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Microbe Atlas · 細菌

Salmonella enterica

分類
腸内細菌科 / EnterobacteriaceaeSalmonella
性状
Gram陰性 (G−)桿菌 Bacilli通性嫌気性 Facultative
科目
Medical MicrobiologyPathology
トピック
2/9: Salmonella genus. Salmonellae causing gastroenteritis2/10: Salmonella typhi and Salmonella paratyphi A, B, C微生物学 5/11:人獣共通感染症(一覧)とその予防病理学 C/38:腸炎(Enterocolitis)病理学 C/92:骨髄炎/Paget病
原因となる疾患
化膿性関節炎(敗血症性関節炎)化膿性仙腸関節炎鎌状赤血球症骨髄炎細菌性急性胃腸炎反応性関節炎旅行者下痢症

🧠 全体像:の臨床像は「宿主にどれだけ適応しているか」という1本の軸で決まる。動物にもヒトにも広く感染できる非適応型(Enteritidis、Typhimuriumなど、本ページが扱う血清型)は腸管に限局した()しか起こさず、菌血症に至ることはまれで免疫が正常なら自然治癒する。一方、ヒトにのみ適応した・は腸管の壁を越えマクロファージ内に隠れて全身へ拡散するという別の病気を起こす——同じ属でも「腸管内で終わる病気」と「全身に広がる病気」に分けて読む。

微生物学的な特徴

項目 内容
運動性 による運動性あり
莢膜 本ページが扱う血清型はViを作らない。 Vi産生を担うviaB遺伝子座はサルモネラの血清型の中で分布が限られ、全ゲノムが決定されたTyphimurium株LT2には存在しない1
生化学的性状 H₂S産生陽性、——ここが大腸菌・(陽性)との鑑別点になる
胃酸で容易に不活化される——発症には比較的多い菌量を要する(の少量感染とは対照的)

⭐ 血清学的分類(Kauffmann-Whiteスキーム)が本菌の分類の中心にある。 ()と(、2相性)の組み合わせで血清群・血清型を分類する体系で、抗原式はパスツール研究所の協力センターが維持している。はこれに莢膜抗原であるを加えて持つ2。

⚠️ 「の有無」で本菌群とを振り分けない。 Vi産生遺伝子群を載せた病原性アイランドSPI-7は、のほかにC菌と、に分類される Salmonella Dublin の一部のも持っており、共通部分の塩基配列は99%以上一致する1。逆に患者の末梢血から、Vi産生に必須のtviA・tviBを欠くも検出されている3。血清型の同定は・を含めた抗原式で行う。

💡 血清型の書き方には規約がある。 血清型は種ではないので、Salmonella Enteritidis のように斜体にせず語頭を大文字で書く(S. enteritidis という書き方は本来の規約から外れる)2。

病原性の仕組み

flowchart TD
    A["Salmonella属の宿主適応度"] --> B["広い宿主域(人獣共通)<br>血清型 Enteritidis・Typhimurium"]
    A --> C["ヒトに適応<br>血清型 Typhi・Paratyphi"]
    B --> D["腸管に限局した<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='inflammatory diarrhea'>炎症性下痢</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='salmonellosis'>サルモネラ症</span>)"]
    C --> E["血流に侵入する<br>全身性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Typhoid fever'>腸チフス</span>(別項)"]
  • 汚染された食品(鶏肉・卵など)の摂取によりする
  • 経口摂取後、小腸・大腸で腸管に限局したを起こす(のようにを越えて全身に広がることはまれ)
  • 潜伏期は6時間〜6日で、症状は通常4〜7日続く4

💡 を持つがマクロファージから脱出しない。 と同じくマクロファージ内に取り込まれるが、の株は腸管付近にとどまりを起こしにくい——この違いが「限局した下痢」と「全身性の」を分ける本質になる。

感染経路と疫学

  • 人獣共通感染症:ニワトリ・の卵、鶏肉、爬虫類(カメ・トカゲ)、ペットの糞便が代表的な感染源
  • の不適切な保存・加熱不足が典型的な感染経路
  • 小児・高齢者・免疫不全者では敗血症・髄膜炎に進展するリスクが高い

