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Lab values · Published

グルーバー・ウィダール試験

Widal test

別名
ウィダール試験Widal反応Gruber-Widal試験
臓器系
感染症
科目
Medical Microbiology
トピック
微生物学 2/10:チフス菌とパラチフス菌A・B・C
関連疾患
腸チフス

🧠 全体像は、患者血清中の起因菌に対するで測定するである。19世紀末の開発から100年以上を経た今も、安価で特別な設備を要さないという理由だけで、流行地の日常診療に広く使われ続けている。この検査を理解する軸は「陽性の意味」ではなく、精度が低いのになぜ使われ続け、なぜを生むかにある。単一の力価では判定できず、原則はでの上昇を見る検査だが、実地では単回の値で判定されることが多く、そのは地域の健常者集団のベースラインに依存する——一律の基準は存在しない。現行の診断標準は血液培養(がさらに感度が高い)であり、Widal試験はあくまで補助的な位置づけにとどまる。

何を測っているか

Widal試験は、患者血清を)・)でそれぞれし、凝集が起こる最高希釈倍率をとして別々に測定するである。O抗体とH抗体は感染からの動態が異なり、この違いが判定の骨格になる。

抗体 対応抗原 動態
抗O抗体 、菌体表層) 感染早期から上昇し、比較的早く低下する
抗H抗体 遅れて上昇し、長く残存する。ワクチン接種歴・でも上昇しうる

抗H抗体単独の高値は「今の感染」を意味するとは限らない。 長期間残存し、ワクチン接種歴や過去のでも上昇するため、抗O抗体の動きと合わせて読む必要がある。

抗Vi抗体はとは別の抗原系で測定され、急性期の診断ではなく、胆嚢に住み着く無症候性のの検出に用いられる——同じ「」という括りで語られることがあるが、目的の異なる検査である。

判定基準とカットオフの地域差

単一の力価だけではと判定できない。古典的なWidal試験は、急性期・の2点で採取するを前提に設計されており、抗O抗体(TO)・抗H抗体(TH)いずれかで4倍以上の上昇を陽性の根拠とする1。⚠️ 患者の一部は、検出可能な抗体反応そのものを欠く——にしても陰性のまま経過する症例があり、抗体を見る検査の原理的な限界である1

⚠️ 実地ではが省略されることが多い。 費用と診断の即時性の理由で、力価上昇を4週間かけて確認する手順は省かれ、単回の力価だけで判定されるのが実情である2。単回判定に使うの一例として、流行地において抗H抗体1:160超・抗O抗体1:80超を「最近の感染」を疑う目安とする資料があるが、このは地域によって変わり、一律の値は存在しない2

流行地では健常者でもによって力価が高く、非流行地の基準をそのまま当てると偽陽性が量産される。インド・ウッタラーカンド州ガルワール地方の健常者2,164名を対象にした調査では、この地域の健常者のベースラインは抗O抗体1:40・抗H抗体1:80が最も多く、この地域で診断的意義があるとされたは抗O抗体1:80・抗H抗体1:160だった——同じインド国内の先行研究でも報告値は一致せず(中央インド・カルナータカ・ポンディシェリは抗O 1:80・抗H 1:80、チャンディガルは抗H 1:160)、このガルワール地方はベースライン自体が抗O 1:40と他地域より低かった。著者らは、「各国・各地域が健常者集団のベースライン力価を定期的に更新する必要がある」と述べている3

陽性の意味

血液培養を基準にWidal試験の精度を検証した近年の研究では、感度70.18%・特異度74.22%・30.53%・93.91%と報告されている4。⭐ の低さが実務上もっとも響く数字である。 が高い流行地でも「陽性のうち約7割が偽陽性」という計算になり、陽性という結果だけでを決めてはならない理由がここにある。

陽性はの可能性を上げる所見にとどまり、確定には血液培養などの微生物学的根拠を要する。前述の通り抗H抗体単独の高値はワクチン接種歴・を反映している可能性があり、抗O抗体の上昇を伴わない陽性は急性感染の根拠として弱い。

⚠️ 測定上の注意

分類 主な原因
偽陽性 流行地での接種歴、他の血清型や近縁の腸内細菌科との・COVID-19などの急性ウイルス感染
偽陰性 発症早期(上昇前)、早期の抗菌薬投与による抗体反応の鈍化、免疫不全、抗体反応そのものを欠く症例
  • 他の血清型とのによる残存抗体は、低感度・低特異度の主要な原因として挙げられている2
  • ・COVID-19など急性ウイルス感染でも偽陽性化しうる。ある観察研究では、患者の20%・COVID-19患者の20%が有意な力価を示し、対照群(30例中2例、6.6%)を大きく上回った——が腸内細菌科に広く共有される抗原であることに加え、既感作者のリーT細胞活性化が機序として提唱されている5
  • 一部の患者は、そもそも検出可能な抗体反応を起こさない1

⚠️ 偽陽性・偽陰性のどちらの機序も本質は同じで、「力価」がに固有の反応ではなく、を含む広い抗体プールを見ていることに由来する。単回の陽性・陰性だけで診断を確定・除外しない。

現在の位置づけ

現行の診断標準は血液培養である。単回の血液培養は流行地の患者で感度50〜66%程度にとどまるが、渡航者では90%を超える。は抗菌薬投与後でも感度が保たれやすく、80〜96%と培養法の中で最も感度が高いが、侵襲的でには行いにくい。便培養は急性期の診断には不向きで、尿培養はには用いられない2

