微生物学

微生物学 · 2/8

淋菌。モラクセラ属

Neisseria gonorrhoeae. Moraxella genus

応用トピック
男性の淋菌感染症女性の淋菌感染症膀胱炎と尿道炎前立腺と男性生殖器の炎症性疾患
微生物
Moraxella catarrhalisMoraxella lacunataNeisseria gonorrhoeaeNeisseria meningitidis
疾患
結膜炎新生児眼炎淋菌感染症

🧠 淋菌は、莢膜を持つ髄膜炎菌とは異なる戦略をとる菌として読む。 莢膜がない(=ワクチンが作れない)ぶん、淋菌は好中球などのの中に侵入して生き延びる(facultative intracellular)という戦略で貪食から逃れる。線毛とで尿道上皮に付着・侵入し、上行性に炎症を広げていく——男性では尿道炎から前立腺炎・へ、女性ではから、さらに腹膜へと広がりを起こす。分娩時のは新生児にを起こし失明の原因になりうる——莢膜を持たないぶん、淋菌の病原性は「性的接触+上行性の直接進展」という経路依存的な戦略に集約される。同じ講義で扱われるは分類上はだが、同じの形態を持ち、βラクタマーゼ産生による耐性という共通点を持つ。

淋菌——性感染症

項目 内容
形態
生息地 性器
莢膜 なし(=ワクチンが作れない。莢膜を持つN. meningitidisとの違い)
細胞内寄生 (PMN:好中球・好酸球など)内で生存する
宿主防御を減弱させる
線毛()+表面蛋白()——付着と侵入を担う
オキシダーゼ 陽性

病原性因子:性感染症として、または分娩時に新生児へ伝播する。細胞壁のが炎症を引き起こす。

臨床像:淋病

男性:線毛により尿道上皮へ付着し急性尿道炎を起こす。さらに上行すると前立腺炎、、に至る。

女性:尿道を上行してを起こす——・、(若年女性では)を含む。

  • により不妊やに至りうる
  • PIDが腹膜に波及したものをと呼ぶ。腹膜の感染がへの癒着を起こし、細く長い癒着が「」と呼ばれる

母子感染:妊婦から分娩時に新生児へ伝播すると、生後5日以内に急性発症するを起こし、重症例では失明に至る。

その他の共通所見(両性):

  • 起床時にみられる濃厚な(“bonjour drop”)——水様性のとの鑑別点
  • 膿性関節炎(非対称性、膝に多い)
  • 播種例では発熱・発疹・髄膜炎・敗血症を起こしうる

診断:+(VPN寒天)での培養。液のグラム染色またはによる。

⚠️ が培養を置き換えた——そのせいで「効く薬が分からなくなる」というジレンマが生まれた。 現在、資源のある国では()が淋菌培養を診断の主役から追い出している。感度が高く、自己採取検体でも使え、の淋菌が輸送中に死んでも検出できるからである。しかしは薬剤感受性を教えてくれない。その結果、の採取が減り、検査室が培養とを行う能力そのものを失いつつある1。だからが疑われる例・耐性目的では、に加えて培養を必ず出す。WHOの Global Gonococcal Antimicrobial Surveillance Programme(GASP、1990年開始。欧州版は Euro-GASP)はこの培養株に依存しており、参加国のほぼ半数は5%の耐性率を確かに検出するのに要る年間約100株すら集められていない。

💡 咽頭・直腸の検体を取る理由。 口腔咽頭の淋菌感染は頻度が高く大半が無症候で、しかも治療が効きにくい——ここが耐性が生まれる貯留巣になっている1。実際、確認されているの多くが咽頭感染例である。性器検体だけを取ると、この最も危ない部位を見逃す。

治療:セフトリアキソン(クラミジア合併を考慮しマクロライド系を併用することもある)。の予防には1%(旧、 AgNO₃)を用いる。

⚠️ 淋菌の推奨治療は耐性に追われて何度も書き換えられてきた。今は「セフトリアキソン単剤・高用量」である。 かつては→ペニシリン→テトラサイクリン→フルオロキノロン→経口と、新薬が出るたびに耐性で失われてきた。は2000年代初頭の日本を皮切りにが各国で確認されし、は感受性が判明していても現在は第一選択に置かない12。現行の推奨は次のとおりで、国によって用量が違う点に注意する。

