組織学 · 9.5
消化管:小腸
Digestive tract — Small intestine
🧠 小腸は「絨毛(吸収の場)」と「陰窩(供給の場)」のペアで機能する、と覚える。 絨毛の表面は成熟した吸収上皮細胞 enterocyte 吸収上皮細胞(enterocyte) enterocyte(吸収上皮細胞) が並んで栄養を吸収し、絨毛の根元にある陰窩(クリプトcryptクリプト(crypt)crypt(クリプト))では幹細胞が分裂して新しい細胞を供給し続ける——「絨毛で使われ、陰窩で作られる」という上下のサイクルが小腸粘膜 small intestinal mucosa 小腸粘膜(small intestinal mucosa) small intestinal mucosa(小腸粘膜) の基本単位。十二指腸・空腸・回腸の違いは、この基本単位に何が付加されるか(腺・リンパ組織)で決まる。
絨毛と陰窩
小腸粘膜small intestinal mucosa 小腸粘膜(small intestinal mucosa)small intestinal mucosa(小腸粘膜) は輪状ヒダ plicae circulares 輪状ヒダ(plicae circulares) plicae circulares(輪状ヒダ) (09-1-general-plan)の表面にさらに指状の絨毛が密生し、絨毛の間には腸腺(crypts of Lieberkühn)という単純管状 tubular 管状(tubular) tubular(管状) 腺が開口する。
flowchart TD
A["腸腺(陰窩)底部:Lgr5陽性の陰窩基部円柱細胞(幹細胞)が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Paneth cells'>パネート細胞</span>の間に挟まって並ぶ"]
A --> B["腸腺中部〜絨毛基部:増殖帯、分化しながら上方へ移動"]
B --> C["絨毛表面:成熟した<span class='jp-term jp-term-diagram' title='enterocyte'>吸収上皮細胞</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='goblet cell'>杯細胞</span>として機能"]
C --> D["絨毛先端から脱落(アポトーシス)"]
小腸上皮を構成する細胞
| 細胞 | 主な位置 | 機能 |
|---|---|---|
| 吸収上皮細胞enterocyte吸収上皮細胞(enterocyte)enterocyte(吸収上皮細胞) | 絨毛表面 | 微絨毛microvilli 微絨毛(microvilli)microvilli(微絨毛) (刷子縁brush border刷子縁(brush border)brush border(刷子縁), 02-2-apical-specializations)による栄養吸収、最多の細胞 |
| 杯細胞goblet cell杯細胞(goblet cell)goblet cell(杯細胞) | 絨毛・陰窩 | 粘液(ムチンmucinsムチン(mucins)mucins(ムチン))分泌(02-5-glandsの離出分泌 apocrine 離出分泌(apocrine) apocrine(離出分泌) に近い漏出分泌 merocrine漏出分泌(merocrine) merocrine(漏出分泌)) |
| パネート細胞Paneth cellsパネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) | 陰窩底部 | 好酸性顆粒に抗菌ペプチド antimicrobial peptide 抗菌ペプチド(antimicrobial peptide) antimicrobial peptide(抗菌ペプチド) (ディフェンシンdefensin ディフェンシン(defensin)defensin(ディフェンシン) など)・リゾチームlysozyme リゾチーム(lysozyme)lysozyme(リゾチーム) を含み、腸内細菌叢gut microbiota 腸内細菌叢(gut microbiota)gut microbiota(腸内細菌叢) を制御。同時に幹細胞ニッチ niche ニッチ(niche) niche(ニッチ) のシグナル源でもある(下記)1 |
| 幹細胞 | 陰窩底部(パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) の間) | Lgr5陽性の陰窩基部円柱細胞。分裂を続け、全ての上皮細胞系列を供給する2 |
| タフト細胞 | 絨毛・陰窩にごく少数 | 味覚受容と同じ化学感覚の仕組みで管腔を監視し、IL-25を出して2型免疫(抗寄生虫応答)の起点になる3 |
| M細胞M cellM細胞(M cell)M cell(M細胞) | パイエル板Peyer patch パイエル板(Peyer patch)Peyer patch(パイエル板) を覆う上皮 | 管腔内intraluminal 管腔内(intraluminal)intraluminal(管腔内) の抗原を取り込みリンパ組織へ受け渡す(07-5-malt-tonsils)。分化にはリンパ組織側からのRANKLが必須4 |
