病態生理学

病態生理学 · P-2-14

呼吸器疾患 症例1

Respiratory disease, Case 1

前提:病態
換気障害と呼吸機能検査;呼吸不全急性呼吸不全の症状;過換気の影響

🧠 33歳女性、2週間前からの発熱・咳・に続いて3日前から呼吸困難が進み、の治療中に悪化した。 鍵になる所見は、胸部X線でが示唆されたこと、でも改善しない低酸素血症(180)、呼吸数40/分の頻呼吸による低CO₂血症である。肺炎を誘因とすると解釈し、治療の柱はと肺炎の治療である。

症例I 33歳女性、呼吸困難と発熱(ARDS)

病歴:

患者は2週間前から発熱、咳、があり、3日前から呼吸困難と感が出現した。呼吸器病棟で肺炎に対して併用療法を受けたが、2日後に状態が悪化し、画像で進行を認め、胸部X線でが示唆された。 38 mmHgで、4 l/minのO2投与下でもは42 mmHgであった。経鼻O2投与および(HFNO)でも低酸素血症は改善せず、pO2/FiO2 = 180。は27 mmHg。へ入室した。

症状・所見:

呼吸困難、チアノーゼ、咳、呼吸数 40/min、血圧 100/60 mmHg、脈拍 120/min。

症状・所見(続き):

  • : 11 G/l
  • Hb: 83 g/l
  • CRP: 158 mg/l
  • : 0.32 ug/l(正常: <0.5 ug/l)
  • Na: 140 mmol/l
  • K: 4.2 mmol/l
  • pH: 7.49, pO2: 221 mmHg(FiO2: 80%), pCO2: 28 mmHg, BE: -1.5 mmol/l, 乳酸: 1.7 mmol/l(正常)
  • Horowitz index: pO2(mmHg)/FiO2%(正常: 100/0.21 = 476)。この症例では: 221/0.8 = 276。(Horowitz indexは、O2投与がなければpO2が約55 mmHgであることを示す。)

胸部X線: 前後で撮影。

評価(挿管患者): 健常条件では、吸入気O2濃度(FiO2)80%では550 mmHgを超える。本症例ではは221 mmHgであり、のほぼ20%にシャントが存在した。

治療後の血液ガスと:

主な治療要素:

5日後:

  • CRP: 12 mg/l
  • pH: 7.45, pO2: 97 mmHg(2 l/min O2投与下, FiO2: 27%), pCO2: 36 mmHg, BE: 1.5 mmol/l, 乳酸: 0.4 mmol/l
  • Horowitz index: 97/0.27 = 359(改善しているがまだ正常ではない)

重要な引用と示唆

引用 / 値 解釈
“胸部X線でを示唆”; 先行する肺炎 肺炎を契機とした(直接肺障害)
“pO2/FiO2 = 180”; Horowitz 221/0.8 = 276 低いはの診断と重症度評価に用いられる(比が低いほど重症)。2023年のグローバル定義では、挿管前(非挿管)は流量30 L/分以上のまたはPEEP 5 cmH₂O以上のNIV/CPAP下で300以下を満たせば診断でき、重症度区分は置かない。挿管後はPEEP 5 cmH₂O以上の条件で軽症200超〜300以下・中等症100超〜200以下・重症100以下に分ける1。本例の記録にはの流量も人工呼吸中のPEEPも無いので、この条件は確かめられない。PEEPが5 cmH₂O以上なら、挿管後の276は軽症の範囲にあたる
“HFNOでも低酸素血症が改善しない”; O2下で 38→42 mmHg 治療抵抗性低酸素血症。シャント生理に特徴的な「酸素が効きにくい」状態
“の約20%にシャント” 肺内(灌流はあるが換気されない肺胞)→ O2で補正しにくい理由
RR 40/min; pH 7.49, pCO2 27-28 mmHg, BE -1.5 低酸素血症などに駆動されたによる(一次性の)急性。BEはほぼ正常で、腎による代謝性の代償はまだ目立たない
Hb 83 g/l 2024 の基準では15〜65歳の非妊娠女性はHb 120 g/L未満が貧血で、80〜109 g/Lは中等度にあたる2。貧血は動脈血のを下げ、低酸素血症と重なって組織へのをさらに減らす
0.32, 158 強い炎症反応がある一方では 0.5 を下回る。⚠️ これを「ウイルス性・だから低い」と読んではいけない。 0.25・0.5 ug/l といった値は「」ではなく、(か敗血症か)・アルゴリズム・測定法によって意味が変わる判断のであり、他集団の固定値を横流ししない。は細菌かウイルスかを二分する検査でもなく、定型・非定型の区別もできない。低値は抗菌薬の中止・非開始を後押しする材料にはなるが、病原体の種類を決める根拠にはならない
換気 + 抗菌薬後: 12, P/F 359 肺胞障害/浮腫の改善に伴うガス交換の回復

