微生物学

微生物学 · 3/31

ラブドウイルス

Rhabdoviruses

微生物
Rabies virus
疾患
狂犬病
症状
流涎
画像所見
Negri小体

🧠 の臨床経過は「傷口から脳までの距離」という1つの物差しで説明できる。 ウイルスは血流ではなく末梢神経を逆行性に伝って脳へ向かうため、咬傷部位が脳に近いほど潜伏期は短く、症状が出た時点ではすでに脳内に達しており手遅れになっている。だからこその治療の本質は「発症後の治療」ではなく「発症前——曝露後できるだけ早期——の予防」にある。

ラブドウイルスの基本的性状

項目 内容
核酸・構造 (negative-sense ssRNA)、エンベロープあり、
形態 でを呈する
の起因ウイルス
世界的にはイヌ、米国ではコウモリ・キツネ・アライグマ

伝播経路

  • 人獣共通感染症:の咬傷または分泌物との接触

病態生理

  1. エンベロープ表面の糖蛋白が付着と(宿主の)誘導の両方に関わる
  2. 糖蛋白がnAChR(nicotinic acetylcholine receptor, )——のに存在——に結合する
  3. に侵入後、咬傷部位のでウイルスが増殖する(間は数日〜数か月)
  4. その後、末梢神経を逆行性に伝って・脊髄へ達し、急速に脳を感染させる
  5. さらにを介して唾液腺・網膜など頭部の神経支配領域へ播種する

⭐ 潜伏期の長さ=傷口から中枢神経までの距離で決まる。 顔面や頭部の咬傷は潜伏期が短く進行が速い一方、四肢末端の咬傷は潜伏期が長くなりうる——曝露後予防を開始できる猶予期間の長さもこれに左右される。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='zoonophilic'>感染動物</span>による咬傷・分泌物曝露"] --> B["糖蛋白がnAChRに結合<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='motor end plate'>運動終板</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='postsynaptic membrane'>シナプス後膜</span>)"]
  B --> C["咬傷部位の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intramuscular'>筋肉内</span>で増殖<br>(数日〜数か月)"]
  C --> D["末梢神経を逆行性に伝播"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dorsal root ganglion (DRG)'>後根神経節</span>(DRG)→脊髄"]
  E --> F["脳へ急速に感染"]
  F --> G["唾液腺・網膜など<br>頭部支配領域へ拡散"]

臨床像:狂犬病

病期 症状
末梢神経を伝播中 咬傷部位周囲の・
中枢神経到達後 脳炎、発汗・発熱/咽頭・喉頭のによる嚥下障害と/唾液腺への到達で/さらに進行すると・痙攣・・/最終的に昏睡・(死因)

診断

  • 確定には複数の検査を要するが、最も重要なのは(reverse transcription polymerase chain reaction, 逆転写)(唾液・血清・〈cerebrospinal fluid, 脳脊髄液〉検体)
  • 流行地でのという臨床経過も重要——が出現した時点ではすでに治療のタイミングを逃している可能性が高い
  • 生検:およびプルキンエ細胞に見られる好酸性の()

治療

⚠️ が出現すると、未治療の場合は約10日以内に死亡する——ほぼ確実に致死的。 治療のウィンドウは発症前の曝露後対応にしかない。

  • 創部の洗浄・洗い流し:曝露後できるだけ早く行う、曝露後予防(PEP)の第一段階である。石けんまたはと大量の流水で約15分間、咬傷・・曝露部位を十分に洗浄し洗い流す。続いて、入手できるならヨードを含む(または同等にウイルスを殺滅する)外用薬を創部に塗布する1。💡 物理的にを洗い流し、かつエンベロープを壊すことで、神経に取り付く前の局所ウイルス量を減らす——曝露部位のでのに間に合う唯一の「その場でできる」処置である
  • 不活化(死滅):(流行地へ渡航する旅行者・動物取扱者など高リスク職業者)にも曝露後予防にも用いる
  • 受動免疫(RIG、):曝露後予防のうち重篤なカテゴリIII曝露に限り投与する

は曝露を3段階のカテゴリに分類し、対応を規定している1。

内容 対応
カテゴリI 動物に触れる・餌を与える、健常皮膚への舐め(曝露に該当しない) 曝露部位の洗浄のみ。PEP不要
カテゴリII 被覆されていない皮膚への軽い咬みつき、出血を伴わない小さな 創部洗浄+ワクチン接種(RIGは不要)
カテゴリIII 経皮的な単数・複数の咬傷・、粘膜や損傷皮膚への動物の舐め、コウモリとの直接接触 創部洗浄+ワクチン接種+RIG投与

⭐ RIGは「創部への浸潤」が原則で、残量を離れた部位へ筋注する必要はない。 は2018年の改訂で、計算上の最大用量(RIG〈hRIG〉は20 IU/kg、ウマ由来RIG〈eRIG〉は40 IU/kg。最小用量は定めていない)まで創部とその周囲へできる限り浸潤させ、浸潤しきれずに残った分は遠隔筋注する必要はなく、無菌的に保管できるなら小分けのシリンジに分注して他の患者に用いてよいとした1——この変更により実地でRIGの使用量・コストが削減されたことも確認されている2。

