病理学

病理学 · C/89

多発性内分泌腫瘍症(MEN)/カルチノイド症候群

Multiple endocrine neoplasia (MEN) and carcinoid syndrome

応用トピック
甲状腺結節と甲状腺癌神経内分泌腫瘍カルチノイド症候群甲状腺悪性疾患と治療
疾患
C細胞過形成カルチノイド症候群・神経内分泌腫瘍(ゾリンジャー・エリソン症候群、インスリノーマを含む)甲状腺髄様癌多発性内分泌腫瘍症
検査値
5-ヒドロキシインドール酢酸カルシウム負荷試験クロモグラニンA

🧠 全体像:MEN-1とMEN-2は侵される臓器の組み合わせで区別する——MEN-1は3つのP(副甲状腺・下垂体・)、MEN-2AとMEN-2Bはいずれも+を共有しつつ、副甲状腺過形成の有無と・の有無で分岐する。は腫瘍が出すセロトニン・のとして理解する。

多発性内分泌腫瘍症

概要

  • 複数の内分泌臓器の増殖性病変(過形成、腺腫、癌)を来す遺伝性疾患群。
  • 散発性の内分泌腫瘍と比べ、MEN腫瘍は:
    • より若年で発症。
    • しばしば多巣性。
    • 過形成が先行。
    • より進行性。

MEN-1(Wermer症候群)

遺伝

  • 常染色体優性。
  • 11q13のMEN-1遺伝子の変異。
  • MEN-1 = 、タンパクをコード1。
  • はAKT1と結合してその活性化(キナーゼ活性)を抑え、AKTによる増殖促進と抗アポトーシス作用を抑制することが細胞・マウスモデルで示されている2。講義資料の「AKTチロシンキナーゼ」という表現は不正確で、AKT自体はセリン/キナーゼである。
  • の喪失 → 制御不能な増殖。

侵される臓器 —「3つのP」

  1. 副甲状腺過形成 → (第1の病態、推定約90%)。第5版(2022)はこの多腺性病変も「過形成」ではなく多腺性の副甲状腺腫瘍として扱う(→ 副甲状腺の病理)。
  2. (約30〜40%)→ (第1位、約20%)またはGH産生腺腫(約10%)。
  3. (腸膵)(約30〜70%):
    • 悪性のがMEN-1の最も多い死因と報告されている。
    • 進行性、転移する。
    • :
    • 最も多いのは腫瘍(約20〜55%)である。

上記の頻度はいずれも推定で、2012年の国際臨床ガイドラインのTable 1による。同じ表は、とは別にCDKN1B変異によるMEN4(・など)も挙げている1。疾患としての全体像はを参照。

MEN-2(MEN-2)

遺伝

  • すべての型がRETのを共有(10q11.2)3。
  • 常染色体優性。

MEN-2A

MEN-2B

  • (口唇、舌、消化管)。
  • (2Aより進行性)。
  • 。
  • 消化管全体の神経節神経腫症(講義資料の「」):腹部膨満・便秘・下痢などの消化器症状を起こす4。
  • マルファン様体型(、長い四肢)などの、特徴的な・眼所見4。
  • 副甲状腺病変なし。
  • MEN2BをMEN3と呼ぶ分類もある1。

MEN比較表

特徴 MEN-1 MEN-2A MEN-2B
別名 Wermer Sipple —
遺伝子 MEN-1(menin、11q13) RET RET
遺伝 AD AD AD
副甲状腺 ✅ 過形成 ✅ 過形成 ❌
下垂体 ✅ 腺腫 ❌ ❌
✅(、) ❌ ❌
甲状腺 ❌ ✅ ほぼ全例、多中心性・両側性 ✅
❌ ✅ 一部(部位で頻度が違う)、生じると両側性が多い ✅
❌ ❌ ✅
❌ ❌ ✅

