医療心理学

医療心理学 · 10

嗜癖と物質使用

Addiction and Substance Use

🧠 は「をもたらす行動への強迫的な関与」。数字が2系統あるのは、同じものの2つの読み方だからではなく、別の分類体系だからである——ICD-10 の依存症候群(6基準のうち3つ以上・1年間)と、-TR の(11基準のうち2つ以上・12か月)。どちらの枠組みの話をしているかを先に決める。

基本概念

概念 定義
をもたらす行動への強迫的な関与(典型的には有害な結果を伴う)
身体的・心理的。物質/行動を取り除くとが生じる
同じ効果を得るために対象の量の増加が必要になる
行動が1年の経過のうちに、以下の少なくとも1領域で重大な損害をもたらす

乱用の4領域:

  • 雇用:生産性の低下や失職、出勤しないこと
  • 身体的健康:健康への悪影響、または運だけで助かったような危険行動の反復(薬物過量からの救命など)
  • 法との抵触:逮捕、有罪判決、犯罪行為
  • 関係:友人からの疎外、親族を傷つけること

⚠️ 「乱用」と「依存」を2つの診断として立てるのは -IV の枠組みである。 以降は両者が単一の「」に統合されており、上の4領域は現行の診断カテゴリーではなく、害の記述として読む(下記「枠組みの違い」を参照)。

依存症候群(ICD-10)の診断基準

1年の経過のうちに以下の少なくとも3つが生じることを要件とする1。

# 基準
1 耐性(同じ効果に増量が必要)
2
3 ——やめられないこと
4 生活目標の限局——すべての活動が物質の入手を中心に回る
5 孤立——目標・習慣・人間関係を手放し、物質使用や薬物サブカルチャーへより深く関与する
6 自己加害——否定的な結果にもかかわらず使用を継続する

⚠️ 攻撃性(環境への攻撃性)は依存症候群の基準に含まれない。攻撃性は物質中毒や離脱の随伴症状として現れうるが、依存の診断そのものは上の6項目で構成される。

💡 ICD-11(2022年発効)はこの6項目を3つの中核徴候に整理した——①使用の統制の障害、②生活の中で使用の優先度が上がること、③生理学的特徴(耐性・離脱・反復的な中毒)。このうち2つ以上が12か月以上(連日使用なら1か月以上)続くことを要件とする2。ICD-10 は多くの国で実務上なお使われているが、現行の国際分類は ICD-11 である。

嗜癖の原因

生物学的 社会学的
脳の感受性の遺伝、個人の生理の変化、大脳の機能変化、特定の家系でのの増加、遺伝的制御 家族内の行動、サブカルチャー、社会規範との両価的な関係、未発達な社会構造(機能不全の家族・学校・社会制度)、文化的・歴史的伝統

💡 的には、(–)に加えて、回路とのの変化が関与する3。Koob と Volkow はを3段階のサイクル——①、②離脱と陰性感情、③とらわれと——として整理している4。

物質と行動嗜癖

嗜癖性物質

合法 違法
アルコール、、、処方薬、、デザイナードラッグ(法律が絶えず変わる分子構造に追いつけないため合法) オピオイド、、LSD、、ハシシ、、PCP()

行動嗜癖(addictive behaviours)

臨床的に「行動」として語られるもの:

  • ギャンブル
  • ・(パーソナリティ障害参照)
  • 摂食障害(、など。摂食障害参照)
  • 衝動制御の障害(、症)
  • (性の障害参照)
  • ワーカホリズム(仕事の成果へのとらわれ)
  • インターネット

⚠️ この列挙は臨床的な括りであって、診断分類の一覧ではない。-TR で非物質性のとして正式に収載されているのはギャンブル行動症のみで、インターネットゲーム行動症は「今後の研究のための病態」に置かれている5。一方 ICD-11 はゲーム行動症(6C51)を独立した診断として収載している2。分類によって位置づけが違う点が、この領域の要注意点である。

主要な物質

物質 要点
欧州で最も使用される違法薬物。15〜64歳の過去1年間使用は約8%(約2400万人)、15〜34歳では約15%で、15〜34歳の約2%が毎日ないしほぼ毎日使用している6。、社交性、笑いを誘う。副作用は記憶障害、野心の低下と社会生活への二次的損害
合成薬物 :純粋な。極端な運動性の駆動、覚醒、活動的、思考は浅い/エクスタシー:内容は一定せず、多くは (やや作用)。娯楽・パーティー文化で用いられる/LSD:使用率は低い/その他の:マジックマッシュルーム()、ペヨーテサボテン、アヤワスカ/稀にトロパンを含む植物(ベナ、)——非常に不快で危険
南米のコカ。、精神刺激、攻撃性の増加、性的作用。性が高く、特に「クラック」
オピオイド ケシの。モルヒネ(医薬品)、、。強い身体的・とな。単独または小集団で隠れて使用。多様な身体合併症で医療の関与が必要。犯罪化、リハビリテーション施設
デザイナードラッグ 新規の化学組成をもつ(白色粉末)。禁止法を回避するよう組成を設計・変更する。「バスソルト」。安価でしばしば合法。極端な作用、高い毒性、悪い副作用

