Genetics

Genetics · 7.1

ゲノミクス入門

Introduction to genomics

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W9Lecture / 講義

🧠 の歴史を「なぜ13年もかかったものが、今では1時間で読めるのか」という技術加速の物語として読み、後半は「タンパク質をコードする1.2%以外の98.8%は本当に“ジャンク”なのか」という問いへの答え(ENCODEプロジェクト)に接続する構成で理解する。 ゲノム=遺伝情報の総体、=ゲノムを機能・構造・相互作用として研究する学問——この定義の違いが、遺伝学から現代医学への視座の転換を示す。

ゲノムとゲノミクスの定義

ゲノム=生物の遺伝情報の総体——DNA(一部のウイルスではRNA)にコードされ、遺伝子と非の両方を含む。細胞は2ゲノムをもつ。

=ゲノムの機能・構造・相互作用を研究する学問——手法・RNA・タンパク質・バイオインフォマティクスを含む。構造・植物・ヒト・医科学など多様な分野をもつ。

💡 「〜オミクス」は生物学的分子プールの網羅的定量を目指す共通の接尾辞。 等——いずれも生物の構造・機能・動態を、個別分子ではなく分子プール全体として特徴づけ定量化することを目指す。

遺伝学
対象 遺伝、1つまたは少数の遺伝子 多数〜すべての遺伝子、07-3-systems-biology参照)

ヒトゲノム計画

米国エネルギー省・が主導した政府プロジェクト——1990年10月1日正式開始、当初計画15年

1990年時点の主要目標

①ヒトゲノム中の10万個の遺伝子の同定、②31億の決定、③ヒトゲノムの直接的産物の・解析・保存、④技術移転(民間セクターへ)、⑤倫理的・法的検討。

目標②:モデル生物のゲノムの地図作成・シーケンシング

マウス、(最初に解読された植物)、チンパンジー、線虫、病原体、など。

参加国: 18か国(米国が主導)——がプロジェクトを統括した。

HGP内の分裂:官民競争

1998年、Craig Venterが設立したCeleraが「ショットガン法」でHGPと競争関係に入った。 =ゲノムをランダムな短い断片に分解し、重複する短い配列を手がかりにコンピュータで再構成する手法(当初は大腸菌ゲノム5Mbで実証)——Francis Collins率いる公的コンソーシアムとCeleraの競争が、結果的に解読の完了を加速させた。

HGP完了: には2003年4月14日に完了が宣言されたが、・端部染色体・・テロメア・領域を中心に未解読部分(ギャップ)が多数残存していた(2021年時点で875ギャップ、全体の8%が欠落)。第3世代シーケンシングを用いたテロメア・トゥ・テロメア(T2T)コンソーシアムにより、2021年5月に真に完全なヒトゲノム配列(2億の新規配列、100超の新規遺伝子を含む)が達成された(07-2-methods-in-genomicsも参照)。

💡 HGPの参照配列の70%は、実はたった1人のドナー(RP11)由来。 RP11は半分アフリカ系・半分ヨーロッパ系の血統をもつ匿名ドナーを識別するコードで、残りは50人の別のドナー由来——「ヒトゲノム」という単数形の呼び名にもかかわらず、参照配列は特定少数の個人に偏っている点に注意が必要。

シーケンシングの加速

指標 推移
所要時間 1990〜2003年(HGP、約13年)→2007年(2か月)→2010年(7日)→2014年(約1日)→さらに高速化(1時間、NGS)
コスト HGP全体で30億ドル→2003年3億ドル→2010年1万ドル→2014年1,000ドル→2017年800ドル(目標100ドル)
シーケンス済み 2003年1〜2人→2015年5万人超→2018年150万人超→2021年3,000万人超

国際プロジェクトの例: 「3年で1,000ヒトゲノム」プロジェクト(北京ゲノム研究所・英国Wellcome Trust Sanger Institute・米国NHGRI、3,000〜5,000万ドル規模)、Precision Medicine Initiative「All of Us」(少なくとも100万人、01-1-introduction-to-human-geneticsも参照)。

「10万ゲノムクラブ」に参加する10か国: 英国(100,000 Genomes Project)、日本(希少・未診断疾患イニシアチブ)、中国、オーストラリア、サウジアラビア、、エストニア、フランス、ドバイ、トルコ。