💡 は変異部位によって表現型とが大きく異なる()。 18施設・477家系の国際コンソーシアム解析で、コドン634・768・804・918などの変異部位と随伴病変(単独か、・を伴うか、MEN2Bの特徴を伴うか)の間に統計学的に有意な相関が確認されている5。臨床では、この相関に基づく変異部位別のがの時期を決める。()の2015年ガイドラインは次のように分ける4。

リスク 該当する の時期
最高リスク MEN2B、M918T 生後1年以内(場合によっては生後数か月のうちに)
高リスク C634、A883F 5歳前後、上昇があればより早く
上記以外 5歳頃から診察・・で追い、カルシトニン上昇で時期を決める

カルチノイド症候群

定義

  • = が血流に分泌するが全身症状を起こす。
  • = ホルモンを産生する緩徐増殖の。分類第5版(2022)では、高分化な(NET、指数・核分裂数に基づきG1・G2・G3に分類)と低分化な(NEC、定義上すべて)に区別する6。
  • 最多部位:消化管(特に小腸 = 回腸)、次いで肺。症候群は主に腸管由来の高分化で生じ、次いで肺由来で、膵・卵巣・胸腺・のものは少数である7。
  • 腫瘍が出すホルモンは通常肝で不活化されるので、症候群が出ること自体がの外に腫瘍があることを示す。症候群の患者の87〜100%にがある7。
    • なしに症候群が起こるのは5〜13%で、とくに卵巣・精巣原発や後腹膜の大きなのとき、ごくまれに肺原発のときである7。講義で「肺はなしに起こしうる」と習う理屈(体循環へ直接流れ込む)は正しいが、実際に肺原発で起こるのはまれで、卵巣・精巣原発のほうが典型である。
  • 疾患としての全体像は・を参照。

病態生理

  • 腫瘍がセロトニン(5-HT)+を分泌。主役はセロトニンで、下痢と線維化性の合併症に関わると考えられている。ほかにヒスタミン・タキキニン・プロスタグランジンなども関与する7。
  • セロトニン:蠕動亢進 → 液体吸収の時間短縮 → 下痢。
  • → → 血管拡張 → 。
  • なセロトニン/曝露 → 弁の線維化。
flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='carcinoid tumours'>カルチノイド腫瘍</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuroendocrine tumor, NET'>神経内分泌腫瘍</span>)"] --> B["セロトニン(5-HT)分泌"]
    A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='kallikrein'>カリクレイン</span>分泌"]
    B --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intestinal peristalsis'>腸管蠕動</span>亢進"]
    D --> E["下痢"]
    C --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bradykinin'>ブラジキニン</span>産生"]
    F --> G["血管拡張"]
    G --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='flushing'>紅潮</span>"]
    B --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='chronic'>慢性的</span>な曝露"]
    I --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='right heart (right-sided)'>右心系</span>弁の線維化"]

臨床像

  • 発作性の(顔、頸部)。
  • 下痢+腹部の差し込み(colicky pain)。
  • 右心不全(弁の線維化による+、チアノーゼ)= 。症候群の約20〜50%にみられ、予後を大きく左右するため、でスクリーニングし心エコーで評価する7。
  • (喘鳴、喘息様)。
  • 時に黄疸()+浮腫。

診断

  • 尿中5-HIAA増加( = セロトニン代謝物)。24時間尿中が50 μmolを超えれば症候群に合致する7。
  • 腫瘍の広がりの評価:造影CTに加え、(望ましくは)で全身の病期を決める。従来の(スキャン)も使えるが、感度が有意に低い7。

治療

💡 ポイント: MEN-1(Wermer) = /、3つのP = Parathyroid過形成+Pituitary腺腫+Pancreatic島(、)、膵腫瘍 = 主要死因。MEN-2A(Sipple) = RET、副甲状腺++。MEN-2B = RET、+++(副甲状腺なし)。すべてAD。 = 、第1部位回腸、症候群の大半はあり(なしは5〜13%で、卵巣・精巣原発などに多く肺原発はまれ)、セロトニン(+など)分泌 → +下痢+右心不全()+、診断は尿中増加+、治療の主軸は(・)。

