医療社会学

医療社会学 · 07

COVID-19と社会(総復習)

COVID-19 and Society: A Revision of the Sociological Issues

🧠 これは総復習の講で、新しい概念は出てこない。 を素材に、疫学転換・不平等・3つの説明・文化・医療制度という既習の概念をすべて動員して一つの現象を分析する。

⚠️ この講の元になった講義は2021年10月に行われた。当時 は進行中の緊急事態として語られていたが、 は2023年5月5日に PHEIC の終了を宣言している1。以下では2021年時点の数字はその日付の値として明示し、その後の経過を別に記す。

講義の枠組み

  • COVID-19 が医療制度にどう影響したか
  • COVID-19 が異なる・経済的位置にある人々にどう異なる影響を与えたか
  • の死亡率・が不平等によってどう形づくられ、それが同じ不平等をさらに増大させるか
  • への社会の反応が新しい規範と文化をどう形づくるか

規模——2021年10月の値と2026年までの経過

時点 への報告に基づく
2021年10月15日(講義当時に引かれた値) 239,437,517件 / 死亡 4,879,235件
2026年8月初旬 約7億7929万件 / 死亡 約712万件

出所はいずれも の集計2。値は各国からの報告の修正に伴って遡って改訂される—— の現行の週次系列では2021年10月中旬の値は約2億4053万件・死亡約494万件であり、当時の日次ダッシュボードの表示とは一致しない。「◯月◯日時点の報告値」として扱う数字であって、真の感染者数・死者数ではない。

⚠️ 報告死亡数は被害の下限である。 の推計では、に関連する超過死亡は2020〜2021年で約1490万人(範囲1330万〜1660万人)3、2020〜2023年では約2210万人——報告死亡数(約700万人)の約3倍にのぼる4。この差には、 と診断されなかった死亡と、医療の逼迫により他疾患の適切なケアを受けられなかった死亡の両方が含まれる。

時期の区分:

  • 2020年1月30日—— が PHEIC を宣言
  • 2020年3月11日—— が を「」と形容
  • ワクチンが使えるようになる2020年12月まで、防御手段は・マスク・衛生だった。これらは「12世紀以来」ではなく、が制度として成立したのは14世紀の対策である(地中海の港市で船と旅行者を一定期間隔離する仕組みとして始まった)5
  • 2021年以降、豊かな国でのワクチン接種の普及とともに、防御の重心が隔離とロックダウンからワクチン接種へ移った
  • 2023年5月5日—— が PHEIC の終了を宣言。これは「宣言」ではない。 は同時に、 が確立した継続的な健康問題であり続けると述べている1
  • 2025年5月——世界保健総会が 協定を採択(病原体アクセス・利益配分の附属書は継続交渉)6

復習1:疫学転換

→ 健康と病いの社会史と疫学転換

(ある時期・地域に生まれた人が統計的平均に基づいて生きると期待される年数)は、経済発展と生活条件の改善とともに上昇するのが常だった。

⚠️ はこれを一時的に逆転させた——英国男性の出生時は2018〜2020年の生命表で2012〜2014年の水準(79.0年)までし、約40年続いた改善傾向が反転した7。英国だけではない。高所得29か国の分析はほぼすべての国で低下を示した8。

その後の回復——ここが2021年時点の講義では語りえなかった部分である。

  • 世界全体:出生時は2021年に71歳(2011年の水準)まで低下し、2023年に部分的に回復した4
  • 27か国の分析:西欧・北欧・南欧は2021年に反転上昇したが、米国・チリ・東欧は2021年も低下が続いた。2022年以降は広く回復したものの、2023年5月時点で27か国中22か国は前の水準に戻っていなかった9
  • 英国:2022〜2024年の生命表では男性79.1年・女性83.0年まで戻り、女性は2017〜2019年の水準に復帰したが男性はなお僅かに下回る10

💡 社会学的な読み:の低下と回復の速さが国によって違うという事実そのものが、この科目の主題である。同じウイルスに曝されても、制度と社会構造が違えば帰結が違う。

第5の疫学期という提案: は、新興・再興感染症を第5段階として位置づけうるかという議論をさせた。これは確立した学説ではなく提案である(→ 疫学転換)。挙げられる根拠は/新しい病原体/ヒトの免疫を克服する変異/種を越えた伝播。

