病理学

病理学 · C/77

乳腺の良性上皮性病変・良性腫瘍

Benign epithelial lesions and benign tumors of the breast

応用トピック
乳房疾患良性乳腺病変(症状・診断・治療)良性乳房疾患と乳房再建

🧠 全体像:乳腺の良性病変は癌リスクをほとんど増やさないもの(非増殖性の)とはっきり増やすもの()を分けて考えるのが軸——非増殖性は正常周期変化の誇張にすぎずリスク上昇はわずか、異型を伴わない増殖性病変は約2倍、異型を伴うと約4倍と段階的に上がる。良性腫瘍側では(エストロゲン駆動、ほぼ悪性化しない)と(悪性間質を持ちうる)の対比が鍵になる。

良性上皮性病変

概要

  • 完全に無害なものから癌リスクの増加を伴うものまで幅がある。
  • 一部はな腫瘤を作る()。
  • における正常な周期的乳腺変化の誇張+歪みの結果。
  • 非増殖性と増殖性に分けられる。

A)非増殖性疾患(線維嚢胞性変化)

💡 「」は単一の疾患単位ではない。 大多数の女性に見られる良性変化の総称で、良性乳腺生検を受けた女性の約70%はそもそも乳癌リスク上昇を伴わない非増殖性病変にとどまる1。「線維嚢胞性」という病名は臨床の場で今も使われるが、リスクの意味づけは非増殖性・異型を伴わない増殖性・という構成病変ごとに行う必要がある2。

  • 最も多い変化。
  • 特徴:
    • の増加
    • 導管の拡張
    • 嚢胞形成(「ブルー嚢胞」)
  • 嚢胞周囲の間質:圧迫された(正常な外観の喪失)。
  • 癌リスクの増加はわずか——一般人口との比較で1.27にとどまり、乳癌家族歴のない女性では上昇を認めない2。

B)増殖性疾患

上皮過形成

  • 異型を伴わない増殖性病変全体の乳癌リスクは一般人口の約1.9倍(1.88)と、非増殖性病変(1.27)より一段高い2。
  • :拡張したへ突出する。
  • +:
    • 導管・小葉のCIS()に類似。
    • 浸潤癌のリスク増加(一般人口の約4倍:4.24、別の解析で3.88)23。非増殖性病変を基準にした古い比較では約5倍(5.3倍)とされる1。
    • 💡 は上皮内小葉腫瘍(LCIS)と同じ「小葉性腫瘍」のスペクトラムに属するが程度が軽い病変として区別される。LCISは非必須のであると同時に、将来の乳癌の高リスク指標でもある不均一な病変とされ、LCIS後に生じる乳癌は同側が多い(同側63%・対側25%・両側12%)一方で対側にも生じる。年間約2%の乳癌発生があり、リスク低減()で10年が21%から7%へ下がった観察があるため、密な経過観察とが選択肢になる4。
  • 上皮過形成は通常明確な腫瘤を作らない。

  • 硬化 = 硬くなること、腺症 = 多数の腺房を伴う小葉の腫大。
  • 小導管+細導管の増殖 — 内の小腺パターンの塊。
  • 間質が腺房・導管の腔を圧迫 → 細胞の索として見える。
  • 臨床的・組織学的に癌と区別が困難。
  • 乳癌リスクはおよそ2倍(を伴う群の2.10)——単独の所見として乳癌リスクをおよそ2倍にする一般的な増殖性病変とされるが、発癌における役割そのものは未確定で、生検後のの手がかりとして位置づけられている5。

乳腺の良性腫瘍

A)線維腺腫

  • 最も多い良性乳腺腫瘍。
  • エストロゲン駆動性(エストロゲン値の上昇が発生に寄与)。
  • 小さく、、ゴム様、非癌性、無害なしこり。
  • 結合組織(間質)+上皮から生じる。
  • 通常は若年女性、ピーク発症は30歳代。

臨床像

  • 単発の可動性腫瘤(触診で逃げるように動く「乳房のねずみ(breast mouse)」)。
  • ・妊娠中に増大 → 閉経後に退縮・石灰化しうる。
  • 腫瘍そのものが悪性化することはほぼない。
  • 💡 ただしをもつ女性の将来の乳癌リスクは長期追跡で対照群の約2倍(2.17)とされ、嚢胞・・上皮性石灰化・を伴うでは3.10、周囲に増殖性病変を伴えば3.88へ上がる。一方、患者の3分の2を占める非かつ乳癌家族歴のないではリスク上昇を認めなかった6。