まとめ

  • MEN-1()は遺伝子()の変異による常染色体優性疾患で、副甲状腺病変(約90%)・・(腸膵)(悪性例が最多の死因)の3つのPを侵す。は多くが十二指腸に多発する。
  • MEN-2A・MEN-2BはいずれもRETの変異による常染色体優性疾患で、+を共有する。・副甲状腺病変の頻度は部位で異なり、変異部位別のリスクでの時期を決める。
  • MEN-2Aは副甲状腺過形成を伴うが、MEN-2Bは+を伴い副甲状腺病変を欠く。
  • はがセロトニンとを分泌することで生じ、下痢・・右心不全・を来す。
  • の大半はを伴う。なしで起こるのは5〜13%で、卵巣・精巣原発や後腹膜の大きなのとき、ごくまれに肺原発のときである。

出典

  1. 1.Clinical practice guidelines for multiple endocrine neoplasia type 1 (MEN1)(The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism(Endocrine Society)・2012)誌上版全文(Wayback保存の academic.oup.com、2020-07-12取得分)で、MEN1は腫瘍抑制遺伝子MEN1(610アミノ酸のタンパク質meninをコード)の変異による常染色体優性疾患で、副甲状腺・膵島・下垂体前葉の腫瘍を主徴とすること、第一度近親者は50%の確率で罹患しうること、Table 1の推定浸透率が副甲状腺腺腫90%・腸膵腫瘍30〜70%(ガストリノーマ40%、インスリノーマ10%、非機能性など20〜55%)・下垂体腺腫30〜40%(プロラクチノーマ20%、GH産生腺腫10%)であること、MEN1患者の多くは十二指腸粘膜下の多発性の小さなガストリノーマをもち膵内のガストリノーマはまれであること、悪性の膵神経内分泌腫瘍がMEN1の最も多い死因と報告されていることを確認した。同じTable 1はMEN2BをMEN3とも呼び、MEN4(CDKN1B)を挙げている。閲覧 2026-08-27
  2. 2.The Tumor Suppressor Protein Menin Inhibits AKT Activation by Regulating Its Cellular Localization(Cancer Research(Wang Y, Ozawa A, Zaman S, et al.)・2011)抄録で、meninがAKT1と結合して活性型AKTの量とそのキナーゼ活性を低下させ、AKT1による増殖促進と抗アポトーシス作用を抑制すること、その一部は増殖因子刺激時のAKT1の細胞膜への移行を減らすことによること、膵島腺腫のマウスモデルでもmeninの喪失とAKT活性化が関連したことを確認した。抄録自身はmeninの分子機構を「未確定」と前置きしている。閲覧 2026-09-24
  3. 3.Mechanism of activation of the ret proto-oncogene by multiple endocrine neoplasia 2A mutations(Molecular and Cellular Biology・1995)NIH 3T3細胞へのトランスフェクション実験で、MEN2A型RET変異体が細胞膜上でリガンド非依存性の二量体化を起こし高い形質転換能を示すことを確認した。RET変異は腫瘍抑制遺伝子に典型的な機能喪失型変異ではなく、受容体型チロシンキナーゼの機能獲得型変異であることを直接示した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Revised American Thyroid Association Guidelines for the Management of Medullary Thyroid Carcinoma(Thyroid(American Thyroid Association Guidelines Task Force on Medullary Thyroid Carcinoma; Wells SA Jr, Asa SL, Dralle H, et al.)