組織病理学

組織病理学 · H2-103B

下垂体腺腫による巨舌症

Macroglossia propter adenoma hypophysis

描出疾患
先端巨大症・プロラクチノーマ(下垂体腺腫)

🧠 全体像:の産生腺腫は、成人発症であれば(acromegaly)として軟部組織・骨の肥大を引き起こし、舌の肥大(:macroglossia)もその一所見である。腫瘍による下垂体・視交叉への圧迫症状と、下垂体組織そのものの急性・慢性破壊は別の機序として整理する。

標本の見方

提示標本では2本の舌を並べ、前方に正常大の舌、後方に肥大した舌を示す。舌の肥大自体は非特異的所見であり、原因疾患を特定するには臨床情報(成長パターン、他の様所見、下垂体)が必要になる。

所見 解釈
(肥大した舌) 軟部組織過形成の代表的な現れの一つ
手足・下顎の肥大 で舌の肥大と並んでみられる骨格・軟部組織変化

成長ホルモン産生腺腫の機序

成人発症のGH過剰は、の腺腫によることが大部分で、性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)の作用ではない。GHは肝臓でのIGF-1産生を介して軟部組織・骨・内臓のを促す。

⚠️ 「」は 2022で「下垂体(PitNET)」へ改称された。 2022年の内分泌腫瘍分類では pituitary neuroendocrine tumour(PitNET)という用語が優先されるが、従来の pituitary adenoma も引き続き使用してよいとされている1。本ノートの「」という表記は旧来の用語で、実習・試験ではこちらで問われることが多いが、病理報告書では PitNET の語が使われうると知っておく。

💡 分類の軸はホルモン染色から転写因子へ移った。 2022では下垂体(PIT1・TPIT・SF-1・GATA2/3・ERα)の免疫染色で腫瘍細胞の系列を判定して亜型分類することが推奨される。転写因子がすべて陰性のときにだけ系列不明(多分類不能腫瘍・null cell腫瘍)とする1。をきたす(somatotroph)系の腫瘍は、この枠組みではPIT1系列にあたる。

💡 はGHの単回測定ではない。 GHはに分泌されるため単回測定は診断に向かず、年齢基準で補正したIGF-1を第一のスクリーニングとし、判然としない場合に75 g中のGH抑制不全で確定する2。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anterior pituitary'>下垂体前葉</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='somatotroph'>成長ホルモン産生細胞</span>腺腫"] --> B["GH過剰分泌"]
    B --> C["肝臓でIGF-1産生増加"]
    C --> D["軟部組織・骨の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='overgrowth'>過成長</span>"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='macroglossia'>巨舌症</span>・下顎肥大・手足の肥大"]
    A --> F["腺腫が増大し<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sella turcica'>トルコ鞍</span>を破壊"]
    F --> G["視交叉を下方から圧迫"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bitemporal hemianopsia'>両耳側半盲</span>"]

⚠️ 腺腫がを破壊して増大すると、視交叉を下方から圧迫し、から欠損する(bitemporal hemianopia)を生じる。「末梢視野が悪くなる」という曖昧な理解ではなく、という特徴的なパターンとして押さえる。

下垂体の急性・慢性破壊

病態 機序
分娩時大量出血・低血圧によるの。の増生で血流需要が増える一方、前葉の血流量自体は増えないため虚血に脆弱3 分娩後に亜急性〜慢性に発症。慢性期の状は数か月〜数年後に出現しうる3
既存の腺腫内への出血・梗塞 突然の高度頭痛(80〜90%)・(30〜71%)・(39〜52%)で急性発症する内分泌緊急症4

は「に細胞増殖が低下すること」そのものが原因なのではなく、大量出血・低血圧による虚血が主因である。前葉と違ってはより高圧の血流を受けるため通常は障害を免れ、慢性期のではが約70%、が約30%にみられる3。は既存の腺腫を背景に突然発症することが多く、迅速な診断とへの対応を要する。⚠️ ではを45〜70%に伴うため、画像検査の結果を待たずに静注などの補充を優先する4。

は()でも生じるが、これは下垂体病変とはに、結合組織・筋肉の特性や相対的な口腔容積の違いによるものである。

の診断・治療の詳細はと、全般はと視床下部・の機能低下・亢進を参照する。

まとめ

  • 成人発症のを伴うは、腺腫によるを考える。この腫瘍は 2022ではPitNET(下垂体)と呼ばれ、転写因子ではPIT1系列に分類される1。
  • 腺腫の症状はという特徴的なパターンで現れる。
  • は分娩時の出血・低血圧による3、は既存腺腫への出血・梗塞であり、後者では補充を画像より先に行う4。
  • はなど下垂体病変以外の原因でも生じる非特異的所見である。

出典

  1. 1.Overview of the 2022 WHO Classification of Pituitary Adenomas/Pituitary Neuroendocrine Tumors: Clinical Practices, Controversies, and Perspectives(Current Medical Science・2022)2022年のWHO分類では「下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)」という用語が優先されるが、従来の「下垂体腺腫(pituitary adenoma)」も引き続き使用できるとされる。下垂体特異的転写因子(PIT1・TPIT・SF-1・GATA2/3・ERα)の免疫染色で腫瘍細胞の系列を判定して亜型分類することが推奨され、転写因子がすべて陰性の場合のみ系列不明(多ホルモン性分類不能腫瘍・null cell腫瘍)とされる閲覧 2026-08-24
  2. 2.Consensus on criteria for acromegaly diagnosis and remission(Pituitary・2024)GHは拍動性分泌のため単回測定は診断に向かず、年齢基準補正したIGF-1を第一のスクリーニングとし、判然としない場合に75 g OGTT中のGH抑制不全(測定アッセイ依存のカットオフ)で生化学的に確定するという診断の骨格を確認した。閲覧 2026-08-24
  3. 3.Sheehan Syndrome(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)妊娠後期に生じる下垂体前葉のラクトトロフ増生が低圧系の血流需要を増大させる一方で下垂体前葉の血流量自体は増えないため、産科的大量出血・ショックにより虚血性壊死に陥りやすいこと、後葉は前葉と異なるより高圧の血流を受けるため通常は障害を免れること、急性期の乳汁分泌不全に対し慢性期の下垂体機能低下症状は分娩後数か月〜数年を経て出現しうること、MRIで空虚トルコ鞍が約70%、部分空虚トルコ鞍が約30%にみられること閲覧 2026-08-24
  4. 4.Revisiting Pituitary Apoplexy(Journal of the Endocrine Society・2022)下垂体卒中では頭痛が80〜90%、視野障害(両耳側半盲を含む視交叉症候)が30〜71%、動眼神経麻痺を主とする眼球運動障害が39〜52%、意識障害が最大42%にみられること、続発性副腎不全45〜70%・続発性甲状腺機能低下35〜70%を高頻度に伴うため、画像検査の結果を待たずに静注ヒドロコルチゾンなどの糖質コルチコイド補充を優先すべきことを確認した閲覧 2026-08-24