊性がすべてこの座標上に位置づけられる。

酸素代謝

分子状酸素は反応性が高く、電子を奪う過程で、(O2⁻)、(OH•) を生じる。これらはいずれも分解されなければ細胞にとって毒性を持つ。

一部の細菌はこれらの産物を分解する3種類の酵素を持つ。

  • カタラーゼ:を分解する(2H2O2 → 2H2O + O2)。

  • :を分解する。

  • :を分解する(O2⁻ + O2⁻ + 2H⁺ → H2O2 + O2)。

細菌はこれらの酵素をどの程度発現するかによって分類される。酸素を「好む」菌はこれら防御酵素をすべて持ち、酸素なしでは生きられない=。一方、これらの酵素を全く持たず酸素に対して極めて脆弱な菌=嫌気性菌。

分類 酸素の利用 保有する防御酵素 補足
+を用い、酸素を最終電子受容体とする ・SODすべて
酸素があればの最終電子受容体として利用。酸素がなければ発酵でエネルギーを得て増殖可能 カタラーゼ+SOD 「に生きる能力」は持つが環境を好む(ヒト骨格筋がダッシュ時にへ切り替えるのに似た性質)
(aerotolerant) 発酵のみ、を持たない SODのみ(カタラーゼなし) 酸素があっても死なないが、酸素を利用もしない。講義表で「」の欄に書かれてきた性質は本来こちらにあたる(Streptococcus・Cutibacterium acnes など)
を持ち、低濃度(およそ2〜10%)の酸素を末端酸化酵素で最終電子受容体として使う SOD・カタラーゼを持つ(Campylobacter jejuni・Helicobacter pylori はいずれも) 大気の21%酸素では増殖できない。培養には微好気環境が要る
酸素を利用しない 古典的には「防御酵素を持たない」とされるが、実際には多くが持つ(後述の⚠️) 酸素に対して脆弱。耐えられる時間は菌種で大きく異なる

⚠️ 「嫌気性菌は防御酵素を持たないから酸素で死ぬ」という説明は、現在の知見とは合わない。 嫌気性菌はが持つ酸素防御機構のほとんどを備えており、相当量の酸素に耐えうる菌も多い——酸素が増殖を止める本当の理由は、酸素感受性の(を持つ酵素やラジカル酵素)が酸化されて不活化されることのほうにある1。実際、代表的なである Bacteroides fragilis はカタラーゼを産生し、から自身を守っている2。下の図と表は「酵素の有無で4群に分ける」という試験向けの整理として押さえ、は「耐えられる程度の連続的な差」だと理解する。

💡 とは別物である。 はを持ち、末端酸化酵素を使ってナノモル単位の低濃度酸素でも呼吸に使える菌で3、大気の21%酸素では逆に増殖できない(Campylobacter・Helicobacter)。一方、は酸素をまったく使わないが酸素があっても死なない菌(Streptococcus など)で、「発酵のみ・なし・SODのみ」という性質はこちらの記述である。

flowchart TD
    A["酸素 O2 に曝露"] --> B{"防御酵素<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catalase-peroxidase'>カタラーゼ・ペルオキシダーゼ</span>・SOD)<br>を持つか?"}
    B -->|"持たない<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='obligate anaerobes'>偏性嫌気性菌</span>)"| C["毒性産物が分解されない<br>(O2⁻・OH•・H2O2)"]
    C --> D["菌の死滅"]
    B -->|"持つ<br>(好気性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='facultative anaerobe'>通性嫌気性菌</span>)"| E["SOD → カタラーゼ → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='peroxidase'>ペルオキシダーゼ</span><br>の順に解毒"]
    E --> F["無毒産物(H2O・O2)へ変換"]

炭素・エネルギー源

エネルギー源として光を用いる菌を、を用いる菌を という。はさらに以下に分類される。

  • :アンモニウムや硫化物など無機化合物から自分自身の栄養を作る。

  • :(炭素源)から自分自身の栄養を作る。

  • :グルコースなど化学的・有機的化合物の両方を消費する(医学的に重要な細菌はすべてこの群に属する)。

従属栄養代謝の経路

代謝 とは、グルコースなどのを生物学的に酸化し、ATPとより単純な有機(または無機)化合物を得る過程を指す。代謝経路には以下がある。

経路 酸素の要否 ATP収量(グルコース1molあたり) 概要
呼吸 要 38 mol(古典的な理論最大値。実測に基づく現行の見積もりは約30〜32 mol——後述の⚠️) ++との共役
発酵(解糖のみ) 不要 から直接得るのみ(呼吸よりはるかに少ない) グルコースを経路でピルビン酸まで分解し、増殖を支える不完全な酸化

