組織病理学

組織病理学 · H1-038

大腿静脈血栓症(肉眼標本)

SPECIMEN - Thrombosis venae

描出疾患
深部静脈血栓症

🧠 全体像:は、下肢内に赤血球とフィブリンに富む血栓が形成される病変である。静脈血栓はとの影響を強く受け、血管壁へ付着しながら心臓方向へ伸長する。遊離するとを起こしうる。

標本の要点

項目 所見
臓器
標本 縦に開いた静脈の肉眼標本
腔に沿う暗赤色〜褐色の付着性血栓
赤血球、フィブリン、血小板
形成の中心 と。も寄与する
重要な転帰 伸長、器質化・、肺動脈への塞栓

標本では、開かれたの内腔に長い血栓性物質が残り、単なる液状血液やではなく、血管壁に付着して形成された生前血栓として読む。

形成機序

flowchart TD
    A["手術・外傷・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='prolonged bed rest'>長期臥床</span>"] --> B["下肢<span class='jp-term jp-term-diagram' title='muscle pump'>筋ポンプ</span>低下と静脈血流うっ滞"]
    C["悪性腫瘍・妊娠・炎症など"] --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypercoagulability'>過凝固状態</span>"]
    E["血管壁傷害"] --> F["局所の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='antithrombotic'>抗血栓性</span>低下"]
    B --> G["凝固因子が局所に蓄積"]
    D --> G
    F --> G
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fibrin formation'>フィブリン形成</span>と赤血球捕捉"]
    H --> I["赤色静脈血栓"]
    I --> J["中枢側へ伸長"]
    J --> K["遊離すれば<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulmonary embolism, PE'>肺血栓塞栓症</span>"]

肉眼での観察順

  1. 血管が薄い壁をもつ静脈であることを確認する。
  2. 内腔に沿って連続する暗赤色〜褐色の血栓を探す。
  3. 血栓が血管壁へ付着しているか、鋳型状に内腔を満たしているかを見る。
  4. 古い領域の淡色化・硬化、様の小孔があれば器質化・を考える。
  5. 血栓の中枢側の伸長と、遊離しやすい尾部を意識する。

肺血栓塞栓症とのつながり

塞栓の分布・規模 主な病理学的帰結
小さな 無症候のことも多い。が低い場合は呼吸困難を生じうる
中等大の を起こし、などで供給が不十分ならとなりうる
中心肺動脈の大きな塞栓 がし、急性右室、、、突然死を起こしうる
反復性塞栓 慢性血栓塞栓性から慢性・慢性へ進みうる

💡 は「が低い人にだけ起こる」とは限らない。 肺動脈が閉塞するとがの主灌流源として動員され、体血圧の高さゆえに流が増えて赤血球がへ漏れる。この出血が吸収されないときに壊死=梗塞になる、というのが現在の理解で、でのの頻度は約30%と報告される1。367例の検討では例のほうがむしろ若く(48±20.3歳 対 59.6±17.2歳)、気腫(5% 対 22%)や大動脈(23% 対 43%)はむしろ少なかった2。上表の「供給が不十分なら」という古典的説明は、試験では通用する枠組みだが、疫学とはそのまま一致しない。トピックH1-002も参照。

⚠️ があれば必ず突然死するわけではない。 形態的位置だけでなく、閉塞度、血行動態、右室機能、で重症度が決まる。でと診断された680例のうち鞍状塞栓は37例(5.4%)で、心エコーで・機能低下を78%に認めたにもかかわらず、持続性ショックは8%、一過性低血圧は14%にとどまり、は2例(5.4%、95%CI 0.7-18%)であった3。また、のはまず急性として理解し、反復性・持続性肺高血圧による慢性と区別する。

