微生物学

微生物学 · 2/10

チフス菌とパラチフス菌A・B・C

Salmonella typhi and Salmonella paratyphi A, B, C

微生物
Salmonella entericaSalmonella paratyphi A, B, CSalmonella typhi
疾患
腸チフス
検査値
グルーバー・ウィダール試験

🧠 ・は、同じでも胃腸炎を起こすサルモネラとは根本的に違う戦略をとる菌として読む。 サルモネラがにとどまり局所の炎症で下痢に終わるのに対し、はを介してわざと血流に侵入し、マクロファージの中に隠れて全身へ拡散する菌血症を起こす——だから「腸の病気」ではなく「という」になる。臨床経過は無症状の(潜伏期)→ 発熱する()という2段階の時間軸で読み解くのが最も整理しやすい。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陰性桿菌。E. coliと同じ腸内細菌科の一員
生息地 動物の腸管・胆嚢に生息するが、ヒトをとする病原体
運動性 により運動性あり
莢膜 ——が持つ。ではC菌が持つ。血清型の同定では・とあわせて調べる
好気性
細胞内寄生性 ——特にマクロファージ内で生存する
酸への抵抗性 酸に弱い(acid labile)——胃酸で容易に死滅するため、発症には比較的高い菌量を要する
生化学的性状 H₂S産生(+、ただしサルモネラより弱い)、

💡 の意味。 であるはを覆い隠し、補体や抗体による認識を妨げる働きを持つ。を疑う手がかりにはなる。

⚠️ ただし「の有無=かか」ではない。 を作る遺伝子群(病原性アイランドSPI-7)はサルモネラの血清型の中で分布が限られるが、のほかにC菌と、胃腸炎型に分類される*Salmonella* Dublinの一部の株も持つ1。逆に、Vi産生に必須の遺伝子を欠くVi陰性のが流行地で自然に存在する2。は単独の決め手ではなく、・とあわせた血清型同定の一項目である。

病原性因子

  • はの人獣共通感染症だが、ヒトの胆嚢に住み着く無症候性のもまた重要な感染源となる

⚠️ ここは上の表と食い違っている——は人獣共通感染症ではない。 上の「形態・生化学的性状」の表は「ヒトをとする病原体」と書いており、そちらが正しい。を起こすサルモネラには既知の動物・環境リザーバーが存在しない3。だからこそヒトの胆嚢に住み着く慢性者が「唯一のリザーバー」であり、この菌がヒト集団の中で維持され続ける鍵になっている——「メアリー・マローン(のメアリー)」が象徴する構図である。は年間2,100万件を超える新規感染を起こし、死亡の多くは幼児が占める。

ここがサルモネラ(前項)との決定的な違い:は鶏卵・食肉という動物側を断てば減らせるが、チフスはヒト側(の同定・治療、上下水道、ワクチン)でしか断てない。

  • 糞口感染で伝播する
  • 病原性の本体は(type III secretion system, )とそのエフェクター分子であり、への侵入を促進し、マクロファージ内での生存を可能にする(Shigellaも同じ武器を用いる)

感染の時間経過:一次菌血症と二次菌血症

病期 時期 機序
感染後〜2週間、無症状 菌がのを通過し腸管マクロファージに貪食される→を経て血中へ→・胆嚢・肺などで増殖する
感染後2週間以降、として発症 増殖した菌の一部がへ再び戻り再増殖し、・穿孔を起こす
flowchart TD
  A["経口摂取(糞口感染)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='M cell'>M細胞</span>を介して<br>腸管マクロファージに貪食"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesenteric lymph node'>腸間膜リンパ節</span>→血流<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary bacteraemia'>一次菌血症</span>・無症状、〜2週)"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatic Kupffer cells'>肝クッパー細胞</span>・胆嚢・肺で増殖"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='secondary bacteraemia'>二次菌血症</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Systemic Inflammation'>全身性炎症</span>として発症、2週以降)"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Peyer patch'>パイエル板</span>に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='repopulate'>再定着</span><br>→潰瘍・穿孔"]

臨床像

疾患 特徴
(enteric fever、S. typhi) が胸腹部に出現するが患者の約25%のみ/鎌状赤血球症患者における骨髄炎の最多原因菌/「」下痢/合併症として肝炎・髄膜炎・肺炎・関節炎・
に類似した「()」を起こすが、一般により軽症

⚠️ 鎌状赤血球症患者の骨髄炎はが第1位。 通常、骨髄炎の主要原因菌は黄色ブドウ球菌だが、鎌状赤血球症ではや血流障害を背景にが最多原因菌となる点は頻出知識である。

診断

検査 所見
便・血液・尿——尿培養は感染2週目以降でないと陽性にならない
の増菌 酸塩を含む(Leifson培地)で前培養してから分離培地に植える
Salmonella-Shigella(Hektoen)培地 黒色コロニー(Shigellaとの鑑別に有用)
黒色(Salmonella用の)
() コロニー(を反映)
サルモネラは赤〜ピンク白色のコロニーで周囲の培地も赤くなり、乳糖・ショ糖を発酵するE. coliなどは黄〜になる。⚠️ ・の分離には勧められない4
血清学的検査 で・を同定/(Gruber-Widal test、)でにより血清中のを測定

治療

  • 第一選択:アジスロマイシンまたはセフトリアキソン——多くの流行地からの輸入例でとして妥当
  • (など)は感受性が確認された場合のみ用いる——南アジア由来株を中心にフルオロキノロン非感受性が広がっており、もはや経験的な第一選択ではない
  • アンピシリン、・への耐性も各地で拡大している5
  • 予防:(経口Ty21a)

