微生物学

微生物学 · 1/2

原核細胞と真核細胞の比較

Comparison of pro- and eukaryotic cells

🧠 このは暗記のためではなく「抗菌薬のはどこに宿るか」を読み解くための地図として使う。 ヒトの細胞()には無くて細菌()だけが持つ構造——・70Sリボソーム・の欠如——こそが、抗菌薬がヒト細胞を傷つけずに細菌だけを選択的に攻撃できる標的になる。表の各行を「ここが違う→だから薬で狙える」という視点で読むと、以降の抗菌薬各論がすべてこの1枚の表に立ち返る。

原核細胞と真核細胞の基本比較

特徴
細胞サイズ 0.2〜2.0 μm 10〜100 μm
核 ・核小体を持たない ・核小体を持つ真の核
原則として無し(例外は後述の💡) リソソーム、、小胞体、ミトコンドリア、(植物では)葉緑体
鞭毛 1種のタンパク質からなる単純な構造 微小管が9+2配列をなす複雑な構造
莢膜またはとして存在 細胞壁を欠く一部の細胞に存在
細胞壁 通常存在し化学的に複雑(ペプチドグリカンを含む) 存在する場合は化学的に単純(・キチンなど)
細胞膜 炭水化物を含まずステロールも通常欠く。・を持つ ステロールと受容体となる炭水化物を含む
細胞質 膜にを含み、は細胞膜と結びつく(細胞骨格タンパク質も存在する——後述の💡) 細胞骨格を持ち、膜にステロールを含む
リボソーム 70S(小型) 80S(大型)。小器官内では70S
染色体 通常単一の、ヒストン様タンパク質と結合、プラスミド(染色体外因子)を持つことがある、mRNAにイントロンなし 複数の線状染色体、ヒストンと結合、全遺伝子にイントロンあり
。接合・・形質転換による伝達 有糸分裂を伴う
的組換え 無し(の伝達のみ) 減数分裂を伴う

💡 「原核生物にはがない」は「がない」という意味ではない。 細菌には、タンパク質の殻で囲まれた区画(カルボキシソームなどの細菌マイクロ)1と、細胞膜が陥入して切り離された真の小胞(磁性細菌のマグネトソーム)2の両方が知られている。一方、長く「原核生物の例外」として挙げられてきたプランクトミセス門の核様構造は、2017年の超解像顕微鏡・クライオトモグラフィーによる再検討で、外膜と著しく拡張・迂曲したを持つグラム陰性型の細胞構造として説明できることが示された3。定説だけでなく「例外」の側も書き換わっている領域である。

💡 細胞骨格も原核生物に存在する。 の相同分子FtsZ(分裂面に収縮環を作る)、アクチンの相同分子MreB(桿菌の細長い形を維持する)、様のクレセンチン(CreS)(Caulobacter の湾曲を作る)など、真核生物の3系統すべてに対応する細胞骨格タンパク質が細菌から見つかっている4。表の「細胞骨格はのもの」という対比は代表的な違いの要約として読む。

⚠️ 「原核生物」は系統群ではない。 この表の「」は細菌とをまとめた便宜的な括りだが、はを持たず、はの分岐鎖で、アミノ酸も(細菌は)である。1990年のWoeseらの3ドメイン説以降、は細菌よりも真核生物に近いとされ、「原核 vs 真核」という2分法は系統を反映しない5。この表を実質「細菌 vs ヒト細胞」と読み替えてよいのは、医学で扱う原核生物がほぼ細菌だからにすぎない(1/6 細菌の分類を参照)。

選択毒性の解剖学的基盤

表の中でも、抗菌薬治療にとりわけ重要なのは以下の3点である。

⭐ ——βラクタム系・の標的。 ヒト細胞には細胞壁そのものが存在しないため、ペプチドグリカン合成を阻害する薬剤(ペニシリン・セファロスポリン・バンコマイシンなど)は細菌だけを選択的に破壊できる。

⭐ 70Sリボソーム——アミノグリコシド系・テトラサイクリン系・マクロライド系の標的。 ヒトの細胞質リボソームは80Sだが、細菌は70S(ミトコンドリアの70Sリボソームとは薬剤の結合部位が異なるため、多くは選択的に作用する)。このサイズの違いが、タンパク質合成阻害薬のの基盤となる。

💡 の有無が抗菌薬と抗真菌薬・抗がん薬の性格を分ける。 はを持たずが細胞質に直接露出するため、細菌の複製・転写を狙う薬剤(キノロン系・リファンピシンなど)を設計しやすい。一方、である真菌はヒト細胞と核構造が近いため、抗真菌薬はを得にくく副作用が相対的に多い。

まとめ

  • (細菌)は(ヒト細胞)に比べて小型で、・を欠き、単一のとプラスミドを持つ(ただしマイクロ・マグネトソームというの例外と、FtsZ・MreB・CreSという細胞骨格は存在する)。
  • 細胞壁(ペプチドグリカン)・リボソーム(70S)・細胞膜組成(LPS・、ステロールの欠如)の違いが、に特有の構造を作る。
  • はが+接合・・形質転換による伝達、が有糸分裂・減数分裂を行う。
  • これらの違い——特に・70Sリボソーム・の欠如——が、抗菌薬がヒト細胞を傷つけずに細菌を選択的に攻撃できる「」の解剖学的基盤である。

出典

  1. 1.Bacterial microcompartments(Nature Reviews Microbiology・2018)細菌はカルボキシソームなどタンパク質の殻で囲まれた細菌マイクロコンパートメントを持ち、細胞質内に代謝を区画化している閲覧 2026-08-26
  2. 2.Magnetosome biogenesis in magnetotactic bacteria(Nature Reviews Microbiology・2016)マグネトソームは細胞膜が陥入して形成される脂質二重層の膜性オルガネラであり、原核生物にも真の膜性区画が存在する閲覧 2026-08-26
  3. 3.Determining the bacterial cell biology of Planctomycetes(Nature Communications・2017)プランクトミセス門の「細胞内区画・核様構造」は真核生物型オルガネラではなく、外膜と著しく拡張・迂曲したペリプラズムを持つグラム陰性型の細胞構造として説明できる閲覧 2026-08-26
  4. 4.Prokaryotic cytoskeletons: protein filaments organizing small cells(Nature Reviews Microbiology・2018)細菌にはチューブリン相同のFtsZ、アクチン相同のMreB、中間径フィラメント様のクレセンチンなど細胞骨格タンパク質が存在する閲覧 2026-08-26
  5. 5.Towards a natural system of organisms: proposal for the domains Archaea, Bacteria, and Eucarya(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America・1990)生物を古細菌・細菌・真核生物の3ドメインに分ける体系の提唱。原核生物という括りは細菌と古細菌をまとめた便宜的なもので系統を反映しない閲覧 2026-08-26