微生物学

微生物学 · 3/32

レトロウイルスとエイズ

Retroviruses and AIDS

応用トピック
HIV感染症とAIDSHIV感染症の内科的管理AIDSの神経学的合併症妊娠中の感染症・ウイルス感染HIV感染症と結核
微生物
HIV-1HIV-2HTLV-1HTLV-2HTLV-3
疾患
HIV感染症・AIDSHTLV-1関連脊髄症進行性外層網膜壊死

🧠 感染の全経過は「どのを使うか」という1つのスイッチで説明できる。 感染初期のウイルスはCCR5(マクロファージ)をとして使い、粘膜からの侵入とマクロファージ・CD4陽性T細胞への感染に有利な性質を持つ。数年〜10年の潜伏期を経て病状が進行すると、ウイルスはCXCR4()を使う株へとシフトし、CD4陽性T細胞を急速に枯渇させて期(CD4count<200/µL)へ突入する。そしてもう1つの核心は「として宿主染色体に組み込まれると、二度と取り除けない」という事実——これが「は治療で抑制できても根治できない」という臨床の大前提を作っている。

レトロウイルスの基本的性状

項目 内容
核酸 を2コピー持つウイルス
構造 エンベロープあり、
保有酵素 逆転写酵素——依存性ポリメラーゼ、→変換//プロテアーゼ
増殖の本質 逆転写で化した後、宿主の染色体に組み込まれ()、以降は宿主とともに半永久的に複製され続ける

HIVの遺伝子と蛋白質

遺伝子 産物 機能
Gag p24 蛋白
p17 マトリックス蛋白
p7 コア・蛋白
Pol 逆転写酵素 を産生(エラーを起こしやすい)
ウイルスを宿主ゲノムへ組み込む
プロテアーゼ ウイルスを切断する
Env gp120 表面蛋白——CCR5(T細胞・マクロファージ)、CXCR4(T細胞)などのに結合
gp41 ——との融合を担う

伝播経路

  • 性的接触
  • 血液(輸血・針刺し等)
  • (子宮内・周産期)——TORCH(先天性・症群を指すまとめ呼称)の1つとして扱われる

病態生理と病期:AIDS(後天性免疫不全症候群)

病期 内容
①(プロドローム期) 感染後2〜4週で発症。ウイルスはマクロファージとCD4陽性にまず感染する。初期はCCR5(CD4受容体と共に)を介して侵入→→逆転写→宿主への組み込み→宿主の複製機構を利用した新規産生。・リンパ節腫脹・発熱
②潜伏期 リンパ節内でウイルスが複製を続けながら最長10年無症候で経過
③期 CD4陽性T細胞の急激な減少——CD4数<200/µLで診断。この段階ではCXCR4を使う株へシフトしている。悪性腫瘍(主にリンパ腫)のリスクが上昇——、が代表的

に関連する重篤な病態

  • リンパ節腫脹・発熱
  • 日和見感染:、など
  • 悪性腫瘍:(8型〈HHV-8〉が原因)、、DLBCL
  • 関連認知症——3-36:遅発性ウイルス感染で扱う「の緩徐感染」の一形態
flowchart TD
  A["gp120がCD4+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='co-receptor'>共受容体</span><br>(CCR5 or CXCR4)に結合"] --> B["gp41による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='membrane fusion'>膜融合</span>・侵入"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='uncoating'>脱殻</span>"]
  C --> D["逆転写酵素により<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ribonucleic acid'>RNA</span>→dsDNA"]
  D --> E["核内へ移行"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='integrase'>インテグラーゼ</span>により<br>宿主染色体へ組み込み(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='proviral integration'>プロウイルス化</span>)"]
  F --> G["転写・翻訳→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='polyprotein'>ポリプロテイン</span>産生"]
  G --> H["プロテアーゼによる切断"]
  H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='virion'>ウイルス粒子</span>の組み立て・出芽・成熟"]

⭐ 期の定義はCD4陽性T細胞数<200/µLという数値そのもの。 この閾値を境に日和見感染・悪性腫瘍のリスクが跳ね上がるため、臨床的なの核となる。

診断

検査 位置づけ
第4世代(Ag/Ab combo) ——p24抗原と抗体を同時に検出。感染早期()でも旧来のより早く検出できるが、感染直後は偽陰性になりうる
/2 ——反応性となった検体を型・型に鑑別する。は現在の標準確認法ではなく置き換えられた1
が陰性またはのときに追加し、急性感染を確認する
新生児の検査 母体由来のIgG抗体が移行するため抗体検査は陽性になりうる(=偽陽性相当)。-/-でウイルスそのものを検出する必要がある

治療

⚠️ (モノセラピー)ではなく併用療法が原則。 単剤ではウイルスが速やかに耐性を獲得するため、複数クラスの薬剤を組み合わせる。

💡 診断当日にARTを開始する「」が現在の標準的な方針。 期間を設けず初回受診日に治療を開始する単回受診アルゴリズムは、南アフリカでのRCTで10か月時点のウイルス抑制率を有意に改善した2。

💡 U=U(Undetectable = Untransmittable、未満なら性的伝播しない)。 ARTで血中 量が未満に抑制されている陽性パートナーとのなし性交渉によるカップル内伝播は、前向き研究で0件だった3——治療そのものが強力なになるという臨床上の要点。

  • 高活性——現在はとも呼ばれ、ウイルス増殖を抑制する薬剤カクテル。典型例は2剤+/1剤
略称 代表薬 機序
NRTI 、、、 逆転写酵素の基質
NNRTI など 逆転写酵素の
PI 、、 ウイルスの切断を阻害
INI の宿主染色体への組み込みを阻害
(CCR5拮抗薬) CCR5との結合を阻害しウイルスの・侵入を防ぐ

