微生物学

微生物学 · 2/9

サルモネラ属。胃腸炎を起こすサルモネラ

Salmonella genus. Salmonellae causing gastroenteritis

微生物
Salmonella entericaSalmonella paratyphi A, B, CSalmonella typhi

🧠 は「宿主にどれだけ適応しているか」という1本の軸で臨床像が決まる。 動物にも人間にも広く感染できる非適応型(S. enteritidis、S. typhimuriumなど)は、腸管に限局した()しか起こせない——菌血症に至ることはまれで、免疫が正常な成人なら自然治癒する。一方、ヒトにのみ適応した S. typhi・S. paratyphi は、腸管の壁を越えてマクロファージ内に侵入し血流へ広がる全身性のを起こす(詳細はS. typhi/S. paratyphiのページ参照)。動物にのみ適応した S. choleraesuis はその中間で、ヒトでは小児を中心とした限局性の焦点感染にとどまる。この宿主適応度の違いが、そのまま「腸管内で終わる病気」か「全身に広がる病気」かを決める。

サルモネラ属総論

項目 内容
分類 腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の一員。の目は2016年に Enterobacterales へ改称された1
形態 グラム陰性桿菌、を持ち運動性あり
H₂S産生 陽性
陰性

血清学的分類

(外膜、)と()の組み合わせに基づき血清群・血清型を分類する。

  • :可変性が高く、モザイク構造・エピトープの組み合わせ・特有の抗原を持つ
  • :モザイク構造で、位相1・2の2つの位相を取るが、ある時点ではどちらか一方のみが発現する
  • Salmonella typhiは独自の莢膜抗原()を持つ

⚠️ サルモネラの「学名」は特殊で、S. enteritidis・S. typhimurium は実は種名ではない。 -の結果、は Salmonella enterica と Salmonella bongori の2種しかないことが分かっており、S. enterica はさらに6(I enterica、II salamae、IIIa arizonae、IIIb diarizonae、IV houtenae、VI indica)に分かれる2。ヒトの病原体はほぼすべて I に属する。正式には次のように書く。

階層 書き方 例
属(斜体) Salmonella Salmonella
種・(斜体) enterica / bongori Salmonella enterica subsp. enterica
血清型(大文字始まり・斜体にしない) 語頭を大文字にし、斜体にしない Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimurium

初出では「Salmonella serotype Typhimurium」または「Salmonella ser. Typhimurium」と書き、以降は「Salmonella Typhimurium」「S. Typhimurium」と略す。斜体にしないのは「血清型は種ではない」ことを示すためである——このノートを含め多くの教科書が使う S. typhimurium という斜体表記は、「1血清型=1種」とみなしていた Kauffmann の古い概念の名残で、これを今日に当てはめると2,463もの「種」ができてしまう。旧表記は文献・実習で今も広く通用するので、両方を対応づけて覚える。

宿主適応スペクトラム

適応 代表菌 動物での病態 ヒトでの病態
広い宿主域(人獣共通、zoonosis) S. enteritidis、S. typhimurium 動物の 胃腸炎()
ヒトに適応 S. typhi、S. paratyphi(A・B・C) — ヒトのみが罹患する
動物に適応 S. choleraesuis 動物では重篤な感染 ヒトでは限局性の焦点感染(主に小児)

胃腸炎を起こすサルモネラ:Salmonella enteritidis

項目 内容
形態 グラム陰性桿菌
生息地 ヒト・動物の(腸内細菌科)
運動性 による運動性あり
細胞内寄生 (特にマクロファージ内)
莢膜 あり
胃酸で容易に不活化される——発症には比較的多い菌量を要する
H₂S 陽性(H₂S陽性菌はいずれも運動性を持つ)
陰性

病原性因子

リザーバー:ニワトリ・の卵、ペットの糞便などの人獣共通感染症。

  • 汚染された食品(鶏肉・卵など)の摂取によりする
  • 経口摂取後、小腸・大腸に達して腸管に限局したを起こす
  • 潜伏期14〜48時間

臨床像:サルモネラ症(胃腸炎)

  • 腹痛、嘔吐、めまい
  • 小児・高齢者・免疫不全者では敗血症・髄膜炎に進展しうる
  • となることもある

診断

培養:便、血液(敗血症疑い時)、食品(目的)から採取する。

はを含む(ライフソン培地, Leifson medium)で増菌したのち、以下に播種する。

培地 所見
Salmonella-Shigella(Hektoen)培地 黒色コロニー(・による)——との鑑別に使う
サルモネラのH₂S産生によりが黒く呈色(サルモネラ選択的)
コロニー(乳糖陰性を反映)
赤〜ピンク白色のコロニーで、周囲の培地も鮮やかな赤になる(乳糖・ショ糖を発酵しないため。乳糖・ショ糖を発酵するE. coliなどは黄〜)3

💡 の色は、のレッドで読む。 乳糖・ショ糖を発酵する菌は酸を作って培地を黄色側へ傾け、発酵しないサルモネラでは培地が赤いまま残る。「=無色」という他の培地の読み方を当てはめると、色の対応が逆になる。なお、この培地は・・の分離には勧められない3。

血清学的検査:(・に特異的な抗体で同定)、(Gruber-Widal test、)——抗原のにより血清中の抗体を検出。

:上のに用いる。

治療

  • 多くは自然治癒(約1週間)——輸液・などの支持療法が基本
  • 新生児や侵襲性感染では:アンピシリン、、

⚠️ の胃腸炎に対する不必要な抗菌薬投与は避ける。 自然治癒する病態であり、合併症のない胃腸炎に対する抗菌薬治療はかえってを延長させうるため、支持療法を基本とし抗菌薬は侵襲性感染や高リスク患者に限定する。

