免疫学

免疫学 · 6.3

粘膜免疫

Mucosal immunity

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W10Lecture / 講義
応用トピック
炎症性腸疾患炎症性腸疾患炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎、Crohn病

🧠 粘膜は体で最大の免疫組織として読む。 全リンパ球の3/4を含み、免疫グロブリンの大半を産生し、進化的には脾臓・リンパ節よりも先に脊椎動物に現れた免疫系だと考えられている。の核心は、感染性病原体を排除しながら、食物抗原・には積極的に寛容を誘導するという、一見矛盾する2つの仕事を同時にこなす点にある。

粘膜が主戦場である理由

は病原体の主要な侵入経路。で比較すると皮膚<肺<消化管(GI)の順で大きくなり、消化管が最大の面積を占める。

粘膜免疫の8つの基本特性

  1. 免疫バリア(酵素・pH・胆汁・粘液)
  2. とリンパ組織の密接な会合
  3. 独立した区画
  4. 継続的な抗原取り込み(continuous antigen uptake)
  5. 感染がなくても存在する活性化・形質細胞
  6. 継続的なIgA分泌
  7. 食物抗原・常在菌抗原への優勢かつ能動的な免疫抑制
  8. マクロファージ・DC

💡 は「感染排除」と「寛容誘導」という矛盾する任務を同時にこなすシステム。 通常の免疫系が病原体排除に特化するのに対し、系は病原体は排除しつつ、大量に流入する食物抗原・には積極的に免疫を抑制しなければならない——攻撃と寛容という相反する要求のバランスの上に成り立っている。

GALT(腸管関連リンパ組織)

GALT(gut-associated lymphoid tissue)はMALT(、mucosa-associated lymphoid tissue)の一部で、扁桃・虫垂・を含む。体の他のどの部位よりも多くのリンパ球を含み、体全体の免疫グロブリン産生の2/3を担う。

主な任務: ①の感染性物質・抗原の完全な排除、②局所・全身性の免疫応答、③寛容の誘導。

GALTにおける自然免疫の特徴

、不変細胞(γδT細胞・iNKT細胞・MAIT細胞)、結合IgA・を含む、消化管のDC(CD103+ DC→Treg誘導、CD11b+ DC→Th17誘導)が働く。

が上皮で継続的に抗原をサンプリングする。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inductive site'>誘導部位</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='M cell'>M細胞</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal lumen'>腸管腔</span>の抗原を継続的にサンプリング"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mesenteric lymph node'>腸間膜リンパ節</span><br>抗原による活性化"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='effector site'>エフェクター部位</span><br>抗原活性化された<span class='jp-term jp-term-diagram' title='immune cell'>免疫細胞</span>が到達"]

上皮内リンパ球

100個あたり10〜20個の割合で存在し、CD8+が中心(約50%はγδT細胞、NKT細胞も多い)。CCR9-CCL25軸と-MAdCAM相互作用がGALTへのを担う。

分泌型免疫:IgAが主役

は圧倒的にIgA優位(産生量:約2 g/日、IgA産生形質細胞:腸管1mあたり約10¹⁰個)。IgAはで産生される最多ので、1日あたり約2グラムが腸管へ分泌されるという値は現行の総説でも支持されている1。T細胞側はCD8+・Th17・Treg・Th2が関与する。

⭐ (secretory IgA)は普通の抗体と違う「粘膜専用装備」。 と結合した二量体として分泌され、①酵素への相対的抵抗性、②弱い(=炎症を起こしにくい)、③細菌の付着阻害・高分子吸収阻害、④ウイルス・毒素の中和、⑤ラクト・の効果増強という特性をもつ——「炎症を起こさずに排除する」ことに特化した抗体。腸管での(class switch recombination)を経て産生され、母乳・唾液にも存在する。は、上皮細胞の基底膜側に発現する免疫グロブリン受容体(pIgR)が二量体IgAを取り込んで管腔側へ運び、そこで切断されて残った断片である——「輸送装置の一部がそのまま鎧として残る」のがの構造の由来。

