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Microbe Atlas · 細菌

Bordetella pertussis

百日咳菌

分類
G− 球桿菌 / Gram− coccobacilliBordetella
性状
Gram陰性 (G−)球桿菌 Coccobacilli
科目
Medical Microbiology
トピック
2/20: Bordetella genus5/13: Bacteria causing lower respiratory tract infections (list) and their diagnosis5/14: Bacterial exotoxins and the related diseases. Prevention and therapy
原因となる疾患
百日咳
作用する薬剤
アジスロマイシンエリスロマイシンクラリスロマイシン

🧠 全体像:の臨床像は「付着してから毒素を浴びせる」という2段構えの攻撃で説明できる。線毛性のでに強固に張り付いたあと、を筆頭とする4種類の毒素を同時に放出し、の破壊・分泌亢進・の機能不全を重ね掛けする。この「複数毒素の相加攻撃」こそが、百日咳がなぜ数週間にわたる痙攣性の咳(「100日咳」)として長期化するかの答えである。さらに重要なのは——に入ってから抗菌薬を始めても、咳そのものは短縮しないという事実。組織はすでに毒素で傷害されており、抗菌薬にできるのは感染力を落とすことだけである。

微生物学的な特徴

グラム陰性の球桿菌で、が極めて厳しい菌である。標準培地では発育せず、には(血液・グリセリン・馬鈴薯を含む)、現在はRegan-Lowe培地(炭末加培地)がより広く使われる。ヒトのみを宿主とし、動物のリザーバーは存在しない。

項目 内容
培養 /Regan-Lowe培地。発育に3〜7日を要する
発育因子 特殊培地を要するの厳しい菌——のようなX・V因子要求ではなく、炭末や馬鈴薯抽出物による脂肪酸の中和が発育の鍵
宿主 ヒトのみ。なし
近縁種 (B. parapertussis、百日咳に類似するがより軽症)、(B. bronchiseptica、主に動物病原体で免疫不全者に日和見感染)

病原性の仕組み

への接着と、そこから放出される4種類の毒素による・の2段階で理解する。

因子 型・機序 効果
・ 線毛性の への強固な接着
AB型毒素。GiタンパクをADPし不活化 上昇→分泌亢進/も無効化→
それ自体がとして働く 細胞内上昇、の機能抑制
細胞壁ので生じるペプチドグリカンの-四ペプチド(9.2 kDa) を傷害しを障害——痰のができなくなる。として・IL-1α・IL-1β・IL-6の産生を促し、を誘導する1
AB型毒素 平滑筋を収縮させを誘導
flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pertussis toxin'>百日咳毒素</span>(AB型)が細胞内へ"] --> B["Giタンパクを ADP <span class='jp-term jp-term-diagram' title='ribosylation'>リボシル化</span>し不活化"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyclic adenosine monophosphate'>cAMP</span> 上昇(抑制の抑制)"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemokine receptor'>ケモカイン受容体</span>も無効化"]
  C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='airway secretion'>気道分泌</span>亢進"]
  D --> F["白血球が組織へ遊走できず<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='peripheral lymphocytosis'>末梢血リンパ球増多</span>"]
  A --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tracheal cytotoxin'>気管毒素</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mucociliary clearance'>線毛運動</span>を障害"]
  G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='airway clearance'>気道クリアランス</span>低下<br>持続する痙攣性の咳"]

⚠️ は内毒素ではない。 名前に「毒素」が付き、しかも細胞壁由来なので内毒素と混同されやすいが、内毒素()は別の分子で、本菌では両者が別個の因子として並び、にを誘導する関係にある1。はペプチドグリカンの分解産物であり、は無細胞ワクチンの成分にも含まれない。

💡 の理由。 Giタンパクは細胞内の抑制と、を介したシグナルの両方を担う。がGiを不活化すると、上昇による分泌亢進に加え、白血球が血管内から組織へ出られなくなり血中に留まる——これが特徴的なとして現れる。

感染経路と疫学

  • 飛沫感染で、既感染者からヒトからヒトへ直接伝播する(なし)
  • 感染力は非常に強く、感受性のあるでのは80%を超える2
  • 最も感染力が強いのは、および咳嗽発症後3週間までである2——診断がつく前の、風邪と区別がつかない時期にすでに周囲へ広めている
  • ワクチン未接種・未完了の乳児(特に生後6か月未満)で最も重症化しやすく、典型的な痙咳・whoopを示さず無呼吸のみを呈することもある
  • ワクチン獲得免疫は年数とともに減弱するため、思春期・成人がな遷延性咳嗽の形で感染を維持し、脆弱な乳児への感染源(「」の対象)となる

