組織病理学

組織病理学 · H1-026

心筋肥大と慢性虚血性心疾患(HE染色)

Myocardial hypertrophy and chronic ischemic heart disease

描出疾患
慢性冠症候群(安定狭心症)

🧠 全体像:の心筋では、過去のを置き換える淡いと、その周囲で負荷を担う肥大を読む。高倍率では大型で箱型の核をもつ、褐色の、小細動脈の硝子様壁肥厚を区別する。

標本の要点

項目 所見
臓器 心筋
染色 ・染色(hematoxylin and eosin stain:HE)
肥大と慢性虚血後の置換性線維化
増大、質、大型で箱型の核
瘢痕 心筋束を置き換える淡い性組織
色素 核周囲に黄褐色の
血管 小動脈・細動脈壁の均質な硝子様肥厚と

病変が組み合わさる機序

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chronic'>慢性的</span>な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='coronary blood flow'>冠血流</span>不足・反復虚血"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiomyocyte injury'>心筋細胞傷害</span>・壊死"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='necrotic myocardium'>壊死心筋</span>を置換する<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fibrous scar (fibrotic scar)'>線維性瘢痕</span>"]
    C --> D["残存心筋への力学的負荷が増加"]
    D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiomyocyte (cardiac myocyte)'>心筋細胞</span>が肥大"]
    A --> F["反復する<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oxidative stress'>酸化ストレス</span>・細胞内成分の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='turnover'>代謝回転</span>"]
    F --> G["核周囲に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lipofuscin'>リポフスチン</span>が蓄積"]

は分裂による細胞数増加が乏しいため、負荷に対して主に細胞サイズを増やす肥大で適応する。炭素14年代測定による検討では、ヒトの入れ替わりは25歳で年1%、75歳で年0.45%にとどまり、生涯で入れ替わるのは50%未満である1。はゼロではないが、この速度では失われた心筋を補って瘢痕を置き換えるには足りない。ただし、はに特異的ではなく、高血圧や弁膜症などの圧・でも生じる。

観察の順序

低倍率

  1. 心筋全体の染色性と構築を見て、淡く均質な線維性領域を探す。
  2. 瘢痕が過去のを置き換え、残存心筋束を分断していることを確認する。
  3. 瘢痕周囲のが太く見えるかを正常に近い部位と比較する。
  4. 小血管の分布と壁肥厚を確認する。

高倍率

所見 読み方
肥大 細胞が増し、好酸性の細胞質と大型・過染性で箱型の核を示す
が失われ、淡いと線維芽細胞が主体となる
小細動脈壁が均質・好酸性に肥厚し、内腔が狭くなる
の核近傍にある微細な黄褐色顆粒
残存心筋 瘢痕内または周囲に島状に残り、肥大して負荷を担う

リポフスチンの意味

は、などの酸化とオートファジー後に残る消化困難なで、「性色素」とも呼ばれ、加齢や慢性の細胞ストレスで増える。培養した新生仔では、量が細胞ごとに大きくばらつき、(内膜電位の低下)やの産生量と正に相関した。著者らは、不完全なオートファジーとそれに続くリソソーム分解が両者に共通する機序である可能性が高いと推論している2。

💡 褐色顆粒を見たら、位置と鉄染色を意識する。は核周囲にに分布するのに対し、は鉄を含みPrussian blue染色で陽性となる。

血管病変の区別

病変 主な血管 病理像
冠動脈症 の中〜大型冠動脈 内膜に脂質壊死性核心とをもつ
心筋内の小動脈・細動脈 壁全体の均質な硝子様肥厚と

⚠️ 冠動脈症とは同じ病変ではない。後者は高血圧、糖尿病、加齢などに関連する変である。

鑑別

病変 鑑別点
びまん性のとが中心で、虚血後の局在性置換瘢痕とは分布が異なる。剖検定量では線維化面積率2.6%(正常1.1%)と穏やかで、中隔とで差がなく心重量と相関する3
肥大に加えて錯綜配列と小血管変化を示し、臨床・遺伝学的背景が異なる。線維化面積率10.5%と多く、中隔優位(13.1%)で心重量と相関しない3
、など急性期の変化が前景に立つ
心筋 間の無構造好酸性沈着が主体で、Congo red陽性となる
心筋炎後瘢痕 の残存や分布が手がかりになるが、終末像では臨床情報が必要

まとめ

  • CIHD標本では、過去の壊死を置き換える淡い瘢痕と肥大した残存心筋を組み合わせて読む。
  • は細胞数ではなく細胞サイズの増加で、大型の箱型核を伴う。
  • は慢性・の残余色素で、単一の既往傷害に特異的ではない。
  • 小細動脈の硝子様肥厚を、大・中型冠動脈のと混同しない。

出典

  1. 1.Evidence for cardiomyocyte renewal in humans(Science・2009)冷戦期の核実験に由来する炭素14のDNAへの取り込みを利用してヒト心筋細胞の年齢を測定したところ、心筋細胞は25歳で年1%、75歳で年0.45%の速度で入れ替わり、通常の生涯で入れ替わるのは全心筋細胞の50%未満であった。成人の心臓にも心筋細胞を新生する能力があることを示した研究である(負荷への適応や梗塞後の修復については扱っていない)。閲覧 2026-09-23
  2. 2.Aging of cardiac myocytes in culture: oxidative stress, lipofuscin accumulation, and mitochondrial turnover(Annals of the New York Academy of Sciences・2004)抄録で確認した。培養した新生仔ラット心筋細胞では、リポフスチン量は細胞ごとに大きくばらつき、ミトコンドリア障害(内膜電位の低下)および活性酸素産生量と正に相関した。著者らはこの結果から、リポフスチン蓄積とミトコンドリア障害には、酸化傷害を受けたミトコンドリアなどの不完全なオートファジーとそれに続くリソソーム分解という共通の機序がある可能性が高いと推論している(ミトコンドリア-リソソーム軸の老化説)。閲覧 2026-08-24
  3. 3.Quantitative analysis of myocardial fibrosis in normals, hypertensive hearts, and hypertrophic cardiomyopathy(British Heart Journal・1986)剖検心の左室横断切片で線維化面積率を定量すると、肥大型心筋症10例が10.5(SD 4.3)%、高血圧性心疾患10例が2.6(1.5)%、正常20例が1.1(0.5)%であった。肥大型心筋症では心室中隔(13.1%)が左室自由壁(7.7%)より高く分布に偏りがあるのに対し、高血圧性心疾患と正常心では中隔と自由壁で同程度であった。高血圧性心疾患では線維化面積率が心重量と相関したが、肥大型心筋症では相関しなかった。線維化そのものは肥大型心筋症に特異的ではない。閲覧 2026-08-24