B)葉状腫瘍

  • はるかに少ない、導管周囲の間質から生じる。
  • 葉状の上皮パターンを示しうる(ギリシャ語 phyllo = 葉)。
  • 密度の増加++高い。
  • 悪性間質によるサイズ増大+隣接乳腺組織への浸潤を伴う。
  • 分類はを・(grade 2)・悪性(grade 3)の三段階に分ける7。
  • 多くは限局にとどまる → 広範切除で治癒。でが疑われれば、腫瘤を分断しない完全切除()を行う。良性はでも再切除を必須とせず、腫瘤を分断した場合や残存が疑われる場合に再切除を考慮する8。
  • 遠隔転移を来すのはほぼ悪性(grade 3)の型に限られる。

C)導管内乳頭腫

  • 導管内で指状の葉として増殖する良性上皮腫瘍。
  • 多くは単発、主要な・にみられる。
  • 臨床:漿液性・血性の乳頭分泌。
  • 単発乳頭腫 → ほぼ常に良性にとどまる。
  • 多発乳頭腫(症) → 悪性化しうる。

比較表

病変 由来 年齢 主な特徴 癌リスク
導管+間質 生殖年齢 嚢胞+線維化 ほぼなし(約1.3)
上皮過形成(異型) 導管/小葉上皮 生殖年齢 異型 約4倍増加
導管+細導管 生殖年齢 癌を模倣する索 約2倍
結合組織+上皮 若年(30歳代) 可動性ゴム様腫瘤、エストロゲン駆動 腫瘍自体の悪性化はほぼなし(は将来の乳癌リスク上昇)
導管周囲間質 50歳代 葉状パターン、大きい 一部悪性
導管上皮 生殖年齢 血性乳頭分泌 単発 = 良性、多発 = 増加

💡 ポイント: = 第1の(嚢胞+線維化+癌リスクはほとんど増えない)。 = 癌を模倣、乳癌リスク約2倍。異型導管/ = 癌リスク約4倍。 = 第1の良性乳腺腫瘍、若年女性、ゴム様可動性腫瘤、エストロゲン反応性、腫瘍自体はほぼ悪性化しない(は将来の乳癌リスクが上がる)。 = 導管周囲間質、葉状パターン、多くは良性、稀に遠隔転移。 = 血性乳頭分泌の第1原因(単発 = 良性、多発 → 悪性化増加)。

まとめ

  • 非()は最も多い変化で、癌リスクの上昇はわずか(約1.3、家族歴がなければ上昇なし)。
  • 異型を伴わない増殖性病変は乳癌リスクを約2倍、・は約4倍に上げる。
  • は臨床的・組織学的に癌を模倣しうる増殖性病変で、乳癌リスクはおよそ2倍。
  • は最も多い良性乳腺腫瘍で、エストロゲン駆動性、可動性のゴム様腫瘤(「乳房のねずみ」)を呈し、腫瘍自体はほぼ悪性化しないが、では将来の乳癌リスクが上がる。
  • は導管周囲間質から生じ、多くは限局にとどまるが最も悪性度の高い型は遠隔転移しうる。
  • は血性乳頭分泌の主要原因で、単発なら良性、多発()なら悪性化リスクが増す。