復習2:社会的不平等と健康格差

→ 社会階層化と健康格差

不平等=異なる位置にある人々への不平等な機会や。より有利な位置にある人はより良い健康状態とより長い生を経験する。

社会学者は人間の本性や性格ではなく——に定義された位置で一定の権利・義務・期待される行動を伴うもの——によって行動と経験を説明する。異なる地位の人は異なる生活様式と人生機会をもつ。

に関して見る地位:職業・人種・民族・教育。

の死亡率は一般的な健康格差のパターンを反映した——民族的・人種的少数派、教育程度の低い人、肉体労働職の人で高い。英国では最も剥奪度の高い地域の死亡率が最も低い地域の約2倍だった11。この分布が不平等に規定されていたことは、その後の総括でも確認されている12。

COVID-19 と健康格差の悪循環

不平等が感染を生み、感染が不平等をさらに拡大する。

経路 内容
デジタル教育 低所得の親は、ネットと適切なデジタル機器へのアクセスが限られるため、子どもがデジタル教育で不利になった(→ デジタルヘルスのデジタルデバイド)
在宅勤務 教育程度の低い人は在宅勤務ができず、感染または失職の可能性が高まった
雇用 低所得労働者は一時解雇や失職の可能性が高かった
flowchart TD
  A["既存の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='social'>社会的</span>不平等<br>職業・教育・民族・所得"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='coronavirus disease 2019'>COVID-19</span> の罹患・死亡の不平等<br>少数派・低学歴・肉体労働職で高い"]
  A --> C["在宅勤務できない<br>デジタル機器がない<br>一時解雇・失職"]
  C --> B
  B --> D["さらなる経済的損失<br>教育機会の損失"]
  D --> A

3つの説明を COVID-19 に適用する

説明 における具体例
防護具を買う金がない/経済的理由で自己隔離できない/サービスにアクセスできず検査やワクチン接種を受けられない。ウイルスから身を守るのに必要な資源をもたない
限られたヘルスリテラシー(どの情報源が信頼できるか分からない、あるいは理解できない)/マスク着用やを実践しない——それらを信じていないから/規範のために隔離が受け入れられない場合もある。ワクチン接種のためらいにどんな・文化的要因が働くかを明らかにすることが重要であり、これは非難の対象ではなく取り組むべき社会学的問題である
ロックダウン期に精神保健が悪化した——2020年のうつ病有病は推定27.6%、不安症は25.6%増加し、女性と若年層で影響が大きかった13。アルコールや薬物の消費、オンラインゲームなどの行動の増加も報告された。自殺率は一律には上昇していない——21か国の暫定データでは初期に上昇は認められず、一部地域では低下していた14。「精神保健の悪化」と「自殺の増加」を同一視しない

⚠️ 貧困も重要な論点。2020年に極度の貧困人口が数十年ぶりに増加へ転じた15。ただしこの増加は一時的で、その後は減少に戻っている——世界銀行は現在、極度の貧困線を1日3.00ドル(2021年)に改訂しており、2025年時点で約8億3100万人が極度の貧困にあると推計する。問題は「増え続けている」ことではなく、貧困削減の速度がこの10年で大きく鈍化したことである16。影響は低所得国でより強く感じられる。

復習3:文化

→ 異文化間医療

文化=ある社会の人々が共有する共通の遺産(習慣・価値・言語・観念・物)。文化とはあなたの中にある社会——あなたの価値・規範・信念、世界の見方、物事の意味。家族・友人・学校・メディア・宗教などから少なくとも部分的に学習される。・健康行動・健康関連問題の理解に影響する。

は日常の規範を短期間で書き換えた。外出制限、遠隔学習、、接触の欠如は、2019年にはほとんどの人が予見しなかった「新しい正常(new normal)」をもたらした。その変化のうち何が定着したかは領域によって異なる——遠隔診療や在宅勤務のように制度に組み込まれたものもあれば、ほぼ元に戻ったものもある。「長く続く」と一括して語らず、どの慣行が残りどれが戻ったかを個別に見るのが社会学的な扱いである。