| 内分泌細胞enteroendocrine cells内分泌細胞(enteroendocrine cells)enteroendocrine cells(内分泌細胞) | 絨毛・陰窩に散在 | セクレチンsecretinセクレチン(secretin)secretin(セクレチン)・コレシストキニンCCK, cholecystokinin コレシストキニン(CCK, cholecystokinin)CCK, cholecystokinin(コレシストキニン) などのホルモンを分泌(13-5-diffuse-endocrine) |
⭐ パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) が陰窩底部に限局し、幹細胞のすぐ近くに存在するのは偶然 chance 偶然(chance) chance(偶然) ではなく、抗菌物質の分泌により幹細胞ニッチ niche ニッチ(niche) niche(ニッチ) (幹細胞が存在する微小環境)を細菌感染から守るという役割を反映している——「なぜパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) だけが絨毛表面ではなく陰窩の最深部にいるのか」という問いへの機能的な答え。
⚠️ ただし「パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) =抗菌の傘」だけでは足りない。パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) は幹細胞ニッチ niche ニッチ(niche) niche(ニッチ) を守っているのではなく、ニッチniche ニッチ(niche)niche(ニッチ) そのものを構成している。 Lgr5陽性幹細胞は陰窩底部でパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) の間に挟まって並んでおり、CD24陽性のパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) は幹細胞維持に必須のシグナル——EGF・TGF-α・Wnt3・Notchリガンドのdll4——をすべて発現している。選別した幹細胞にパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) を足すとオルガノイド organoid オルガノイド(organoid) organoid(オルガノイド) 形成が著明に改善し、この要求は外因性Wntのパルスで代替できる。決定的なのは、生体内in vivo 生体内(in vivo)in vivo(生体内) でパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) を遺伝学的に除去するとLgr5幹細胞も一緒に失われるという点である1。古い「抗菌による保護」という説明は間違いではないが、ニッチniche ニッチ(niche)niche(ニッチ) シグナルの供給という役割のほうが本質的である。
💡 幹細胞の位置は「+4」から「陰窩基部」へ改訂された。 かつては陰窩の幹細胞はパネート細胞 Paneth cells パネート細胞(Paneth cells) Paneth cells(パネート細胞) のすぐ上の+4の位置に4〜6個あると考えられ、大腸の幹細胞は未同定だった。Lgr5をマーカーとしたノックイン knock-in ノックイン(knock-in) knock-in(ノックイン) 系統の解析で、Lgr5は陰窩基部で分裂している円柱細胞(陰窩基部円柱細胞)だけに発現することが分かり、成体マウスの系譜 lineage 系譜(lineage) lineage(系譜) 追跡でこの細胞が60日にわたり上皮の全系列を生み出すことが示された2。+4という古い座標も文献では今も出てくるので、「+4に予備的な細胞集団を置く考え方」と「基部のLgr5陽性細胞が実際の作業幹細胞」という二層 epiblast/hypoblast 二層(epiblast/hypoblast) epiblast/hypoblast(二層) で覚えるとよい。
💡 上皮は4〜5日で総入れ替えになる5。陰窩底部で生まれた細胞が絨毛先端まで上がってアポトーシスで脱落するまでが数日という速さで、これが腸上皮 intestinal epithelium 腸上皮(intestinal epithelium) intestinal epithelium(腸上皮) を成体で最も速く自己複製する組織にしている。放射線・抗癌薬anticancer drug 抗癌薬(anticancer drug)anticancer drug(抗癌薬) の障害が真っ先に腸に出るのも、逆にオルガノイド organoid オルガノイド(organoid) organoid(オルガノイド) 培養で腸が扱いやすいのも、この回転の速さから来る。
