Disease Atlas · 運動器 · 症候群
前胸部キャッチ症候群
Precordial catch syndrome
- 別名
- Texidor twinge
- 臓器系
- 運動器小児循環器
- 科目
- PediatricsCardiology, Heart Surgery, Angiology, Vascular SurgeryPulmonology and Thoracic Surgery
- トピック
- 小児科 1-14:小児の胸痛循環器 A-27:胸痛症候群の鑑別診断呼吸器内科 06:胸痛
- 鑑別疾患
- 肋軟骨炎
- 症状
- 胸痛
🧠 全体像:前胸部キャッチ症候群 precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome) precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) は、安静時に突然始まり、数秒から数分で消える、左前胸部 precordium 前胸部(precordium) precordium(前胸部) の一点の鋭い痛みである12。⭐ これは除外診断 diagnosis of exclusion 除外診断(diagnosis of exclusion) diagnosis of exclusion(除外診断) ではない——問診 medical interview (history-taking) 問診(medical interview (history-taking)) medical interview (history-taking)(問診) で拾える固有の特徴の組み合わせがあり、それが揃えば積極的に診断してよい3。⚠️ 肋軟骨炎costochondritis肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎)と混同しない。 肋軟骨炎costochondritis 肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎) は押すと再現できる圧痛が主役で数週間続くのに対し、前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) は触っても再現できず、発作と発作のあいだは何ともない。⭐ 心臓ではないと言い切る根拠になるのは「安静時に起きる」「労作と無関係 unrelated無関係(unrelated) unrelated(無関係)」「数分で完全に消える」「吸気で増強する」の組み合わせであり、逆に運動中の胸痛・失神・動悸palpitations動悸(palpitations)palpitations(動悸)が混じったらこの診断を捨てる1。
痛みの型——これが診断そのもの
| 項目 | 前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) での典型 |
|---|---|
| 発症 | 突然、予期せず。安静時に起こり運動とは関連しない12 |
| 部位 | 心臓の近く、多くは左乳房の下。患者が一点を指し示せる12 |
| 性質 | 鋭い刃物様・針様。放散しない12 |
| 持続 | 数秒から数分。ときに30分に及ぶ1 |
| 呼吸との関係 | ⭐ 吸気で増強する。 そのため浅い呼吸や息止めで痛みを減らそうとする12 |
| 消え方 | 自然に消える。深呼吸を1回すると発作が終わることがある1 |
| 付随する感覚 | 深呼吸に伴って「ぱちんと弾ける感じ」を訴える例がある1 |
💡 「吸気で増強するのに、深呼吸で終わる」は矛盾ではない。 発作の最中は息を吸うほど痛むので浅く呼吸してしまうが、思い切って1回深く吸うと発作そのものが終わることがある1。⭐ この逆説的 paradoxically 逆説的(paradoxically) paradoxically(逆説的) な組み合わせ自体が診断の手掛かりになる。
好発は10代だが、6歳の小児から若年成人まで報告があり、成人期まで続くこともある1。
⚠️ 肋軟骨炎とは別物である
小児の胸痛の鑑別では両者が並んで挙げられるが、性質はほとんど正反対である。
| 比べる点 | 前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) | 肋軟骨炎costochondritis肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎) |
|---|---|---|
| 痛みの単位 | 発作(数秒〜数分)。発作間欠期interictal 発作間欠期(interictal)interictal(発作間欠期) は無症状 | 持続(数週間)。日単位で存在し続ける |
| 触診 | 出典が挙げる診断的特徴に触診所見は含まれない(痛みの型で診断する) | ⭐ 肋軟骨接合部costochondral junction 肋軟骨接合部(costochondral junction)costochondral junction(肋軟骨接合部) の圧痛が再現されるのが定義に近い |
| 呼吸との関係 | 吸気で増強し、深呼吸1回で終わることがある1 | 動作・深呼吸で悪化するが、それで発作が終わることはない |
| 部位 | 多くは左乳房の下の一点。⚠️ 右胸骨縁 sternal border 胸骨縁(sternal border) sternal border(胸骨縁) など他の部位のこともある1 | 第2〜5肋軟骨接合部 costochondral junction肋軟骨接合部(costochondral junction) costochondral junction(肋軟骨接合部)。複数箇所のことも多い |
| 治療 | 不要。姿勢の指導と安心の提供1 | 支持療法と鎮痛 |
