微生物学

微生物学 · 1/25

感染:定義・感染源・侵入門戸・伝播経路・転帰

Infection: definition, source, portal of entry, transmission routes, and possible outcome

🧠 感染は「どこから来て(感染源)」「どうやって伝わり(伝播経路)」「どこから体内に入り()」「最終的にどうなるか(転帰)」という一続きの物語として理解する。 同じ病原体でも、この4つの座標のどこに位置するかによって臨床像がまったく変わる。

感染の定義

感染とは、通常は体内に存在しない微生物(細菌・ウイルス・寄生虫など)の侵入と増殖である。

  • 症状を欠く場合(, subclinical)と、症状を伴い臨床的に明らかな場合がある
  • 局所にとどまる場合と、血行性・に広がり全身性になる場合がある
  • ヒトからヒトへ伝播する(contagious、接触伝染性)場合と、伝播しない(non-contagious)場合がある
  • は健常な個体に生じ、は既に別の病原体に感染している個体に生じる

感染源

感染源は外因性または内因性に分かれる(内因性の例:常在菌叢に由来する潜伏・性微生物の活性化)。

分類 内容
外因性 。病人・感染者・、または環境(食物・飲料水)を介する
内因性 。常在菌叢・菌のリザーバー(ヒト・動物・土壌)を介する

💡 感染源として最も見落とされるのは「症状の無い人」である。 感染源には発症者だけでなく、者(感染したが症状が出ない)と(症状なく病原体を排出し続ける)が含まれ、隔離の対象になりにくいぶん、疫学的にはむしろ大きな役割を果たしうる。潜伏期の患者(症状が出る前から排出している)も同様である。転帰の節で扱う「」は、本人の予後の話であると同時に感染源としての話でもある——この二重性が上の要点になる。

flowchart TD
    A["外因性感染源"] --> B["伝播経路"]
    B --> C["宿主への侵入<br>付着 → 貫通 → 侵入"]
    C --> D["定着 (colonisation)"]
    G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endogenous infection'>内因性感染</span>源<br>(常在菌叢)"] --> H["伝播経路"]
    H --> C
    D --> E["播種<br>菌血症 / <span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxemia'>毒血症</span>"]
    E --> F["転帰<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='symptomless infection'>無症候性感染</span> / <span class='jp-term jp-term-diagram' title='clinical infection'>顕性感染</span>"]

伝播経路

病原体が既存のリザーバーを離れ、別の宿主で感染サイクルを繰り返すためには、いずれかの伝播経路を利用する必要がある。

分類 内容
(horizontal spread、直接伝播) 直接接触:ヒト-ヒト、動物-ヒト
間接接触:汚染された環境・物品
:飛沫感染(air-borne、咳・くしゃみ・会話によるの発生)、汚染された水・食物、吸血昆虫(ベクター媒介)
:診察・処置中の感染伝播
病原体が親から子へ伝わるためにしていることに依存する。は出生直後のこともあれば遅発性のこともある
・先天性/:胎盤経由(風疹、、)
・:分娩時の感染(クラミジア結膜炎、E. coli)
・:母乳・血液・唾液・接触・臍帯断端を介する(、)

⚠️ 「飛沫感染(>5 µm、近距離)」対「(<5 µm、遠距離)」という二分は、を機に見直された。 従来の感染対策はこの二分に加えて「粒子径だけで経路が決まる」「境界は5 µmである」「伝播が問題になる距離も二分できる」という4つの前提に立っていたが、これらの前提は現在の科学的知見によって支持されない1。呼気に含まれる粒子は径の連続体であり、5 µmという境界には物理的な根拠が乏しい。用語の混乱そのものが問題で、「」を「」と同義に使う人と「大かかのどちらか」の意味で使う人が混在してきた——この違いはサージカルマスクで足りるかN95が要るかという実務判断に直結する2。

💡 は2024年に用語を改訂した。 感染者が呼吸・会話・歌唱・咳・くしゃみ・唾吐きによって排出する感染性粒子をIRPs(infectious respiratory particles、感染性呼吸器粒子)と総称し、粒子径のによるとの峻別を置かず、径の連続体として扱うことになった3。上の表の「」という書き方はな区分に従ったものだが、試験で「5 µm」を境界として問われたら、それは歴史的な便宜であって物理的な根拠ではないと押さえておく。結核・麻疹・水痘が「」に分類されるのは、粒子径よりも長時間・長距離にわたって感染性を保つという実証された疫学的性質による。