💡 タフト細胞とM細胞 M cell M細胞(M cell) M cell(M細胞) は「上皮が免疫の入口になっている」2つの例。 タフト細胞は味覚受容体と同じ化学感覚の装置(TRPM5など)で管腔を監視し、原虫・蠕虫を感知するとIL-25を放出して2型自然リンパ球 type 2 innate lymphoid cell (ILC2) 2型自然リンパ球(type 2 innate lymphoid cell (ILC2)) type 2 innate lymphoid cell (ILC2)(2型自然リンパ球) にIL-13IL-13(interleukin-13)を出させ、杯細胞goblet cell 杯細胞(goblet cell)goblet cell(杯細胞) 過形成・好酸球浸潤eosinophilic infiltration好酸球浸潤(eosinophilic infiltration)eosinophilic infiltration(好酸球浸潤)・タフト細胞自身の増加という2型免疫の一連の反応を起動する。TRPM5を欠損させるとこの連鎖がまるごと起こらなくなる3。M細胞M cell M細胞(M cell)M cell(M細胞) のほうは分化そのものが免疫側に握られており、パイエル板Peyer patch パイエル板(Peyer patch)Peyer patch(パイエル板) ドーム dome ドーム(dome) dome(ドーム) の上皮下間質細胞 stromal cell 間質細胞(stromal cell) stromal cell(間質細胞) が出すRANKLが供給されなければ作られない——RANKL欠損マウスのパイエル板 Peyer patch パイエル板(Peyer patch) Peyer patch(パイエル板) M細胞 M cell M細胞(M cell) M cell(M細胞) は野生型の2%未満で、成体で抗体によりRANKLを中和しても大半が消える。逆にRANKLを全身投与すると小腸の全絨毛上にM細胞 M cell M細胞(M cell) M cell(M細胞) が誘導される4。
十二指腸・空腸・回腸の鑑別
| 部位 | 特徴的な構造 |
|---|---|
| 十二指腸 | 粘膜下層submucosa 粘膜下層(submucosa)submucosa(粘膜下層) にブルンネル腺Brunner glandsブルンネル腺(Brunner glands)Brunner glands(ブルンネル腺):アルカリ性粘液を分泌し胃酸を中和 |
| 空腸 | 特徴的な付加構造に乏しい、輪状ヒダplicae circulares輪状ヒダ(plicae circulares)plicae circulares(輪状ヒダ)・絨毛が最も高く発達 |
| 回腸 | 固有層lamina propria 固有層(lamina propria)lamina propria(固有層) 〜粘膜下層 submucosa 粘膜下層(submucosa) submucosa(粘膜下層) にパイエル板Peyer patchパイエル板(Peyer patch)Peyer patch(パイエル板)が集簇 aggregation/clustering (histological, e.g. lymphocytic aggregates) 集簇(aggregation/clustering (histological, e.g. lymphocytic aggregates)) aggregation/clustering (histological, e.g. lymphocytic aggregates)(集簇) (07-5-malt-tonsils) |
💡 ブルンネル腺Brunner glands ブルンネル腺(Brunner glands)Brunner glands(ブルンネル腺) (十二指腸)とパイエル板 Peyer patch パイエル板(Peyer patch) Peyer patch(パイエル板) (回腸)はそれぞれ小腸の始まりと終わりを示す組織学的な「目印」——十二指腸は胃から出たばかりの強酸性の内容物を中和する必要があるためブルンネル腺 Brunner glands ブルンネル腺(Brunner glands) Brunner glands(ブルンネル腺) が発達し、回腸は大腸に近く腸内細菌叢 gut microbiota 腸内細菌叢(gut microbiota) gut microbiota(腸内細菌叢) との接点が増えるためリンパ組織(パイエル板Peyer patchパイエル板(Peyer patch)Peyer patch(パイエル板))が発達する、という部位ごとの機能的要求の違いとして理解できる。
まとめ
- 小腸粘膜small intestinal mucosa 小腸粘膜(small intestinal mucosa)small intestinal mucosa(小腸粘膜) は絨毛(吸収の場)と陰窩(幹細胞による供給の場)のペアを基本単位とする。
- 吸収上皮細胞enterocyte吸収上皮細胞(enterocyte)enterocyte(吸収上皮細胞)・杯細胞goblet cell杯細胞(goblet cell)goblet cell(杯細胞)・パネート細胞Paneth cellsパネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞)・幹細胞・タフト細胞・M細胞M cellM細胞(M cell)M cell(M細胞)・内分泌細胞enteroendocrine cells 内分泌細胞(enteroendocrine cells)enteroendocrine cells(内分泌細胞) がそれぞれ異なる役割を担う。
