微生物学

微生物学 · 3/6

ウイルスに対する宿主防御機構

Host defence mechanisms against viruses

疾患
Aicardi-Goutières症候群
検査値
インターフェロンシグネチャ

🧠 宿主の抗ウイルス防御は「物理的バリア→自然免疫(速い・非特異的)→獲得免疫(遅い・特異的だが記憶が残る)」という時間軸の3層構造である。 自然免疫の主役は(近隣細胞への警報)とNK細胞(MHC1低下を感知して殺す)、獲得免疫の主役はCD8陽性(感染細胞を直接殺す)とB細胞由来抗体(ウイルスを中和・標識する)。ワクチンが効くのは、この最後の「記憶」をなしに作らせる仕組みだからである。

1. 自然のバリア

皮膚は感染に対する最良のバリアだが、口・眼・鼻・肛門などの開口部や創傷は侵入経路になりうる。各開口部には固有の基本的防御がある。

部位 防御機構
皮膚 ほとんどのウイルスは通過できない(例外:など)
粘膜 、唾液中のIgA
気道 咳、線毛による粘液輸送
消化管 酸性pH——特にエンベロープを持つウイルスに有効

2. 自然免疫応答——即時性

ウイルスがを突破すると、抗原非特異的な自然免疫系が活性化する。

インターフェロン

  • 隣接する細胞への警報シグナルとして働くシグナルタンパク質。

  • ウイルス感染細胞から放出されたIFNは、近隣の健常細胞のIFN受容体に結合し、2つの過程を誘導する。

    • 抗ウイルスタンパク質の産生——を阻止する
    • 近隣細胞でのMHCクラスI(major histocompatibility complex class I、主要組織適合性複合体クラスI)発現の増加

    → インフルエンザ様症状を誘発する

💡 「抗ウイルスタンパク質」の正体は(ISG)の産物である。 IFNが受容体に結合するとシグナル伝達カスケードが走り、数百のISGが一斉に転写される——ヒトゲノムの遺伝子のおよそ10%がによる制御を受けうる1。個々のISG産物が単独または協調して、ウイルスの侵入・・複製・翻訳・出芽のそれぞれを妨げ、同時にと獲得免疫のをもたらす1。「IFNが直接ウイルスを殺す」のではなく、「IFNが数百の遺伝子のスイッチを入れて細胞を抗ウイルス状態にする」というのが正確な描像。

⚠️ は「多いほど良い」サイトカインではない。 インフルエンザのような急性ウイルス感染ではI型IFN自体が免疫病理を起こしうるし、のようなでは逆に免疫抑制をもたらす2。細菌感染でも、早期の低濃度は細胞性免疫の立ち上げに必要だが、高濃度になるとB細胞応答を阻害しマクロファージのIFN-γ応答性を下げる2。

ナチュラルキラー細胞

  • ウイルスはによる破壊を逃れるため、感染細胞表面のMHCクラスI発現を低下させる。
  • → このMHCクラスIの低下がNK細胞による殺傷を活性化する。

💡 MHCクラスIの発現量は「諸刃の剣」。 発現が保たれていればに狙われ、発現を下げればNK細胞に狙われる——ウイルスにとってどちらに転んでも不利になるよう、宿主側は二重に網を張っている。

抗原提示細胞

  • マクロファージ:貪食によりを破壊する(ウイルスを取り込み、ファゴソームとリソソームを融合させる)。その後、ウイルス抗原を細胞表面に提示する。
  • :ウイルス抗原をT細胞に提示し、自然免疫と獲得免疫をつなぐ役割を担う。

