組織病理学

組織病理学 · H2-098A

皮内母斑(メラノサイト母斑)

Intradermal nevus

疾患
後天性メラノサイト性母斑

🧠 全体像:は、母斑細胞が真皮内へ完全に移動し表皮内成分を失った成熟段階の良性病変で、真皮内での「成熟」を示すことが良性であることの重要な根拠となる。

母斑の成熟過程

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dermoepidermal junction'>真皮表皮境界</span>部の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='melanocyte'>メラノサイト</span>巣"] --> B["接合部母斑"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='melanocyte'>メラノサイト</span>が真皮へ移動"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='compound nevus'>複合母斑</span>(境界部+真皮)"]
    D --> E["表皮・境界部成分の消失"]
    E --> F["皮内母斑(真皮内のみ)"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='superficial'>浅層</span>:大型で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pigment production'>色素産生</span>豊富"]
    F --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deep'>深層</span>:小型で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pigment production'>色素産生</span>に乏しい(成熟)"]

母斑細胞は部から真皮へ向かって成熟し、深部にいくほど小型化しが乏しくなる。この「成熟」は良性の指標であり、悪性黒色腫では通常この成熟がみられない。

良性を示唆する所見

所見 解釈
対称性 病変が左右対称に成長している
周囲皮膚との境界が鋭明である
均一な色調(evenly pigmented) 色素分布にムラがない
小型(約5mm程度) 径が大きくないこと

これらは悪性黒色腫を疑うABCDE基準(Asymmetry:非対称性、Border irregularity:、Color variation:色調の不均一、Diameter:直径6mmを超える大きさ、Evolving:)の対極にあたる、良性母斑を支持する所見として理解できる。ABCDは1985年に考案された枠組みで、2004年の文献レビューでは直径基準を6 mm未満へ引き下げる根拠は無いと判定される一方、を加えてABCDEへ拡張することが支持された1。

標本で確認される所見

所見 解釈
母斑細胞・母斑巨細胞 真皮内にする母斑細胞。多核の母斑巨細胞がみられることがあるが、それ自体は良性所見である
対称性の隆起 状に対称性に隆起する臨床像に対応する組織学的所見

分子病理と鑑別

母斑の多くはBRAF遺伝子変異(一部はRAS遺伝子変異)を有する。顕微鏡下で切り出した検体の解析では、母斑77検体中63検体(82%)にBRAF V600E変異が認められ、これは黒色腫60検体中41検体(68%)を上回る頻度だった。つまりBRAF変異はの開始段階で起こる出来事であり、それ単独では黒色腫にならない2。

腫瘍性シグナルにもかかわらず多くの母斑が長期間安定して増殖を止めるのは、による。培養ヒトにBRAF V600Eを持続発現させるとが起こり、p16INK4aと老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ活性が誘導される。でもは例外なくこの老化マーカー陽性で、しかもを伴わないことから、の枯渇ではなく能動的なの老化が起きていると考えられている3。この機序により、単一のがあっても母斑の大部分は生涯良性にとどまる。

⚠️ 深部真皮まで成熟を欠くな細胞集団、著明な、表皮内への異常な単細胞性増殖(pagetoid spread)は皮内母斑では通常みられず、悪性黒色腫を疑う所見である。母斑と鑑別が困難な場合は完全生検で全体像を評価する。

系腫瘍全般は系腫瘍、母斑の詳細は母斑を参照する。

まとめ

  • 皮内母斑はが真皮内へ完全に移動し、表皮内成分を失った成熟段階の良性病変である。
  • 深部にいくほど小型化・化する「成熟」が良性の指標である。
  • 対称性・境界明瞭・均一な色調・小径は悪性黒色腫のABCDE基準の対極にある所見である。
  • BRAF変異があってもにより多くは生涯良性にとどまる。

出典

  1. 1.Early diagnosis of cutaneous melanoma: revisiting the ABCD criteria(JAMA(Abbasi NR, Shaw HM, Rigel DS, et al.)・2004)1985年に考案されたABCD(Asymmetry・Border irregularity・Color variegation・Diameter 6 mm超)を1980〜2004年の文献に基づき再検討し、直径基準を6 mm未満へ引き下げることを支持する根拠は無いと判定されたこと。一方で色素性病変の経時的変化(Evolving)の重要性を強調するためABCDEへ拡張することが支持され、大きさ・形・症状(かゆみ・圧痛)・表面(特に出血)・色調の変化に注意すべきとされたこと閲覧 2026-08-24
  2. 2.High frequency of BRAF mutations in nevi(Nature Genetics(Pollock PM, Harper UL, Hansen KS, et al.)・2003)顕微鏡下で切り出した黒色腫と母斑の変異解析で、BRAFのV599E(現行表記でV600E)置換をもたらす変異が黒色腫転移巣60検体中41検体(68%)、原発黒色腫5検体中4検体(80%)、そして母斑77検体中63検体(82%)に認められたこと。母斑におけるRAS/RAF/MAPK経路の変異活性化はメラノサイト腫瘍化の開始における決定的な段階であるが、それだけでは黒色腫の発生には不十分であること閲覧 2026-08-24
  3. 3.BRAFE600-associated senescence-like cell cycle arrest of human naevi(Nature(Michaloglou C, Vredeveld LCW, Soengas MS, et al.)・2005)ヒトメラノサイトでBRAF V600Eを持続的に発現させると細胞周期停止が起こり、p16INK4aと老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ活性という古典的な老化マーカーが誘導されること。生体内でも先天性母斑は例外なく老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ陽性であり、増殖停止した腫瘍性ヒト病変にこのマーカーが存在することが示されたこと。増殖停止したメラノサイトではp16INK4aの誘導がモザイク状であり、p16INK4a以外の因子もBRAF V600E駆動の増殖に対する防御に関与すると考えられること。母斑はテロメア短縮を伴わないため、複製能の枯渇ではなく能動的な癌遺伝子誘導性の老化過程が起きていると考えられること閲覧 2026-08-24