Medical Microbiology

Medical Microbiology · 2/15

コレラ菌

Vibrio cholerae

応用トピック
急性胃腸炎の原因と治療
微生物
Vibrio choleraeVibrio parahaemolyticusVibrio vulnificus
疾患
コレラ
検査値
亜鉛

🧠 は「細胞に入らず、殺さず、ただスイッチを入れっぱなしにする」タイプの病原体として読む。 に線毛で付着するだけで細胞内には侵入せず、という1つでを恒常的に活性化し、細胞内cAMPを上げ続ける。その結果、Naポンプが止まりCl⁻分泌が暴走し、水分泌だけが起こる——炎症も細胞死もない「純粋な」である(血液・膿・発熱を伴うShigellaCampylobacterの侵襲性下痢と対照的)。この「侵襲なし・毒素だけ」という一点が、臨床像(無痛性・大量の)から治療(が効く理由)まですべてを説明する。

形態・生化学的性状

項目 内容
形態 グラム陰性の(湾曲した)桿菌——本講義で扱う3種の湾曲したグラム陰性桿菌の1つ(他はCampylobacter jejuni・Helicobacter pylori
生息地 主に水系に存在し、開発途上国・東南アジアに多い
運動性 で運動性あり、線毛を持つ
生化学的性状 (+)、酸に弱い(acid labile:アルカリ性pH 6.5〜9でよく増殖する)、——高塩分濃度(塩水)でも生存できる、

病原性因子:コレラ毒素の機序

感染で伝播する。不十分なによりヒトの糞便が食品・水源を汚染することが感染源となる。

菌は線毛で腸管粘膜壁に付着して増殖するが、細胞内には侵入しない。そこでを放出する。

  • Aサブユニット(Gsタンパク質経由)を持続的に活性化し、細胞内環状AMP(cyclic AMP, cAMP)を上昇させる
  • Bサブユニット:宿主細胞の受容体に結合し、Aサブユニットの細胞内侵入を助ける
  • cAMP上昇がNaポンプを阻害し、Cl⁻イオンの過剰分泌を引き起こす→水分泌が亢進し水様性下痢に至る

💡 なぜ「侵襲なし」で大量の水が出るのか。 cAMP上昇はCFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)型のCl⁻チャネルを開放し続け、腸管内腔へCl⁻が分泌される一方、通常のNa⁺再吸収経路は阻害される。上皮細胞自体は生きたまま・炎症もないのに、浸透圧差だけで大量の水が腸管内腔に漏れ出す。だからの便には血液・膿・白血球が混じらず、「米のとぎ汁様」という透明で無臭に近い外観になる。

flowchart TD
  A["V. choleraeが線毛で腸管粘膜に付着<br>(細胞内侵入なし)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cholera toxin'>コレラ毒素</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='AB-type exotoxin'>AB型外毒素</span>)放出"]
  B --> C["Bサブユニットが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='receptor binding'>受容体結合</span><br>→Aサブユニットが細胞内へ"]
  C --> D["Aサブユニットが<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='adenylyl cyclase, AC'>アデニル酸シクラーゼ</span>(Gs)を持続活性化"]
  D --> E["cAMP上昇"]
  E --> F["Naポンプ阻害+Cl⁻分泌過剰"]
  F --> G["水分泌亢進<br>→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rice-water diarrhea'>米のとぎ汁様下痢</span>"]

臨床像

  • 水様性下痢(「米のとぎ汁様」)——1日10〜20Lにも達し、から死に至ることもある
  • 合併症:脱水、アシドーシス、ショック

診断

検査 所見
(チオ硫酸塩・クエン酸塩・胆汁酸塩・ショ糖+ブロムチモールブルー、thiosulfate-citrate-bile salts-sucrose agar) アルカリ性pH約9、37℃・18時間培養。平滑・円形・黄色のコロニーを形成
グラム染色/便検体の
血清学的検査 O1・O139に対する抗O抗体血清を用いる。O1血清型はさらにInaba・Ogawa・Hikojimaの3亜型に分かれる

治療

  • 第一選択:——水と電解質の補給(重症例は

💡 ORTが効く理由。 はNa⁺の通常の吸収経路(Cl⁻分泌と連動する経路)を阻害するが、小腸のNa⁺-グルコースは障害されない。そのため、経口的にグルコースを含む電解質液を投与すると、グルコースとNa⁺の能動共輸送を介して水分・塩分を効率よく吸収できる——毒素に妨げられない「抜け道」を利用した治療法である。

  • 抗菌薬(重症例・高頻度・脱水著明例で補助的に投与し、有病期間と排菌量を減らす):ドキシサイクリン単回投与(成人300mg、小児2〜4mg/kg)が第一選択。内服が困難な乳児・妊婦、または耐性が判明・疑われる場合はアジスロマイシン単回投与(成人1g、小児20mg/kg)を用いる。いずれも局所の感受性パターンに応じて選択する
  • 小児ではを併用する
  • 予防:不活化(死菌)ワクチンまたは経口——免疫グロブリンA(immunoglobulin A, IgA)の産生を誘導するが、効果は数か月・有効率約50%にとどまる。加えて良好なが重要

まとめ

  • V. choleraeは細胞内に侵入せず、腸管粘膜に付着して)を放出するだけで発症させる「侵襲なし・毒素だけ」の病原体である。
  • Aサブユニットがを持続活性化しcAMPを上昇させ、Naポンプ阻害+Cl⁻分泌過剰により大量の水様性下痢(米のとぎ汁様)を起こす。
  • 炎症・細胞死を伴わないため、の便には血液・膿は混じらない——Shigellaなど侵襲性の下痢病原体と対照的。
  • 治療の第一選択はで、これはが阻害しないNa⁺-グルコースを利用した治療法である。
  • 診断はでの黄色とO1/O139に対する血清学的検査が中心。