⚠️ はの効果が最初に示された薬だが、今の妊婦の第一選択ではない。 現在の欧州のガイドラインでは、妊婦にも/TAF/の合剤(はこの合剤でのみ用いる)か、系のバックボーン(TDF+または、あるいはTAF+)にまたは/(600/100 mg を1日2回)を組み合わせるレジメンを勧める。が今も使われるのは、にと診断されウイルス量が高い( >400 copies/mL)ときの静注と、新生児への投与である4。

(pre-exposure prophylaxis、投与):高リスク者に対する予防投与。(+の合剤)を連日内服することで高い予防効果が得られる。近年は(、8週毎筋注)も選択肢に加わり、女性を対象としたRCTでは経口・合剤より高い予防効果を示した5。

ヒトTリンパ球向性ウイルス

と同じレトロウイルス科に属するが、病態は対照的——がCD4陽性T細胞を破壊するのに対し、・HTLV-2は感染細胞をさせを起こさない点が特徴的である。

項目 内容
型 ヒトに疾患を起こしうる型として1〜4型が知られるが、確立した疾患関連が示されているのは主に・HTLV-2
伝播経路 性的接触、血液、(子宮内・周産期)、母乳(direct contactを介さない特殊な経路)
病態生理 感染後CD4陽性T細胞内で増殖。ニューロンも受容体を発現する。白血病発症までの長い潜伏期が特徴

臨床像

疾患 内容
主にに限局する慢性の(髄膜炎ではない)→下肢の進行性・膀胱直腸障害
約30〜35年という非常に長い潜伏期を経て発症する悪性腫瘍。初期型:と/成熟型:成熟T細胞マーカーを持つ腫瘍細胞(多くは単クローン性T細胞)/慢性型:に似た皮膚病変、、を伴わない

診断

  • 血清学:によるHTLV特異抗体の検出
  • :ウイルスゲノムの検出・型別
  • 白血病前段階は、成人T細胞リンパ腫は腫瘍細胞の所見で示唆される

治療・予防

まとめ

  • は2コピーのssRNAを持つレトロウイルスで、逆転写酵素・・プロテアーゼ(Gag/Pol/Env遺伝子産物)を用いてとして宿主染色体に不可逆的に組み込まれる。
  • 病期は(、)→潜伏期(最長10年)→期(CD4<200/µL、へシフト、悪性腫瘍・日和見感染リスク上昇)と進行する。
  • 診断は第4世代でスクリーニングし、/2で確認する(は現在は使われない)。新生児はの影響でNAT()による直接的なウイルス検出が必要。
  • 治療は/cARTによるが原則——・・PI・INI・()を組み合わせる。妊婦にもと等を組み合わせた通常のレジメンを使い、は分娩時の静注と新生児への投与に残る。はに用いられる。
  • ・2は同じレトロウイルス科だが感染細胞をさせ、と数十年潜伏後のを起こす——伝播経路(性的接触・血液・母乳・)はと共通点が多い。

HIV-1・HIV-2・HTLV-1・HTLV-2(いずれもmicrobe note)も参照。

出典

  1. 1.Performance of a fourth-generation HIV screening assay and an alternative HIV diagnostic testing algorithm(AIDS・2013)第4世代Ag/Ab併用検査からHIV-1/2抗体分別検査、必要時NATへ進む代替アルゴリズムが、旧来の第3世代検査とウェスタンブロットの組み合わせより早期感染の検出に優れ、ウェスタンブロットに代わる確認検査として機能することを確認閲覧 2026-08-26
  2. 2.Initiating Antiretroviral Therapy for HIV at a Patient's First Clinic Visit: The RapIT Randomized Controlled Trial(PLoS Medicine・2016)診断当日(初回受診時)にARTを開始する単回受診アルゴリズムが、南アフリカの377例のRCTで10か月時点のウイルス抑制率を51%から64%へ改善したことを確認閲覧 2026-08-26
  3. 3.Risk of HIV transmission through condomless sex in serodifferent gay couples with the HIV-positive partner taking suppressive antiretroviral therapy (PARTNER): final results of a multicentre, prospective, observational study(The Lancet・2019)ART併用でHIV-1 RNA量が抑制された陽性パートナーとのコンドームなし性交渉による血清不一致カップル内伝播は、782カップル・1593カップル年の追跡で0件——U=U(Undetectable=Untransmittable)を支持する根拠であることを確認閲覧 2026-08-26
  4. 4.Major revision version 13.0 of the European AIDS Clinical Society guidelines 2025(HIV Medicine (European AIDS Clinical Society)・2026)PMC全文(PMC12757896)で確認した。ART未治療の妊婦に推奨する初回レジメンは TAF/FTC/BIC 1日1回、TDF/XTC または TAF/FTC+DTG、TDF/XTC または TAF/FTC+DRV/r(600/100 mg 1日2回)で、ジドブジンは含まれないこと。ジドブジンが残るのは、分娩中にHIVと診断され HIV RNA が400 copies/mL を超える場合の静注(DTGまたはBICを含む3剤内服の即時開始と帝王切開に加えて、入手できれば)と、生後4週未満の新生児の治療で優先されるバックボーン(ZDV+3TC)であること。閲覧 2026-09-27
  5. 5.Cabotegravir for the prevention of HIV-1 in women: results from HPTN 084, a phase 3, randomised clinical trial(The Lancet・2022)8週毎筋注の長時間作用型注射薬カボテグラビルが、女性を対象としたPrEPのRCTで経口テノホビル・エムトリシタビン合剤より優れた予防効果(HIV発生率0.2 vs 1.85/100人年)を示したことを確認閲覧 2026-08-26