微生物学

微生物学 · 2/11

大腸菌

Escherichia coli

応用トピック
尿路感染症:無症候性細菌尿・膀胱炎・前立腺炎尿路感染症:腎盂腎炎・カテーテル関連尿路感染症尿路感染症・無症候性細菌尿妊娠と腎疾患・尿路感染症小児の下痢急性胃腸炎の原因と治療溶血性尿毒症症候群小児尿路感染症新生児感染症小児尿路感染症(部位・経過・治療・合併症)主な感染性腸炎
微生物
Enteroinvasive Escherichia coliEscherichia coli
疾患
旅行者下痢症

🧠 大腸菌は「どこにいるか」で病気の起こし方が根本的に変わる菌として読む。 腸管の中にいる限りは正常フローラだが、腸管の外(尿路・血液・髄膜)に迷い込むと、特別なを持たない「無害な」株でも・敗血症・を起こす(=場所の問題)。一方、腸管の中で下痢を起こすのは、特別な病原遺伝子(プラスミド・ファージ由来の毒素や)を獲得した5つの特殊な病原型だけである(=遺伝子の問題)。この「場所 vs 遺伝子」という2つの異なる論理を分けて読めば、E. coliの臨床像はすべて整理できる。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陰性桿菌
生息地 腸内細菌科(Enterobacteriaceae)——の一員。の目は2016年に Enterobacterales へ改称された1
運動性 で運動性あり——(55種類、に使用)
莢膜
線毛() への接着を助ける
生化学的性状 (+)、カタラーゼ(+)、グルコース(+)、(+)。ウレアーゼ・オキシダーゼ・H₂S産生はいずれも陰性

💡 陽性の意味。 によりをへ変換する反応で、E. coliを他の腸内細菌科と鑑別する基本的な生化学的指標の一つ。

病原性因子

  • 内因性または外因性の糞便が食品を汚染する、あるいは直接体内へ侵入することで感染が成立する
  • 病原性を持つ型(例:K1・K100抗原)は重篤な感染症を引き起こす

💡 (UPEC)は「特殊な毒素を獲得した株」ではない。 腸管外感染の主役である UPEC は、腸管病原型のようなプラスミド/ファージ由来の毒素を持たない。P線毛(腎盂まで上行できる)・1型線毛(膀胱上皮に接着)・・鉄取り込み系()といった定着に有利な因子を持つ株が尿道口から上行するだけで、原因菌の第1位になる——冒頭の「場所の問題」がそのまま当てはまる。

臨床像①:腸管外感染症

腸管の外に出た「」型のE. coliが起こす感染症である。

疾患 機序
尿路感染症 原因菌の第1位。内因性の糞便フローラが尿道口を汚染し上行して膀胱炎を起こし、さらに上行すると腎盂腎炎に至る
K莢膜抗原を持つ株のみが原因となる
敗血症 外膜に存在するによる

臨床像②:腸管感染症——5つの病原性大腸菌

はいずれもグラム陰性桿菌で、はプラスミドや他の腸管病原菌由来のファージにコードされる。共通する臨床像は重度の下痢である。

💡 「5つ」は暗記用の切り方で、現在の総説は6つ+新顔で数える。 主要な病原型は EPEC・STEC(うち EHEC)・Shigella/EIEC・EAEC・DAEC(びまん性接着性大腸菌)・ETEC の6つとされ、さらに新しい病原型として AIEC(接着侵入性大腸菌、との関連が議論されている)が加わっている2。下の表にない DAEC は小児の遷延性水様性下痢に関わるが確立した検出マーカーが無く、講義では省かれることが多い。また同じ総説は Shigella と EIEC を1つの病原型としてまとめている——のページ(2/12)の「遺伝学的には同一種に近い」という話と表裏一体である。