⭐ 「効かないうえにを延ばす」——数字で押さえる。 12件の(767名)のでは、サルモネラ下痢症への抗菌薬投与は下痢の有無(2〜4日後・5〜7日後)・臨床的失敗・下痢期間・間・のいずれもと差が無かった4。一方でキノロン系は治療1週目のを陰性化させるものの、治療1か月後に同じ血清型をしている確率がおよそ2倍(1.96、95%信頼区間1.29〜2.98)になり、軽度の有害事象も増えた。「短期的には菌が消えたように見えて、長期的にはむしろ持続保菌が増える」というが、この⚠️の実体である。ただし乳幼児・高齢者・重症例・腸管外感染での効果は不明(試験が無い)とされており、上の本文が「新生児や侵襲性感染では抗菌薬」としているのは、根拠が無いからではなく根拠が存在しない領域だから慎重側に倒していると読む。

flowchart TD
  A["Salmonella属"] --> B["人獣共通宿主に適応<br>(S. enteritidis, S. typhimurium)"]
  A --> C["ヒトのみに適応<br>(S. typhi, S. paratyphi)"]
  A --> D["動物に適応<br>(S. choleraesuis)"]
  B --> E["腸管に限局した胃腸炎<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='salmonellosis'>サルモネラ症</span>)"]
  C --> F["血流に侵入する全身性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Typhoid fever'>腸チフス</span><br>(別項参照)"]
  D --> G["ヒトでは限局性感染<br>(主に小児)"]

まとめ

  • は腸内細菌科のグラム陰性桿菌で、H₂S陽性・乳糖陰性・による運動性を特徴とする。
  • では(菌体)と(鞭毛、2位相性)で血清型を分類し、S. typhiは独自のを持つ。
  • 宿主適応度により臨床像が決まる:人獣共通の非適応型(S. enteritidis等)は腸管限局の胃腸炎、ヒト適応型は全身性の、はヒトでは限局性感染にとどまる。
  • S. enteritidisによる胃腸炎()は汚染された鶏肉・卵の摂取が典型的な感染経路で、潜伏期14〜48時間、多くは自然治癒する。
  • 診断はに続くSS/Hektoen培地・などのと。治療は支持療法が基本で、侵襲性感染にのみ抗菌薬を用いる。

出典

  1. 1.Genome-based phylogeny and taxonomy of the 'Enterobacteriales': proposal for Enterobacterales ord. nov. divided into the families Enterobacteriaceae, Erwiniaceae fam. nov., Pectobacteriaceae fam. nov., Yersiniaceae fam. nov., Hafniaceae fam. nov., Morganellaceae fam. nov., and Budviciaceae fam. nov.(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology・2016)1,548個のコアタンパク質などを用いた比較ゲノム解析により従来の「Enterobacteriales」目の中に7つの単系統群が存在することが示され、目を Enterobacterales ord. nov. と改め、Enterobacteriaceae・Erwiniaceae・Pectobacteriaceae・Yersiniaceae・Hafniaceae・Morganellaceae・Budviciaceae の7科に分割することが提案されたことを確認した閲覧 2026-08-26
  2. 2.Salmonella nomenclature(Journal of Clinical Microbiology・2000)サルモネラ属は DNA-DNA ハイブリダイゼーションにより Salmonella enterica と Salmonella bongori の2種のみからなり、S. enterica は6亜種(I enterica、II salamae、IIIa arizonae、IIIb diarizonae、IV houtenae、VI indica)に分かれること、当時2,463の血清型(serovar)が知られ、うち1,454が温血動物を宿主とする亜種 I に属すること、血清型は種ではないことを強調するため学名の斜体にせず語頭を大文字で書く規約であること、初出は「Salmonella serotype Typhimurium」または「Salmonella ser. Typhimurium」と書き、以降は「Salmonella Typhimurium」「S. Typhimurium」と略すこと、かつての「1血清型=1種」という Kauffmann の概念を今日に当てはめると2,463の種ができてしまうこと、血清型の抗原式は Kauffmann-White スキームとしてパスツール研究所のWHO協力センターが維持していることを確認した閲覧 2026-08-26
  3. 3.Brilliant Green Agar (Cat. no. G75) — Instructions for Use(Hardy Diagnostics・2020)製品の使用説明書(IFU-10083[B]、2020年)で確認した。pH指示薬がフェノールレッドで、乳糖・ショ糖を発酵する菌は黄〜黄緑色のコロニーと黄緑色の帯、サルモネラ属などの非発酵菌は赤〜ピンク白色のコロニーと鮮赤色の帯を示すこと、色調は培養時間と菌株で赤からピンク白色まで変わりうること、チフス菌・パラチフス菌・赤痢菌の分離には推奨されないこと。閲覧 2026-09-27
  4. 4.Antimicrobials for treating symptomatic non-typhoidal Salmonella infection(Cochrane Database of Systematic Reviews・2012)12件の無作為化比較試験(767名)のメタ解析で、非チフス性サルモネラ下痢症に対する抗菌薬投与は治療2〜4日後・5〜7日後の下痢の有無、臨床的失敗、下痢期間・発熱期間・罹病期間のいずれについてもプラセボ/無治療と差が無かったこと、キノロン系は治療開始1週目の便培養陰性化を増やす一方、治療1か月後に同じ血清型を排菌している確率がおよそ2倍(リスク比1.96、95%信頼区間1.29〜2.98)に上昇したこと、軽度の有害事象は抗菌薬群で多かったこと、健康な人の非チフス性サルモネラ下痢症に抗菌薬の利益を示す根拠は無い一方、乳幼児・高齢者・重症例・腸管外感染での効果は不明であることを確認した閲覧 2026-08-26