医療心理学

医療心理学 · 12

死・悲嘆・看取りの心理学

Psychology of Death, Grief and Dying

🧠 Kübler-Ross の5段階は「→怒り→取引→抑うつ→受容」。ただしこれは順に上るではなく、起こりうる反応のレパートリーである。原著は「死にゆく本人」の記述であって、遺族のモデルとして提唱されたものではない。

死の定義

が招集した国際フォーラム(2012)の定義:死とは、意識の能力の永続的喪失と、すべての脳幹機能の喪失が生じたときに起こる。これは循環の永続的停止、および/または壊滅的な脳損傷の後に生じうる。

💡 死の判定の文脈で「」とは、自然に回復することがなく、介入によっても回復しない機能喪失を指す。

死の判定基準

古典的な判定基準はハーバード基準(1968)に由来する1。

  • 強い疼痛刺激に対してさえ、受容性と反応性がないこと
  • から外して3分間、運動も自発呼吸もないこと
  • ・中枢性反射をともに完全に欠くこと
  • 技術的に十分な記録で少なくとも10分間の(音刺激・疼痛刺激への反応なし)
  • 上記すべてを24時間後に再検し、変化がないこと
  • 昏睡発症前に低体温やの使用歴がないこと

⚠️ これは歴史的な原型であって、現行の判定手続きではない。現代の判定は各国のガイドラインで手続きが更新されており(無呼吸検査の実施方法、観察期間、補助検査の位置づけなど)、は必須要件ではなく補助検査とされることが多い。判定は実施国の基準に従う。

脳死以外の意識障害

状態 特徴
覚醒させられないの状態で、自己と周囲への気づきがない。は起こらない
「気づきのない覚醒(wakefulness without awareness)」——反射的な運動活動のみで、な相互作用はない
自己または環境への気づきを示す、一貫しないが再現性のある行動的証拠がある
覚醒し意識もあるが、・四肢運動・を産生する手段がない

💡 機能画像研究では、で大脳の代謝機能が比較的保たれていることが示されており、やと対比される。この鑑別はが起こりやすく、反応の欠如を意識の欠如と読まないことが重要である。

死因の変化

米国では1900年に感染症が死因の約3分の1を占めていたが、20世紀を通じて感染症死亡は大きく減少し、死因の構成は心血管疾患とがん中心へ転換した2。

20世紀初頭(米国) 20世紀末(米国)
インフルエンザ、肺炎、結核、胃腸炎など感染症が死因の約3分の1 心血管疾患が最多、次にがん、脳卒中

現在も世界の死因の首位はを筆頭とする心血管疾患である3。

死についての思考と恐怖

  • :見知らぬ他人の死
  • :自分にとって重要な人の死
  • :自分自身の死

⚠️ 「死の不安は医学の道を選ぶ人で高い」という説明が付されることがあるが、これを裏づける確立した知見はない。医療者の死への態度は職種・経験年数・文化で大きく異なると報告されており、一般化した断定は避ける。臨床的に確かなのは、自分自身の死の不安が、終末期の患者との対話を避ける方向に働きうるという点である。

Kübler-Ross の死にゆく過程の段階(1969)

Kübler-Ross は終末期患者との面接から、次の5つの反応を記述した4。

段階 典型的な反応
「私は大丈夫」「何かの手違いだ」「これは私の検査結果ではない」。複数のを渡り歩く(ドクターショッピング)。最初の衝撃を和らげる緩衝として働く
怒り(anger) を続けられなくなり、死ぬのだと受け入れた時点で生じる。「なぜ私が?」「不公平だ!」「どうしてこんなことが」「誰のせいだ」。怒りが環境へ投影される
「治るなら貯金を全部差し出す」「健康な食事をして運動する」。信仰を見出し祈り始める人もいる
抑うつ(depression) 「もうすぐ死ぬのに何の意味がある」「愛する人を失うのに続ける意味がない」。部屋から出ない、しばらく沈黙することも。これは愛情や愛着から切り離され受容へ進むために必要な過程とされる。支持はするが、元気づけようとはしない
自らの死すべき運命と折り合い始める。「これでいい」「人は永遠には生きない」。愛する人との和解。周囲が折り合うのを助ける
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='denial'>否認</span><br>「何かの手違いだ」<br>複数の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='medical doctor'>医師</span>を渡り歩く"] --> B["怒り<br>「なぜ私が?」<br>環境への投影"]
  B --> C["取引<br>「治るなら〜する」<br>祈り・信仰"]
  C --> D["抑うつ<br>「もう意味がない」<br>元気づけず支持する"]
  D --> E["受容<br>「これでいい」<br>和解・平安"]
  E -. "実際は行き来する<br>受容に至らない人もいる" .-> A