起こす疾患

百日咳は4つの病期を経過する。

病期 期間 特徴
平均7〜10日(範囲5〜21日) 潜伏期
1〜2週間 普通の咳・——最も感染力が強い時期
2〜6週間 特徴的な発作性の痙攣性咳嗽と吸気時の吼え声(whoop、特に小児)。ブドウ球菌やによるのが多い。脱力・嘔吐・チアノーゼ・・脳炎を伴うこともある
1〜3か月 緩徐な回復で、非発作性の咳がさらに2〜6週間以上続く——「100日咳」とも呼ばれる

潜伏期・・の長さと、に続く非発作性の咳の期間は米国の指針に拠る2(全体を「1〜3か月」とする区切りは慣用的なもので、同指針が示すのは咳の持続期間である)。

診断

病期の目安 推奨される検査
発症〜2週間程度 培養(Bordet-Gengou/Regan-Lowe培地)とPCR(・吸引検体)——が最も感度が高く現在の第一選択
2〜4週間 が中心。培養の陽性率は経過とともに急速に低下する
4週間以降 培養・とも感度が落ちるため血清学(抗IgG抗体)が有用

⚠️ ( b型)や重複肺炎との違いに注意。 の激しい咳嗽発作そのものは・による直接傷害であり、細菌のではない。ただし喘鳴や、発熱のがあればを疑う。

治療と予防

⚠️ 抗菌薬はの咳を短縮しない。 はすでに毒素で傷害されているため、に入ってから治療を開始しても症状の改善は乏しい。それでも投与する意義は感染力の低下(周囲への伝播を断つこと)にあり3、早期に開始できれば症状の期間と重症度を軽減し、感染性の期間も短縮できる2。

  • アジスロマイシン(1日1回・5日間)が第一選択で、・も生後1か月以上では推奨される2
  • ⚠️ 生後1か月未満ではアジスロマイシンが推奨され、とは推奨されない。理由は2剤で別である——はとの関連が指摘されているため、はこの月齢での有効性データが無いためである。アジスロマイシンとの関連はこれまで報告されていない2
  • ⚠️ 株が増えている。 中国では2011年以降に増加して2020年にはの57.5〜91.9%を占め、日本でも渡航歴のない大阪の小児3例・鳥取の8株・沖縄のを要した乳児2例が報告されている。代替薬として十分な知見のある薬剤は無く、ST合剤の併用が検討されるが、ST合剤は・新生児・妊婦に禁忌である3
  • :感染者の咳嗽発症から21日以内なら、無症状の家庭内にもマクロライドを投与し発症を予防しうる2(特に重症化リスクの高い生後12か月未満、なかでも4か月未満の乳児への波及を防ぐ目的)
  • ワクチン:小児はDTaP(++抗原)、青年・成人はTdapとして追加接種する。かつての全菌体(死菌)ワクチンはが強く、現在は化した+抗原からなる無細胞性ワクチンに置き換わっている
  • ⭐ 米国では妊娠ごとにを27〜36週(なかでもこの期間の早い時期)に接種するのが現行の推奨で、接種歴を問わず毎回の妊娠で1回行う(この期間が望ましいというだけで、妊娠中のいつでも接種してよいとも付記されている)4。目的は母体の抗体を胎盤経由で移行させ、ワクチン未接種の生後数か月の乳児を受動免疫で守ることである
  • ⚠️ 「母体接種」と「」は別の戦略である。 母体接種は胎盤を介したで乳児自身を守る手立てで、は乳児に接する家族・へ接種して感染源を減らす手立てである。の妊婦への勧告はとして書かれてはいない4
  • ⚠️ 国による違い。 の母体接種はオーストラリアや欧米諸国の推奨で、日本のは生後2か月からの計4回で、その後の追加接種が設定されていない。日本小児科学会はとして就学前および11〜12歳(2種混合の代わり)での3種混合ワクチン接種を推奨している3