  • RIGの投与時期:RIGは1回だけ投与する。PEPを開始したらできるだけ速やかに、遅くともワクチン初回接種から7日目までに投与する1。⚠️ に間に合わなかったからといって投与機会が失われるわけではない——7日目までなら投与する。 逆にそれ以降は、ワクチンによるが立ち上がっているため追加しない。💡 正しく投与されたRIGは数時間のうちに創部のウイルスを中和する1
  • ⚠️ RIGが手に入らないことを理由にワクチンを差し控えてはならない。 RIGが無い場合でも、速やかな創部洗浄+ワクチン初回接種+全コースのはの予防にきわめて有効である1。RIGの供給が限られる状況では、多発咬傷・深い創・神経支配の密な部位(頭部・頸部・手)の咬傷・重度の免疫不全・咬んだ動物がの/、といった基準で優先順位を付ける1
  • ワクチン接種は(IM)法(例:4回法、day 0・3・7・14-28のEssenレジメン)に加え、コストと通院回数を抑えられる皮内(ID)法(例:2部位ID法、day 0・3・7)も選択肢として推奨されている1
  • 既に曝露前・曝露後のワクチン接種歴がある者は、RIGを要さず短縮したワクチン接種(例:day 0・3の2回のみ)で足りる1

予防

  • ():流行地へ渡航する旅行者・動物取扱者・獣など高リスク職業者にを接種する
  • 曝露後予防(PEP):に応じ、創部洗浄・ワクチン・(該当例では)RIGを組み合わせて行う

まとめ

  • はに属するの(−)鎖ssRNAで、イヌ(世界)・コウモリ/キツネ/アライグマ(米国)をとする人獣共通感染症である。
  • 咬傷部位の筋肉で増殖後、nAChRを介して末梢神経に侵入し、で→脊髄→脳へ達する——潜伏期は咬傷部位と中枢神経の距離で決まる。
  • 臨床像は末梢のから始まり、脳炎・嚥下障害・・・痙攣を経て昏睡・に至る。
  • 診断はが中心、病理学的には・プルキンエ細胞のが特徴的。
  • 発症後はほぼ100%致死的なため、治療の本質は曝露後または曝露前(旅行者への)の予防にある。曝露後予防の第一段階は石けん・流水による約15分間の創部洗浄で、次いでワクチン、カテゴリIIIではRIGを創部へ浸潤させる(hRIG 20 IU/kg・eRIG 40 IU/kgを上限に1回のみ、ワクチン初回接種から7日を超えない)。

・も参照。

出典

  1. 1.Rabies vaccines and immunoglobulins: WHO position, April 2018(World Health Organization・2018)PDF本文(pdftotextで全文を取得)で、PEPの第一段階が「石けんまたは洗剤と大量の流水による約15分間の創部の十分な洗浄・洗い流し」であり、可能ならヨードを含むかそれに準ずるウイルス殺滅性の外用薬を塗布するとされること(原文:"thorough washing and flushing of the wound for approximately 15 minutes, with soap or detergent and copious amounts of water, is required")、曝露後予防に皮内(ID)接種の短縮レジメンが選択肢として加わったこと、曝露カテゴリI/II/IIIでPEPの要否(PEP不要/ワクチンのみ/ワクチン+RIG)を規定していること、RIGは1回のみ投与し「PEP開始後できるだけ速やかに、かつワクチン初回接種から7日目を超えない」時期に投与すること(原文:"administered only once, as soon as possible after the initiation of PEP and not beyond day 7 after the first dose of vaccine")、正しく投与されたRIGは数時間のうちに創部でウイルスを中和すること、最大用量がhRIG 20 IU/kg・eRIG 40 IU/kgで最小用量の規定は置かないこと(原文:"There is no minimum dose.")、創部に浸潤しきれなかった残量は遠隔筋注する必要はなく無菌的な保管ができるなら小分けのシリンジに分注して他の患者に用いてよいこと(原文:"can be fractionated in smaller, individual syringes to be used for other patients, aseptic retention given"。廃棄という選択肢は本文に無い)、RIGが得られない場合でもワクチンを差し控えてはならないこと、RIGの供給が限られる場合の優先基準が多発咬傷・深い創・神経支配の密な部位(頭部・頸部・手)の咬傷・重度の免疫不全・咬傷動物が狂犬病の確定例または疑い例であることを確認した。閲覧 2026-09-05
  2. 2.Abandon of intramuscular administration of rabies immunoglobulin for post-exposure prophylaxis in the revised guidelines in the Netherlands in 2018: cost and volume savings(Eurosurveillance・2020)WHO 2018年改訂を受けオランダがRIGの体重換算に基づく遠隔筋注を廃止し創部浸潤のみへ変更した結果、RIG使用量とコストが実地で削減されたことを確認した閲覧 2026-08-26