微生物ノート一覧へ

Microbe Atlas · 細菌

Salmonella typhi

チフス菌

分類
腸内細菌科 / EnterobacteriaceaeSalmonella
性状
Gram陰性 (G−)桿菌 Bacilli通性嫌気性 Facultative
科目
Medical Microbiology
トピック
2/10: Salmonella typhi and Salmonella paratyphi A, B, C2/9: Salmonella genus. Salmonellae causing gastroenteritis5/7: Pathogens of enterally (faecal-oral route) spreading bacterial infections (list) and their diagnosis
原因となる疾患
腸チフス
作用する薬剤
クロラムフェニコールシプロフロキサシントスフロキサシンメロペネム

🧠 全体像:は、同じでも胃腸炎を起こすサルモネラ(Salmonella enterica)とは根本的に違う戦略をとる菌として読む。サルモネラがにとどまり局所の炎症で下痢に終わるのに対し、はを介してわざと血流に侵入し、マクロファージの中に隠れて全身へ拡散する菌血症を起こす——だから「腸の病気」ではなく「という」になる。ヒトのみをとし、胆嚢に住み着いて無症候性のを作る点も、のサルモネラとは異なる。

微生物学的な特徴

項目 内容
生息地 ヒトをとする病原体——胆嚢に住み着く無症候性のが重要な感染源になる
莢膜 ——の特徴だが、だけのものではない(下記)。血清型の同定では・とあわせて調べる
細胞内寄生性 ——特にマクロファージ内で生存する
酸への抵抗性 酸に弱い(acid labile)——胃酸で容易に死滅するため発症には比較的高い菌量を要する
生化学的性状 H₂S産生陽性(サルモネラより弱い)、

💡 はを覆い隠す「隠れ蓑」である。 であるはを覆い、補体や抗体による認識を妨げる。血流への侵入を助けるであり、を疑う手がかりにもなる。

⚠️ 「があれば、なければ」とは言えない。 を作る遺伝子群は病原性アイランドSPI-7に載っており、サルモネラの血清型の中では分布が限られるが、のほかにC菌と、に分類される*Salmonella* Dublinの一部の株も同じアイランドを持ってを作る1。逆に、Vi産生に必須の遺伝子を欠くVi陰性のも流行地で自然に存在し、パキスタンの保存株では15%を占めた2。は鑑別の決め手ではなく、・とあわせた血清型の同定の一項目として扱う。

病原性の仕組み

病原性の本体は()とそのエフェクター分子で、への侵入とマクロファージ内での生存を可能にする(も同じ武器を用いる)。

病期 時期 機序
感染後〜2週間、無症状 菌がのを通過し腸管マクロファージに貪食される→を経て血中へ→・胆嚢・肺などで増殖する
感染後2週間以降、として発症 増殖した菌の一部がへ再び戻り再増殖し、・穿孔を起こす
flowchart TD
  A["経口摂取(糞口感染)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='M cell'>M細胞</span>を介して<br>腸管マクロファージに貪食"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesenteric lymph node'>腸間膜リンパ節</span>→血流<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary bacteraemia'>一次菌血症</span>・無症状、〜2週)"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatic Kupffer cells'>肝クッパー細胞</span>・胆嚢・肺で増殖"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='secondary bacteraemia'>二次菌血症</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Systemic Inflammation'>全身性炎症</span>として発症、2週以降)"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Peyer patch'>パイエル板</span>に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='repopulate'>再定着</span><br>→潰瘍・穿孔"]

感染経路と疫学

  • 糞口感染——衛生インフラの乏しい地域での汚染水・食品を介した伝播が中心
  • は事実上ヒトのみで、無症候性のがの持続に関わる
  • 南アジア・アフリカなど流行地への渡航歴が重要な手がかりになる

起こす疾患

疾患 特徴
が胸腹部に出現するが患者の約25%のみ/「」下痢/合併症として肝炎・髄膜炎・肺炎・関節炎・

⭐ 鎌状赤血球症患者の骨髄炎はが代表的な原因菌になる。 鎌状赤血球症では・血流障害を背景に、通常は黄色ブドウ球菌が主体の骨髄炎の原因菌として(本菌を含む)の頻度が上昇する——ただし現代の症例集積ではのサルモネラ(Salmonella enterica)が優勢とする報告も多く、だけに限定される知識ではない点に注意する。

診断

検査 所見
便・血液・尿——尿培養は感染2週目以降でないと陽性にならない
Salmonella-Shigella(Hektoen)培地 黒色コロニー(との鑑別に有用)
血清学的検査 で・を同定/でによりを測定

治療と予防

⚠️ (XDR)に注意する。 パキスタン(2016年〜)・イラク由来株を中心に、アンピシリン・セフトリアキソン・・・ST合剤に耐性だがアジスロマイシン・には感受性を保つXDR株が広がっている。該当地域への渡航歴がある、または渡航歴のない患者でも、非重症例にはアジスロマイシン、重症例にはでを開始する。

まとめ

  • はヒトのみをとし、→マクロファージ経由で血流に侵入し全身感染()を起こす——サルモネラ(Salmonella enterica)の腸管限局性下痢とは別の病気。
  • 病期は無症状の(〜2週)と、を伴う(2週以降、の潰瘍・穿孔)に分かれる。
  • (莢膜)はの特徴的なだが、C菌やSalmonella Dublinの一部も持ち、Vi陰性のもあるので単独では鑑別の決め手にならない。が侵入とマクロファージ内生存を担う。
  • 臨床像は(25%のみ)、下痢が特徴的。鎌状赤血球症の骨髄炎でも代表的な原因菌になる。
  • 治療は経験的にアジスロマイシンまたはセフトリアキソンを用い、フルオロキノロンは感受性確認後に。⚠️パキスタン・イラク由来のXDR株ではアジスロマイシン・に限定される。

出典

  1. 1.Composition, acquisition, and distribution of the Vi exopolysaccharide-encoding Salmonella enterica pathogenicity island SPI-7(Journal of Bacteriology・2003)Europe PMC の抄録で確認した。Vi莢膜多糖の産生はviaB遺伝子座にコードされ、この遺伝子座のサルモネラ血清型内での分布は限られること、チフス菌ではviaBが134 kbの病原性アイランドSPI-7上にあること、Vi陽性のパラチフスC菌とVi陽性のSalmonella Dublin分離株にもほぼ同じSPI-7が存在し、共通部分の塩基配列の一致率は99%を超えること、調べた他の30血清型のうち24血清型では相当する部位に挿入が無かったこと。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Detection of Vi-negative Salmonella enterica serovar typhi in the peripheral blood of patients with typhoid fever in the Faisalabad region of Pakistan(Journal of Clinical Microbiology・2005)Europe PMC の抄録で確認した。流行地でVi陰性のチフス菌が報告されていること、パキスタン・ファイサラバード地域の保存株60株のうち9株(15%)がVi産生に必須のtviA・tviBをともに欠いていたこと、腸チフス患者の末梢血でもチフス菌陽性42検体のうち4検体がtviA・tviB陰性であり、Vi陰性チフス菌が自然に存在することを確認した。閲覧 2026-09-27
  3. 3.Summary of the WHO Position Paper on Typhoid vaccines: WHO position paper – March 2018(World Health Organization (WHO)・2018)結合型ワクチン(TCV)が免疫学的特性・低年齢での使用可能性・より長い防御期間から全年齢で優先されること、疾病負担または薬剤耐性菌の負担が高い国で導入を優先すべきこと、TCVは生後6か月から単回筋注で接種することを確認した閲覧 2026-08-03