復習4:医療制度

→ 医療制度

が保健システムに与えた最も重要な影響を整理する。鍵概念は保健システムのである。

主な帰結:

  • による(overload)
  • ——報告死亡の約3倍という推計が、システム全体への負荷の指標になる4
  • スタッフの欠勤
  • 以外の医療の
  • 経済的帰結

💡 これらの帰結の程度は国によって異なり、その差自体が制度の性質を映す。「より多くの金 ≠ より良い医療」と「理想の制度は存在しない」というが、という観点から再検討されることになる12。

事例分析の枠組み

一つの事例(ある人物・ある集団に起きたこと)を社会学的に分析するときの概念の動員順序。

  1. 地位を列挙する(職業・教育・民族・年齢・性別・居住地域・所得)——医療社会学入門の「White 夫人」の演習と同じ手順
  2. 社会学的想像力を使う——個人主義的説明(無知だから、怠慢だから)を明示的に退ける
  3. 3つの説明で分析する——物質的・文化的・心理社会的
  4. 必要なら文化次元・逆ケアの法則・疾病行動と正常化・ヘルスリテラシーを援用する
  5. 制度の水準に接続する(財源類型、アクセス、逆ケアの法則)

まとめ

  • 総復習の講であり新しい概念はない。 を素材に既習概念を総動員するのが要点。
  • 数字は日付つきで扱う:2021年10月15日の報告値は約2億3944万件・死亡約488万件、2026年8月初旬では約7億7929万件・約712万件。値は遡って改訂される。
  • 報告死亡は下限——超過死亡は2020〜2021年で約1490万人、2020〜2023年で約2210万人(報告値の約3倍)。
  • PHEIC は2023年5月5日に終了したが、それは宣言ではない。2025年5月に 協定が採択された。
  • は低下して部分的に回復した:世界で2021年に71歳(2011年水準)→2023年に部分回復。英国男性は2018〜2020年に2012〜2014年水準へし、2022〜2024年で79.1年(女性は2017〜2019年水準に復帰、男性はなお僅かに下回る)。27か国中22か国は2023年5月時点で未回復。
  • ワクチン前(2020年12月まで)の防御は・マスク・衛生。の制度的起源は14世紀の対策(「12世紀以来」ではない)。
  • COVID の死亡率は既存の健康格差パターンを反映した(少数派・低学歴・肉体労働職で高い。英国では剥奪度地域で約2倍)。さらに悪循環——在宅勤務できない/デジタル機器がない/解雇されやすい、が感染と経済的損失を通じて不平等を再生産する。
  • 3つの説明の適用:物質的(防護具・自己隔離・検査/ワクチンへのアクセスの欠如)/文化的(ヘルスリテラシー、マスクへの不信、隔離と規範の衝突、ワクチンのためらいは非難ではなく分析の対象)/心理社会的(2020年にうつ病27.6%・不安症25.6%増、女性と若年層で大きい。自殺率の上昇は一律には確認されていない)。
  • 貧困は2020年に増加へ転じたが、その後は減少に戻った。現在の論点は削度の鈍化である。
  • 保健システムへの帰結:・超過死亡・スタッフ欠勤・COVID以外の医療の縮小・経済的帰結。鍵概念は。