要点

  • 診断: 肺炎に続発した()。
  • 定義的特徴: ARDSは単一のではなく、①誘因(本例では肺炎)から1週間以内の急性発症、②両側浸潤影、③・水分過剰だけでは説明できない酸素化不良、④低い比(または/FiO2比)——の組合せで診断する症候群である。2023年のグローバル定義では、本症例のようにHFNOのみで未装着の段階でも、流量30 L/分以上の下で300以下(またはSpO₂ 97%以下でS/F比315以下)を満たせばの診断対象に含まれる1(本症例の記録には流量が無い。詳細はのノートを参照)。
  • 病態生理: びまん性肺胞障害 → 蛋白に富む浮腫と虚脱 → 「灌流されるが換気されない肺胞」増加 → 大きな → 酸素抵抗性低酸素血症。
  • 酸塩基: 頻呼吸により(低pCO2)。
  • 本症例での治療: 治療の中心は(1kgあたり約6 mL、30 cmH₂O以下)であり、これまでに死亡率を明確に下げたことが示されている数少ない介入である3。本症例でも侵襲的と感染源治療(/+)により、は段階的に改善した。下でなお酸素化不良が続く重症(PROSEVA試験の組入れ基準は P/F 比 150 mmHg 未満・FiO₂ 0.6 以上・PEEP 5 cmH₂O 以上・は1kgあたり約6 mL)では、早期から1回16時間以上の療法を行うと28日死亡率が 32.8% から 16.0% へ低下した4。本症例の挿管後の276(FiO₂ 0.8)はこの組入れ基準(150未満)には当たらず、記録にもの実施は記載されていない。

出典

  1. 1.A New Global Definition of Acute Respiratory Distress Syndrome(American Thoracic Society・2024)全文(PMC10870872、Europe PMCのfullTextXML)のTable 1で確認した。全カテゴリー共通の基準として、誘因または新規・増悪する呼吸器症状から1週間以内の発症、胸部X線・CTの両側陰影(または超音波の両側B線・コンソリデーション)で胸水・無気肺・結節/腫瘤で十分に説明されないもの、心原性肺水腫・輸液過剰だけでは説明されない肺水腫を置くこと。非挿管ARDSは流量30 L/分以上の高流量鼻酸素療法またはPEEP 5 cmH2O以上のNIV/CPAP下でPaO2/FiO2 300 mmHg以下、またはSpO2 97%以下のときSpO2/FiO2 315以下とし、重症度区分は置かないこと。挿管ARDSは全区分で最低5 cmH2OのPEEPを要し、軽症200超〜300以下・中等症100超〜200以下・重症100以下(mmHg)とすること閲覧 2026-09-24
  2. 2.Guideline on haemoglobin cutoffs to define anaemia in individuals and populations(World Health Organization・2024)WHO IRISの全文PDFで確認した。Table 2で15〜65歳の非妊娠女性の貧血をHb 120 g/L未満とし、Table 3で重症度を15〜65歳の非妊娠女性では軽度110〜119・中等度80〜109・重度80 g/L未満としていること閲覧 2026-09-24
  3. 3.Ventilation with lower tidal volumes as compared with traditional tidal volumes for acute lung injury and the acute respiratory distress syndrome(New England Journal of Medicine・2000)予測体重1kgあたり6 mLを目標とする低一回換気量換気(プラトー圧30 cmH₂O以下)が、従来の一回換気量に比べ死亡率を低下させたことを確認した。閲覧 2026-08-14
  4. 4.Prone positioning in severe acute respiratory distress syndrome(New England Journal of Medicine・2013)肺保護換気を行った重症ARDS(PaO₂/FiO₂ <150)患者において、1回16時間以上の腹臥位療法を早期に行った群は仰臥位群に比べ28日死亡率が有意に低かった(16.0% vs 32.8%)ことを確認した。閲覧 2026-08-14