微生物学

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感染の病態機序:付着・侵入・浸潤・播種、菌血症と毒血症

Pathomechanism of infection: adhesion, penetration, invasion, dissemination; bacteriaemia and toxaemia

🧠 感染は「侵入→付着→定着→浸潤→傷害→播種→宿主回避」という7段階の連鎖として進行する。 どの段階で病原体が足止めされるかが、で終わるか、菌血症・にまで進むかを決める。

感染の病態機序——7ステップ

flowchart TD
    A["1. 侵入 (Entry)<br>宿主の一次防御を回避"] --> B["2. 付着 (Adhesion)<br>粘膜表面への接着"]
    B --> C["3. 定着 (Colonization)<br>侵入部位での不可逆的増殖"]
    C --> D["4. 浸潤・進展<br>(Invasiveness & propagation)"]
    D --> E["5. 傷害 (Damage)<br>毒素・炎症による組織障害"]
    E --> F["6. 播種 (Dissemination)<br>菌血症 / <span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxemia'>毒血症</span>"]
    F --> G["7. <span class='jp-term jp-term-diagram' title='Evasion of the host'>宿主からの回避</span><br>(Evasion of the host)"]

1. 侵入

病原体が宿主に侵入し、一次防御機構を回避する段階。

  • 微生物は複数ある門戸のいずれかから宿主に侵入する必要がある
  • 続いて、貪食、胃・尿生殖路の酸性環境、唾液・胃・小腸の・といった宿主の防御を突破しなければならない
  • 莢膜を持つ細菌は、これらの防御を生き延びやすい

2. 宿主組織への付着

感染を成立させるには、多くの細菌はまず粘膜表面に付着する必要がある。

付着様式 内容・例
線毛・による付着 E. coliや。線毛を欠くN. gonorrhoeae株は病原性を持たない
細胞表面による付着 細胞表面のを介する
細胞壁が疎水性であるほどが増す。洗い流されにくく、を形成できるため

💡 付着は「くっつく」だけの受動的な段階ではない。 (線毛先端の接着蛋白や表面蛋白)が宿主細胞側の特定の受容体(・・など)に結合し、その結合そのものが宿主細胞の細胞骨格を再編させる合図になる。多くの侵襲性細菌は、この経路を乗っ取って自分を細胞内へ引き込ませる1。受容体が種特異的だから宿主域が決まるという関係もここから来る。

3. 定着

侵入部位またはその近傍での病原体の不可逆的な増殖。本来無菌である部位での定着は、自然防御機構の欠陥、または新たなの存在を示唆する。

💡 では、常在菌叢そのものが定着を防ぐ第一の壁になっている——これをという。 常在菌は栄養と付着部位を先にし、で環境を病原体に不利にし、宿主の免疫を介しても病原体の定着を妨げる2。だから抗菌薬でこの壁を壊すと、が失われて感染が起こる——Clostridioides difficile感染症、の腸管定着、カンジダの過増殖は、いずれも「病原体が強くなった」のではなく「壁が壊れた」結果である。が再発性C. difficile感染症に効くのは、この壁を作り直しているからだと理解できる2。

4. 浸潤性と増殖の拡大

宿主細胞内に侵入したり粘膜表面を貫通して初発部位から広がったりできる細菌を侵襲性と呼ぶ。やなどの成分を分解する細菌酵素がこの過程を助け、細菌が宿主組織表面へ到達しやすくする。

💡 多くのグラム陰性菌は、酵素を撒くのではなく「注射針」で宿主細胞に直接エフェクター蛋白を撃ち込む。 専用の蛋白分泌装置が因子を菌体の細胞質から宿主細胞内へ送り込む3。