出典 無合併症の淋菌感染に対する第一選択 クラミジアの扱い
米国 (2020年更新) セフトリアキソン 500 mg 単回筋注(体重150 kg以上は1 g)。アジスロマイシン併用は2020年に推奨から外れた(薬剤圧と耐性拡大への懸念のため) クラミジアが除外できていなければドキシサイクリン100 mg 1日2回×7日を追加3
英国 BASHH(2025年) セフトリアキソン 1 g 単回筋注(2018年版から増量) 別途対応
(局所の耐性データが無い場合) 質の高い直近の局所耐性データが無い地域では単剤より2剤併用を推奨(例:セフトリアキソン250 mg+アジスロマイシン1 g)——米国が単剤へ進んだのと逆方向で、「耐性が見えているか」で推奨が分かれる1 別途対応

⚠️ 上の本文にある「マクロライド系の併用」は、現在の米国の推奨ではない。 併用相手はマクロライド(アジスロマイシン)ではなくドキシサイクリンであり、しかもそれは「淋菌の治療を強化するため」ではなくクラミジアを叩くためである3。ただし英国 BASHH は、筋注が使えずを選ばざるを得ない場合に限りアジスロマイシン2 gの併用を残している2——「併用するかどうか」ではなく「何のために何を足すのか」で覚える。

💡 咽頭淋菌にはが要る。 咽頭感染は治療が効きにくく、セフトリアキソン単回投与でもがオーストラリア・日本・スロベニア・スウェーデンで検証されている1。CDCは咽頭感染では治療7〜14日後にを行うよう求めている3。セフトリアキソンに高度耐性の株(「スーパーバグ」)もフランス・日本・スペインで報告されており、最後の一手が失われつつある。

⚠️ との合併感染は頻度が高い。 そのため淋菌感染が疑われる場合、経験的にクラミジアもカバーする治療を検討する。現行の米国推奨では、クラミジアが検査で除外できていないときにドキシサイクリン100 mg 1日2回×7日を追加する(かつて併用されたアジスロマイシン単回は2020年に推奨から外れた)3。

モラクセラ属

スイスの眼科医Moraxにちなんで(Moraxellaceae科)。いずれも、で、培養すると白色コロニーを呈する。皮膚・上気道・泌尿生殖器の正常フローラの一部。

カタラーリス(白色コロニー)

項目 内容
形態
生息地 上気道正常フローラ
発育 、
好発 小児、(, chronic obstructive pulmonary disease)などの肺機能低下患者
疾患 、気管支炎、副鼻腔炎、中耳炎

多くのがβラクタマーゼを産生しに耐性を示す。治療はアモキシシリン/(阻害薬配合ペニシリン)。

💡 「多くのが」ではなく、実際には大多数である。 M. catarrhalis はほぼ全てのがβラクタマーゼを産生し、アンピシリン耐性が既定と考えてよい——一方でマクロライド・テトラサイクリン・ST合剤・第2/など複数系統のには感受性を保つ4。だからこの菌に対しては「を足すか、βラクタム以外に替えるか」の二択になる。

⚠️ 培養で常在のと取り違えられ、見落とされることがある。 M. catarrhalis は・という性状が咽頭の常在とよく似ているため、気道検体で「常在菌」として片づけられうる4。かつて Branhamella catarrhalis と呼ばれ「無害な咽頭常在菌」とみなされていたのはこのためで、現在はの15〜20%を占め、米国だけで年間200〜400万件の増悪の原因となる確立した病原体と位置づけられている。還元陽性・DNase陽性が鑑別の手がかりになる5。

Moraxella lacunata

の原因となる。治療はM. catarrhalisと同様、アモキシシリン/。

Moraxella osloensis・Moraxella nonliquefaciens

皮膚表面および口腔・泌尿生殖器の粘膜に分離される。日和見感染はまれ。

flowchart TD
  A["N. gonorrhoeaeが性的接触で感染"] --> B["線毛で尿道上皮に付着"]
  B --> C["男性:尿道炎"]
  B --> D["女性:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cervicitis'>頸管炎</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vaginitis'>腟炎</span>"]
  C --> E["前立腺炎・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epididymitis'>精巣上体炎</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='proctitis'>直腸炎</span>へ上行"]
  D --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pelvic inflammatory disease, PID'>骨盤内炎症性疾患</span>(PID)へ上行"]
  F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scarring'>瘢痕化</span>→不妊・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ectopic pregnancy'>異所性妊娠</span>"]
  F --> H["腹膜への進展<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Fitz-Hugh-Curtis syndrome'>Fitz-Hugh-Curtis症候群</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='violin string adhesions'>バイオリン線様癒着</span>)"]

