微生物学

微生物学 · 2/20

ボルデテラ属

Bordetella genus

微生物
Bordetella pertussis
疾患
百日咳
症状
チアノーゼ

🧠 百日咳の症状は「付着→複数毒素の相加攻撃」という2段構えで説明できる。 まず線毛性の(FHA=、PRN=)でに強固に張り付き、そこから4種類の毒素を同時に浴びせる。はの動きを止め()、・・がそれぞれ細胞機能・・組織を破壊する。1つの毒素ではなく複数毒素の重ね掛けであることが、百日咳が長期間(100日咳)にわたる重症疾患になる理由である。

形態・生化学的性状

Bordetella属の代表種はである。他に(百日咳に類似するがより軽症)、(主に動物病原体、免疫不全者に日和見感染)が知られるが、臨床的に重要なのはB. 百日咳である。

項目 内容
形態
培養性状 が厳しい(fastidious)——(血液・グリセリン・馬鈴薯を含む)が必要
線毛() への接着に働く
宿主 ヒトのみ(reservoir: humans)
伝播 飛沫感染(主に幼児から)、感染力が非常に強い

病原性因子

への接着と、そこから放出される4種類の毒素の2段階で・を起こす。

毒素 型・機序 効果
AB型毒素。GiタンパクをADP(アデノシン二リン酸, adenosine diphosphate, ADP)し不活化 Gi阻害→環状AMP(cyclic AMP, )上昇→分泌亢進/Giを介するも同時に無効化→(数の増加)
それ自体がとして働く 細胞内上昇
細胞壁ので生じるペプチドグリカンの-四ペプチド(9.2 kDa)1 線毛上皮を傷害しを障害。として・IL-1α・IL-1β・IL-6の産生を促し、を誘導する1
AB型毒素 平滑筋を収縮させ壊死を誘導

⚠️ は内毒素ではない。 名前に「毒素」が付き、しかも細胞壁由来なので内毒素と混同されやすいが、内毒素()は本菌では別個の因子として並んでおり、とがにを誘導するという関係にある1。はペプチドグリカンの分解産物であって、のほうは無細胞ワクチンの成分にも含まれない。

💡 がを起こす理由。 Giタンパクは本来、細胞内を抑制する働きと、を介した白血球の遊走シグナルの両方に関わる。がGiをADPして不活化すると、上昇による分泌亢進だけでなく、白血球が組織へ移動できなくなり血液中に留まる——これがとして現れる。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pertussis toxin'>百日咳毒素</span>(AB型)が細胞内へ"] --> B["Giタンパクを ADP <span class='jp-term jp-term-diagram' title='ribosylation'>リボシル化</span>し不活化"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cyclic adenosine monophosphate'>cAMP</span> 上昇(抑制の抑制)"]
  B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chemokine receptor'>ケモカイン受容体</span>も無効化"]
  C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='airway secretion'>気道分泌</span>亢進"]
  D --> F["白血球が組織へ遊走できず<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='peripheral lymphocytosis'>末梢血リンパ球増多</span>"]

臨床像:百日咳

発展途上国では死亡率が高い。4つの病期を経過する。

病期 期間 特徴
7〜10日 潜伏期
1〜2週間 普通の咳・——この時期が最も感染力が強い
2週間〜1ヶ月 特徴的な痙攣性の咳と吸気時の吼え声(小児)。ブドウ球菌やによるのが多い。脱力・嘔吐・チアノーゼ・疼痛・出血・脳炎を伴うことも
1〜3ヶ月 緩徐な回復——「100日咳」とも呼ばれる

診断

検査 内容
検体採取 プレートに直接咳き込ませる、または
培養 Bordet-Gengou寒天培地(10%血液・グリセリン・馬鈴薯)——湿潤環境で3〜7日
血清学的検査 抗原検出(、)
の——培養は発育に3〜7日を要して感度も低いため、現在の実務ではが日常診断の主体である2

💡 培養は「に取って代わられた」で終わらない。 感度が低く時間もかかる培養に代わってのが日常診断の中心になった一方、株のと欠損株のにはそのものが要るため、培養と菌株レベルの解析の価値はむしろ見直されている2。