起こす疾患

疾患 押さえどころ
() ・腹痛・嘔吐。多くは自然治癒(約1週間)
敗血症・髄膜炎 侵襲性感染は検査の約8%に生じ、乳幼児・高齢者・免疫不全者に多い5
骨髄炎・ 鎌状赤血球症患者で頻度が上がる代表的な原因菌の一つ(を背景とする)
感染後に関節痛を来し、月単位〜年単位で続いて慢性関節炎に至ることがある。15〜35歳に最も多い5
症状が消えたあとも数週間は便から菌が検出されうる5

診断

⭐ 培養が診断の標準である。 便・尿・血液などの培養で菌株を得ることで、や集団発生の同定に使える情報が得られる。培養によらない検査(多項目パネルなど)で検出された場合も、のために追加の培養が推奨される。⚠️ 患者血清の抗体を調べる血清学的検査は信頼できず推奨されない5。授業で扱う(患者血清のO・H抗体を管内凝集で測る)もこの抗体検査に当たる。

は培地・テトラチオン酸培地・Rappaport-Vassiliadis培地といった選択で増菌したのち、選択分離培地に播種する6。

培地 典型的な所見 非典型株
Hektoen enteric培地 黒色中心を伴う(または伴わない)青緑色〜青色のコロニー。多くの株は大きな光沢のある黒色中心を持つか、ほぼ全体が黒く見える 黄色のコロニー(黒色中心の有無を問わない)
培地 黒色中心を伴う(または伴わない)のコロニー 黄色のコロニー(黒色中心の有無を問わない)
褐色・灰色・黒色のコロニーで金属光沢を伴うことがある。周囲の培地は初め褐色で、培養を延長すると黒変する(ハロー効果) 周囲がほとんど黒変しない緑色のコロニー

💡 黒色は「H₂S産生」を映しているだけで、それ自体は種の同定にならない。 黒色中心は(H₂S非産生)との鑑別には役立つが、⚠️ 典型的なコロニーでも黒色中心を欠くことがあり、非典型株は色調そのものが違う(黄色・緑色)ため、典型的なコロニーが無ければ非典型のコロニーを拾う手順が公定法に定められている6。

血清学的な型別(による・の決定)とは、診断そのものではなく上のに用いる。

治療と予防

⚠️ の胃腸炎に不必要な抗菌薬を投与しない。 大半の患者は輸液・の支持療法のみでよく、健常者では抗菌薬を投与しても下痢や発熱の期間は短縮しない。抗菌薬の主なリスクは、副作用に加えての長期化との乱れ、そしての促進である5。

⭐ 抗菌薬を考慮する対象は次の2つに絞られる5。

対象 内容
重症・腸管外感染 重症の下痢、、腸管外感染(尿路感染など)
侵襲性感染のリスクが高い患者 乳児、のある50歳以上、免疫抑制状態・心疾患・疾患のある患者
  • 第一選択はフルオロキノロン(など)・アジスロマイシン・(セフトリアキソンなど)である。⚠️ が第一選択に挙げている薬にアンピシリンは含まれない——アンピシリンは感受性が確かめられた株に対する選択肢として位置づけて読む。⚠️ 薬剤の選択にはが要る——本属では重要な抗菌薬への感受性低下が進んでいるとが述べている5
  • 予防は食品の十分な加熱、卵・鶏肉・爬虫類由来食品の適切な取り扱い、

まとめ

  • の中でも人獣共通感染症の血清型(Enteritidis、Typhimuriumなど)は腸管に限局した()を起こし、・による全身性のとは別の病気として理解する。
  • H₂S産生陽性・というプロファイルで大腸菌・と鑑別する。
  • 汚染された鶏肉・卵・爬虫類接触が代表的な感染経路で、潜伏期は6時間〜6日、症状は通常4〜7日。
  • ⚠️胃腸炎に抗菌薬は原則不要——健常者では下痢・発熱の期間が短縮せず、保菌が長引くため支持療法が基本。使うのは重症・腸管外感染と、乳児・のある50歳以上・免疫抑制状態などの高リスク患者に限る。
  • 鎌状赤血球症患者ではを背景にによる骨髄炎のリスクが上昇する。

