分子細胞生物学

分子細胞生物学 · 36

遺伝子工学の生物医学的応用(トランスジェニック動物;ノックアウト・ノックイン・ノックダウン技術;クローニング)(EM学生のみ)

Biomedical application of genetic engineering processes (transgenic animals; knock-out, knock-in and knock-down techniques; cloning) (only for EM-students)

🧠 モデルは「遺伝子を足すか(トランスジェニック、)」「取り除くか()」「一時的に黙らせるか()」という3つの操作の変奏である。 がでのという「狙い撃ちだが手間のかかる」正攻法であるのに対し、(RNAi)は「遺伝子は残したまま発現量だけ下げる」という迅速で可逆的な代替手段であり、()はこれら全ての改変を個体レベルで固定・複製する技術として位置づけられる。

トランスジェニック動物

とは、遺伝子操作により外来(トランスジーン、transgene)がゲノムへ導入された動物である。トランスジーンは通常、その動物種には天然には存在しない遺伝子、またはが改変された内因性遺伝子のコピーである。

前核注入法

最も古典的な作製法。

  1. 受精直後の()を採取する
  2. により、直鎖状の構築物(プロモーター+目的遺伝子)を(より大きく可視化しやすい)へ直接注入する
  3. 注入されたはランダムな部位でゲノムへ組み込まれる(は制御できない)
  4. 注入卵を偽妊娠させた仮親の卵管へ移植する
  5. 生まれた仔(F0世代)のうちトランスジーンを持つものを、テールの/でスクリーニングする

⚠️ はを制御できない。 これにより①が個体ごとに異なる(発現量のばらつき)、②の内因性遺伝子を破壊する「」が偶発的に起こりうる、という2つの限界を持つ。

ノックアウト技術

特定遺伝子の機能を完全に喪失させ、その遺伝子がで担う役割を明らかにする手法。マウスのは(E)を介した(homologous recombination)により行われる。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='target gene'>標的遺伝子</span>の両側に相同配列を持つ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='targeting vector'>ターゲティングベクター</span>を設計"] --> B["ベクター中央に選択マーカー(例:neo耐性遺伝子)を挿入し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='target gene'>標的遺伝子</span>を破壊"]
  B --> C["E<span class='jp-term jp-term-diagram' title='S cell'>S細胞</span>へ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='electroporation'>エレクトロポレーション</span>で導入"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='homologous recombination'>相同組換え</span>が起こったE<span class='jp-term jp-term-diagram' title='S cell'>S細胞</span>のみを選択マーカーで選抜"]
  D --> E["選抜したE<span class='jp-term jp-term-diagram' title='S cell'>S細胞</span>を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='blastocyst'>胚盤胞</span>へ注入"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chimeric mouse'>キメラマウス</span>を作出"]
  F --> G["生殖系列にE<span class='jp-term jp-term-diagram' title='S cell'>S細胞</span>由来の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mutant allele'>変異アレル</span>を持つ子孫(F1)を選抜"]
  G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='heterozygote'>ヘテロ接合体</span>同士を交配しホモ接合<span class='jp-term jp-term-diagram' title='knockout mouse'>ノックアウトマウス</span>を得る"]
  1. の両側に相同な配列を持つを設計する——ベクター中央にはのコード領域を破壊する形で選択マーカー(多くは耐性遺伝子、neo)を挿入する
  2. をEへで導入する
  3. により内因性遺伝子が破壊されたEのみを、選択マーカーによる薬剤選抜(G418耐性等)で選び出す——の頻度は非よりはるかに低いため、(neo耐性)と(例:遺伝子による感受性)を組み合わせるダブルセレクションがよく用いられる
  4. 選抜されたEを宿主へ注入する→(E由来組織と宿主胚由来組織が混在する個体)を作出する
  5. の生殖細胞がE由来であるものを選び、これを交配して(F1)を得る
  6. 同士を交配し、比に従いホモ接合(1/4の頻度)を得る

⚠️ E+は「以前の標準法」であり、現在の作製の主流はCRISPR/Cas9の注入である。 従来法では多重変異マウスを得るのにEでの逐次的なか、単一変異マウス同士の時間のかかる交配が必要だった。これに対しCas9 mRNAとsgRNAをへ共注入する方法では、2遺伝子(Tet1・Tet2)のを持つマウスが80%の効率で1段階で得られ、変異オリゴを同時に入れれば2遺伝子への点変異導入(=)まで1段階で行える1。Eクローンの選抜・作出・生殖系列伝達の確認という工程が丸ごと不要になるため、所要期間が大幅に短縮された。上のEルートは廃れたのではなく、条件付きアレル(floxed)の作製や、組換えを確認してから個体化したい場合に今も使われる——理解すべきなのは「で狙い撃ちする」という原理そのものが、部位特異的ヌクレアーゼ(ZFN→TALEN→CRISPR/Cas9)でを狙った場所に作ることで飛躍的に効率化された、という流れである。ZFN・TALENは標的配列ごとに結合タンパク質を設計し直す必要があったが、CRISPRはガイドの20塩基を替えるだけで標的を変えられる点が決定的な違いだった。