⚠️ 「は相対的に安全」「エクスタシーは相対的に安全」といった比較は、性の低さを危険性の低さと混同させやすい。使用量・・併用・使用状況で危険は大きく変わり、いずれもと精神症状の報告がある。

エチルアルコール

  • ⚠️ アルコールに帰属する死亡は2019年に世界で約260万人(の4.7%)——心血管疾患約47万人、がん約40万人、外傷約72万人7。アルコールは世界の疾病負荷の主要な危険因子の一つである8
  • C₂H₅OH。(肝)でへ代謝され、さらに酸化される
  • 主たる作用は 系( A 型受容体の機能増強)で、加えて NMDA 型グルタミン酸受容体の抑制が関与する
  • 文化的態度は多様(型、両価型、寛容な地中海型、寛容な東欧型)
  • 問題使用:頻回・過量だが依存ではない。背景に衝動制御の障害、ときに

アルコール関連の健康問題:依存、乱用、、アルコール関連後天性脳障害、アルコール誘発性・関連性精神障害、他のや行動との関連、身体疾患。

は長期の毎日の使用の結果で、として——危険——を生じる。

(者が数時間〜数日した後):

  • 自律神経の(発汗、頻脈)
  • 手の振戦
  • 不眠
  • または嘔吐
  • または
  • 精神運動性の
  • 不安
  • の‐性けいれん

💡 症例としては「路上で誰かに殺されると叫び、不安、手の震え、発汗」という組み合わせが典型で、を伴う離脱=を疑う。は死亡しうる状態であり、離脱の重症度評価と治療(、補充)を要する。

アルコール:が上がるにつれて構語障害・から意識障害へ進み、おおむね0.3%を超えると重度、0.4%以上では昏睡・呼吸抑制・死亡の危険が高くなる。ただし耐性のある常習者では同じ濃度でも症状が軽く、逆に非耐性者ではより低い濃度で危険になるため、濃度だけで重症度を判断しない。

アルコール関連後天性脳障害:脳損傷、Korsakoff 症候群、Wernicke 脳症(による)、認知症。

アルコール誘発性・関連性精神障害:、不安症、睡眠障害、。

アルコール関連身体疾患:肝硬変、、肝炎、がん、胃出血、その他の消化器疾患、心筋症、感染症、皮膚・内分泌など多数8。

DSM-5-TR の物質使用障害

「X 使用障害」(X は嗜癖性のある任意の物質)

臨床的に意味のある障害または苦痛をもたらす問題的な X 使用パターンで、12か月以内に以下の11項目のうち少なくとも2つ5。

# 基準
1 意図したより多量または長期間にわたって摂取する
2 減量・統制しようとする持続的な欲求または失敗した努力
3 X の入手・使用・作用からの回復に多くの時間を費やす
4 、強い欲求または衝動
5 職場・学校・家庭での主要な役割義務を果たせなくなる
6 X により引き起こされたか増悪した・社会生活上の問題が続いているのに使用を継続する
7 X の使用のために重要な・・娯楽的活動を放棄または縮小する
8 身体的に危険な状況での反復的な使用
9 X により引き起こされたか増悪した持続的・反復的な身体的・心理的問題を知りながら使用を継続する
10 耐性——所望の効果を得るために著しい増量が必要/同じ量の継続使用で効果が著しく減弱
11 離脱——X に特徴的な/X または近縁物質の摂取で症状が緩和される

重症度は満たした項目数で決まる——軽度=2〜3項目、中等度=4〜5項目、重度=6項目以上5。

枠組みの違い(DSM-IV → DSM-5/DSM-5-TR)

⚠️ 旧来の依存6基準(3つ以上・1年間)と -TR の11基準(2つ以上・12か月)は、同じ現象の2つの読み方ではなく、別の分類体系の別の診断である。混ぜて数えない。

  • DSM-IV:「」と「」という2つの別診断
  • 以降:両者を統合し、単一の「」として重症度の連続体で表す。-IV の乱用基準にあった「法的問題」は削除され、代わりに「」が追加された5
  • ICD-10:依存症候群(6基準中3つ)/ICD-11:3つの中核徴候のうち2つ2

💡 -TR(2022)は物質関連障害のそのものを から変更していない。TR での主な変更は用語と本文の記述であり、上の11基準・は のものがそのまま維持されている。

「X 中毒(intoxication)」

  • 最近の X の摂取
  • 摂取中または摂取直後に発現した問題的な行動的・心理的変化
  • 物質特異的な徴候の1つ以上
  • 症状が他の医学的疾患、精神疾患、他の物質によるものではない

「X 離脱(withdrawal)」

  • 大量かつ長期であった X 使用の減量
  • 2つ以上の
  • が生活の重要な領域で臨床的に意味のある苦痛または機能障害を引き起こす
  • 症状が他の医学的疾患、精神疾患、他の物質によるものではない