病原型 略称 伝播経路 機序 臨床像
ETEC ・水 が活性化→環状AMP(cyclic AMP, )上昇(に類似)。は活性化→環状GMP(cyclic GMP, cGMP)上昇。いずれも水・イオン分泌を起こす 発展途上国でのの主因、重度の水様性下痢
EHEC(=STECの一部) 加熱不十分な牛肉(ハンバーガー)・ (Shiga-like toxin=, Verotoxin)が28S rRNAの1個をして60Sサブユニットを不活化し、蛋白合成を止めて細胞死を誘導3。(他の病原性E.coliと異なる鑑別点)。O157:H7抗原と関連 無発熱の血性下痢を伴う重症の出血性大腸炎。10歳未満の小児で(血小板減少を特徴とする)を起こしうる
EIEC 由来のプラスミドを完全に獲得し、大腸上皮細胞へ侵入・破壊する ——粘液・発熱を伴う重度の水様性下痢もありうる
EPEC 集団感染(高齢者施設など) Intimin/Tir複合体によりに接着する 新生児(1歳未満)の水様性下痢、施設内の原因
EAEC — 線毛()で小腸上皮に接着し細菌凝集を形成、その後細胞傷害性毒素を放出 重度の水様性下痢がしばしば慢性化(14日超)し、比較的高い死亡率。主に小児・発展途上国

⚠️ EHEC感染に対する抗菌薬投与は議論がある。 一部の抗菌薬は細菌を破壊する過程での放出を増やし、のリスクを高める可能性が指摘されている——EHECが疑われる血性下痢では、原因菌の確定前に安易に抗菌薬を開始しない判断が重要になる。

⭐ 「議論がある」の中身——方法論の質が高い研究に絞ると、リスク上昇は有意である。 17報1,896人を含むでは、全研究を含めた解析では1.33(95%CI 0.89〜1.99、I²=42%)で有意ではない。ところがが低くの定義が適切な研究に限ると、2.24(95%CI 1.45〜3.46、I²=0%)と有意に上昇し、も消える。著者はこれを根拠にSTEC感染者への抗菌薬使用は推奨されないとしている4。「議論がある」と書かれるのは前者の数字が独り歩きするからで、臨床判断としては「STECを疑う血性下痢に経験的抗菌薬を投与しない」で確定していると理解してよい。

⚠️ この「抗菌薬を避ける」ルールはSTEC限定で、Shigella/EIEC には広げない。 上の表と総説は Shigella と EIEC を1つの病原型としてまとめるが、まで同じにはならない。 が抗菌薬の回避を求めているのは推奨35のSTEC O157およびShiga toxin 2産生STECだけであり、によると推定されるの免疫正常な有症状者は、逆に推奨30の「経験的抗菌薬を投与する明示的な例外」側に挙がっている5。「が出るから抗菌薬は危ない」という一般化は成り立たない——詳細は属(2/12)と赤痢を参照。

⚠️ 用語:EHEC ⊂ STEC。O157だけを探すと取り逃す。 遺伝子を持つ大腸菌の総称が STEC()で、そのうち出血性大腸炎・というヒトの病像を起こすものを EHEC と呼ぶ——EHECはSTECの部分集合である2。実務上重要なのは次の3点。

  • 非O157が増えている。 米国農務省は O157:H7 に加えて O26・O45・O103・O111・O121・O145(「Big 6」)を重症例に多い非O157 STEC として対象に加えた。非O157の分布は地域により異なる
  • SMAC培地はO157を狙い撃ちする検査なので、非O157は無色にならず素通りする。 さらにを発酵する O157:NM も存在し、SMACで見逃されうる。だから確実な検出にはそのもの(毒素の免疫学的検出、または stx1/stx2 の)を見に行く
  • 病原型は固定ではない。 2011年にドイツでを起こした O104:H4 は、EHECではなく stx2 を獲得した EAEC だった——凝集接着で腸に居座りながらを出すという組み合わせで、が多発した
flowchart TD
  A["E. coli"] --> B["腸管の外に出た場合<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='apathogenic'>非病原性</span>型でも発症)"]
  A --> C["腸管の中で下痢を起こす場合<br>(病原性遺伝子を獲得した5型のみ)"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urinary tract infection'>UTI</span>(#1原因菌)→膀胱炎→腎盂腎炎"]
  B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neonatal meningitis'>新生児髄膜炎</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='K antigen'>K抗原</span>陽性株)"]
  B --> F["敗血症(LPS<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endotoxin'>エンドトキシン</span>)"]
  C --> G["ETEC・EHEC・EIEC・EPEC・EAEC<br>(プラスミド・ファージ由来の毒素/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adhesin'>接着因子</span>)"]