- 幹細胞は陰窩基部のLgr5陽性円柱細胞で、パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) の間に挟まって並ぶ。上皮全体は4〜5日で入れ替わる。
- パネート細胞Paneth cells パネート細胞(Paneth cells)Paneth cells(パネート細胞) は抗菌物質で陰窩を守るだけでなく、EGF・TGF-α・Wnt3・dll4を供給して幹細胞ニッチ niche ニッチ(niche) niche(ニッチ) そのものを構成する(除去すると幹細胞も失われる)。
- タフト細胞はIL-25を出して2型免疫の起点となり、M細胞M cell M細胞(M cell)M cell(M細胞) は間質由来のRANKLによって分化が決まる。
- 十二指腸はブルンネル腺 Brunner glands ブルンネル腺(Brunner glands) Brunner glands(ブルンネル腺) (胃酸の中和)、回腸はパイエル板 Peyer patch パイエル板(Peyer patch) Peyer patch(パイエル板) (免疫監視immune surveillance免疫監視(immune surveillance)immune surveillance(免疫監視))という特徴的な付加構造をもつ。
出典
- 1.Paneth cells constitute the niche for Lgr5 stem cells in intestinal crypts(Nature・2011)Lgr5陽性幹細胞は陰窩底部で終末分化したパネート細胞の間に挟まって存在する。CD24陽性のパネート細胞はEGF・TGF-α・Wnt3・Notchリガンドのdll4という幹細胞維持に必須のシグナルをすべて発現し、選別した幹細胞とパネート細胞の共培養はオルガノイド形成を著明に改善する。この要求は外因性Wntのパルス投与で代替できる。生体内でパネート細胞を遺伝学的に除去するとLgr5幹細胞も同時に失われる。大腸陰窩ではLgr5幹細胞の間にあるCD24陽性細胞がパネート細胞の等価物である可能性がある閲覧 2026-08-24
- 2.Identification of stem cells in small intestine and colon by marker gene Lgr5(Nature・2007)それまでは陰窩の幹細胞はパネート細胞のすぐ上の+4の位置に4〜6個あると考えられ、大腸の幹細胞は未同定だった。Lgr5のノックイン対立遺伝子2種を用いた解析で、Lgr5は陰窩基部の分裂中の円柱細胞(crypt base columnar cell)だけに発現することが示された。誘導性Cre-lacZ系統による成体マウスの系譜追跡で、Lgr5陽性の陰窩基部円柱細胞は60日間にわたり上皮の全系列を生み出し、小腸と大腸の幹細胞であることが示された閲覧 2026-08-24
- 3.Tuft cells, taste-chemosensory cells, orchestrate parasite type 2 immunity in the gut(Science・2016)タフト細胞は味覚受容と同じ化学感覚の仕組みをもつ腸上皮細胞で、原虫・蠕虫の定着や感染で増加する。TRPM5を欠損させて化学感覚シグナルを断つと、寄生虫定着時のタフト細胞・杯細胞・好酸球・2型自然リンパ球の増加がいずれも起こらなくなる。タフト細胞は寄生虫誘導性サイトカインIL-25の主要な供給源であり、自然リンパ球にIL-13を産生させることで間接的に自らの増殖も誘導する閲覧 2026-08-24
- 4.RANKL is necessary and sufficient to initiate development of antigen-sampling M cells in the intestinal epithelium(The Journal of Immunology・2009)RANKLはパイエル板ドームの上皮下間質細胞が選択的に発現する。RANKL欠損マウスのパイエル板M細胞は野生型の2%未満で、200 nm蛍光ビーズの取り込みも著明に低下する。成体野生型マウスで抗体によりRANKLを中和しても大半のM細胞が消失し、外因性RANKLの全身投与で欠損が是正される。RANKL投与は小腸の全絨毛上に絨毛M細胞を誘導し、それらはSalmonella・Yersinia・ビーズを盛んに取り込む。RANK受容体は小腸全域の上皮細胞に発現しており、RANKLの供給量がM細胞分化を決める決定因子である閲覧 2026-08-24
- 5.Stem cells, self-renewal, and differentiation in the intestinal epithelium(Annual Review of Physiology・2009)哺乳類の腸は1層の上皮に覆われ、その上皮は4〜5日ごとに入れ替わる。腸は増殖性の陰窩(腸幹細胞を含む)と分化した特殊化細胞を含む絨毛からなる閲覧 2026-08-24