発生学

発生学 · 18.2

耳:中耳

Ear — Middle ear

応用トピック
耳の疾患小児の耳疾患

🧠 中耳は、第1由来の・耳管系と、咽頭弓間葉由来の耳小骨・筋、外胚葉・内胚葉・間葉が接する鼓膜を統合して形成する。 「・は主に第1弓、は主に第2弓」という対応を、咽頭弓対応表(16-1-pharyngeal-branchial-apparatus)の骨格にしつつ、中耳全体はとの複合構造であると理解する。1

鼓室と耳管の形成

第1(16-1-pharyngeal-branchial-apparatus)が外側方向へ伸長してとなり、その近位部が耳管、がになる。耳管の上皮は内胚葉由来ので、とが協働して粘液に異物・病原体を捕らえ、上咽頭側へ運び出す。1

💡 は「内胚葉の袋がそのまま膨らんだ空間」ではなく、いったん間葉で埋まってからしてできる。 マウスではの遠位端が破れ、周囲の神経堤由来間葉が流入して将来のを埋める。耳小骨が軟骨形成を進めるあいだ、内胚葉性の上皮は鼓膜の内側面との腹側だけを覆う1層として存在する。やがてこの間葉が退縮していき、腹側(・)が先に空いて、耳小骨のあるが最後になる。1 退縮は出生直後に始まり、マウスでは生後14日ごろに完了して聴覚の開始時期と一致する。2 ⚠️ この一連の過程が示されているのはマウスであり、総説自身が「臨床的に意味を持たせるにはヒト胎児組織で確認する必要がある」と書いている。1

⚠️ 上皮の由来は「全部が内胚葉」と言い切れない——マウスとヒトでが割れている。 マウスの追跡では、成体のを覆う上皮はWnt1陽性、すなわち神経堤由来であり、流入した間葉が上皮へ転換()して生じたものとされる。一方、ヒト胎児標本の的検討は全体を内胚葉由来とするが、その解析はのが起こる前の時期に行われている、と総説は指摘している。3 由来の議論とは別に、耳管に近い部位は・に富む、遠い部位は線毛ももないという形態の差があり、この差はヒト・・・マウスに共通して観察される。1 「の上皮=第1の内胚葉」は耳管側については確かだが、については種と手法でが分かれる論点として覚える。

💡 がうまくいかないと中耳炎になる。 マウスでは中耳を包む骨性の殻が小さい個体で間葉の除去が不完全になりやすく、のモデルであるTcof1変異マウスでは、小さな殻・間葉の残存・高頻度の中耳炎が同時にみられると報告されている。2 中耳のは「もともと空いている空間」ではなく発生の最終段階で獲得されるものだという見方が、など頭蓋顔面形成異常に伴う・反復性中耳炎(18-4-clinical)の理解につながる。

耳小骨の由来

の中にある3つの耳小骨(・・)は、第1弓・第2弓の由来の間葉が作った軟骨がして生じる。学習上は第1弓と第2弓に対応づけられるが、各骨の全構成要素が単一の弓だけに由来すると考えない。1

flowchart TD
  A["第1咽頭弓の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neural crest'>神経堤</span><br>Meckel軟骨"]
  A --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='malleus'>ツチ骨</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='incus'>キヌタ骨</span>"]
  C["第2咽頭弓の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neural crest'>神経堤</span><br>Reichert軟骨"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stapes'>アブミ骨</span>の頭部・脚・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='floor plate'>底板</span>の内側"]
  E["中胚葉"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stapes footplate'>アブミ骨底板</span>の外側・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='annular ligament'>輪状靱帯</span>"]
  D --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oval window'>前庭窓</span>にはまり込む<span class='jp-term jp-term-diagram' title='floor plate'>底板</span>"]
  F --> G
耳小骨 由来する咽頭弓軟骨 の但し書き
第1弓(Meckel軟骨) Meckel軟骨の尾側端が分かれて生じる。マウスではの小さな突起にだけ第2弓のが寄与すると報告されているが、その突起はヒトには存在しない
第1弓(Meckel軟骨) との分離はアポトーシスではなく、軟骨マーカーの低下と関節マーカーGdf5の発現によって進む
第2弓(Reichert軟骨の端) だけが二重由来。頭部・脚・の内側は第2弓の、の外側は中胚葉

