組織病理学

組織病理学 · H2-101A

浸潤性小葉癌の遺伝的背景と組織亜型

Invasive lobular carcinoma

描出疾患
乳癌

🧠 全体像:(ILC)の標的パターン・一列縦隊パターン・臨床的特徴のはに整理済みのため、本項目では喪失のと組織亜型、画像診断上の落とし穴に焦点を当てる。

CDH1遺伝子と遺伝的背景

flowchart TD
    A["CDH1遺伝子異常(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='E-cadherin'>E-カドヘリン</span>をコード)"] --> B["体細胞性変異:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sporadic'>孤発性</span>ILC"]
    A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='germline mutation'>生殖細胞系列変異</span>:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hereditary diffuse gastric cancer syndrome'>遺伝性びまん性胃癌症候群</span>"]
    B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='E-cadherin'>E-カドヘリン</span>発現喪失"]
    C --> D
    D --> E["腫瘍細胞間接着の喪失"]
    E --> F["非接着性・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='single-file'>単列</span>浸潤という共通形態"]

体細胞性CDH1変異はILCの大半で認められる。の不活化は小葉系発癌のごく早期に起こる事象で、浸潤成分を伴わないLCISの段階ですでに発現が消失している一方、では保たれる1。生殖細胞系列のCDH1変異は(hereditary diffuse gastric cancer:HDGC)の原因であり、この症候群では胃癌に加えてのリスクも上昇する2。若年発症・多発性・両側性のILCや、びまん性胃癌の家族歴がある場合は遺伝カウンセリングを検討する。

⚠️ 「ほとんどのILCでCDH1変異がある」は、数え方で当たりも外れもする。 塩基配列の変異だけを数えると、原発性413検体でCDH1変異は65%である3。一方、変異に喪失を合わせたの不活化まで数えると、原発性364例のうちそれを欠くのは25例(約7%)にとどまる——つまり9割超でに不活化されている4。⚠️ さらに蛋白の消失率とは別の数字である。 蛋白消失は免疫染色で見る表現型で、CDH1の変異・欠失だけでなくプロモーターのメチル化でも起こる。実際、のを欠く25例でもプロモーターのメチル化が63%にみられ、それも欠く症例ではCTNND1(p120)やAXIN2という別の細胞接着関連遺伝子の不活化がになっていた4。「染色が陰性」=「CDH1に変異がある」ではない。

💡 HDGCはCDH1だけではない。 IGCLCの2020年版指針では、HDGCはの癌症候群で原因の大半はCDH1の不活化だが、少数の家系ではCTNNA1のによる2。CDH1保持女性の乳癌のは80歳までで55%(95%CI 39〜68%)と推定される5。同じ研究では胃癌のが男性42%・女性33%と従来報告(男性40〜70%、女性56〜83%)より低く、家系集積を条件にしたの影響が大きいと指摘されている5——リスク数値は選ばれた集団によって変わる。

組織亜型

亜型 特徴
均一小型細胞がに浸潤する典型像。陽性率が高い
核異型・が目立ち、よりグレードが高い。増幅を38例中14例(35%)に認めたとの報告がある6

は非接着性・浸潤という基本パターンはと共通するが、細胞異型が強く予後がやや不良とされ、の検討ではと・の結果を統合する。40例の検討では、予後と有意に相関したのはという組織型そのものではなく高齢と陰性であり、と小葉癌の両方の性格をあわせもつ亜型と位置づけられている6。

画像診断上の留意点

ILCは腫瘍細胞がに浸潤し、明瞭な腫瘤や強い反応を形成しにくいため、では正常乳腺組織に紛れて検出が遅れることがある。造影MRIは病変の広がりをより正確に評価できるため、術前の進展範囲評価に有用である。

⚠️ で異常が乏しくても、臨床的にしこりを触知する場合はILCを念頭に追加画像評価を検討する。標的パターン・一列縦隊パターン・多中心性・転移部位のは、との対比は()、組織型全般は乳腺の悪性腫瘍を参照する。