治療

介入の指針

  • 物質使用者において、物質使用は唯一の問題ではなく氷山の一角にすぎない。使用の真の理由は複雑で、個人内的要因と外的要因がある
  • 介入の基礎:個人の責任+外部の支援
  • 戦略的目標:行動を建設的に変えること
  • 戦術的目標:身体的・精神的健康の回復、仕事と家族関係の修復、専門的手段による・断薬の確保

アルコール問題の治療

  • 当該の問題に合わせて調整する
  • の役割:早期発見、予防、自らの守備範囲の見きわめ
  • =他の専門職とサービスの支援(、など)+(AA)のような集団リハビリテーションプログラム

💡 AA は当事者が運営する自助グループであり、が困難症例を情緒的に振り返るト群(のメンタルヘルスとバーンアウト)とは目的も参加者も異なる。前者は患者の集まり、後者は臨床家の集まりである。

💡 には薬物療法(、、など)との併用が確立しており、だけでなく飲酒量の低減もとして認められている8。

まとめ

  • 依存症候群(ICD-10)=1年の経過のうち6基準のうち3つ以上——耐性・離脱・・生活目標の限局・孤立・自己加害。攻撃性は基準に含まれない。ICD-11 はこれを3つの中核徴候(統制の障害・優先度の上昇・生理学的特徴)のうち2つに整理した。
  • -TR の=11基準のうち12か月以内に2つ以上。重症度は軽度2〜3/中等度4〜5/重度6以上。-IV の乱用と依存を統合し、法的問題を削除してを追加した。旧来の依存6基準とは別の分類体系であって、換算関係にはない。
  • 乱用の4領域(雇用・身体的健康・法との抵触・関係)は -IV 由来の枠組みで、現行の診断カテゴリーではなく害の記述として読む。
  • 行動として括られるもの(ギャンブル、ワーカホリズム、インターネット、摂食障害、衝動制御の障害、、)のうち、-TR の正式収載はギャンブル行動症のみ、ICD-11 はゲーム行動症も収載。
  • アルコール:主作用は 系、2019年に世界で約260万人(の4.7%)の死亡に寄与。離脱は・振戦・不眠・・・・不安・けいれんで、が危険。Wernicke 脳症・Korsakoff 症候群は。
  • 治療の要諦は「物質使用は氷山の一角」「個人の責任+外部の支援」「脱医療化(AA など自助グループとの連携)」。

出典

  1. 1.The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(World Health Organization・1992)依存症候群の診断基準——渇望・統制困難・離脱・耐性・他の楽しみの無視・有害な結果にもかかわらず使用を継続、のうち3つ以上が過去1年間に生じること閲覧 2026-08-17
  2. 2.ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(World Health Organization・2022)ICD-11 の物質依存は、統制の障害・使用の優先度の上昇・生理学的特徴(耐性・離脱)の3つの中核徴候のうち2つ以上を12か月以上にわたって満たすこととされ、ゲーム行動症(6C51)が独立した診断として収載されていること閲覧 2026-08-17
  3. 3.Neurobiologic Advances from the Brain Disease Model of Addiction(New England Journal of Medicine(著者 Nora D. Volkow, George F. Koob, A. Thomas McLellan)・2016)嗜癖における脳の報酬系・動機づけ回路・実行機能の変化と、遺伝的素因および環境要因の相互作用閲覧 2026-08-17
  4. 4.Neurocircuitry of addiction(Neuropsychopharmacology(著者 George F. Koob, Nora D. Volkow)・2010)嗜癖の3段階サイクル(渇望的摂取・離脱と陰性感情・とらわれと予期)と対応する神経回路閲覧 2026-08-17
  5. 5.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)(American Psychiatric Association・2022)物質使用障害の11基準(12か月以内に2つ以上)と重症度分類(軽度2〜3・中等度4〜5・重度6つ以上)、DSM-IV の「乱用」と「依存」を単一の連続体へ統合したこと、ギャンブル行動症が唯一の非物質性嗜癖として収載されたこと閲覧 2026-08-17
  6. 6.Cannabis — the current situation in Europe (European Drug Report 2025)(European Union Drugs Agency (EUDA)・2025)大麻は欧州で最も使用される違法薬物であり、15〜64歳の過去1年間使用は約8.4%(約2400万人)、15〜34歳では約15.4%、15〜34歳の約2.2%が毎日ないしほぼ毎日使用していること閲覧 2026-08-17
  7. 7.Global status report on alcohol and health and treatment of substance use disorders(World Health Organization・2024)2019年に世界で約260万人の死亡がアルコールに帰属し、全死亡の4.7%を占めたこと。うち約47万人が心血管疾患、約40万人がん、約72万人が外傷による死亡であること閲覧 2026-08-17
  8. 8.Alcohol use disorders(The Lancet(著者 André F. Carvalho, Markus Heilig, Augusto Perez, Charlotte Probst, Jürgen Rehm)・2019)アルコール使用障害の疫学・合併症・治療の総説と、アルコールが世界の疾病負荷の主要な危険因子であること閲覧 2026-08-17