⚠️ 「」はこの5段階に含まれない。はの中核的特徴として論じられる概念であり(自殺と)、死にゆく過程の段階名ではない。

段階説の限界

  • 疾患は予測不能な経過をたどりうる
  • 決して状況を受け入れない人もいる
  • 多くは、と受容への努力と、非現実的な楽観と希望との間を振動する
  • パーソナリティと対処スタイルが反応の現れ方を左右する

⚠️ 段階説を直線的な順序として扱ってはならない。5段階が順に進むという理解は実証されていない。遺族233名を後1〜24か月追跡した前向き研究では、①は最初の優勢な反応ではなかった、②優勢な陰性反応は「」であって抑うつや怒りではなかった、③「受容」が全期間を通じて最も強く支持された項目であった。各指標のピークが現れる順序だけは理論の予測と一致したが、これは段階を「通過する」ことを意味しない5。段階は「上る」ではなく「起こりうる反応のレパートリー」と捉えるのが正確である。

原著の対象を取り違えない:Kübler-Ross の記述は死にゆく本人の反応についてのものであり、遺族ののモデルとして提唱されたものではない4。「死またはの5段階」として両方に当てる用法が広まっているが、由来は異なる。

悲嘆と喪(mourning)

=の最終的な解決へ導く心理的過程。深刻な喪失の後に人生を楽しむ能力を回復すること。

正常な悲嘆と病的な悲嘆

内容
正常な 身体的苦痛、故人へのとらわれ、、敵意、行動の統制の喪失。思慕が最も強い陰性反応で、陰性の指標はおおむね後6か月以内にピークを迎えて減衰していく5
病的な の欠如/機能不全的な/(「陽気な未亡人 merry widow」)/機能不全的な敵意/臨床的うつ病/遷延性症

⚠️ 「正常なは4〜6週間以内」という基準は用いない。急性の反応は数か月にわたって続くのが通常で、陰性の指標のピークは後およそ6か月である5。診断分類も成人で12か月(DSM-5-TR)ないし6か月(ICD-11)を遷延の目安に置いており、数週間でが終わることを正常の条件とする根拠はない。

は正常なの要素ではない。また「がないこと」自体が病的な形をとりうる点は直感に反するので注意する。

💡 は -TR(2022)で新たに追加された診断である6——成人ではから12か月以上(小児・青年では6か月以上)、故人への強い思慕やとらわれが持続し、著しい苦痛または機能障害を伴うもの。ICD-11 も遷延性症(6B42)を収載しているが、持続期間の要件は少なくとも6か月であり、その人の文化・文脈で予想される範囲を明らかに超えることを求める7。 と ICD で期間の閾値が異なるので、どちらの基準で語っているかを明示する。

悲嘆の過程

相 内容
故人に焦点づけられた、信じられないという自発的反応
故人が本当に失われたという直観的な理解
以前は故人に向けられていた感情が、他の人々や活動へ方向づけ直される

💡 この3相は Bowlby の分離反応(抗議・絶望・脱愛着)と同じ構造をもつ。愛着と発達心理学で扱った枠組みが、成人のにも適用されている。

死にゆく成人——恐怖と悲嘆

共有を促す(encourage sharing)。終末期の人が何を恐れているかを知っていると決して思い込まない。

生命を脅かす疾患をもつ人の恐怖の原因:

  • 愛する人・家・仕事などからの分離への恐怖
  • 他者の重荷になることへの恐怖
  • 統制を失うことへの恐怖
  • 扶養している人についての恐怖
  • 痛みや他の症状の悪化への恐怖
  • 人生の課題や責任を完了できないことへの恐怖
  • 死んでいく過程(dying)への恐怖
  • 死んでいる状態(being dead)への恐怖
  • 他者の恐怖への恐怖(反射された恐怖 reflected fear)