⚠️ ワクチンの推奨は Vi結合型(TCV)へ移った——「生」だけを覚えていると古い。 は3種のワクチン(Vi TCV、非結合の Viポリサッカライドワクチン、生弱毒 Ty21a)のうち、免疫学的特性・低年齢でも使えること・防御期間の長さから TCV を全年齢で優先するという立場を2018年に示している6。TCV は生後6か月から45歳まで、単回筋注で接種できる。導入はまたは菌の負担が高い国を優先する。

⚠️ (XDR)。 パキスタン(2016年〜)・イラク由来株を中心に、アンピシリン・セフトリアキソン・・・TMP-SMXに耐性だがアジスロマイシン・には感受性を保つXDR株が広がっている。パキスタン・イラクへの渡航歴がある、または渡航歴のない患者では、非重症例にアジスロマイシン、重症例にでを開始する5。それ以外の流行地からの帰国例はである可能性が高く、セフトリアキソンを初期選択としてよい——つまり「どこで感染したか」でが変わる。

まとめ

  • ・は同じでも(胃腸炎型)サルモネラと異なり、→マクロファージ経由で血流に侵入し全身感染()を起こす。
  • 病期は無症状の(〜2週、→→血流→各臓器で増殖)と、を伴う(2週以降、の潰瘍・穿孔)に分かれる。
  • (莢膜)はの特徴的なだが、C菌やSalmonella Dublinの一部も持ち、Vi陰性のもあるので単独では鑑別の決め手にならない。()が侵入とマクロファージ内生存を担う。
  • 臨床像は(25%のみ)、鎌状赤血球症患者での骨髄炎第1位、下痢が特徴的。は類似だが軽症。
  • 診断は血液・便・尿培養(尿は2週目以降に陽性化)となどの血清学的検査、治療は経験的にアジスロマイシンまたはセフトリアキソンを用い、フルオロキノロンは感受性確認後に、XDR株にはアジスロマイシン・を用いる。

出典

  1. 1.Composition, acquisition, and distribution of the Vi exopolysaccharide-encoding Salmonella enterica pathogenicity island SPI-7(Journal of Bacteriology・2003)Europe PMC の抄録で確認した。Vi莢膜多糖の産生はviaB遺伝子座にコードされ、この遺伝子座のサルモネラ血清型内での分布は限られること、チフス菌ではviaBが134 kbの病原性アイランドSPI-7上にあること、Vi陽性のパラチフスC菌とVi陽性のSalmonella Dublin分離株にもほぼ同じSPI-7が存在し、共通部分の塩基配列の一致率は99%を超えること、調べた他の30血清型のうち24血清型では相当する部位に挿入が無かったこと。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Detection of Vi-negative Salmonella enterica serovar typhi in the peripheral blood of patients with typhoid fever in the Faisalabad region of Pakistan(Journal of Clinical Microbiology・2005)Europe PMC の抄録で確認した。流行地でVi陰性のチフス菌が報告されていること、パキスタン・ファイサラバード地域の保存株60株のうち9株(15%)がVi産生に必須のtviA・tviBをともに欠いていたこと、腸チフス患者の末梢血でもチフス菌陽性42検体のうち4検体がtviA・tviB陰性であり、Vi陰性チフス菌が自然に存在することを確認した。閲覧 2026-09-27
  3. 3.Salmonella chronic carriage: epidemiology, diagnosis, and gallbladder persistence(Trends in Microbiology・2014)腸チフスが年間2,100万件を超える新規感染を起こし死亡の多くが幼児であること、腸チフスを起こすサルモネラには既知の環境(動物)リザーバーが存在しないため、慢性の無症候性保菌状態こそがヒト集団内でこの菌が維持され続ける鍵と考えられていること、保菌者の同定と治療の方法がようやく最近になって進み始めたことを確認した閲覧 2026-08-26
  4. 4.Brilliant Green Agar (Cat. no. G75) — Instructions for Use(Hardy Diagnostics・2020)製品の使用説明書(IFU-10083[B]、2020年)で確認した。pH指示薬がフェノールレッドで、乳糖・ショ糖を発酵する菌は黄〜黄緑色のコロニーと黄緑色の帯、サルモネラ属などの非発酵菌は赤〜ピンク白色のコロニーと鮮赤色の帯を示すこと、色調は培養時間と菌株で赤からピンク白色まで変わりうること、チフス菌・パラチフス菌・赤痢菌の分離には推奨されないこと。閲覧 2026-09-27
  5. 5.Extensively Drug-Resistant Salmonella Typhi Infections Among U.S. Residents Without International Travel — Health Alert Network Advisory(Centers for Disease Control and Prevention (CDC)・2021)XDR チフス菌はアンピシリン・セフトリアキソン・クロラムフェニコール・シプロフロキサシン・ST合剤に耐性だがカルバペネム・アジスロマイシンに感受性を保つこと、渡航歴のない患者およびパキスタン・イラクへの渡航歴がある患者には経験的にカルバペネムまたはアジスロマイシン(重症例はカルバペネムを優先)を用いるべきこと、それ以外の流行地からの帰国者は感受性菌である可能性が高くセフトリアキソンを初期選択としてよいことを確認した閲覧 2026-08-26
  6. 6.Summary of the WHO Position Paper on Typhoid vaccines: WHO position paper – March 2018(World Health Organization (WHO)・2018)3種のワクチン(Vi結合型ワクチンTCV、非結合Viポリサッカライドワクチン、生弱毒経口ワクチンTy21a)のうちTCVが免疫学的特性・低年齢での使用可能性・より長い防御期間から全年齢で優先されること、疾病負担または薬剤耐性菌の負担が高い国で導入を優先すべきこと、TCVは生後6か月から45歳までに単回筋注で接種することを確認した閲覧 2026-08-26