⚠️ を「第2弓由来」で片付けない。 にはまり込むは、内側が第2弓の、外側が中胚葉という複合構造である。を取り囲むも中胚葉性で、その先にある(内耳のを支え、中耳のを成す骨性の殻)も近傍のごく一部を除いて中胚葉由来である。神経堤由来の部分が無いと中胚葉性のも形成されないことがマウスで示されており、両者の統合は厳密に制御されている。1 この境界は臨床的にも意味があり、は側の異常なが前方から始まってをさせ、を来す。

⭐ 「・=第1弓、=第2弓」という対応は、咽頭弓由来の脳神経支配(第1弓=三叉神経、第2弓=顔面神経)とも一致する——(顔面神経支配)がに付着するのは、両者がともに第2弓に属するから、という一貫した論理で覚えられる。

耳小骨を動かす筋は、骨とは違って弓の中胚葉性コアに由来する。は第1弓の中胚葉から生じて三叉神経()に支配され、の筋体は第2弓の中胚葉から生じて顔面神経に支配される。1

💡 同じ弓の中でも、骨格は、筋は中胚葉性コアと胚葉が違う。それでも支配神経が骨と筋で揃うのは、由来する胚葉ではなく所属する弓が神経支配を決めているからである。「第2弓由来だから顔面神経」は正しいが、「同じ細胞からできたから」ではない。

鼓膜

鼓膜は3層構造で、それぞれ異なる胚葉に由来する。第1咽頭溝の領域から陥入してきた外胚葉と第1の内胚葉が出会い、あいだに神経堤由来の間葉を挟み込んで3層の膜になる、というのが現在も使われている記述である。4

層 組織 由来
表皮層 (第1咽頭溝由来、18-3-external-ear)
中間層 線維性の(血管・神経を含む) 咽頭弓間葉(神経堤由来)
内胚葉(第1由来)

💡 鼓膜は外側の外胚葉性上皮、内側の内胚葉性上皮、その間の咽頭弓間葉から構成される。したがって「外・中・内の3層」は便利だが、中間層を一律に中胚葉とみなさず、上皮と間葉の相互作用で形成される構造と捉える。5

⭐ の鼓膜は1枚の均一な膜ではなく、との2部からなる(非の鼓膜は単一の張った膜である)。が入り込んで音を伝えるのはで、耳小骨の上方に張るには圧の平衡の役割が示唆されている。⚠️ がより薄いというのはよくある誤解で、実際は弾性に富むぶんむしろ厚い。 違いは厚さではなくの構造にあり、は放射状・輪状の線維が規則的に走るのに対し、は疎な弾性コラーゲンで規則的な配列を欠く。でも後上はに似た疎なをもつ。こうした構造の差が鼓膜病変の分布に対応する。4 ・辺縁性の病変がを伴いやすいのは、この延長にある。

まとめ

  • 第1がとなり、近位部が耳管、がになる。耳管の上皮は内胚葉由来で・に富む。
  • マウスでは、は袋が膨らんでできるのではなく、いったん神経堤由来の間葉で埋まってからする。生後14日ごろに完了し、うまくいかないと間葉が残って中耳炎につながる。ヒト胎児組織での確認は今後の課題だと総説自身が述べている。
  • 上皮の由来はが割れている。マウスの追跡ではの上皮が神経堤由来(による)とされ、ヒト胎児標本の検討は全体を内胚葉由来とするが、その解析はの前の時期のものである。
  • 耳小骨は・が第1弓(Meckel軟骨)、が第2弓(Reichert軟骨)の神経堤由来で、それぞれ三叉神経・顔面神経支配の筋(・)と対応する。ただし筋は同じ弓の中胚葉性コア由来で、骨とは胚葉が違う。
  • だけは二重由来で、内側が第2弓の、外側が中胚葉。は中胚葉性、も近傍のごく一部を除いて中胚葉由来である。
  • 鼓膜は(表皮層・外胚葉)・中間層(・咽頭弓間葉)・(・内胚葉)の3層構造で、外耳と中耳の境界に位置する。とではの構造が異なり、は薄いのではなく厚い。