治療

  • マクロライド系が生後1ヶ月以上の治療・発症予防()の第一選択——アジスロマイシン(1日1回・5日間の簡便な投与法)が最も広く用いられ、・も同等の効果を持つ
    • ⚠️ 生後1ヶ月未満の乳児では・は推奨されない(のリスク上昇と関連するため)——この年齢層ではアジスロマイシンが唯一の推奨薬
    • ⚠️ アジスロマイシンものリスクと無縁ではない。 米国軍医療システムの107万人規模のコホートでは、生後14日以内に経口アジスロマイシンを投与された乳児で8.26(95%信頼区間2.62〜26.0)、生後15〜42日でも2.98(1.24〜7.20)と上昇した。(同期間でそれぞれ13.3、4.10)より小さいというだけで「安全」ではなく、生後43〜90日になると両薬とも関連が消える3
    • :感染者の咳嗽発症から21日以内であれば、無症状の家庭内にもマクロライドを投与し発症を予防する(特に重症化リスクが高い生後12ヶ月未満、なかでも4ヶ月未満の乳児への波及を防ぐ目的)
    • ⚠️ 「マクロライドが第一選択」は地域の耐性状況に依存する。 中国ではこの10年で耐性(ERBP)が高頻度に報告され、マクロライドによるが失敗しうる状況になっている4。オーストラリアなどでも株の出現が報告されており、のの必要性が識されている2
  • DTPaワクチン:+破傷風+抗原の混合ワクチン
    • かつては全菌体(死菌)ワクチンが使われていたが、現在は化した+抗原からなる無細胞性ワクチンが小児に接種される
    • ⚠️ 無細胞ワクチン(aP)は全菌体ワクチン(wP)より防御が早く減衰する。 米国の接種スケジュールに沿った系統的レビュー・メタ回帰では、小児5回接種直後のは91%(95%信頼区間87〜95%)だが年9.6%ずつ低下し、思春期の6回目後も有効率85%(84〜86%)から年11.7%ずつ低下する5。1990年代後半にwPからaPへ切り替えた米国・オーストラリアで百日咳が再興し、さらにの後に欧州でも再流行したのは、この免疫の減衰と、現行ワクチンが発症は防いでも感染・伝播を止めきれないことが背景にある6
    • 減衰を前提に「乳児の周囲を固める」のが現在の戦略である。 思春期・成人へのに加え、妊娠中の母体接種が新生児を守る最も有効な手段で、生後3ヶ月未満の乳児の百日咳を85%(95%信頼区間78〜89%)減らし、児の重篤な有害事象は増やさない7。疾病負荷の中心が乳児から学童・成人へ移り、その年齢層が乳幼児への感染源になっているという疫学の変化がこの戦略の根拠である4

まとめ

  • Bordetella属の臨床的中心種はB. 百日咳()。で、発育にを要する。
  • 病原性は「線毛(FHA・PRN)によるへの接着」→「4種類の毒素(・・・)によるな」の2段階でとらえる。
  • はAB型でGiをADPし、上昇(分泌亢進)と阻害()の両方を起こす。
  • 臨床経過は→→(特徴的な咳・whoop、に注意)→(100日咳)の4病期。
  • 診断はでの培養と血清学的抗原検出だが、日常診断の主体はのに移っている(耐性・菌株解析にはなお分離培養が要る)。治療はマクロライド(地域により耐性株に注意)、予防はDTPaワクチン(化+抗原)。
  • aPはwPより防御の減衰が速く(5回接種後の有効率91%が年9.6%ずつ低下)、思春期・成人のと妊娠中の母体接種(乳児の百日咳を85%減)で乳児を守る戦略が採られている。

