疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 精神 · 病態

抜毛症

Trichotillomania

別名
Hair-pulling disorder
臓器系
精神皮膚
科目
Dermatology
トピック
皮膚科 3-26:脱毛症の臨床型と治療
上位概念
脱毛症
鑑別疾患
強迫症身体醜形症皮膚糸状菌症(白癬)
治療薬
アセチルシステインクロミプラミン

🧠 全体像は、体毛を反復して抜き取ることで目に見える脱毛を生じる精神疾患である。-TRではおよび関連症群に分類されるが、に駆られたであるとは異なり、緊張の高まりとそれに続く解放感・満足感という習慣・衝動制御の回路が中心にある。毛包そのものは破壊されないため脱毛は非瘢痕性で理論上は可逆的だが、慢性反復によりの回復が遅れる。診断の核心は「不揃いな長さの切」と「自分の手が届く範囲に偏った分布」であり、恥や自己非難を強めずに心理行動的治療へつなぐことが最初の一歩になる。

病態

は青年期以降で約3.5%とされ、女性が男性のおよそ9倍多いと報告されている(による過小申告の可能性も指摘される)1。多くは思春期に発症し、白質の統合性低下、前帯状皮質・線条体を含む回路の調節異常、の関与が示唆されているが、単一の原因ではなく習慣・衝動制御の脆弱性と情動調整の困難が絡み合う1

flowchart TD
    A["緊張・不安・退屈・没入状態"] --> B["体毛を抜きたい衝動"]
    B --> C["抜毛行為"]
    C --> D["緊張の解放・満足感・一時的な安堵"]
    D --> E["行為が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='negative reinforcement'>負の強化</span>を受ける"]
    E --> A
    F["習慣逆転療法"] --> G["抜毛に先立つ感覚・状況への気づきを高める"]
    G --> H["抜毛と両立しない代替行動に置き換える"]
    H --> I["衝動と行為の結びつきを弱める"]

💡 抜毛は「意思の弱さ」ではなく、緊張や退屈といった内的状態を一時的に和らげる学習された行動である。のうちに行われる自動型と、意識的な衝動に応じる集中型があり、同一の患者に両方が混在することも多い。

臨床像

  • 頭皮(特に頭・前頭部)、毛、睫毛など手が届きやすい部位に、不揃いな長さの切が混じる不規則な脱毛域を生じる。毛包開口部は保たれ、炎症や鱗屑を伴わない。
  • 抜毛はに行われることも、緊張・不安・退屈時にに行われることもある。抜いた毛を弄ぶ、根元を確認する、まれに毛を食べる(トリコファジー)行動を伴うことがある。
  • 不安症、うつ病、などの併存が多く、自己非難や隠蔽行動から受診が遅れやすい。

⚠️ 毛を継続的に飲み込む患者では、毛髪が胃内で塊となるトリコベゾアール(毛髪胃石)を形成し、腹痛・・体重減少、まれに腸閉塞や穿孔を来しうる1。トリコファジーの既往があれば腹部症状を必ず確認する。

診断

-TRでは、①体毛を繰り返し抜き目に見える脱毛を生じる、②抜毛を減らす・やめようと繰り返し試みている、③臨床的に著しい苦痛または社会・職業などの機能障害を生じる、④他の医学的疾患(皮膚疾患など)で説明されない、⑤他の精神疾患(で外見を整えようとする行為など)でよりよく説明されない、の基準を満たすことで診断する1

では、長さの不揃いな切、コイル状毛、先端が裂けた毛(フレイム状の毛)が特徴的で、でみられる鱗屑・黒色点・炎症を欠く。

flowchart TD
    A["不揃いな長さの脱毛、手の届く範囲に偏る"] --> B{"鱗屑・炎症・膿疱があるか"}
    B -->|"あり"| C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tinea capitis'>頭部白癬</span>など感染症を疑い真菌検査"]
    B -->|"なし"| D["毛包開口部は保たれているか"]
    D -->|"保たれない"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scarring alopecia'>瘢痕性脱毛</span>を疑い生検"]
    D -->|"保たれる"| F["抜毛を繰り返す行為の有無を本人・家族に確認"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition'>DSM-5</span>-TR基準で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='trichotillomania'>抜毛症</span>を評価"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='obsessive-compulsive disorder, OCD'>強迫症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='body dysmorphic disorder'>身体醜形症</span>など他の精神疾患を鑑別"]

治療

治療 位置づけ
習慣逆転療法を中心とした行動療法 第一選択の低リスク治療。抜毛に先立つ感覚・状況への気づきを高め、両立しない代替行動に置き換える
受容とコミットメントを組み合わせた強化型の行動療法 感情調整の要素を加えて再発予防を図る
試験で有意な改善を示した経口2。行動療法へのアクセスが乏しい場合や併用で検討する
SSRI 行動療法に比べ効果は限定的1。併存するうつ病・不安症があれば選択する
他の治療に抵抗する例で検討されることがある

群では、で50%以上の改善を達成した患者が44%(群0%)、「著明改善」以上が56%(群16%)だった2

⚠️ 抜毛は本人の意思の弱さではなく学習された行動であることを説明し、非難・叱責は回避行動と恥を強めるだけで改善につながらない。

鑑別

鑑別 区別の要点
鱗屑、炎症、切の根元が均一に短い。真菌培養・鏡検で確定する
境界明瞭な脱毛斑で毛包開口部は保たれるが、毛の長さは概ね均一で・爪を伴う
侵入的なとそれを打ち消すが中心で、のような緊張‐解放の習慣行動とは異なる。併存もありうる
に伴う抜毛 特定の外見上の欠点を除去する目的で行われる点が異なる

まとめ

  • は体毛を反復して抜く精神疾患で、-TRではおよび関連症群に分類されるが、緊張‐解放の習慣行動という点でとは機序が異なる。
  • 不揃いな長さの切と手の届く範囲に偏った分布が診断の手掛かりで、毛包開口部は保たれ非瘢痕性である。
  • 毛を継続的に飲み込む患者ではトリコベゾアールのリスクを念頭に置く。
  • 治療の第一選択は習慣逆転療法を中心とした行動療法で、試験で有意な効果を示している。
  • との鑑別を行い、非難せず心理行動的支援へつなぐ。

出典

  1. 1.Trichotillomania(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)DSM-5基準(体毛を反復して抜く・抜毛を減らそう試みる・臨床的に著しい苦痛または機能障害・他の医学的疾患で説明されない・他の精神疾患でよりよく説明されない)、青年期からの生涯有病率約3.5%、女性:男性がおよそ9:1であること、習慣逆転療法が低リスクで有効な行動療法であること、SSRIの効果は行動療法に比べ限定的であること、毛髪を飲み込むことによるトリコベゾアール(毛髪胃石)のリスク閲覧 2026-08-11
  2. 2.N-Acetylcysteine, a Glutamate Modulator, in the Treatment of Trichotillomania: A Double-blind, Placebo-Controlled Study(Archives of General Psychiatry・2009)成人50例(女性45例・男性5例、平均34.3歳)を対象としたプラセボ対照試験で、アセチルシステイン群(最初の6週は1200mg/日、その後2400mg/日)は抜毛重症度評価尺度(MGH-HPS)で50%以上の改善を44%が達成した(プラセボ群0%)。「著明改善」以上はアセチルシステイン群56%、プラセボ群16%だった閲覧 2026-08-11