出典

  1. 1.Risk factors for breast cancer in women with proliferative breast disease(The New England Journal of Medicine・1985)良性乳腺生検10,366件を再評価し3,303人を中央値17年追跡した米国Nashvilleのコホート研究で、異型過形成を伴わない増殖性病変の乳癌相対リスクは非増殖性病変の1.9倍(95%CI 1.2-2.9)、異型過形成では5.3倍(95%CI 3.1-8.8)であったこと、良性疾患で生検を受けた女性の70%はリスク上昇を伴わない非増殖性病変にとどまっていたことを確認した。閲覧 2026-08-27
  2. 2.Benign breast disease and the risk of breast cancer(The New England Journal of Medicine・2005)米国Mayo Clinicで1967〜1991年に良性乳腺疾患と診断された女性9,087例を中央値15年追跡したコホート研究で、組織所見は非増殖性病変67%・異型を伴わない増殖性病変30%・異型過形成4%であり、標準化罹患比による相対リスクは非増殖性病変1.27(95%CI 1.15-1.41)・異型を伴わない増殖性病変1.88(95%CI 1.66-2.12)・異型過形成4.24(95%CI 3.26-5.41)と段階的に上昇し、このリスク上昇が生検後少なくとも25年持続したことを確認した。乳癌家族歴がなく非増殖性所見のみの女性ではリスク上昇を認めなかった。閲覧 2026-08-27
  3. 3.Stratification of breast cancer risk in women with atypia: a Mayo cohort study(Journal of Clinical Oncology・2007)異型過形成をもつ331人を平均13.7年追跡し66人(19.9%)に乳癌が発生した米国Mayoコホート研究で、相対リスクは3.88(95%CI 3.00-4.94)、累積罹患率は30年で約35%に達したこと、異型が多巣性(石灰化を伴う3巣以上でRR 10.35)・45歳未満(RR 6.76)でさらにリスクが高いことを確認した。異型乳管過形成と異型小葉過形成でリスクに差はなかった。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Lobular Carcinoma in Situ: A 29-Year Longitudinal Experience Evaluating Clinicopathologic Features and Breast Cancer Risk(Journal of Clinical Oncology・2015)抄録と全文(PMC4934644)で、同時性乳癌のないLCIS 1,060例(経過観察1,004例、うち化学予防173例)を中央値81か月追跡し150例に168の乳癌が発生したこと(同側63%・対側25%・両側12%、組織型はDCIS 35%・浸潤性乳管癌29%・浸潤性小葉癌27%)、乳癌の年間発生率は約2%、10年累積リスクは化学予防なし21%・あり7%(化学予防のハザード比0.27)であったこと、考察でLCISを「非必須の前駆病変(nonobligate precursor)であると同時に高リスクの指標(high-risk marker)でもある不均一な病変」と位置づけていることを確認した。閲覧 2026-08-27
  5. 5.Sclerosing adenosis and risk of breast cancer(Breast Cancer Research and Treatment・2014)抄録で、Mayo良性乳腺疾患コホート13,434例(中央値15.7年追跡)のうち硬化性腺症を伴う3,733例(27.8%)の乳癌の標準化罹患比がIowa SEERとの比較で2.10(95%CI 1.91-2.30)、伴わない9,701例では1.52(95%CI 1.42-1.63)であったこと、硬化性腺症は異型を伴わない増殖性病変の62.4%・異型過形成の55.1%に併存し、他の増殖性病変がある女性ではリスクをさらに層別しなかったこと、著者が硬化性腺症を「単独の所見として乳癌リスクをおよそ2倍にする一般的な増殖性病変」と結論し、同時に発癌における役割は未確定で、生検後のリスク予測に役立ちうると述べていることを確認した。閲覧 2026-09-24
  6. 6.Long-Term Risk of Breast Cancer in Women with Fibroadenoma(The New England Journal of Medicine・1994)1950〜1968年に線維腺腫と診断された患者のうち追跡データが得られた1,835例(対象の90%)を用いた米国の後ろ向きコホート研究で、線維腺腫患者の浸潤癌相対リスクは対照群(コネチカット腫瘍登録および患者の義理の姉妹)の2.17倍(95%CI 1.5-3.2)であったこと、嚢胞・硬化性腺症・上皮性石灰化・乳頭状アポクリン化生のいずれかを伴う複雑型線維腺腫ではリスクが3.10倍(95%CI 1.9-5.1)まで上昇し、この上昇が数十年間持続したことを確認した。線維腺腫周囲の実質に増殖性病変を伴う場合は相対リスク3.88(95%CI 2.1-7.3)、複雑型線維腺腫かつ乳癌家族歴がある場合は3.72(95%CI 1.4-10)であった。患者の3分の2を占める非複雑型かつ家族歴のない線維腺腫ではリスク上昇を認めなかった。閲覧 2026-08-27
  7. 7.Common benign breast tumors including fibroadenoma, phyllodes tumors, and papillary lesions: Guidelines(Collège National des Gynécologues et Obstétriciens Français・2015)葉状腫瘍はWHO分類で良性(grade 1)・境界悪性(grade 2)・悪性(grade 3)に分けられ、grade 1では陰性断端が得られればマージン幅と再発率に相関がない一方、grade 2は10mm未満のマージンで局所再発が増えるため10mmマージンが推奨されることを確認した。リンパ節評価も系統的乳房切除も推奨されない。閲覧 2026-08-27
  8. 8.American Society of Breast Surgeons and Society of Breast Imaging 2025 Guidelines for the Management of Benign Breast Fibroepithelial Lesions(JAMA Surgery・2025)針生検で画像・病理が一致する異型のない線維腺腫は、症状・患者希望・一定の大きさ・経過中の明らかな増大がなければ切除不要で画像フォローも要さないこと、針生検で葉状腫瘍が疑われる場合は切除生検で完全切除し、良性葉状腫瘍(WHO grade 1)は断端陽性でも再切除が不要(腫瘤を分断した場合や残存病変が疑われる場合のみ再切除を考慮)であることを確認した。閲覧 2026-08-27