まとめ

  • 淋菌は莢膜を持たずワクチンが存在しない点で髄膜炎菌と対照的で、PMN内で生存するという戦略で貪食を回避する。
  • 男性は尿道炎から前立腺炎・、女性はからPID・不妊・()へと上行性に進展する。
  • は新生児の(失明の危険)を起こしうるため、1%による予防点眼が行われる。
  • 治療の第一選択はセフトリアキソンで、クラミジア合併頻度が高いためマクロライド併用を考慮する。
  • (特にM. catarrhalis)はβラクタマーゼ産生によるペニシリン耐性を特徴とし、小児・患者の・中耳炎・副鼻腔炎の原因菌。治療はアモキシシリン/。

出典

  1. 1.Antimicrobial resistance in Neisseria gonorrhoeae: Global surveillance and a call for international collaborative action(PLOS Medicine / World Health Organization・2017)WHOの Global Gonococcal Antimicrobial Surveillance Programme(GASP)が1990年に開始され、そのデータが世界・地域・各国の淋菌治療指針の改訂の根拠になっていること、資源のある国では核酸増幅検査(NAAT)が淋菌培養を置き換えた結果、培養検体の採取が減り培養と薬剤感受性検査を行う能力そのものが失われつつあること、WHO GASP参加国のほぼ半数が5%の耐性率を統計的に確からしく検出するのに必要な年間約100株の検体数を確保できていないこと、セフィキシムの治療失敗が2000年代初頭の日本を皮切りにオーストリア・カナダ・フランス・ノルウェー・南アフリカ・英国で確認されたこと、咽頭淋菌に対するセフトリアキソン単回投与(250〜1,000 mg)の治療失敗がオーストラリア・日本・スロベニア・スウェーデンで検証されたこと、セフトリアキソン高度耐性の超多剤耐性株がフランス・日本・スペインで報告されたこと、口腔咽頭感染は頻度が高く大半が無症候で治療が難しく、耐性が生まれる貯留巣になることを確認した閲覧 2026-08-26
  2. 2.British Association for Sexual Health and HIV (BASHH) National Guideline for the Management of Infection with Neisseria gonorrhoeae, 2025(British Association for Sexual Health and HIV (BASHH)・2025)2018年版から用量を引き上げ、無合併症の性器・咽頭感染の第一選択をセフトリアキソン1 g単回筋注としたこと、IM注射が禁忌のときの代替はセフィキシム400 mgを6〜12時間あけて2回投与+アジスロマイシン2 g(セフィキシム単剤は咽頭感染で治療失敗の報告があるため単剤を避ける)であること、シプロフロキサシンは感受性判明時でも現在は第一選択に位置づけないことを確認した閲覧 2026-08-26
  3. 3.Update to CDC's Treatment Guidelines for Gonococcal Infection, 2020(Centers for Disease Control and Prevention (CDC) / MMWR・2020)淋菌感染の単回治療はセフトリアキソン500 mg(体重150 kg以上は1 g)単回筋注で、アジスロマイシン併用は薬剤圧・耐性拡大への懸念から推奨から外れたこと、クラミジア未除外時はドキシサイクリン7日間を追加すること、セフィキシムはIM注射が使えない場合に限る代替(800 mg単回経口、セフトリアキソンほど高い・持続的な血中濃度が得られない)であること、咽頭感染は治療7〜14日後に検査治癒判定を行うことを確認した閲覧 2026-08-26
  4. 4.Moraxella catarrhalis, a human respiratory tract pathogen(Clinical Infectious Diseases・2009)Moraxella catarrhalis がヒトのみを宿主とする病原体で急性中耳炎の15〜20%を占めること、米国で年間200〜400万件の慢性閉塞性肺疾患の増悪の原因になっていること、培養では常在のNeisseria属に似るため気道検体で見落とされうること、大多数の株がβラクタマーゼを産生しアンピシリンに耐性である一方、複数系統の経口抗菌薬には感受性を保つことを確認した閲覧 2026-08-26
  5. 5.Branhamella catarrhalis: an organism gaining respect as a pathogen(Clinical Microbiology Reviews・1990)この菌が長らく咽頭の無害な常在菌とみなされてきたのは、同じく咽頭に住む Neisseria cinerea との取り違えが一因であること、硝酸塩還元・トリブチリン加水分解・DNase の各試験が陽性となる点で両者を鑑別できること、当時すでに小児の急性中耳炎・急性副鼻腔炎の第3位の原因菌と認識され、高齢者・免疫不全者の慢性気道疾患の急性増悪をしばしば起こすことを確認した。Branhamella catarrhalis という属名で記載されている(現在の Moraxella catarrhalis の異名)閲覧 2026-08-26