ヒトゲノムの統計データ

タンパク質コード領域はわずか1.2%。 女性の減数分裂の方が組換え頻度が高く、男性の減数分裂の方が変異頻度が高い。新生児は両親から約60個のを受け継ぐ(01-1-introduction-to-human-geneticsも参照)。が46%を占める(03-1-genetic-variations参照)。146個のヒト遺伝子はにより細菌由来と考えられている。

CpGアイランドとパラログ・偽遺伝子

200bp超で観察/期待CpG比が60%を超える領域。ではゲノム中のCpG部位の最大90%がメチル化されるが、機能的に活性な遺伝子に存在するの大半は非メチル化のまま保たれる(03-2-epigenetics参照)。

用語 定義
遺伝子重複の結果生じた、機能が原型から分岐したタンパクコード遺伝子(とは対照的)
15,000種超——不活性な遺伝子コピーでタンパクに翻訳されない(9%はRNAに転写される)。機能的遺伝子のmRNA安定性を低下させる、RNA干渉経路を介して遺伝子発現を調節する等の調節機能をもちうる

アフリカ集団と人類の起源

ホモ・サピエンスは約15万年前に出現し、その一部が5〜6万年前にアフリカを離れた——はアフリカ人集団でより多く、アフリカ人ゲノムには依然として3億(全体の10%)の未解読配列が存在する。

個人が保有する変異の統計

各個人は250〜300個の50〜100個の病原性変異を保有する。両親から150〜200個のを受け継ぐ(父がより多く、大半は中立)——接合体形成後の変異はを生む。

家族内のゲノム類似性と近親婚のリスク

同胞間50%、子1人50%、孫12.5%、いとこ3%——減数分裂の方が組換えが多いため(例:18断片 vs 31断片)、孫は母方祖母・父方祖母のどちらとも25%の同一配列を共有するが、その内訳(断片数)は異なる。この血縁度の急速な低下が、のリスクの遺伝学的根拠になる。

遺伝子欠損とノックアウト個体

マウスでは遺伝子欠損の30%が子宮内致死。大半は表現型に影響するが、平均して各個人は20個の遺伝子を欠く(例:嗅覚関連遺伝子、冗長遺伝子)。有利な遺伝子欠損の例: LPA・FUT2・CCR5・PCSK9欠損(08-2-evolution-genetics参照)。マウスで不活性化が致死的とされる43遺伝子が、生存し健康なヒトで不活性化されている例も見つかっている。

MHC:ゲノムで最も多様な領域

MHC(第6染色体p21.3、400万、100遺伝子超)は、ゲノムの他の領域と比べ10倍多い変異をもつ——進化的に有利な多様性(04-1-monogenic-inheritanceも参照)。

「ジャンクDNA」は本当にジャンクか

タンパク質をコードするのはわずか1.2%——残り98.8%は本当に不要なのか?

💡 「生物が複雑になるほど、ゲノムに占める非コード領域の割合が増える」——この相関はではない。 C. elegans(線虫)のような単純な生物と比較すると、複雑な生物ほど非コード領域の割合が大きい傾向がある。生命は約45.4億年前に誕生し、5.25億年前に最初の多細胞生物が出現した際、非コード領域に新しい調節システムが生まれた——「タンパク質は構成要素、ジャンクは物流システム(logistics=調節)」という比喩がこの関係を要約する。

ENCODEプロジェクト

2003〜2007年(ゲノムの1%を対象、5,000万ドル)、2008〜2012年(1億3,500万ドル)——2012年9月に30本の論文として結果が発表された。手法: DNase消化——酵素がアクセス・消化できる領域は「開いた」領域であり、転写因子等の他の分子もアクセス可能な機能的領域とみなせる。切断部位周辺をシーケンシングして機能領域を同定する。機能的部位は細胞種特異的

ゲノム中の機能的エレメント

タンパク質コード領域、RNAコード領域(タンパクに翻訳されない)、プロモーター領域(転写因子結合部位、7万か所超)、領域(遠隔調節領域、約40万か所)、長距離クロマチン相互作用、DNAメチル化部位()、03-2-epigenetics参照)。

ゲノムの80%がRNAに転写されるが、それがすべて「機能的」とは限らない——量と機能は別問題。 転写された RNA の大部分は急速に分解される——転写されること自体は機能の証拠にならない、という慎重な解釈が必要。ノンコーディングRNA(miRNA・lncRNA・piRNA等)はコード遺伝子より数が多く、主に調節的役割を担う(03-2-epigenetics参照)。=コード機能と調節機能(転写因子結合部位)を併せ持つ「二重使用」コドン——1つの塩基配列が2つの異なる情報レイヤーを同時に担いうるという発見。