侵入門戸

微生物が易感染性の宿主に侵入し(付着→貫通→侵入)感染を起こす部位のこと。病原体は粘膜・皮膚・呼吸器・消化管・尿生殖器など、さまざまな門戸から侵入する。

皮膚は通常、感染に対するバリアとして働く。しかし、皮膚の破綻——体腔に留置された(カテーテル)、、熱傷、または(注射針・)による——は病原体の侵入を招く。

感染の転帰

分類 内容
不・無症状(または軽微で非特異的な症状のみ)。小児期のがその後(例:)や(例:/)をもたらすこともある
宿主の防御機構による速やかな病原体排除
潜伏感染:病原体が体内にとどまり、内因性・により再活性化する
:ウイルスの潜伏形式には型(ヘルペス)と組み込み型(レトロウイルス)がある。病原体は定期的に再活性化・無症候性に排出されるが、他者への感染性は保たれる
:無症状のまま病原体を持続的に排出する
(manifested infection、症状を伴う) 経過により急性・亜急性・慢性に分類される。いずれの場合も、病原体の排除の時期と臨床的回復の時期は一致しないことが多い

⭐ 「病原体が消えた」時期と「症状が治まった」時期は必ずしも一致しない、という点はの理解で見落としやすいポイント。

まとめ

  • 感染とは通常無菌の体内への微生物の侵入・増殖であり、不/、/全身性、接触伝染性/非接触伝染性、一次/二次という複数の軸で性格づけられる。
  • 感染源は外因性(病人・・環境)と内因性(常在菌叢の活性化)に分かれる。
  • 伝播経路は(直接接触・間接接触・・医原性)と(先天性・周産期・出生後)に大別される。
  • ただし飛沫感染とを粒子径5 µmで二分するな区分は現在では支持されない。呼気粒子は径の連続体であり、は2024年にIRPs(感染性呼吸器粒子)という総称へ用語を改めた。
  • は粘膜・皮膚・呼吸器・消化管・尿生殖器で、皮膚の破綻(カテーテル・熱傷・穿刺)は病原体侵入の重要な経路になる。
  • は(速やかな排除・潜伏・持続・を含む)と(急性・亜急性・慢性)に分かれ、病原体排除と臨床的回復のタイミングは必ずしも一致しない。

出典

  1. 1.How did we get here: what are droplets and aerosols and how far do they go? A historical perspective on the transmission of respiratory infectious diseases(Interface Focus・2021)呼吸器感染症の伝播に関する従来の勧告が拠っていた4つの前提——(i)伝播経路を「飛沫」対「エアロゾル」の二分で捉えられる、(ii)この二分は粒子径だけで決まる、(iii)その境界は5 µmである、(iv)伝播が問題になる距離も二分できる——は、現在の科学的知見によって支持されないことを歴史的経緯とともに示した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Recognition of aerosol transmission of infectious agents: a commentary(BMC Infectious Diseases・2019)「エアロゾル感染」「空気感染」「大飛沫感染」という用語が著者によって別々の意味で使われて混乱していること、ある病原体を空気感染とみなすか否かが必要な感染対策(サージカルマスクかN95か)と費用を大きく左右すること、インフルエンザのように宿主・ウイルス・環境要因に依存してエアロゾル伝播の寄与が過小評価されうる病原体があることを論じた。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Infection prevention and control of epidemic-prone acute respiratory infections in healthcare setting(Current Opinion in Pulmonary Medicine・2025)WHOが呼吸器病原体の用語を改訂する報告書を出し、感染者が呼吸・会話・歌唱・咳・くしゃみ・唾吐きによって排出する感染性粒子を「infectious respiratory particles(IRPs)」と総称することを採用したこと、粒子径のカットオフによる飛沫とエアロゾルの伝統的な峻別はもはや置かれず、IRPsの粒子径は連続体として扱われることを確認した。閲覧 2026-08-26