💡 の本業は「」だが、それだけではない。 ①上皮受容体への接近を塞ぎ、②粘液に絡め取り、③蠕動・粘液線毛輸送で洗い流す——この3段構えが免疫排除である2。近年これに加えて、細菌のを直接中和する、Fab依存性・非依存性の両方の機構での組成そのものを変える、抗原を上皮を越えてのへするという働きが分かってきた2。が常在菌を「被覆」して細菌の挙動と組成を変えることは、マウスでもヒトでも確認されている1。

常在細菌叢と寛容

は出生直後から定着を始め、10¹³〜10¹⁴個・約500種類(大半は、obligate anaerobe)にのぼる。より病原性の高い菌種の定着を防ぎ、宿主に有用なを産生する。

⚠️ 「腸内細菌はヒト細胞の10倍」は、実測に基づいて否定された古い定説。 文献値を積み上げ直した推定では、70 kgの「標準人」の細菌総数は3.8×10¹³個、ヒト細胞は3.0×10¹³個(うち約90%が)で、両者は同じ桁である。細菌の総質量も約0.2 kgにすぎない3。上の「10¹³〜10¹⁴個」という幅はこの実測と両立するが、「10倍」という比を添えて覚えてはいけない。

💡 常在菌への寛容は「隔離」と「積極的な免疫抑制」の二段構え。 ①・粘液による細菌の隔離、②がとして働き常在菌が全身の免疫系に到達しないよう遮断、③IgA産生、④TLRシグナルの調節、⑤細菌の炎症促進効果を常在菌自身の抗炎症効果が、⑥Treg誘導——腸内細菌はT細胞分化そのものにも影響を与える。

⚠️ 腸内細菌とT細胞分化の知見は大半がマウス由来で、ヒトへそのまま持ち込めない。 代表例がで、げっ歯類では小腸上皮に密着してを強力に誘導することが確立している。しかしヒトで同じ働きをする細菌は未確定である4。ヒト腸内菌を1菌種ずつマウスに定着させた探索では、Bifidobacterium adolescentis が単独でマウス腸管にを誘導できたが、SFBとは明らかに異なる転写プログラムを引き起こしており、「ヒトのSFB」と呼べる単純な対応物ではなかった4。

より根本的に、無菌マウスにの細菌叢を定着させても腸管免疫は成熟しない——細菌数も門レベルの構成もマウス由来細菌叢の場合と同等になるのに、小腸のCD4陽性・、増殖中のT細胞、、発現はいずれも無菌マウスに近い低値にとどまる5。免疫の成熟には宿主と共進化した細菌叢が要るという結果で、マウスの細菌叢-免疫データを人に読み替えるときの限界そのものを示している。

虫垂の役割

虫垂炎の原因:石灰化した、寄生虫( Enterobius vermicularis)、、腫瘍、に伴う・浮腫、異物、ウイルス・細菌・真菌感染の波及など。

⭐ 虫垂は「の避難シェルター」という仮説。 虫垂は保護された部位としてが生き延びる場所となり、下痢や抗菌薬治療後に腸壁の細菌叢をさせる供給源になりうると考えられている。この「safe house(安全な家)」仮説は、大腸における常在菌の分布、虫垂とリンパ組織の結びつき、ヒト腸管の構造という間接証拠から2007年に提唱されたものである6。⚠️ 提唱の根拠は解剖学的・生態学的な推論であって、で検証された事実ではない——「仮説」という語をそのまま受け取ること。

