組織病理学

組織病理学 · H2-108A

褐色細胞腫のカテコールアミン代謝と悪性度評価

Pheochromocytoma

描出疾患
褐色細胞腫

🧠 全体像:(pheochromocytoma)の病態・遺伝性背景・標本所見・術前の安全な薬物治療はに整理済みのため、本項目ではカテコールアミン合成・代謝の生化学、悪性度評価の補助所見、周術期のへの対応に焦点を当てる。

カテコールアミン合成・代謝経路

flowchart TD
    A["チロシン"] -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tyrosine hydroxylase'>チロシン水酸化酵素</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='rate-limiting step'>律速段階</span>)"| B["L-DOPA"]
    B -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='DOPA decarboxylase (DDC)'>DOPA脱炭酸酵素</span>"| C["ドパミン"]
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dopamine beta-hydroxylase'>ドパミンβ水酸化酵素</span>"| D["ノルアドレナリン"]
    D -->|"PNMT(主に副腎髄質に発現)"| E["アドレナリン"]
    D -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catechol-O-methyltransferase'>COMT</span>(腫瘍細胞で高発現し持続的に代謝)"| F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='normetanephrine'>ノルメタネフリン</span>"]
    E -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='catechol-O-methyltransferase'>COMT</span>(腫瘍細胞で高発現し持続的に代謝)"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metanephrine'>メタネフリン</span>"]
    F -->|"さらに下流の代謝"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vanillylmandelic acid (VMA)'>バニリルマンデル酸</span>(VMA)<br>最終<span class='jp-term jp-term-diagram' title='metabolite'>代謝産物</span>(診断的意義は低下し一次検査に用いない)"]
    G --> H

がであり、副腎髄質に豊富なPNMT(フェニルエタノールアミンN-)によりノルアドレナリンからアドレナリンが作られる。・はによって作られ、・はを高発現して遊離を血中・尿中へ持続的に放出するため1、発作性にしか分泌されないカテコールアミン本体を測るより、・の測定の方が感度が高い。VMAはさらに下流の最終で、測定の普及により診断的意義は低下し、現在は主要な一次検査ではない1。ガイドラインでも初期生化学検査はまたはの測定とされている2。

💡 感度の差は数字で見ると明らか。 確定214人・否定644人のコホートでの感度は、99%(95%CI 96〜100)、97%(95%CI 92〜99)に対し、尿中カテコールアミン86%、血漿カテコールアミン84%、尿中は64%(95%CI 55〜71)にとどまった。一方で特異度は尿中が95%と最も高く、は89%である。複数の検査を組み合わせても単独を超える診断能は得られなかったため、これが第一選択とされる3。

悪性度評価の補助所見

手法 位置づけ
組織形態(核異型・) 前項目の通り、単独では悪性度を判定できない
SDHB免疫染色 SDHx遺伝子群の異常があるとSDHBタンパクの発現が失われる。陰性であればSDHx関連腫瘍を疑い、転移リスクがより高い集団として遺伝学的検査を優先する目安になる2
PASS(Pheochromocytoma of the Adrenal gland Scaled Score)などの組織学的スコアリング 複数の組織学的所見(浸潤性増殖、、壊死など)を点数化する試みだが、再現性・予測能に限界があり単独で悪性・良性を確定する基準にはならない。自身もこの種のスコアリングシステムを推奨も否定もしていない4
転移の有無 悪性(転移性)を確定する唯一確実な根拠は、通常組織を欠く部位(骨、肝、肺、リンパ節など)への転移の証明である