単一細胞トランスクリプトミクスとモノアレリック発現

単一では、ある時点で細胞は主に片方の遺伝子由来の転写産物しかもたない(由来する親とは)——の転写は不連続で、を繰り返す。

発現パターン 割合 特徴
遺伝子の10〜25% 有糸分裂的に安定、遺伝子よりヌクレオチド多様性が高い、細胞表面・細胞間相互作用に関わるタンパクをコードする遺伝子に多い、と関連——インプリンティングとは別の現象(03-2-epigenetics参照)
遺伝子の75〜90% 大半の遺伝子で標準的なパターン

比較ゲノミクス

現代の複数種のゲノムを比較する——生命に必須の遺伝子多細胞生物に必須の遺伝子進化を通じて保存された領域を同定できる。は進化的に離れた種間でも差異が小さく、重要な機能を担うと推定される。

比較対象 相同性
マウス タンパクコード遺伝子の99%がヒトをもつ、ゲノムレベルで約90%
チンパンジー 96%(Y染色体は著しく異なる)
チンパンジーとの差の25〜50分の1、約50万年前に分岐

現代人のゲノムは複数の絶滅した人類種と混血している——「純粋なホモ・サピエンス」は存在しない。 ヨーロッパ人・アジア人のゲノムには1〜4%の由来配列、メラネシア人・オーストラリア先住民のゲノムには約3〜5%、パプア人には約7〜8%の由来配列が含まれる——有用な遺伝子variantが選択的に生き残った(08-2-evolution-geneticsも参照)。

症例:FTO遺伝子と肥満——染色体3D構造を介した長距離制御

染色体の3D構造(クロマチンのにより、物理的に離れた領域同士が相互作用する(「遺伝子のキス、gene kissing」)——この相互作用は遺伝的バリアントの影響を受けうるが、進化的に保存されている。

FTO遺伝子のイントロン内バリアントは「FTO遺伝子自体」ではなく、遠く離れたIRX3/IRX5遺伝子の発現を介して肥満に影響する——GWASヒットの解釈における最重要の教訓。 このイントロンバリアントはARID5B転写因子の結合を変化させ、IRX3・IRX5遺伝子の発現を抑制する——IRX3・IRX5の活性が高いと細胞(エネルギーを脂肪として蓄積)に、低いと(エネルギーを熱産生に使用)に分化する。FTO遺伝子のイントロン内バリアントは肥満と最も強い関連を示す既知のバリアントの1つだが、その効果はFTO遺伝子自体の機能ではなく、3D染色体構造を介した別の遺伝子の発現調節によって媒介される——05-2-complex-inheritance-iの「GWASヒットの近傍遺伝子が原因とは限らない」というの、最も具体的な実例。

まとめ

  • ゲノムは遺伝情報の総体、はその機能・構造・相互作用の学問——遺伝学(少数遺伝子)との対比で理解する。HGPは1990年開始、には2003年完了したが、真に完全な配列は第3世代シーケンシング(T2T)により2021年に達成された。
  • シーケンシングは13年→1時間、30億ドル→100ドル目標という劇的な加速を遂げ、シーケンス済みも2003年の1〜2人から2021年に3,000万人超へと爆発的に増加した。
  • ヒトゲノムはタンパクコード領域1.2%・46%という構成をもち、・MHC(最多様領域)・平均20個の個人的遺伝子欠損(一部は有利)という多様な特徴をもつ。減数分裂での高い組換え率が家族内ゲノム類似性のパターン(リスクの根拠)を説明する。
  • 「ジャンクDNA」の大半はENCODEプロジェクトにより機能的エレメント(プロモーター・・長距離クロマチン相互作用・ncRNA)として再解釈された。ただし転写されること自体は機能の証拠にならない点に注意が必要。(遺伝子の10〜25%)はインプリンティングとは別の現象。
  • はマウス・チンパンジー・との相同性を明らかにし、現代人ゲノムには由来配列が混在する。FTO遺伝子の例は、GWASヒットが必ずしもその遺伝子自体の機能ではなく、3D染色体構造を介した遠隔遺伝子(IRX3/IRX5)の制御によって説明されうることを示す。