粘膜感染・自己免疫疾患

は自己免疫的な病態機序をもつ。

セリアック病: 小麦・ライ麦・大麦に含まれるタンパク質(、gluten)の摂取により誘発される自己免疫疾患。・腹部膨満・吸収不良・食欲低下・を呈する。

⚠️ の欠陥は過敏症・自己免疫の温床になりうる。 の障害は、本来排除・寛容されるべき抗原の異常な侵入を許し、過敏反応や自己免疫の発症に関与しうる。

まとめ

  • 粘膜は全リンパ球の3/4・免疫グロブリン産生の大半を担う最大の免疫組織で、感染排除と食物・常在菌への寛容誘導という相反する任務を同時にこなす。
  • GALT(扁桃・虫垂・)はによる継続的抗原サンプリング→での活性化→到達という経路をもち、CD103+ DC(Treg誘導)とCD11b+ DC(Th17誘導)が寛容と防御のバランスを取る。
  • (二量体、付加)は耐性・弱という「炎症を起こさず排除する」特性での主役を担う。
  • への寛容は隔離・・IgA・TLR調節・Treg誘導という多層的な機構で保たれ、虫垂はその「避難シェルター」として機能しうる。
  • セリアック病・はこの粘膜寛容システムの破綻(バリア欠陥・)を示す代表的疾患。

出典

  1. 1.Immunoglobulin A and the microbiome(Current Opinion in Microbiology・2020)IgAは粘膜面で産生される最も量の多い抗体アイソタイプで、1日あたり約2グラムが腸管へ分泌されること、分泌型IgAは病原体・毒素への防御に加えて常在細菌を被覆し、マウスでもヒトでも腸内細菌叢の組成と細菌の挙動を変え宿主-細菌叢の恒常性を維持することを確認した閲覧 2026-08-25
  2. 2.Secretory IgA's complex roles in immunity and mucosal homeostasis in the gut(Mucosal Immunology・2011)分泌型IgAが免疫排除(immune exclusion)——上皮受容体への接近の遮断、粘液への捕捉、蠕動・粘液線毛輸送による除去——によって腸管腔から抗原・病原体を排除すること、加えて細菌の病原因子を直接中和し、Fab依存性・非依存性の機構で腸内細菌叢の組成に影響し、抗原を上皮を越えて腸管関連リンパ組織の樹状細胞へ逆輸送する働きをもつことを確認した閲覧 2026-08-25
  3. 3.Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body(PLOS Biology・2016)70 kgの「標準人」における細菌総数の推定値は3.8×10の13乗、ヒト細胞は3.0×10の13乗(うち約90%が造血系)で、細菌の総質量は約0.2 kgであること、広く引用されてきた「細菌はヒト細胞の10倍」という比は誤りで実際は同じ桁であることを確認した閲覧 2026-08-25
  4. 4.Identifying species of symbiont bacteria from the human gut that, alone, can induce intestinal Th17 cells in mice(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America・2016)げっ歯類では分節性糸状菌(segmented filamentous bacteria, SFB)が腸管Th17細胞を誘導するが、ヒトで同等の働きをする細菌は未確定であること、ヒト腸内共生菌のうちBifidobacterium adolescentisが単独でマウス腸管にTh17細胞を誘導できたが、SFBとは明らかに異なる転写プログラムを引き起こしたことを確認した閲覧 2026-08-25
  5. 5.Gut immune maturation depends on colonization with a host-specific microbiota(Cell・2012)無菌マウスにヒト由来細菌叢を定着させると、細菌数と門レベルの構成はマウス由来細菌叢の場合と同等になるにもかかわらず、小腸のCD4陽性・CD8陽性T細胞、増殖中のT細胞、樹状細胞、抗菌ペプチド発現がいずれも低いまま(無菌マウスに近い状態)にとどまり、腸管免疫の成熟には宿主と共進化した細菌叢が必要であることを確認した閲覧 2026-08-25
  6. 6.Biofilms in the large bowel suggest an apparent function of the human vermiform appendix(Journal of Theoretical Biology・2007)大腸における常在細菌のバイオフィルム分布、虫垂とリンパ組織の結びつき、ヒト腸管の構造から、虫垂が常在細菌の「安全な家(safe house)」として働き、病原体曝露で腸内容が排出された後に結腸へ細菌叢を再接種する役割をもつという仮説が提唱されたことを確認した閲覧 2026-08-25