⚠️ SDHB免疫染色やPASSのようなスコアリングは悪性度を疑う手がかりに過ぎず、確定診断ではない。悪性の判定は転移の証明に基づく。

⚠️ 現行分類では「良性/悪性」の二分そのものが使われない。 内分泌・分類は第4版(2017年)以降、・を良性・悪性に分類しない。どの病変もをもちうるうえ、転移挙動を確実に予測できる所見が存在しないためである。第5版(2022年)もこの立場を引き継いでいる4。したがって上の表の「悪性(転移性)」という言い方は、実際には転移が生じたを指す記述であり、「転移していないものは良性」という含意を持たない。⚠️ さらに、転移がなくても重要構造への局所浸潤によって致死的となる腫瘍もある一方、局所浸潤だけを根拠に悪性と呼ばない点も押さえる。⚠️ 転移の判定自体も単純ではなく、肺や肝など通常と異なる部位に見つかったがその場所の原発でありうるため、そこに病変があることが転移の証明になるとは限らない4。旧来の「良性/悪性」という区分は実習・試験ではなお問われうるので、現行分類との対応づけとして覚える。

💡 の高さが遺伝学的検査を全例で検討する根拠になる。 この腫瘍群は固形腫瘍の中でも例外的にが高い4。家族歴も症候群的所見もない「」271例を調べた研究でも、66例(24%、平均年齢25歳)にRET・・SDHD・SDHBのが見つかり、そのうち61例(92%)は分子検査によってのみ同定された(初診時にを欠いていた)5。ガイドラインは全患者で遺伝学的検査を検討し、例ではSDHx変異を、転移例ではを調べるよう求めている2。

周術期のカテコールアミンクリーゼ

flowchart TD
    A["腫瘍の触診・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='induction of anesthesia'>麻酔導入</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endotracheal intubation'>気管挿管</span>など腫瘍を刺激する操作"] --> B["カテコールアミンの急激な放出"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypertensive crisis'>高血圧クリーゼ</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tachyarrhythmia'>頻脈性不整脈</span>"]
    C --> D["術前の十分なα遮断+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='circulating plasma volume'>循環血漿量</span>の補充で発作性変動を緩和"]
    D --> E["腫瘍摘出後は急激なカテコールアミン低下+残存α遮断で低血圧をきたしやすい"]
    E --> F["術後は輸液・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemodynamics'>循環動態</span>モニタリングを継続"]

腫瘍を触診・圧迫する操作やがカテコールアミンの急激な放出を誘発しうるため、術中は短時間作用性の・で血行動態の変動に即応できるを整える。腫瘍摘出後はカテコールアミン分泌が急激に低下する一方、術前投与したの作用は残るため、術後は低血圧をきたしやすく、輸液との継続的なモニタリングを要する。ガイドラインは、機能性の・の全患者で周術期合併症を防ぐための術前遮断を行うこと、および術後低血圧を防ぐために高ナトリウム食と水分摂取をに含めることを求めている2。

術前のα遮断先行・β遮断薬併用の原則、遺伝性症候群、標本所見(cell balls、血管channel、副腎皮質との対比)は、副腎の機能異常・腫瘍全般は副腎の機能異常・腫瘍、などのは(MEN)/を参照する。

まとめ

  • が律速のカテコールアミン合成経路と、腫瘍細胞内で持続的に産生される・の代謝を理解すると、測定の感度の高さが説明できる。
  • 悪性度は組織形態だけでは判定できず、SDHB免疫染色やPASSのようなスコアリングも確定診断の代わりにはならない。悪性の確定は転移の証明による。
  • 周術期は腫瘍操作によると、摘出後の急激な低血圧の両方に備えた管理が必要である。