まとめ

  • はヒトのみを宿主とするの厳しいで、Bordet-Gengou/Regan-Lowe培地でのみ発育する。
  • 病原性は「線毛(FHA・PRN)による接着」→「4種類の毒素(・・・)によるな」の2段階でとらえる。はGiのADPで上昇との両方を起こす。
  • 臨床経過は(最も感染力が強い)→(特徴的な咳・whoop)→(100日咳)の順で進む。
  • ⚠️ に入ってからの抗菌薬は症状をほとんど短縮しないが、感染性の遮断という意義は残る。早期に開始できれば期間・重症度も軽減できる。生後1か月未満で推奨されるマクロライドはアジスロマイシンだけで、はとの関連、はこの月齢の有効性データ欠如という別々の理由で推奨されない。
  • 株が中国で優勢化し日本でも報告されており、代替薬の知見は乏しい(ST合剤の併用が検討される)。
  • 曝露後21日以内の家庭内へのマクロライド予防投与が重症化リスクの高い乳児を守る。
  • 予防の柱は/ワクチン。米国では妊娠ごとの27〜36週の接種でを乳児へ渡すのが標準だが、日本のには乳児期4回以降の追加接種が設定されていない。母体接種()と(周囲への接種)は別の戦略である。

出典

  1. 1.Pertussis: Microbiology, Disease, Treatment, and Prevention(Clinical Microbiology Reviews・2016)PMC版(PMC4861987)の本文で、気管毒素が細胞壁再構築の際に生じる**ペプチドグリカンの二糖-四ペプチド単量体(9.2 kDa)**であり、リポ多糖(内毒素)とは別の分子として列挙され、両者が相乗的にTNF-α・IL-1α・IL-1β・IL-6の産生を促し、一酸化窒素合成酵素を誘導し、線毛細胞を傷害すること、気管毒素が発作性咳嗽・吼え声の原因と仮説されていることを確認した。リポ多糖は「内毒素」として別項に置かれ、抗原性・アジュバント活性はあるが防御的でなく無細胞ワクチンの成分でもないとされている閲覧 2026-09-27
  2. 2.Recommended antimicrobial agents for the treatment and postexposure prophylaxis of pertussis: 2005 CDC Guidelines(Centers for Disease Control and Prevention(MMWR Recommendations and Reports 54(RR-14))・2005)潜伏期が平均7〜10日(範囲5〜21日)、カタル期が約1〜2週間で、カタル期および咳嗽発症後3週間が最も感染力が強いこと、感受性者への二次発病率が80%を超えること、発作性咳嗽が通常2〜6週間持続し回復期にも非発作性の咳が2〜6週間以上続くことを確認した。治療は生後1か月を超える患者でエリスロマイシン・クラリスロマイシン・アジスロマイシンのマクロライドが推奨され、生後1か月未満ではアジスロマイシンが推奨されエリスロマイシンとクラリスロマイシンは推奨されないこと、その理由が**別々**であること(エリスロマイシンは乳児肥厚性幽門狭窄症との関連が指摘されているため、クラリスロマイシンは生後1か月未満での有効性データが存在しないため)、生後1か月未満でもアジスロマイシンと肥厚性幽門狭窄症の関連はこれまで報告されていないことを確認した。曝露後予防は無症状の家庭内接触者に対して初発患者の咳嗽発症から21日以内に投与すると発症を防ぎうること、早期のマクロライド投与が症状の期間と重症度を軽減し感染性の期間を短縮することも確認した閲覧 2026-09-27
  3. 3.百日咳患者数の増加およびマクロライド耐性株の分離頻度増加について(日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会・2025)痙咳期の抗菌薬投与は症状の改善は乏しいが他者への感染を著明に低下させること、マクロライド耐性百日咳菌が2011年以降中国で増加し2020年には分離株の57.5〜91.9%を占め、日本でも渡航歴のない大阪の小児3例・鳥取の8株・沖縄の集中治療を要した乳児2例が報告されていること、耐性菌の代替薬として十分な知見のある薬剤はないがST合剤の併用が検討され、ST合剤は低出生体重児・新生児・妊婦に禁忌であることを確認した。日本の定期接種は生後2か月から計4回でその後の追加接種が設定されておらず、妊娠後期の母体への百日咳含有ワクチン接種は**オーストラリアや欧米諸国での推奨**として紹介されていることも確認した閲覧 2026-09-27
  4. 4.Use of Tetanus Toxoid, Reduced Diphtheria Toxoid, and Acellular Pertussis Vaccines: Updated Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices — United States, 2019(Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) / CDC, MMWR・2020)米国ACIPが妊婦に対しTdapを妊娠27〜36週に、なかでもこの期間の早い時期に接種することを推奨し、接種歴を問わず毎回の妊娠で1回接種するとしていることを確認した。本勧告にコクーニング(周囲の接触者への接種)の語は出てこない閲覧 2026-09-27