3. 獲得免疫応答——後発性・長期持続性

な免疫応答は最後に活性化される。

Tリンパ球

  • CD8陽性:ウイルス感染細胞を直接殺傷する
  • CD4陽性:B細胞を活性化する
  • も産生される

Bリンパ球

  • 活性化後、形質細胞となり、ウイルスに対する抗体を産生する

  • へと分化する

    → リー細胞が、初回のウイルス曝露またはワクチン接種による抗原曝露の後のを担う

液性免疫応答

抗体の効果は4つに整理できる。

  1. 中和:抗体がを中和し、細胞への感染を防ぐ
  2. :抗体がウイルスに結合し、マクロファージに認識・貪食されやすくする
  3. の活性化:が感染細胞を破壊する——
  4. NK細胞の認識補助:抗体がウイルス感染細胞に結合し、NK細胞がそれを認識するのを助ける——
flowchart TD
    A["ウイルス侵入"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='natural barriers'>自然のバリア</span><br>皮膚・粘膜・気道・GI-tract"]
    B --> C["自然免疫<br>IFN・NK細胞・マクロファージ・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dendritic cell'>樹状細胞</span>"]
    C --> D["獲得免疫<br>CD8+ T細胞・CD4+ T細胞・B細胞→抗体"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='memory T cells'>メモリーT細胞</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='memory B cell'>メモリーB細胞</span><br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='protective immunity'>防御免疫</span>(ワクチンの原理)"]

免疫グロブリンの種類

Ig 特徴 体内分布
IgG ・が最も高い。長期間高値を維持する 血中に最多
IgM 抗原侵入時に最初に産生される。一過性に増加する 血中
IgA 粘膜組織で発現。分泌後に二量体を形成する 粘膜(唾液・消化管など)
IgD B細胞の活性化に関与する 血中微量
IgE アレルギーに関与する 血中微量

抗体反応の動態

  • :まずIgM反応が先行する
  • ・:主にIgGが反応する(リー細胞による速い)

⭐ ワクチンの原理は、この「初回」を人為的に起こしてリー細胞だけを作らせ、実際の病原体曝露時にはパターン(速く強いIgG反応)で迎え撃てるようにすることにある(とワクチン、義務ワクチンを参照)。

💡 「記憶は獲得免疫だけのもの」という原則には例外がある——。 自然免疫が一度活性化されると、その後の刺激への応答性が高まった状態が残る。な受容体の組換えによるのではなく、および代謝のによって成立する、事実上の自然免疫記憶である3。の非特異的効果などがこの枠組みで議論される。

⚠️ この3層のどこが欠けても、健康な人が1つのウイルスで死にうる。 生命を脅かす肺炎の患者659人を無症候・軽症者534人と比べると、TLR3依存性・IRF7依存性のI型IFN免疫を司る13遺伝子座にが集積し、17〜77歳の3.5%で先天的欠損が実験的に確認された——既往にのない人でも起こる4。さらに重症例987人のうち少なくとも101人が、I型IFNを中和する自己抗体を発症時点で持っており、この自己抗体は無症候・軽症の663人には検出されず健常者1,227人でも4人だけだった。10195人が男性で、女性の少なくとも2.6%・男性の12.5%の重症肺炎がこれで説明される5。同じ機構はインフルエンザにも及び、70歳未満の重篤なインフルエンザ肺炎の約5%(27913人、4.7%)がI型IFNで説明された6。「重症化には基礎疾患か高齢がある」という直感の外側に、応答そのものの穴という原因群が存在する。

まとめ

  • 抗ウイルス防御は、物理的バリア(皮膚・粘膜・気道・消化管)→自然免疫(即時性)→獲得免疫(特異的・記憶性)の3層構造である。
  • 自然免疫の中心は(近隣細胞へ警報・抗ウイルスタンパク質誘導・MHCクラスI発現増加)とNK細胞(MHCクラスI低下細胞を殺傷)、マクロファージ・による貪食と抗原提示。
  • 獲得免疫はCD8陽性(感染細胞を直接殺傷)とCD4陽性(B細胞活性化)、B細胞由来の形質細胞が産生する抗体からなる。
  • 抗体の作用は中和・・・NK細胞を介したの4つに整理される。
  • 抗体反応は初回曝露でIgM優位、再曝露()でIgG優位という動態をとり、これがリー細胞とワクチンの原理を支える。