出典

  1. 1.Japan Endocrine Society Clinical Practice Guideline for the Diagnosis and Management of Pheochromocytoma and Paraganglioma 2025(Japan Endocrine Society・2026)Europe PMCの全文(PMC12819074、Endocr J 73巻1号115-157頁)で、メタネフリン・ノルメタネフリンはアドレナリン・ノルアドレナリンの安定な代謝産物でCOMTにより作られること、褐色細胞腫・パラガングリオーマはCOMTを高発現し遊離メタネフリンを血中・尿中へ放出すること、メタネフリン測定の進歩によりバニリルマンデル酸(VMA)の診断的意義は低下したことを確認した閲覧 2026-09-24
  2. 2.Pheochromocytoma and Paraganglioma: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline(Endocrine Society(J Clin Endocrinol Metab、Lenders JW et al.)・2014)初期生化学検査には血漿遊離メタネフリンまたは尿中分画メタネフリンの測定を推奨すること、初回画像はCTを提案しMRIは転移例や被曝を抑えるべき例で優れること、123I-MIBGシンチグラフィが転移性PPGLで有用であること、認定検査機関による遺伝学的検査を全患者で検討するよう推奨すること、パラガングリオーマ患者ではSDHx変異を、転移例ではSDHB変異を検査すべきこと、機能性PPGLの全患者で周術期合併症を防ぐため術前遮断を行うべきこと、術後低血圧を防ぐため高ナトリウム食と水分摂取を準備に含めること、多くの褐色細胞腫では低侵襲副腎摘除術を、多くのパラガングリオーマでは開腹切除を推奨すること、再発・転移の検出のため生涯にわたる経過観察を提案すること閲覧 2026-08-24
  3. 3.Biochemical diagnosis of pheochromocytoma: which test is best?(JAMA(Lenders JWM, Pacak K, Walther MM, et al.)・2002)4施設で1994〜2001年に褐色細胞腫の検査を受けた患者(確定214人、否定644人)のコホート研究で、感度は血漿遊離メタネフリン99%(95%CI 96〜100)、尿中分画メタネフリン97%(95%CI 92〜99)、尿中カテコールアミン86%(95%CI 80〜91)、血漿カテコールアミン84%(95%CI 78〜89)、尿中総メタネフリン77%(95%CI 68〜85)、尿中バニリルマンデル酸64%(95%CI 55〜71)であったこと。特異度は尿中バニリルマンデル酸95%(95%CI 93〜97)が最も高く、血漿遊離メタネフリンは89%(95%CI 87〜92)であったこと。複数の検査を組み合わせても血漿遊離メタネフリン単独を超える診断能は得られず、血漿遊離メタネフリンが第一選択の検査とされること閲覧 2026-08-24
  4. 4.Overview of the 2022 WHO Classification of Paragangliomas and Pheochromocytomas(Endocrine Pathology(Mete O, Asa SL, Gill AJ, Kimura N, de Krijger RR, Tischler A.)・2022)WHO内分泌・神経内分泌腫瘍分類第5版において、パラガングリオーマは第4版以降もはや良性・悪性に分類されないこと。理由はどの病変も転移能をもちうるうえ転移挙動を予測できる明確な所見が存在しないためであり、転移がなくても重要構造への局所浸潤によって致死的となる腫瘍もあること。WHOは各種の組織学的スコアリングシステムを推奨も否定もしていないこと。褐色細胞腫は副腎内パラガングリオーマ(古典的な交感神経型)を指す用語であること。この腫瘍群が例外的に高い遺伝的素因をもち、SDHx・VHL・FH・MAX・MEN1変異や偽低酸素経路の同定に分子免疫組織化学が有用であること。転移の判定は複雑で、肺や肝など通常と異なる部位のパラガングリオーマも原発でありうるため転移の証明にならないこと。AJCC第8版の病期分類が新たに収載されたこと閲覧 2026-08-24
  5. 5.Germ-line mutations in nonsyndromic pheochromocytoma(The New England Journal of Medicine(Neumann HPH, Bausch B, McWhinney SR, et al.)・2002)家族歴のない非症候群性褐色細胞腫として発症した271例のうち66例(24%、平均年齢25歳)にRET・VHL・SDHD・SDHBいずれかの生殖細胞系列変異が見つかったこと(VHL 30例、RET 13例、SDHD 11例、SDHB 12例)。若年発症・多発性腫瘍・副腎外腫瘍が変異保有と有意に関連したものの、変異保有66例中多発性褐色細胞腫は21例にとどまり、23例(35%)は30歳以降の発症であったこと。変異保有66例のうち61例(92%)は分子検査によってのみ同定され、初診時に随伴する徴候・症状を欠いていたこと。したがってRET・VHL・SDHD・SDHBの日常的な変異解析が適応となること閲覧 2026-08-24