対応:ほとんどの患者は、恐怖を共有できるだけの安心を作ってもらえれば利益を得る。

  • 「死」や「終末期疾患」について話すことを恐れない
  • ただし、患者がまだ直面する準備のできていない事実に直面させようと押しつけない
  • 保証、情緒的支持

💡 恐怖は痛みを増悪させ、痛みは恐怖を増悪させる。と理解が助けになる。との定期的な面談、ときに、関わっている家族への働きかけ。

進行に伴う一連の喪失

生命を脅かす疾患をもつ患者は、病気の進行につれて連続的な喪失を経験する——安全の喪失/身体機能の喪失/ボディイメージの喪失/力や体力の喪失/自立の喪失/自尊心の喪失/他者からの敬意の喪失/未来の喪失。

💡 病気は段階的に進行し(最初は手術や化学療法だけで楽観的でありうる)、それでも喪失について話すことが重要(身体の変化、脱毛、人生における安全)。

は自然なものであり、認められ表現される必要がある。早い段階でを表現する助けを得た人は、後により良く対処できる可能性が高まる。

医師自身の悲嘆

💡 いつ助けを求めるべきかを知っていることは成熟の徴である。賢明なは、さまざまな必要に応える支援の仕組みをあらかじめ作っておく(→ のメンタルヘルスとバーンアウト)。

悪い知らせを伝える(breaking bad news)

段階 内容
1. 始める 話す内容を計画する/適した環境/小児患者ならまず両親と/患者は誰に同席してほしいか
2. 患者は何を知っているか 情報/悪い知らせを理解する能力の確認/「ご自身の医学的な状況をどう説明されますか」「病気や症状について心配していましたか」「他のからどう言われましたか」「最初に症状が出たとき何だと思いましたか」/患者が沈黙したり続けられないときどうするか
3. 患者はどれだけ知りたいか 情報処理の仕方は人により異なる。情報を受け取ることを断る権利、あるいは他の人に伝えてもらうよう指定する権利がある/「状況の詳細を全てお話ししましょうか。そうでなければ、どなたか他の方にお話ししましょうか」「本当に自分の病気を知りたくなく、家族に伝えてほしいという方もいます。どちらがよいですか」/家族が「言わないで」と言うときの扱い
4. 情報を共有する 繊細かつ率直に/小さく区切って/専門用語を避ける/理解を確認する/沈黙と身体言語が助けになる/深刻さを過小に言わない/例:「結果が戻りましたが、望んでいたようなものではありませんでした。結腸にがんがあることが示されています」「残念ながら悪い知らせです。で娘さんが白血病だと分かりました」
5. 患者・家族の感情に応じる 感情の反応は多様——怒り、悲しみ、不安、安堵、不信、、恥、状況の主知化/極端な反応:闘争か/支持的に:「お怒りのように見えます。何を感じているか話していただけますか」「この知らせは怖いですか」「今お話ししたことについてどう感じているかもっと教えてください」「何が最も心配ですか」「この知らせはあなたにとってどんな意味がありますか」「違う知らせであればよかったのにと思います」「どなたかにお電話しましょうか」
6. 計画と 治療の今後の計画/情緒的・実際的な支援——紹介/家族(両親やきょうだい)への支援/患者が一人で帰らないこと、自殺の危険がないことを確認する/次回の受診

💡 この6段階は SPIKES(Baile ら)と同じ構造をもつ8——Setting(場の設定)、Perception(患者の認識)、Invitation(患者が求める情報量)、Knowledge(知識の共有)、Emotions(的に感情へ対応)、Strategy and Summary(方略と要約)。性の問題を扱う PLISSIT(性の障害)と同じく、話しにくい話題を段階に分けて構造化するという発想である。