まとめ

  • ILCは体細胞性CDH1変異(変異のみでは約65%3、不活化まで含めると9割超4)、家族性・多発例ではとを考慮する(少数の家系はCTNNA1による)2。
  • とは基本パターンを共有するが、はグレードが高く増幅を伴いうる(38例中35%との報告)6。
  • ILCはで過小評価されやすく、が進展範囲評価に有用である。

出典

  1. 1.E-cadherin inactivation in lobular carcinoma in situ of the breast: an early event in tumorigenesis(British Journal of Cancer・1997)浸潤成分を伴わないLCIS 6例ではE-カドヘリン発現が消失し、同じく浸潤成分を伴わないDCIS 150例では発現が保たれていた。LCIS成分と隣接する浸潤性小葉癌には同一のE-cadherin遺伝子切断型変異と野生型アリルのヘテロ接合性喪失が認められ、E-カドヘリン不活化は小葉系発癌のごく早期に起こる事象である閲覧 2026-08-24
  2. 2.Hereditary diffuse gastric cancer: updated clinical practice guidelines(The Lancet Oncology・2020)国際胃癌連携コンソーシアム(IGCLC)の2020年版指針では、遺伝性びまん性胃癌(HDGC)は常染色体顕性の癌症候群で、びまん性胃癌と小葉癌型乳癌の高い有病率で特徴づけられる。原因の大半はCDH1の不活化生殖細胞系列変異だが、少数の家系ではCTNNA1の病的バリアントによる。遺伝学的検査の基準は年齢制限を中心に緩和され、CDH1病的バリアント保持者に対する胃癌リスク管理としては予防的胃全摘が引き続き推奨される閲覧 2026-08-24
  3. 3.Genomic Characterization of Primary Invasive Lobular Breast Cancer(Journal of Clinical Oncology・2016)抄録で、原発性浸潤性小葉癌413検体を癌関連360遺伝子の標的シーケンスで解析した結果、CDH1の変異頻度が腫瘍の65%であったこと、PIK3CA・PTEN・AKT1のいずれかの変化が半数超に存在したこと、HER2変異5.1%・HER3変異3.6%・FOXA1変異9%・ESR1コピー数増加25%であり、いずれも浸潤性乳管癌より高頻度であったことを確認した閲覧 2026-08-24
  4. 4.Genomic and epigenomic basis of breast invasive lobular carcinomas lacking CDH1 genetic alterations(npj Precision Oncology・2024)抄録で、CDH1(E-カドヘリン)の二対立遺伝子性不活化が浸潤性小葉癌の特徴的変化でありその非接着性の表現型をもたらすこと、原発性浸潤性小葉癌364例の再解析でCDH1の二対立遺伝子性の遺伝子変化を欠くのは25例のみであったこと、その25例でもCDH1プロモーターのメチル化が63%と高頻度であったこと、遺伝的にも後成的にもCDH1不活化を欠く症例ではCTNND1(p120)やAXIN2という他の細胞接着関連遺伝子の不活化が駆動因子となっていることを確認した閲覧 2026-08-24
  5. 5.Comparison of CDH1 Penetrance Estimates in Clinically Ascertained Families vs Families Ascertained for Multiple Gastric Cancers(JAMA Oncology・2019)HDGC臨床基準に限定せずマルチ遺伝子パネルで見つかったCDH1病的バリアント保持者75家系(238人、血縁1,679人)の解析で、80歳までの累積発症率は胃癌が男性42%(95%CI 30〜56%)・女性33%(21〜43%)、女性の乳癌が55%(39〜68%)と推定された。従来報告(男性40〜70%、女性56〜83%)より胃癌リスクは低く、家系集積を条件にした選択バイアスの影響が大きい閲覧 2026-08-24
  6. 6.Pleomorphic lobular carcinoma: a distinctive clinical and molecular breast cancer type(Histopathology・2012)多形型浸潤性小葉癌40例(診断時年齢中央値61歳、腫瘍径中央値2.0 cm)の検討で、HER2増幅がFISHで38例中14例(35%)に認められ、トリプルネガティブは38例中5例(13.2%)であった。高齢とホルモン受容体陰性が有意に予後不良と相関した。多形型は乳管癌と小葉癌の両方の臨床病理学的特徴をあわせもつ亜型と位置づけられる閲覧 2026-08-24