診断

検査 所見
(エオシン・・乳糖寒天) 中心が暗色の平たいコロニーで、緑色の金属光沢を帯びる(光沢が無い株もある)6
培地 のコロニー(陽性を反映)
検体 尿、膿、血液(血液培養)、髄液
陽性

治療

  • しばしばを示す——(、extended-spectrum beta-lactamase)がプラスミド性(伝達されやすい)または染色体性に存在する

⚠️ 産生大腸菌は「院内の菌」ではなくなった——市中で拡がっている。 2008年に3大陸で同時に見つかったクローン群 ST131 は、いまや世界の腸管外病原性大腸菌(ExPEC)の中で最優勢の系統であり、CTX-M-15 型を産生する報告が多く、ほぼ全株がである7。ST131 は市中・院内の双方で感染を起こす真の病原体とみなされている。つまり「入院歴のない外来の患者だからは無いだろう」という前提は成り立たず、セファロスポリンもキノロンも同時に外れうる——これが本文の「による感受性確認が必須」の実質的な理由である。

  • ペニシリン・セファロスポリンに耐性を示すことが多い
  • ()による感受性確認が必須
  • 支持療法(重度の下痢では輸液によるなど)
  • 複雑例では:βラクタム+、、フルオロキノロン、アミノグリコシド、を使用

まとめ

  • E. coliはグラム陰性桿菌での一員だが、腸管外(・・敗血症)と腸管内(5つの病原型による下痢)で全く異なる病態を起こす。
  • 腸管外感染は「場所」の問題(apathogenic株でも腸管外に出れば発症)、腸管内感染は「病原遺伝子」の問題(プラスミド・ファージ由来の毒素・を獲得した株のみ)という軸で整理する。
  • 5つの腸管病原型はETEC(LT/ST毒素、)、EHEC(、O157:H7、血性下痢と、)、EIEC(様の)、EPEC(Intimin/Tir、新生児施設内感染)、EAEC(慢性の水様性下痢)に分かれる。
  • 診断はEMB寒天・でのコロニー性状と陽性が特徴的。
  • は28S rRNAの1個をして60Sサブユニットを不活化する(のと同じ標的・同じ酵素活性)。リボソームやrRNA鎖を切断するのではない。
  • 治療はなどによる耐性化が多く、に基づく選択が必須。EHECでは抗菌薬投与がの放出を増やしリスクを高めうる点に注意する(ただしこれはSTEC限定のルールで、Shigella/EIEC には広げない)。