出典

  1. 1.Interferon-Stimulated Genes: What Do They All Do?(Annual Review of Virology・2019)インターフェロンは分泌されるサイトカインで、シグナル伝達カスケードを介して数百のインターフェロン誘導遺伝子(ISG)を誘導すること、ヒトゲノムの遺伝子のおよそ10%がインターフェロンによる制御を受けうること、ISGがコードするタンパク質は単独または協調して抗ウイルス防御・抗増殖活性・獲得免疫の賦活といった細胞応答を担うこと、無傷のインターフェロン応答を欠く哺乳類はウイルス感染で致死的経過をとりうることを確認した。閲覧 2026-08-26
  2. 2.Type I interferons in infectious disease(Nature Reviews Immunology・2015)I型インターフェロンはウイルスに対する宿主防御に重要である一方、インフルエンザなど一部の急性ウイルス感染では免疫病理を引き起こし、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスのような慢性ウイルス感染では免疫抑制をもたらすこと、細菌感染では早期の低濃度のI型IFNが細胞性免疫の開始に必要でありうる反面、高濃度ではB細胞応答を阻害しマクロファージのIFN-γによる活性化への反応性を下げることを確認した。すなわちI型IFNは「多いほど良い」サイトカインではない。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Defining trained immunity and its role in health and disease(Nature Reviews Immunology・2020)免疫記憶は獲得免疫の定義的特徴とされてきたが、自然免疫の活性化も以後の刺激への応答性を高めうる。これを訓練免疫(trained immunity)=事実上の自然免疫記憶と定義し、その成立を担うのはエピジェネティックおよび代謝のリプログラミングであるとした閲覧 2026-08-26
  4. 4.Inborn errors of type I IFN immunity in patients with life-threatening COVID-19(Science(Zhang Q, et al.)・2020)生命を脅かすCOVID-19肺炎の患者659人と無症候・軽症の感染者534人を比較し、インフルエンザに対するTLR3依存性・IRF7依存性のI型インターフェロン免疫を司る13遺伝子座に機能喪失変異が集積していたこと、17〜77歳の23人(3.5%)で常染色体劣性または優性の欠損が実験的に確認されたこと、これらの変異をもつヒト線維芽細胞はSARS-CoV-2に脆弱であったことを確認した。既往に重症感染症のない者でも、I型IFN免疫の先天的欠損が重症COVID-19肺炎の原因になりうる。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Autoantibodies against type I IFNs in patients with life-threatening COVID-19(Science(Bastard P, et al.)・2020)生命を脅かすCOVID-19肺炎の患者987人のうち少なくとも101人が、重症化の時点でIFN-ωに対する(13人)、13種のIFN-αに対する(36人)、またはその両方に対する(52人)中和IgG自己抗体を持っていたこと、これらの自己抗体は無症候・軽症感染者663人には検出されず、健常者1,227人では4人にしか認められなかったこと、101人中95人が男性であったこと、この「I型IFN免疫の先天的欠損のB細胞性自己免疫フェノコピー」が女性の少なくとも2.6%・男性の12.5%の重症COVID-19肺炎を説明することを確認した。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Autoantibodies against type I IFNs in patients with critical influenza pneumonia(Journal of Experimental Medicine・2022)6〜73歳の重篤なインフルエンザ肺炎患者279人のうち13人(4.7%)がIFN-α2単独またはIFN-α2とIFN-ωを中和する自己抗体を持ち、患者の自己抗体はA549細胞と再構成ヒト気道上皮でのインフルエンザA型ウイルス複製を増加させたこと、70歳未満では一般集団より有意に高頻度だったこと(5.7%対1.1%、P=2.2×10⁻⁵)、I型IFNを中和する自己抗体が70歳未満の生命を脅かすインフルエンザ肺炎のおよそ5%を説明することを確認した。同じ機構がCOVID-19だけでなくインフルエンザにも及ぶ。閲覧 2026-08-26