コンディショナルノックアウト:Cre-loxPシステム

全身性のがとなる遺伝子の場合、特定の組織・でのみ遺伝子を欠失させるが用いられる。

  • loxP配列(34 bpの特異的配列)をの重要なの両側に挿入した「floxed(flanked by loxP)」マウスを作製する
  • Cre組換え酵素を組織特異的プロモーターの制御下で発現するマウスと交配する
  • Creが発現した組織でのみloxP配列間のが切り出され、が不活化される——他の組織では遺伝子は正常に機能する

⭐ Cre-loxPシステムの利点は「いつ・どこで」遺伝子を欠失させるかを制御できる点にある。 これにより発生初期に必須の遺伝子であっても、成体の特定組織でのみその機能を解析することが可能になる。

ノックイン技術

が遺伝子の破壊であるのに対し、は内因性遺伝子座に新しい配列(、レポーター遺伝子、ヒト化配列など)を部位特異的に導入する技術である。機序はと同様にを利用するが、が単に遺伝子を破壊するのではなく、置換したい配列(点変異、GFPなどのレポーター遺伝子、ヒト疾患など)を運ぶ点が異なる。

  • レポーター: 内因性遺伝子座にGFP等のレポーター遺伝子を挿入し、内因性プロモーターの制御下でその遺伝子の発現パターンを可視化する
  • 疾患モデル: ヒト疾患の原因となる点変異をマウスの相同遺伝子座に導入し、より生理的な疾患モデルを作る(ランダム挿入のトランスジェニックより内因性の発現調節を保持する点で優れる)

💡 点変異には「を切らない」第2・第3世代がある。 (HDR)による配列置換も、CRISPR/Cas9による切断+HDRも、を作るため意図しない挿入欠失(indel)を副産物として伴う。2016年のはCas9にを融合し、もドナーも用いずにC→T(G→A)置換を約5塩基の窓の中で起こす手法で、第2・第3世代では細胞の約15〜75%を修正しながらindelを通常1%以下に抑える2。2019年のは、切断活性を欠いたCas9に逆転写酵素を融合し、入れたい編集内容そのものを書き込んだpegRNAで導くことで、挿入・欠失・12種類すべての点変異をもドナーもなしに導入する——HDRより高いか同等の効率で副産物が少なく、原理上は既知のヒト疾患関連変異の最大89%を修正しうるとされる3。による古典的が不要になったわけではないが、「1塩基だけ変えたい」ときの第一選択は切断を伴わないこの系統へ移りつつある。

ノックダウン技術

/が遺伝子そのものを永続的に改変するのに対し、は遺伝子を残したまま発現量を一時的・部分的に低下させる手法である。

手法 機序
RNAi(干渉) siRNA/shRNAを導入し、標的mRNAを経由で分解・する(21-regulation-of-eukaryotic-gene-expression-by-rna-interference-mirna-sirna参照)
標的mRNAに相補的な/様分子を結合させ、RNase H依存性分解またはスプライシング阻害により発現を低下させる
主にゼブラフィッシュ等の発生生物学モデルで、やスプライシングを的に阻害する修飾オリゴヌクレオチド

💡 の利点は迅速性と可逆性である。 の作製には数か月〜1年以上を要するが、siRNAによるは数日で効果を評価でき、遺伝子でも成体組織で一過性に発現を下げて解析できる。ただし完全な発現消失(ヌル)は通常得られず、効果のリスクも伴う。