出典

  1. 1.Genome-based phylogeny and taxonomy of the 'Enterobacteriales': proposal for Enterobacterales ord. nov. divided into the families Enterobacteriaceae, Erwiniaceae fam. nov., Pectobacteriaceae fam. nov., Yersiniaceae fam. nov., Hafniaceae fam. nov., Morganellaceae fam. nov., and Budviciaceae fam. nov.(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology・2016)1,548個のコアタンパク質などを用いた比較ゲノム解析により従来の「Enterobacteriales」目の中に7つの単系統群が存在することが示され、目を Enterobacterales ord. nov. と改め、Enterobacteriaceae・Erwiniaceae・Pectobacteriaceae・Yersiniaceae・Hafniaceae・Morganellaceae・Budviciaceae の7科に分割することが提案されたことを確認した閲覧 2026-08-26
  2. 2.Recent advances in understanding enteric pathogenic Escherichia coli(Clinical Microbiology Reviews・2013)腸管病原性大腸菌の主要な病原型(pathotype)は6つ——EPEC、志賀毒素産生大腸菌 STEC(その一部が腸管出血性大腸菌 EHEC)、Shigella/EIEC、EAEC、びまん性接着性大腸菌 DAEC、ETEC——であり、さらに新しい病原型として接着侵入性大腸菌 AIEC が加わること、Shigella と EIEC は同一の病原型として扱われること、最も多い EHEC 血清群は O157:H7 だが米国農務省は O26・O45・O103・O111・O121・O145 の6血清群(Big 6)も重症例に多い非O157 STEC として規制対象に加えたこと、非O157 STEC の分布は地域により異なること、O157:H7 の大半は24時間以内にソルビトールを発酵しないためソルビトールMacConkey(SMAC)培地で無色コロニーとして鑑別できるがソルビトール発酵性の O157:NM は見逃されうること、2011年ドイツの大規模アウトブレイク株 O104:H4 は stx2 を獲得した EAEC であったことを確認した閲覧 2026-08-26
  3. 3.Site of action of a Vero toxin (VT2) from Escherichia coli O157:H7 and of Shiga toxin on eukaryotic ribosomes. RNA N-glycosidase activity of the toxins(European Journal of Biochemistry・1988)腸管出血性大腸菌由来のVero毒素(VT2=Shiga-like toxin II)とShigella dysenteriae 1型由来の志賀毒素が、いずれもラット肝60Sリボソームサブユニットの28S rRNA上のアデニン1個(A-4324)のN-グリコシド結合を切ってアデニンを遊離させる(RNA N-グリコシダーゼ活性)ことで60Sサブユニットを不活化し、伸長因子1依存性のアミノアシルtRNAのリボソーム結合とタンパク質合成を阻害することを確認した。リボソーム本体もrRNA鎖も切断していない。閲覧 2026-09-05
  4. 4.Shiga Toxin-Producing Escherichia coli Infection, Antibiotics, and Risk of Developing Hemolytic Uremic Syndrome: A Meta-analysis(Clinical Infectious Diseases・2016)17報1,896人を含むメタ解析で、全研究を含めた抗菌薬投与とHUS発症のオッズ比は1.33(95%CI 0.89〜1.99、I²=42%)と有意でなかったが、バイアスリスクが低くHUSの定義が適切な研究に限ると2.24(95%CI 1.45〜3.46、I²=0%)と有意に上昇し、結論としてSTEC感染者への抗菌薬使用は推奨されないとされたことを確認した閲覧 2026-08-26
  5. 5.2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea(Infectious Diseases Society of America・2017)推奨35で抗菌薬の回避が求められているのはSTEC O157およびShiga toxin 2産生STEC(strong, moderate)に限られること、推奨30では赤痢菌によると推定される細菌性赤痢を呈する免疫正常の有症状者が逆に経験的抗菌薬投与の明示的な例外として挙げられていることを確認した。「抗菌薬でHUSが増える」という記述はSTECについてのみで、Shigella/EIECには及んでいない。閲覧 2026-09-05
  6. 6.BAM Chapter 4: Enumeration of Escherichia coli and the Coliform Bacteria(U.S. Food and Drug Administration (FDA) Bacteriological Analytical Manual・2020)2020年10月版のPDFで確認した。レヴィンのエオシン・メチレンブルー(L-EMB)寒天で大腸菌を疑うコロニーは「dark centered and flat, with or without metallic sheen」(中心が暗色で平坦、金属光沢は有ることも無いこともある)と記載されていること。閲覧 2026-09-27
  7. 7.Escherichia coli ST131, an intriguing clonal group(Clinical Microbiology Reviews・2014)2008年に3大陸で同時に見つかった大腸菌のクローン群 sequence type 131(ST131)が、現在では世界の腸管外病原性大腸菌(ExPEC)分離株の中で最優勢の系統になっていること、遡及研究では2003年ごろにはすでに台頭していた可能性があること、他の古典的なB2群 ExPEC と違って ST131 は CTX-M-15 などの基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)を産生する報告が多くほぼ全株がフルオロキノロン耐性であること、市中・院内の双方で感染を起こし多数の病原性関連遺伝子を持つ真の病原体とみなされていることを確認した閲覧 2026-08-26