分泌装置 何をするか 代表例
() 針状の構造でを貫き、エフェクターを細胞質へ直接注入する。鞭毛と共通の祖先を持つ Salmonella・Shigella(自らの取り込みを宿主に起こさせる)、Yersinia(貪食を阻害する)
(T4SS) 蛋白だけでなくも輸送できる——接合による耐性遺伝子のに使われるのと同じ装置系 Legionella pneumophila(Dot/Icm)、Helicobacter pylori(CagA注入)、Agrobacterium
VI型分泌装置(T6SS) の尾に似たの装置。宿主細胞にも、競合する他の細菌にも毒素を撃ち込む Vibrio cholerae、Pseudomonas aeruginosa、Burkholderia

⚠️ 宿主側はこの装置の「存在そのもの」を感知している。 分泌装置が細胞膜を貫いたことや、注入された細菌由来分子(・LPSなど)が細胞質に現れたことが自然免疫の起動シグナルになる3——病原体は「毒素を送り込む」代償として「見つかる」という関係にある。

💡 細胞内に入った細菌は、貪食胞(ファゴソーム)をどう処理するかで3つの戦略に分かれる。

戦略 中身 代表例
ファゴソームからの脱出 で膜を破り、細胞質へ出て増殖する Listeria monocytogenes()、Shigella
ファゴソーム成熟の阻止 貪食胞に留まったまま、リソソームとの融合と酸性化を止める Mycobacterium tuberculosis、Legionella pneumophila
酸性・分解環境への耐性 融合も酸性化も許したうえで、その環境で生きる Coxiella burnetii(酸性ので増殖する)

これらはいずれも、分泌したエフェクターで宿主細胞のを乗っ取ることで成り立っている4。

5. 傷害

宿主細胞の傷害は、または宿主の炎症反応によって起こる。

  • 侵入の後には炎症が続く。を伴う化膿性炎症か、を伴う肉芽腫性炎症のいずれか
  • 細菌は毒素を産生することがある:内毒素(LPS、グラム陰性菌の細胞壁に組み込まれた成分。詳細は内毒素)と外毒素(グラム陽性・陰性いずれの菌も分泌しうる蛋白質。詳細は外毒素)

⚠️ 抗菌薬治療により大量の細菌が急激に死滅すると、菌体成分が一気に放出されて宿主のサイトカイン反応を暴走させる——これがである。 治療開始直後の発熱・悪寒・血圧低下の増悪として現れる。

⚠️ を「内毒素(LPS)の放出」と一言で説明するのは正確ではない。 この反応が最も典型的に起こるのはスピロヘータ感染——梅毒・ライム病・——であり、Treponema pallidumやBorreliaはLPS(内毒素)を持たない。 引き金になるのは菌体のリポ蛋白などの菌体成分で、放出後に・IL-6・IL-8がする。媒介の試験では、ペニシリン投与直前に抗抗体を投与すると反応の発生が20例中10例に減り(対照29例中26例、P=0.006)、IL-6・IL-8のピーク値も下がった5。「菌が壊れて出た成分に宿主が過剰反応する」という枠組みは正しいが、その成分がLPSとは限らない——グラム陰性菌敗血症でのLPS放出はこの枠組みの一例にすぎない。

6. 播種

感染がから遠く離れて広がることを指す。は発生源を超えて広がり、血流を介して体の他の部位に「種をまく」ように広がる。

  • 全身性感染(またはウイルス学的に言う血行性の拡大)
  • 血流中での検出により、菌血症またはと呼ばれる

💡 病原体は「自力で泳いで」広がるとは限らない——の中に隠れて運ばれる経路がある(トロイの木馬機構)。 貪食された病原体が殺されずに細胞内で生き延び、そのごと組織関門を越えて運ばれる。血液脳関門の通過にこの機構が寄与することが示されている6。Listeria monocytogenes・Mycobacterium tuberculosis・Cryptococcus neoformans・が中枢神経に達する経路として議論される仕組みで、「殺菌のための細胞が運搬役になる」というがこの段階の要点である。

⭐ 菌血症は血中に細菌そのものが存在する状態、は血中に毒素が存在する状態(いわゆる血液中毒)。 用語としては似ているが指している対象がまったく異なる点に注意——敗血症の理解の土台になる区別。