クローニング:体細胞核移植

とは、既存の個体と遺伝的に同一な個体を作出する技術であり、代表的な手法がである(1996年のクローン羊ドリー、Dollyがその最初のでの成功例)。

flowchart TD
  A["ドナー個体の体細胞(例:乳腺上皮細胞)を採取"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='unfertilized egg'>未受精卵</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oocyte'>卵母細胞</span>)から核を除去(除核)"]
  C["体細胞(核を含む)を除核<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oocyte'>卵母細胞</span>へ融合または注入"] --> D["電気パルスにより<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cell fusion'>細胞融合</span>+卵の活性化を誘導"]
  B --> C
  D --> E["体細胞由来の核が卵細胞質による初期化(reprogramming)を受ける"]
  E --> F["初期胚として発生開始→仮親の子宮へ移植"]
  F --> G["ドナー個体と同一の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nuclear genome'>核ゲノム</span>を持つクローン個体の誕生"]
  1. ドナー個体の体細胞(乳腺上皮細胞など、分化した体細胞でよい)を採取する
  2. 別個体から採取した母細胞の核を吸引除去する(除核)
  3. 体細胞(核を含む)を除核へ電気融合または顕微注入する
  4. 電気パルスによりと卵の活性化(受精に類似した刺激)を同時に誘導する
  5. 卵細胞質中の因子が体細胞由来の分化した核を初期化し、に近い状態へ巻き戻す
  6. 初期化された核を持つ細胞が初期胚として発生を開始し、仮親の子宮へ移植される
  7. 誕生した個体はドナー体細胞と同一のを持つ(は卵提供個体由来のため完全に同一ではない)

⚠️ SCNTクローンの成功率は低く、や遺伝子発現異常などの初期化不全に起因する健康上の問題(早期老化、肥満、免疫異常など)が報告されている。 これは体細胞の核が本来持っていたな修飾(メチル化パターン等、22-epigenetic-regulation-of-eukaryotic-transcription-the-role-of-dna-methylation参照)が、卵細胞質による初期化過程で完全には消去されないことに一因があると考えられている。

医学・生物学的応用のまとめ

技術 主な用途
遺伝子の・の効果の解析、疾患モデル作製、質産生動物(例:乳汁中に治療用タンパク質を分泌するヤギ)
遺伝子の生理的機能の同定(loss-of-function解析)
(Cre-loxP) 遺伝子の組織特異的・時期特異的機能解析
ヒト疾患変異の生理的モデル化、内因性遺伝子発現パターンの可視化
(RNAi) 迅速・可逆的な機能スクリーニング、標的の検証
SCNT 優良の複製、絶滅危惧種の保全、(将来的な)患者由来クローンを用いた再生医療研究

まとめ

  • はによりランダムな部位へ外来遺伝子を導入するが、を制御できないため発現量のばらつきやのリスクを伴う。
  • はEでのと作出により内因性遺伝子を破壊する手法であり、Cre-loxPシステムを用いたにより組織特異的・時期特異的な遺伝子欠失が可能になる。
  • はを利用して内因性遺伝子座に新規配列(、レポーター遺伝子)を部位特異的に導入する点でと区別される。
  • 作製手段は世代交代している——EでのはCRISPR/Cas9の注入(1段階・両アレル80%)に主流を譲り、点変異の導入にはさらにを伴わない(2016年)とプライム編集(2019年)が加わった。ただし条件付きアレル作製など、Eルートが今も使われる場面は残る。
  • (RNAi、、)は遺伝子を破壊せず発現量を一時的に低下させる、迅速かつ可逆的な代替アプローチである。
  • によるは、分化した体細胞の核を除核の細胞質で初期化することにより、ドナーと同一のを持つ個体を作出する技術であり、初期化不全による健康上の課題を抱える。

出典

  1. 1.One-step generation of mice carrying mutations in multiple genes by CRISPR/Cas-mediated genome engineering(Cell・2013)多重変異マウスは従来ES細胞での逐次的相同組換えか長期交配で作られていたが、Cas9 mRNAとsgRNAの受精卵共注入によりTet1・Tet2の両アレル変異マウスが80%の効率で1段階で得られ、変異オリゴの併用で2遺伝子に同時に点変異(ノックイン)も導入できた閲覧 2026-08-22
  2. 2.Programmable editing of a target base in genomic DNA without double-stranded DNA cleavage(Nature・2016)塩基編集はCas9とシチジンデアミナーゼの融合体により二本鎖切断もドナーDNAも使わずC→T(G→A)置換を約5塩基の窓内で起こし、第2・第3世代では細胞DNAの約15〜75%を修正しつつindel生成を通常1%以下に抑える閲覧 2026-08-22
  3. 3.Search-and-replace genome editing without double-strand breaks or donor DNA(Nature・2019)プライム編集は切断活性を欠くCas9と逆転写酵素の融合体をpegRNAで導き、二本鎖切断もドナーDNAもなしに挿入・欠失・12種類すべての点変異を導入する。相同組換え修復(HDR)より高いか同等の効率で副産物が少なく、既知のヒト疾患関連変異の原理上最大89%を修正しうる閲覧 2026-08-22