出典

  1. 1.Composition, acquisition, and distribution of the Vi exopolysaccharide-encoding Salmonella enterica pathogenicity island SPI-7(Journal of Bacteriology・2003)Europe PMC の抄録とPMC180996の全文で確認した。Vi莢膜多糖の産生はviaB遺伝子座にコードされ、サルモネラの血清型内での分布が限られること、SPI-7に関連する遺伝子群は全ゲノムが決定されたTyphimurium株LT2のゲノムには存在しないこと、Vi陽性のパラチフスC菌とSalmonella Dublin分離株にもほぼ同じSPI-7が存在し共通部分の一致率が99%を超えること、調べた他の30血清型のうち24血清型では相当する部位に挿入が無かったことを確認した。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Salmonella nomenclature(Journal of Clinical Microbiology・2000)血清型(O抗原・H抗原の組み合わせ)の抗原式はKauffmann-Whiteスキームとしてパスツール研究所のWHO協力センターが維持していること、血清型は種ではないため学名のように斜体にせず語頭を大文字で書く規約であることを確認した。閲覧 2026-09-27
  3. 3.Detection of Vi-negative Salmonella enterica serovar typhi in the peripheral blood of patients with typhoid fever in the Faisalabad region of Pakistan(Journal of Clinical Microbiology・2005)Europe PMC の抄録で確認した。パキスタン・ファイサラバード地域の保存株60株のうち9株(15%)がVi産生に必須のtviA・tviBをともに欠き、腸チフス患者の末梢血でもチフス菌陽性42検体のうち4検体がtviA・tviB陰性で、Vi陰性のチフス菌が自然に存在することを確認した。閲覧 2026-09-27
  4. 4.Symptoms of Salmonella Infection(Centers for Disease Control and Prevention (CDC)・2024)2024年10月4日付の本文で、症状は感染後6時間〜6日で始まり通常4〜7日続くと述べていることを確認した。主症状は血液や粘液を含みうる水様性下痢と強い腹部痙攣で、頭痛・嘔気・嘔吐・食欲低下を伴うこともある。閲覧 2026-09-27
  5. 5.Clinical Overview of Salmonellosis(Centers for Disease Control and Prevention (CDC)・2024)2024年10月7日付のCDC医療者向けページ本文で確認した。大半の患者は輸液・電解質補正の支持療法のみでよく、健常者では抗菌薬は下痢や発熱の期間を短縮しないこと。抗菌薬を考慮するのは重症の下痢・血流感染・腸管外感染がある患者と、侵襲性感染のリスクが高い患者(乳児、アテローム性動脈硬化のある50歳以上、免疫抑制状態・心疾患・大関節疾患のある者)に限られること。抗菌薬の主なリスクとして無症候性保菌の長期化と腸内細菌叢の乱れが挙げられていること。推奨される第一選択がフルオロキノロン・アジスロマイシン・第3世代セファロスポリンであること。培養が診断の標準で、培養によらない検査で検出された場合は感受性試験のために追加培養が推奨され、血清学的検査は信頼できず推奨されないこと。侵襲性感染は検査確定例の約8%に生じ、乳幼児・高齢者・免疫不全者に多いこと。症状が消えたあとも数週間は便から菌が検出されうること。反応性関節炎は15〜35歳に最も多いこと。閲覧 2026-09-27
  6. 6.Bacteriological Analytical Manual Chapter 5: Salmonella (January 2026 Edition)(U.S. Food and Drug Administration (FDA)・2026)2026年1月版のPDF本文で確認した。選択増菌にセレナイトシスチン培地・テトラチオン酸培地・Rappaport-Vassiliadis培地を用いること。典型的なサルモネラのコロニー性状が、Hektoen enteric培地では黒色中心を伴うまたは伴わない青緑色〜青色(多くの株は大きな光沢のある黒色中心を持つか、ほぼ全体が黒色に見える)、XLD培地では黒色中心を伴うまたは伴わないピンク色のコロニー、亜硫酸ビスマス培地では褐色・灰色・黒色で金属光沢を伴うことがあり、周囲の培地は初め褐色で培養を延長すると黒変してハロー効果を生じること。非典型株ではHektoen enteric培地とXLD培地で黄色のコロニーを、亜硫酸ビスマス培地で周囲がほとんど黒変しない緑色のコロニーを作ることがあること。閲覧 2026-09-27