7. 宿主からの回避

宿主の二次防御機構を回避する段階。莢膜による・貪食の阻害、による抗体からの、による粘膜抗体の分解、の取り込み、そして前節の細胞内寄生そのもの(抗体の届かない場所へ隠れる)がここに含まれる4。

まとめ

  • は、侵入→付着→定着→浸潤・進展→傷害→播種→宿主回避、という7段階の連鎖として整理できる。
  • 付着は線毛・・疎水性細胞壁のいずれかを介し、莢膜を持つ細菌ほど一次防御を生き延びやすい。
  • 浸潤は・などの分解酵素に加え、III型・IV型・VI型分泌装置によるエフェクター注入で成り立つ。細胞内に入った菌はファゴソーム脱出・成熟阻止・酸耐性の3戦略に分かれる。
  • 定着に対する第一の壁は常在菌叢によるであり、抗菌薬がこれを壊すことがC. difficile感染症などの前提になる。播種にはに隠れて運ばれるトロイの木馬機構もある。
  • は内毒素・外毒素というと、宿主自身の炎症反応(化膿性/肉芽腫性)の両方から生じる。
  • 播種は菌血症(血中の細菌)と(血中の毒素)という異なる2つの状態として検出される。
  • 抗菌薬による急激な菌死滅はを招くが、その典型はLPSを持たないスピロヘータ感染で、機序はを中心とするサイトカイン放出である——「内毒素の放出」と一括りにしない。

出典

  1. 1.Bacterial adhesion and entry into host cells(Cell・2006)細菌が宿主細胞へ付着し侵入する分子機構の総説。アドヘシン・線毛と宿主受容体の相互作用、および細菌が宿主の細胞骨格を乗っ取って細胞内へ入る経路を整理している。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Microbiota-mediated colonization resistance against intestinal pathogens(Nature Reviews Immunology・2013)常在菌叢の組成が、バンコマイシン耐性Enterococcus faecium・グラム陰性腸内細菌・Clostridium difficileといった耐性腸管病原体に対する免疫を介した定着抵抗性(colonization resistance)を規定すること、抗菌薬投与後の宿主で常在菌の科・属・種によって定着抵抗性を回復させうることを整理した総説。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Bacterial Secretion Systems: An Overview(Microbiology Spectrum・2016)多くの細菌病原体が専用の蛋白分泌装置を用いて病原力因子を菌体の細胞質から宿主細胞内または宿主環境へ送り込むこと、分泌装置は構造・機能・基質特異性によって分類されること、宿主の自然免疫系が感染時に分泌装置の存在そのものを感知して応答することを整理した総説。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Antimicrobial mechanisms of phagocytes and bacterial evasion strategies(Nature Reviews Microbiology・2009)マクロファージを中心とする貪食細胞の殺菌機構と、それを回避する細菌の戦略の総説。Mycobacterium tuberculosis、Listeria monocytogenes、Legionella pneumophila、Coxiella burnetii を例に、エフェクター分泌による宿主細胞機構の乗っ取りを解説している。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Prevention of Jarisch-Herxheimer reactions by treatment with antibodies against tumor necrosis factor alpha(New England Journal of Medicine・1996)シラミ媒介回帰熱(Borrelia recurrentis感染)49例の無作為化二重盲検試験で、ペニシリン投与直前に抗TNF-αFab抗体を投与するとヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応の発生が20例中10例に減り(対照は29例中26例、P=0.006)、IL-6・IL-8の血中ピーク値も低下した。反応がTNF-αを中心とするサイトカイン放出によることを示す。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Trojan Horse Transit Contributes to Blood-Brain Barrier Crossing of a Eukaryotic Pathogen(mBio・2017)貪食細胞の内部に潜んだまま運ばれて血液脳関門を越える「トロイの木馬」機構が、真核病原体の中枢神経への播種に寄与することを示した。閲覧 2026-08-26