⚠️ 「グルコース1モルから38 ATP」は古い整数値に基づく理論最大値である。 この38という数字はP/O比をNADHで3、FADH2で2と置いた計算だが、実測されたP/O比はそれぞれ約2.5と約1.5であり4、同じ計算をやり直すと約30〜32 ATPになる。細菌ではさらに、どの末端酸化酵素を使うか(プロトン輸送効率が異なる)によって収量が変わる。試験では38という数字が問われることがあるので覚えておくが、「呼吸は発酵よりはるかに効率がよい」という比較の本質は変わらない。

💡 発酵後にピルビン酸がどう分解されるか(乳酸・エタノール・プロピオン酸・酪酸・・その他の混合酸など、生成される最終産物の種類)は菌の分類に用いられ、臨床微生物学における生化学的同定検査(発酵産物の検出)の基盤となっている。

偏性細胞内寄生菌

  • ATP合成のための代謝経路そのものを持たない菌が存在し、これらは宿主からATPを「盗む」ことでしか生きられない。

  • こうした菌は宿主細胞内でのみ生存し、宿主なしでは生存できない。

  • 宿主のATPをエネルギー源として利用するため「」と呼ばれる。

  • ATPを奪うための特殊な細胞膜輸送システムを持つ。

💡 代表例はRickettsiaやChlamydiaなど。いずれも独自のATP/ADPを用いて宿主ATPを奪う「エネルギー寄生」を行う点が、単なる細胞内寄生(栄養だけを奪う場合)と区別される。

まとめ

  • 細菌代謝は「酸素との付き合い方」と「炭素・エネルギー源」という2軸で分類する。
  • では、・SODという3つの防御酵素の保有パターンにより、・・・の4群に分けられる。ただし「発酵のみ・なし・SODのみ」は本来の性質で、はを持ち低濃度酸素を呼吸に使う菌である。またも多くは防御酵素を持ち、酸素が増殖を止める主因はの酸化的不活化にある。
  • エネルギー源では vs 、後者はさらに・・(医学的に重要な細菌はすべてここに属する)に分けられる。
  • 代謝には呼吸(酸素要、古典的には38 mol ATP/molグルコース、実測P/O比に基づく現行の見積もりは約30〜32 mol)と発酵(酸素不要、少量のATPだが増殖を支える)の2経路があり、発酵最終産物の違いが菌の生化学的同定に使われる。
  • (Rickettsia・Chlamydia など)はATP合成能を持たず、宿主のATPを盗む「」である。

出典

  1. 1.When anaerobes encounter oxygen: mechanisms of oxygen toxicity, tolerance and defence(Nature Reviews Microbiology・2021)偏性嫌気性菌が酸素で増殖できない理由は防御酵素の欠如ではない。嫌気性菌は好気性菌が持つ防御機構のほとんどを備えており、相当量の酸素に耐えうる菌も多い閲覧 2026-08-26
  2. 2.Oxidative stress response in an anaerobe, Bacteroides fragilis: a role for catalase in protection against hydrogen peroxide(Journal of Bacteriology・1996)偏性嫌気性菌である Bacteroides fragilis はカタラーゼを産生し、過酸化水素による酸化ストレスから自身を守る閲覧 2026-08-26
  3. 3.Shallow breathing: bacterial life at low O2(Nature Reviews Microbiology・2013)微好気的に呼吸する細菌は高親和性末端酸化酵素を用いてナノモル濃度の酸素でも電子受容体として利用でき、系統的に多様で宿主関連細菌にも広く分布する閲覧 2026-08-26
  4. 4.P/O ratios of mitochondrial oxidative phosphorylation(Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Bioenergetics・2005)実測されたP/O比はNADH由来で約2.5、コハク酸(FADH2)由来で約1.5であり、古い教科書の3と2という整数値に基づく「グルコース1モルあたり38 ATP」は過大な見積もりである閲覧 2026-08-26