💡 触診の意味が逆である。 肋軟骨炎costochondritis 肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎) では触診が診断を作る(圧痛の再現)。前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) では触診は診断を作らない——にもかかわらず、押しても痛くないという事実が、肋軟骨炎costochondritis 肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎) ではないことを示す情報になる。
⭐ 除外診断ではない
⚠️ 「他が全部否定されたら前胸部キャッチ症候群 precordial catch syndrome前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome) precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群)」という順序で考えない。 この症候群は除外診断diagnosis of exclusion 除外診断(diagnosis of exclusion)diagnosis of exclusion(除外診断) ではなく、丁寧な問診 medical interview (history-taking) 問診(medical interview (history-taking)) medical interview (history-taking)(問診) で診断的特徴を引き出し、十分な身体診察 physical examination 身体診察(physical examination) physical examination(身体診察) を行えば診断がつく3。⭐ 診断のための検査は通常不要である31。
⚠️ 不要な検査は害になりうる。 過剰な検査はかえって不安を増やす1。
それでも精査へ回す所見
flowchart TD
A["小児・若年者の胸痛"] --> B{"痛みは安静時に突然始まり<br>数秒〜数分で消えるか"}
B -->|"いいえ・持続する"| C["別の原因を評価<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='costochondritis'>肋軟骨炎</span>・呼吸器・消化器なども含めて"]
B -->|"はい"| D{"赤旗があるか"}
D -->|"運動中の胸痛・失神・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='palpitations'>動悸</span><br>持続または増悪する痛み<br>最近の発熱や咳<br>既知の基礎疾患(心臓性に限らない)"| E["心電図・心エコー・画像を検討<br>専門科へ紹介"]
D -->|"無い"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='precordial catch syndrome'>前胸部キャッチ症候群</span>と診断<br>検査は行わない"]
F --> G["診断名を伝え、良性であることと<br>成長に伴って軽快することを説明"]
G --> H["姿勢の指導と、症状が変わったときの<br>再評価の申し出"]
精査を要する所見は、運動に関連する痛み、持続または増悪する痛み、失神、動悸palpitations動悸(palpitations)palpitations(動悸)、最近の発熱や咳、そして既知の基礎疾患である1。⚠️ 基礎疾患は心臓性に限らない——川崎病Kawasaki disease川崎病(Kawasaki disease)Kawasaki disease(川崎病)の既往・冠動脈異常・心筋症・先天性心疾患congenital heart disease (CHD) 先天性心疾患(congenital heart disease (CHD))congenital heart disease (CHD)(先天性心疾患) のほか、肺疾患や喘息、逆流、免疫不全、結合組織疾患、骨格異常skeletal abnormality骨格異常(skeletal abnormality)skeletal abnormality(骨格異常)といった非心臓性の基礎疾患も精査を要する側に入る。心電図・心エコー・画像検査は、非典型的non-conventional 非典型的(non-conventional)non-conventional(非典型的) な特徴があるときや別の診断を疑うときに限って考慮する1。
対応
- ⭐ 診断名を伝えること自体が治療の一部である。 症状に名前が付くことで、医師medical doctor 医師(medical doctor)medical doctor(医師) がこの病態をよく知っているという事実が伝わり、不安が軽くなる1。
- 良性であること、心疾患とは別物であること、成長とともに通常は軽快することを説明する1。
- 姿勢を指導する。猫背を避けて上体を起こした姿勢を保ち、発作時ictal 発作時(ictal)ictal(発作時) は肩を後ろへ引いて姿勢を正し、徐々に呼吸を深くしていく1。
- 電話での経過確認を行い、症状が変わったときには再評価する用意があることを伝える1。
💡 機序は確立していない。 Miller と Texidor は壁側胸膜 parietal pleura 壁側胸膜(parietal pleura) parietal pleura(壁側胸膜) 由来と提唱したが、胸壁(肋骨・軟骨)に由来するという見方もあり、決着していない1。⚠️ 機序が不明であることは、診断が不確かであることを意味しない——痛みの型が固有だからである。
まとめ
- 前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) は、安静時に突然始まり数秒〜数分で消える、多くは左乳房の下(右胸骨縁 sternal border 胸骨縁(sternal border) sternal border(胸骨縁) など他部位のこともある)の一点の鋭い痛みである。放散せず、労作と関連しない。