深部静脈血栓症の診断上の注意

片脚の腫脹、疼痛、圧痛、熱感はを疑う手がかりになるが、身体所見だけでは確定できない。

⚠️ 下腿を強く握る試験やで痛みを誘発するを診断に使わない。 感度・特異度が不十分で、陰性でも除外できず、陽性でも確定できない。現在の診断は、2段階でを評価し、と近位下肢検査を組み合わせる。個々の身体所見の診断能を検討したでも、診断を積極的に示唆できるのは悪性腫瘍(尤度比2.71)、血栓症の既往(2.25)、最近の不動(1.98)、差(1.80)、最近の手術(1.76)に限られ、除外に使えるのは下腿腫脹がないこと(0.67)と周径差(0.57)だけであった。による層別化のほうが有用で、高確率群の尤度比5.2に対し低確率群は0.25である4。が低ければを先に用いて画像を減らし、高ければ超音波へ進むのが現行の枠組みである5。

骨盤内でも、静脈圧迫やうっ滞を背景に前立腺周囲静脈叢や子宮傍静脈で血栓が形成されうる。ただし、や妊娠だけで血栓を断定せず、全身性危険因子を含めて考える。

まとめ

  • 血栓は赤血球とフィブリンに富み、静脈壁へ付着しながら中枢側へ伸長する。
  • 、手術、外傷などのと、悪性腫瘍・妊娠などのが重要である。
  • 遊離した血栓は肺動脈を閉塞し、から急性・ショックまで多様な帰結を生む。
  • では診断せず、、、近位検査を用いる。

出典

  1. 1.Pulmonary infarction in acute pulmonary embolism(Thrombosis Research・2021)急性肺血栓塞栓症における肺梗塞の頻度は約30%と報告される。肺動脈閉塞後に気管支動脈が肺毛細血管の主灌流源として動員され、体血圧の高さゆえに毛細血管血流が増して赤血球が肺胞腔へ漏出(肺胞出血)し、その出血が吸収されない場合に壊死=梗塞に至る。閲覧 2026-08-24
  2. 2.Pulmonary infarction secondary to pulmonary embolism: An evolving paradigm(Respirology・2018)急性肺血栓塞栓症367例中62例(16.9%)に肺梗塞。肺梗塞例は有意に若く(48±20.3歳 対 59.6±17.2歳)、画像上の気腫(5% 対 22%)と大動脈粥状硬化(23% 対 43%)が少なかった。多変量解析で33歳以下(OR 3.5)、胸痛(OR 2.15)、胸水(OR 2.18)が肺梗塞リスクを高め、気腫の存在は逆にリスクを下げた(OR 0.21)。閲覧 2026-08-24
  3. 3.Saddle pulmonary embolism: is it as bad as it looks? A community hospital experience(Critical Care Medicine・2011)CT血管造影で肺血栓塞栓症と診断された680例のうち鞍状塞栓は37例(5.4%、95%CI 4-7%)。一過性低血圧は14%、持続性ショックは8%にとどまり、人工呼吸を要したのは1例のみであった。心エコーでは右室拡大・機能低下78%、肺動脈収縮期圧上昇67%を認めたが、院内死亡は37例中2例(5.4%、95%CI 0.7-18%)であった。閲覧 2026-08-24
  4. 4.Meta-analysis: The value of clinical assessment in the diagnosis of deep venous thrombosis(Annals of Internal Medicine・2005)深部静脈血栓症の臨床評価のメタ解析。個々の身体所見の診断的価値は限られ、診断を積極的に示唆できるのは悪性腫瘍(尤度比2.71)、深部静脈血栓症の既往(2.25)、最近の不動(1.98)、下腿周径差(1.80)、最近の手術(1.76)のみ、除外に使えるのは下腿腫脹がないこと(0.67)と下腿周径差(0.57)のみであった。Wellsスコアによる臨床確率の層別化のほうが有用で、高確率群の尤度比5.2、低確率群0.25であった。閲覧 2026-08-24
  5. 5.American Society of Hematology 2018 guidelines for management of venous thromboembolism: diagnosis of venous thromboembolism(American Society of Hematology・2018)静脈血栓塞栓症の診断は検査前確率の評価から始める。検査前確率が低い(unlikely)患者ではDダイマーを最初の検査として用いることで画像検査の必要を減らせ、高い(likely)患者では画像検査を行う。下肢および上肢の深部静脈血栓症の画像診断には超音波検査を用いる。閲覧 2026-08-24