出典

  1. 1.Statement on the fifteenth meeting of the IHR (2005) Emergency Committee regarding the COVID-19 pandemic(World Health Organization・2023)2023年5月5日、WHO は COVID-19 が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を構成しなくなったと宣言し、同時に確立した継続的な健康問題であり続けると述べたこと閲覧 2026-08-17
  2. 2.WHO COVID-19 Dashboard(World Health Organization・2026)WHO への報告に基づく累積値。2026年8月初旬時点で世界の確定例 約7億7929万件、死亡 約712万件。2021年10月中旬時点では確定例 約2億4000万件、死亡 約490万件であり、累積値は後から遡って改訂されること閲覧 2026-08-17
  3. 3.The WHO estimates of excess mortality associated with the COVID-19 pandemic(Nature(著者 William Msemburi ら)・2023)2020〜2021年の世界の超過死亡を約1490万人(範囲1330万〜1660万人)と推計した WHO の方法と結果閲覧 2026-08-17
  4. 4.World health statistics 2026: monitoring health for the SDGs(World Health Organization・2026)世界の出生時平均余命は2021年に71歳(2011年の水準)まで低下し、2023年に部分的に回復したこと。パンデミックに関連する超過死亡は2020〜2023年で約2210万人と推計され、報告死亡数(約700万人)の約3倍であること閲覧 2026-08-17
  5. 5.Lessons from the History of Quarantine, from Plague to Influenza A(Emerging Infectious Diseases(著者 Eugenia Tognotti)・2013)検疫(quarantine)は14世紀のペスト対策として地中海の港市で制度化されたものであり、そこから近代の感染症対策へ受け継がれたこと閲覧 2026-08-17
  6. 6.World Health Assembly adopts historic Pandemic Agreement(World Health Organization・2025)2025年5月の世界保健総会が WHO パンデミック協定を採択し、病原体アクセス・利益配分(PABS)の附属書は継続交渉に付されたこと閲覧 2026-08-17
  7. 7.National life tables – life expectancy in the UK: 2018 to 2020(Office for National Statistics, UK・2021)2020年の高い死亡を含む最初の生命表で、英国男性の出生時平均余命が2012〜2014年の水準(79.0年)まで後退し、約40年続いた改善傾向が反転したこと閲覧 2026-08-17
  8. 8.Excess deaths associated with covid-19 pandemic in 2020: age and sex disaggregated time series analysis in 29 high income countries(BMJ(著者 Nazrul Islam ら)・2021)2020年に高所得29か国で超過死亡が生じ、ほぼすべての国で平均余命が低下したこと閲覧 2026-08-17
  9. 9.Changing impact of COVID-19 on life expectancy 2019–2023 and its decomposition: Findings from 27 countries(SSM - Population Health(著者 Guogui Huang ら)・2023)27か国のうち西欧・北欧・南欧は2021年に平均余命が反転上昇し、米国・チリ・東欧は2021年も低下を続けたこと。2022年以降広く回復したが、2023年5月時点で27か国中22か国はパンデミック前の水準に戻っていなかったこと閲覧 2026-08-17
  10. 10.National life tables – life expectancy in the UK: 2022 to 2024(Office for National Statistics, UK・2025)2022〜2024年に英国の出生時平均余命は男性79.1年・女性83.0年へ回復し、女性は2017〜2019年の水準に戻ったが男性はなお僅かに下回ること閲覧 2026-08-17
  11. 11.Deaths involving COVID-19 by local area and socioeconomic deprivation(Office for National Statistics, UK・2020)英国で最も剥奪度の高い地域の COVID-19 死亡率が、最も剥奪度の低い地域の約2倍であったこと閲覧 2026-08-17
  12. 12.The Lancet Commission on lessons for the future from the COVID-19 pandemic(The Lancet(著者 Jeffrey D. Sachs ら)・2022)COVID-19 パンデミックの社会経済的影響と、社会的不平等が感染・死亡の分布を規定したことについての総括閲覧 2026-08-17
  13. 13.Global prevalence and burden of depressive and anxiety disorders in 204 countries and territories in 2020 due to the COVID-19 pandemic(The Lancet(著者 Damian F. Santomauro ら/COVID-19 Mental Disorders Collaborators)・2021)2020年にうつ病の有病が推定27.6%、不安症が25.6%増加したと推計され、女性と若年層で影響が大きかったこと閲覧 2026-08-17
  14. 14.Suicide trends in the early months of the COVID-19 pandemic: an interrupted time-series analysis of preliminary data from 21 countries(The Lancet Psychiatry(著者 Jane Pirkis ら)・2021)21か国の暫定データでは、パンデミック初期に自殺率の上昇は認められず、一部の地域では低下していたこと閲覧 2026-08-17
  15. 15.Projected poverty impacts of COVID-19(World Bank・2020)COVID-19 により極度の貧困人口が数十年ぶりに増加に転じたという推計閲覧 2026-08-17
  16. 16.Poverty: Overview(World Bank・2026)極度の貧困線は1日3.00ドル(2021年PPP)に改訂され、2025年時点で約8億3100万人が極度の貧困にあること。貧困削減の速度はこの10年で大きく鈍化したこと閲覧 2026-08-17