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Typhoid fever'>腸チフス</span>を疑う発熱患者"] --> B["血液培養を複数セット採取"]
    B --> C{"陽性か"}
    C -->|"陽性"| D["確定診断<br>感受性結果に基づき治療"]
    C -->|"陰性だが臨床的疑いが強い"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bone marrow culture'>骨髄培養</span>を追加<br>(最も感度が高いが侵襲的)"]
    E --> F["便・尿培養、<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rapid diagnostic kit'>迅速診断キット</span>も併用"]
    F --> G["Widal試験は補助情報にとどめる<br>単独では確定・除外に用いない"]

Typhidot・Tubexなどのも各地で使われているが、キットの中で最良のものでも2017年のコクランレビューで感度73.8%・特異度94.5%にとどまる2(PCRなど)は血液中の菌量が少ないため直接検体での感度が低く、Widal試験に代わる決定打にはなっていない2精度の高い代替検査が実用化されていないことが、精度の低いWidal試験が今も使われ続ける根本的な理由である。

まとめ

  • Widal試験は血清中の抗O抗体・抗H抗体ので測定する検査で、抗O抗体は感染早期に上昇し比較的早く低下、抗H抗体は遅れて上昇し長く残存する(ワクチン接種歴・でも上昇)。抗Vi抗体は別の検査で検出に使う。
  • 原則は急性期・で4倍以上の上昇を見る設計だが、実地では省略され単回判定されることが多い。単回で判定する場合のは地域の健常者ベースラインに依存し、一律の値は存在しない。
  • 血液培養を基準にした精度は感度約70%・特異度約74%・約31%にとどまり、陽性の大半が偽陽性になりうる流行地もある。
  • 偽陽性は・ワクチン接種歴・やCOVID-19などの急性ウイルス感染で起こり、偽陰性は発症早期・早期の抗菌薬投与・免疫不全・抗体反応の欠如で起こる。
  • 現行の診断標準は血液培養(がさらに高感度だが侵襲的)で、も精度に限界があり、Widal試験の代替として確立していない。Widal試験は補助的検査にとどまる。

出典

  1. 1.Typhoid Fever(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2024)流行地における単回血清でのWidal試験カットオフ(抗H抗体>1:160、抗O抗体>1:80)は地域によって多少変わること、力価上昇を4週間かけて確認すると検査性能が向上するが費用と診断の即時性の理由で省略されることが多いこと、低感度・低特異度の一因として他のサルモネラ属血清型との交差反応や既往感染による残存抗体が挙げられること、血液培養は単回で感度50〜66%(渡航者では90%超)、骨髄培養が最も感度が高く80〜96%であること、便培養は急性期診断に適さず尿培養は日常的に用いられないこと、市販の迅速診断検査は2017年のコクランレビューで最良のもので感度73.8%・特異度94.5%であったこと、核酸増幅法は血中菌量の少なさから直接検体での感度が低いことを確認した閲覧 2026-08-04
  2. 2.Use of Paired Serum Samples for Serodiagnosis of Typhoid Fever(Journal of Clinical Microbiology・2005)古典的なWidal試験は急性期・回復期の2点の血清で抗LPS(TO)抗体・抗鞭毛(TH)抗体いずれかの4倍以上の上昇を陽性の根拠とする設計であったこと、腸チフス患者の一部はそもそも検出可能な抗体反応を欠くことを確認した。なお本文中の感度36%(入院時単独)・80%(7日目単独)・88%(4倍上昇を基準としたとき)はいずれも抗LPS IgG ELISAの感度であってWidal凝集反応の感度ではなく、本研究はWidal凝集反応自体を評価していない閲覧 2026-08-04
  3. 3.The Baseline Widal Titre Among the Healthy Individuals of the Hilly Areas in the Garhwal Region of Uttarakhand, India(Journal of Clinical and Diagnostic Research・2013)インド・ウッタラーカンド州ガルワール地方の健常者2164名の血清から、この地域の健常者ベースライン抗体価(抗O抗体最頻値1:40、抗H抗体最頻値1:80)を測定し、この地域で診断的意義があるとされたカットオフを抗O抗体1:80・抗H抗体1:160と報告したこと、ベースライン力価は地理的条件や衛生状態で地域ごとに異なるため各国・各地域が健常者集団のベースライン力価を定期的に更新する必要があると論じたこと、先行研究のカットオフが中央インド・カルナータカ・ポンディシェリで抗O 1:80・抗H 1:80と一致する一方チャンディガルのみ抗H 1:160であったことを確認した閲覧 2026-08-04
  4. 4.Comparison of Diagnostic Accuracy in Enteric Fever: The Widal Test, Advantage Typhi, and Typhiwell IgM ELISA Against the Gold Standard Blood Culture(Cureus・2026)血液培養を基準としてWidal試験の診断精度を評価し、感度70.18%・特異度74.22%・陽性的中率30.53%・陰性的中率93.91%であったこと、単回のカットオフとして抗O抗体1:80以上・抗H抗体1:160以上を有意とみなしたことを確認した閲覧 2026-08-04
  5. 5.False sero-positivity of Salmonella typhi Specific Antibody in Dengue and Corona Virus Infected Patients: An Observational Study(Journal of Pure and Applied Microbiology・2023)デング熱患者40例中8例(20%)、COVID-19患者40例中8例(20%)で抗O抗体1:80・抗H抗体1:160以上の有意な力価を示しWidal試験が偽陽性になったのに対し対照群では30例中2例(6.6%)にとどまったこと、この偽陽性の機序として既感作患者におけるメモリーT細胞の活性化や、O抗原・H抗原が腸内細菌科に広く共有される菌体・鞭毛抗原であることを挙げたことを確認した閲覧 2026-08-04