・2015)全文(PMC HTML)で、推奨2がMEN2をMEN2AとMEN2Bの2症候群とし、MEN2の95%を占めるMEN2Aに古典型・皮膚苔癬アミロイドーシス合併・Hirschsprung病合併・家族性甲状腺髄様癌(FMTC)の4亜型を置くこと、古典型MEN2Aではほぼ全例が髄様癌を発症し褐色細胞腫・副甲状腺機能亢進症の頻度はRET変異部位で異なり(コドン634変異の褐色細胞腫浸透率は30歳25%・50歳52%・77歳88%、エクソン10変異では4〜26%程度)、MEN2の褐色細胞腫は多中心性・両側性のことが多く片側例も10年以内に対側に生じやすいこと、遺伝性髄様癌は通常多中心性・両側性であること、MEN2Bは髄様癌・褐色細胞腫に加え特徴的顔貌、眼所見、マルファン様体型などの骨格異常、消化管全体の神経節神経腫症を示すこと、推奨1がRET変異をATA最高リスク(MEN2BとM918T)・高リスク(C634とA883F)・中等度リスク(それ以外)に分け、推奨34が最高リスクの小児は生後1年以内、推奨35が高リスクの小児は5歳前後(血清カルシトニン上昇があればより早く)に甲状腺全摘術を行うとし、推奨36が中等度リスクでは5歳頃から診察・頸部超音波・血清カルシトニン測定を始めカルシトニン上昇で手術時期を決めるとしていることを確認した。閲覧 2026-09-24
  5. 5.The relationship between specific RET proto-oncogene mutations and disease phenotype in multiple endocrine neoplasia type 2. International RET mutation consortium analysis(JAMA・1996)18施設・477家系のMEN2家系を対象にした国際コンソーシアム解析で、RET遺伝子の変異部位(コドン634、768、804、918など)と表現型(甲状腺髄様癌単独か、褐色細胞腫・副甲状腺機能亢進症を伴うか、MEN2Bの特徴を伴うか)の間に統計学的に有意な遺伝子型-表現型相関があることを確認した。閲覧 2026-08-27
  6. 6.Overview of the 2022 WHO Classification of Neuroendocrine Neoplasms(Endocrine Pathology・2022)WHO内分泌・神経内分泌腫瘍分類2022年版が神経内分泌腫瘍を、高分化な神経内分泌腫瘍(NET、増殖能に基づきG1・G2・G3に分類)と低分化な神経内分泌癌(NEC、定義上すべて高悪性度)に分けること、Ki-67指数と核分裂数が分類・異型度判定の要であることを確認した。閲覧 2026-08-27
  7. 7.European Neuroendocrine Tumor Society (ENETS) 2022 Guidance Paper for Carcinoid Syndrome and Carcinoid Heart Disease(Journal of Neuroendocrinology(Grozinsky-Glasberg S, et al.)・2022)全文(PMC9539661)で、カルチノイド症候群は主に腸管由来の神経内分泌腫瘍、次いで肺由来で生じ、紅潮・分泌性下痢・気管支攣縮・腹痛を主症状とすること、セロトニンが主要な分泌物質でヒスタミン・タキキニン・カリクレイン・プロスタグランジンも関与すること、腫瘍由来のホルモンは通常肝で不活化されるため症候群は門脈系の外の腫瘍の存在を示し、肝転移は87〜100%にみられるが5〜13%は肝転移なしに生じ、とくに卵巣・精巣原発、ごくまれに肺原発、後腹膜の大きな腫瘍量のときであること、24時間尿中5-HIAA 50 μmol超が症候群に合致すること、全身の病期診断はソマトスタチン受容体イメージング(望ましくはPET)と造影CTで行い、ソマトスタチン受容体シンチグラフィは感度が有意に低いこと、カルチノイド心疾患は症候群の約20〜50%にみられNT-proBNPによるスクリーニングと心エコーを行うこと、ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド・ランレオチド)が第一段階の管理の主軸(mainstay)で全治療ラインを通じて継続し、難治例にはその上に腫瘍制御の治療やテロトリスタットエチルを加えることを確認した。閲覧 2026-09-24