- ⭐ 吸気で増強するのに、深呼吸を1回すると発作が終わることがある。 この逆説的 paradoxically 逆説的(paradoxically) paradoxically(逆説的) な組み合わせが手掛かりになる。
- 好発は10代。6歳から若年成人まで報告があり、成人期まで続くこともあるが、通常は成長とともに軽快する。
- ⚠️ 肋軟骨炎costochondritis肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎)とは別物。 肋軟骨炎costochondritis 肋軟骨炎(costochondritis)costochondritis(肋軟骨炎) は数週間続く持続痛で圧痛が再現されるが、前胸部キャッチ症候群precordial catch syndrome 前胸部キャッチ症候群(precordial catch syndrome)precordial catch syndrome(前胸部キャッチ症候群) は発作性で触診では再現できず、発作間欠期interictal 発作間欠期(interictal)interictal(発作間欠期) は無症状である。
- ⭐ 除外診断diagnosis of exclusion 除外診断(diagnosis of exclusion)diagnosis of exclusion(除外診断) ではない。 問診medical interview (history-taking) 問診(medical interview (history-taking))medical interview (history-taking)(問診) と診察で積極的に診断でき、検査は通常不要である。⚠️ 不要な検査はかえって不安を増やす。
- ⚠️ 赤旗は、運動に関連する痛み・持続または増悪する痛み・失神・動悸palpitations動悸(palpitations)palpitations(動悸)・最近の発熱や咳・既知の基礎疾患(心臓性に限らず、肺疾患・喘息・逆流・免疫不全・結合組織疾患・骨格異常skeletal abnormality 骨格異常(skeletal abnormality)skeletal abnormality(骨格異常) も含む)。これらがあれば心電図・心エコー・画像を検討する。
- ⭐ 診断名を伝え、良性であることと成長に伴う軽快を説明することが管理の中心で、姿勢の指導(発作時ictal 発作時(ictal)ictal(発作時) は肩を後ろへ引き、徐々に深く呼吸する)を加える。
出典
- 1.Practical Tips for Paediatricians: Precordial catch syndrome(Paediatrics & Child Health(Kofman K, D'Alessandro LCA, Yilmaz Furtun B)・2024)本文を閲覧して確認した(29巻4号205〜207頁、電子版は2023年6月26日先行公開)。前胸部キャッチ症候群が小児・若年者の胸痛のよくある原因でありながら認知されていないこと、心疾患でも精神疾患でもないこと、10代に最も多いが6歳の小児から若年成人まで報告があり成長とともに消退するのが通常だが成人期まで続きうること、痛みが心臓の近くに感じられる鋭く刃物様・針様の性質で放散しないこと、持続が数秒から数分でときに30分に及ぶこと、安静時に突然生じ運動と関連しないこと、多くは左乳房の下に位置し患者が一点を指し示せること、吸気で増強するため浅い呼吸や息止めで痛みを減らそうとすること、深呼吸1回で発作が消えることがあること、深呼吸に伴い「ぱちんと弾ける感じ」を訴える例があること、Miller と Texidor が壁側胸膜由来と提唱したこと、典型例では検査はほとんど不要で心電図・心エコー・画像は非典型的な特徴や別疾患を疑うときに限ること、不要な検査がかえって不安を増やしうること、運動に関連する痛み・持続または増悪する痛み・失神・動悸・最近の発熱や咳・既知の心疾患(川崎病・冠動脈異常・心筋症・先天性心疾患)が精査を要する所見であること、管理が姿勢の指導(猫背を避ける、発作時は肩を後ろへ引いて姿勢を正し徐々に深く呼吸する)と再評価の申し出を含む安心の提供であること、診断に名前を与えること自体が不安の軽減に役立つことを確認した。⚠️ この解説は「外傷を除いた小児胸痛の80〜90%を占める」という数値を挙げるが、参照文献に由来する数値であり本ノートには採らなかった閲覧 2026-09-03
- 2.Precordial catch syndrome in children(Southern Medical Journal・1989)Europe PMCで抄録を取得して確認した(全文は未取得)。胸痛を主訴とした小児10例に前胸部キャッチ症候群と診断がついたこと、既報から痛みの9つの特徴を抽出しこの10例で後方視的に出現率を求めたこと、既報の症例と本研究の症例で痛みの型が近く一致したこと、前胸部キャッチの痛みが典型的に突然で・短時間で・心尖部付近に生じ・容易に一点を指し示せ・放散せず・労作性でなく・そして重要なこととして吸気で増強すること、この研究が症候群の実在をさらに裏づけ米国の小児での発生をはじめて報告したものであることを確認した閲覧 2026-09-03
- 3.Precordial catch syndrome(Southern Medical Journal・2003)Europe PMCで抄録を取得して確認した(全文は未取得)。前胸部キャッチ症候群が小児の胸痛の長い鑑別リストの一項目としてしばしば挙げられること、きわめてありふれた訴えでありながら認知されていないこと、⭐ この総説が「これは除外診断ではない」と明示していること、症候群の診断的特徴を引き出す丁寧な問診と十分な身体診察が必要であること、診断のための検査は通常不要であることを確認した閲覧 2026-09-03