まとめ

  • 死の定義=意識の能力の永続的喪失+すべての脳幹機能の喪失。古典的判定基準はハーバード基準(・自発呼吸なし・反射消失・・24時間後に再検・低体温とを除外)だが、現行の手続きは各国ガイドラインで更新されており、は必須ではない。
  • 意識障害の鑑別:昏睡(しない)/(気づきのない覚醒)/(一貫しないが再現性のある気づき)/(意識はあるが表出できない)。
  • 最多の死因は心血管疾患。米国では1900年に感染症が死因の約3分の1を占めており、20世紀に構成が転換した。
  • Kübler-Ross の5段階:→怒り→取引→抑うつ→受容。「」は段階に含まれない。直線的な順序としては実証されていない——遺族の前向き研究では思慕が最も強い陰性反応で、受容が全期間を通じて最も強い。原著は死にゆく本人の記述であって遺族のモデルではない。
  • 正常な=身体的苦痛・故人へのとらわれ・・敵意で、陰性の指標のピークはおおむね後6か月以内。「4〜6週間以内なら正常」という基準は用いない。は正常でなく、の欠如も病的な形をとる。
  • 遷延性症は -TR(2022)で追加された診断(成人で12か月以上)。ICD-11(6B42)は6か月以上で、 と ICD で閾値が異なる。
  • 終末期の恐怖は多様(分離・重荷になること・統制の喪失・他者の恐怖への恐怖)。知っていると思い込まない、話すことを恐れないが押しつけない。恐怖と痛みは相互に増悪させる。
  • 悪い知らせは6段階(=SPIKES)。患者には知らない権利がある。深刻さを過小に言わず、小さく区切り、最後に一人で帰らせない。

出典

  1. 1.A Definition of Irreversible Coma: Report of the Ad Hoc Committee of the Harvard Medical School to Examine the Definition of Brain Death(JAMA(ハーバード医科大学特別委員会)・1968)不可逆的昏睡(脳死)の判定基準——刺激への無反応、自発運動と自発呼吸の欠如、反射の消失、平坦脳波、24時間後の再検、低体温と中枢神経抑制薬の除外閲覧 2026-08-17
  2. 2.Trends in Infectious Disease Mortality in the United States During the 20th Century(JAMA(著者 Gregory L. Armstrong, Laura A. Conn, Robert W. Pinner)・1999)米国で1900年には感染症が死因の約3分の1を占めたが、20世紀を通じて感染症死亡が大きく減少し、死因の構成が心血管疾患とがん中心へ転換したこと閲覧 2026-08-17
  3. 3.Global burden of 369 diseases and injuries in 204 countries and territories, 1990–2019(The Lancet(GBD 2019 Diseases and Injuries Collaborators)・2020)世界の死因として虚血性心疾患を筆頭とする心血管疾患が最多であり、20世紀初頭の感染症中心から大きく転換したこと閲覧 2026-08-17
  4. 4.On Death and Dying(Macmillan(著者 Elisabeth Kübler-Ross)・1969)死にゆく患者の心理的反応を5段階(否認・怒り・取引・抑うつ・受容)として記述したこと閲覧 2026-08-17
  5. 5.An empirical examination of the stage theory of grief(JAMA(著者 Paul K. Maciejewski, Baohui Zhang, Susan D. Block, Holly G. Prigerson)・2007)遺族233名を死別後1〜24か月追跡した結果、不信は最初の優勢な反応ではなく、優勢な陰性反応は「思慕(yearning)」であり、「受容」が全期間を通じて最も強く、陰性の指標はいずれも死別後およそ6か月以内にピークを迎えること閲覧 2026-08-17
  6. 6.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)(American Psychiatric Association・2022)遷延性悲嘆症(prolonged grief disorder)が DSM-5-TR で新たに正式な診断として収載され、成人では死別から12か月以上(小児・青年では6か月以上)の持続を要件とすること閲覧 2026-08-17
  7. 7.ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(World Health Organization・2022)ICD-11 は遷延性悲嘆症(6B42)を収載し、死別から少なくとも6か月の持続と、その人の文化・文脈で予想される範囲を明らかに超えることを要件とすること閲覧 2026-08-17
  8. 8.SPIKES—A Six-Step Protocol for Delivering Bad News - Application to the Patient with Cancer(The Oncologist(著者 Walter F. Baile, Robert Buckman, Renato Lenzi ら)・2000)悪い知らせを伝える6段階プロトコル SPIKES(場の設定・患者の認識・患者の求める情報量・知識の共有・感情への対応・方略と要約)閲覧 2026-08-17