出典

  1. 1.Pertussis: Microbiology, Disease, Treatment, and Prevention(Clinical Microbiology Reviews・2016)PMC版(PMC4861987)の本文で確認した。気管毒素は「Disaccharide-tetrapeptide monomer of peptidoglycan (9.2 kDa)」=細胞壁再構築の際に生じるペプチドグリカンの二糖-四ペプチド単量体で、細胞外に放出される。作用は「acts synergistically with lipopolysaccharide toxin to stimulate production of pro-inflammatory cytokines (TNF-α, IL-1α, IL-1β, and IL-6), induces nitric oxide synthase for nitric oxide production, and damages ciliated cells」で、発作性咳嗽・吼え声の原因と仮説されている。⚠️ リポ多糖は同じ表の別項に「Endotoxin」として置かれており(抗原性・アジュバント活性はあるが防御的でなく無細胞ワクチンの成分でもない)、気管毒素とは別の因子である——したがって気管毒素を「内毒素の一種」と書くのは誤りである。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Bordetella pertussis: emerging epidemiology, diagnosis and management(Pathology (Royal College of Pathologists of Australasia)・2026)近年オーストラリアと世界各地で百日咳が流行規模で増加しており、マクロライド耐性株とパータクチン欠損株の出現を背景に、分子検査に加えて菌の分離培養・表現型および遺伝子型による感受性試験・分子タイピングの価値が見直されている。マクロライド耐性を検出し特徴づけるための診断法の改善が必要である。閲覧 2026-08-26
  3. 3.Azithromycin in early infancy and pyloric stenosis(Pediatrics (American Academy of Pediatrics)・2015)米軍医療システムの107万人規模の後方視的コホートで、生後14日以内の経口アジスロマイシン曝露は肥厚性幽門狭窄症の調整オッズ比8.26(95%信頼区間2.62〜26.0)、生後15〜42日では2.98(1.24〜7.20)と上昇した。エリスロマイシンでは同期間でそれぞれ13.3(6.80〜25.9)、4.10(1.69〜9.91)であった。生後43〜90日の曝露では両薬とも関連が認められなかった。閲覧 2026-08-26
  4. 4.Expert consensus for pertussis in children: new concepts in diagnosis and treatment(World Journal of Pediatrics・2024)百日咳の再興は診断・検査体制の向上、接種後免疫の減衰、菌の遺伝子変異などの複合要因による。疾病負荷の中心は乳児から学童・成人へ移り、これらの年齢層が乳幼児への感染源になっている。中国ではこの10年でエリスロマイシン耐性百日咳菌(ERBP)が高頻度に報告され、マクロライドによる経験的治療が失敗しうる。閲覧 2026-08-26
  5. 5.Acellular pertussis vaccines effectiveness over time: A systematic review, meta-analysis and modeling study(PLOS ONE・2018)米国の接種スケジュールに沿った系統的レビューとメタ回帰で、無細胞百日咳ワクチン(aP)5回接種直後の絶対的ワクチン有効率は91%(95%信頼区間87〜95%)で年9.6%ずつ低下し、思春期の6回目ブースター後の絶対的有効率は85%(95%信頼区間84〜86%)で年11.7%(11.1〜12.3%)ずつ低下する。観察研究が報告してきたブースター後の有効率は絶対値ではなく相対値であった。閲覧 2026-08-26
  6. 6.Pertussis before, during and after Covid-19(EMBO Molecular Medicine・2025)百日咳は新型コロナウイルス感染症のパンデミック後に欧州をはじめ世界で再興し、パンデミック前から全菌体ワクチン(wP)を無細胞ワクチン(aP)に置き換えた国で増加していた。要因として菌のワクチン誘導免疫からの逃避、接種後の免疫の急速な減衰、現行ワクチンが感染と伝播を防げないことが挙げられる。最も有効な対策は新生児の重症・致死型を防ぐための妊娠中の母体接種である。閲覧 2026-08-26
  7. 7.Efficacy, Immunogenicity, and Safety of Pertussis Vaccine During Pregnancy: A Meta-Analysis(Vaccines (MDPI)・2025)ランダム化比較試験7件と症例対照研究10件のメタアナリシスで、妊娠中のTdap接種は生後3ヶ月未満の乳児の百日咳に対して85%(95%信頼区間78〜89%)のワクチン有効率を示した。臍帯血の抗百日咳毒素・抗パータクチン・抗線維状赤血球凝集素IgGはいずれも有意に高く、児の重篤な有害事象は増加しなかった(相対危険度0.76、95%信頼区間0.46〜1.2)。閲覧 2026-08-26