出典

  1. 1.The development of the mammalian outer and middle ear(Journal of Anatomy・2016)PMC4718165の全文を閲覧。耳小骨は第1・第2咽頭弓の神経堤から軟骨内骨化で形成され、ツチ骨とキヌタ骨は主に第1弓の神経堤由来でMeckel軟骨の尾側端が分かれて生じること(分離はアポトーシスではなく軟骨マーカーの低下と関節マーカーGdf5の発現による)、第2弓の神経堤がツチ骨へ寄与するのはマウスの小突起のみでその突起はヒトに存在しないこと、アブミ骨はReichert軟骨の吻側端に由来し頭部・脚・底板の内側は第2弓の神経堤、底板の外側は中胚葉という二重由来であること、輪状靱帯は中胚葉性で耳包は前庭窓近傍のごく一部を除き中胚葉由来であること、神経堤由来の底板が無いと中胚葉性の底板も形成されないこと、鼓室の粘膜上皮は二重由来であり耳管に近い部位は線毛細胞と杯細胞に富む多列上皮・遠い部位は線毛も杯細胞もない単層上皮で同じ差がヒト・モルモット・ラット・マウスで観察されること、耳管は第1咽頭嚢近位部(管鼓陥凹)から生じ内胚葉性の上皮に覆われること、管鼓陥凹は遠位端付近で破れて周囲の神経堤細胞に満たされ耳小骨の軟骨形成期には内胚葉上皮が鼓膜内側面と将来の鼓室の腹側だけを1層で覆うこと、間葉の除去は腹側(下鼓室・中鼓室)から先に進み耳小骨周囲の上鼓室が最後になること(最も背側からの除去は総説が未発表所見として記す)、この空洞化はマウスで示されたものでヒトで臨床的に意味を持たせるにはヒト胎児組織での確認が必要だと総説自身が述べていること、鼓膜張筋は第1弓の中胚葉性コア由来で三叉神経下顎神経支配・アブミ骨筋の筋体は第2弓の中胚葉性コア由来で顔面神経支配であることを確認した閲覧 2026-09-07
  2. 2.Major evolutionary transitions and innovations: the tympanic middle ear(Philosophical Transactions of the Royal Society B・2017)PMC5182415の全文を閲覧。鼓室の空洞化は内胚葉が破れて周囲の神経堤由来間葉が流入し、その間葉が後退したのち上皮へ転換するという順序で進むこと、マウスでは出生直後に始まり生後14日ごろに終わって聴覚の開始と一致すること、中耳を包む骨性の殻が小さいマウスでは間葉の除去が不完全になりやすく、Treacher Collins症候群モデルであるTcof1変異マウスでは小さな殻・間葉の残存・高頻度の中耳炎が同時にみられると報告されていることを述べる閲覧 2026-09-07
  3. 3.Craniofacial transitions: the role of EMT and MET during head development(Development・2021)中耳の節で「More recent lineage-tracing studies show that neural crest-derived cells (Wnt1cre-positive) line the attic region of the middle ear in the adult」「For this to happen, these neural crest cells must undergo MET during cavitation, which begins in early postnatal development in the mouse」と述べ、ヒトについては「Studies of human foetal samples suggest an endodermal only-derived lining for the whole cavity, but these analyses were performed before cavitation of the attic」として、ヒト胎児標本の解析が上鼓室の空洞化より前の時期に行われている点を指摘する閲覧 2026-09-07
  4. 4.Developmental aspects of the tympanic membrane: Shedding light on function and disease(genesis・2020)PMC7154630の全文を閲覧。鼓膜が外側の表皮層・中間の線維性固有層(血管と神経を含む)・内側の粘膜上皮の3層からなること、第1咽頭溝の領域から陥入する外胚葉と第1咽頭嚢の内胚葉が出会い神経堤由来の間葉を挟んで3層の膜になると現在も記述されるが弛緩部の形成機序は未解明であること、哺乳類の鼓膜は上方の弛緩部と下方の緊張部の2部からなり非哺乳類の鼓膜は単一の張った膜であること、緊張部にはツチ骨柄が入り音を伝え弛緩部には圧の平衡の役割が示唆されていること、弛緩部が緊張部より薄いというのはよくある誤解で実際は弾性に富むぶん厚いこと、緊張部の固有層は放射状・輪状の線維が規則的に走るのに対し弛緩部は疎な弾性コラーゲンで規則的配列を欠き緊張部でも後上象限は弛緩部に似た構造をもつこと、これらの構造差が鼓膜病変の分布に対応することを述べる閲覧 2026-09-07
  5. 5.Developmental mechanisms of the tympanic membrane in mammals and non-mammalian amniotes(Congenital Anomalies・2016)鼓膜は外胚葉、内胚葉、間葉から形成され、上皮と間葉の相互作用を必要とする閲覧 2026-08-22