呼吸器学

呼吸器学 · 29

肺癌の病理と分子生物学

Lung cancer pathology and molecular biology

前提:病態
肺腫瘍の病理(原発・転移)EGFR・ABL・BCL2遺伝子と腫瘍形成
疾患
肺癌

ポッドキャスト

🧠 全体像:肺癌診療ではとという臨床的大別を用いるが、分類では上皮性腫瘍とを組織学的に分類する。進行では包括的分子プロファイリングとPD-L1評価が、・免疫療法の選択に直結する。

発癌要因

  • 喫煙:を(1日の箱数×年数)で表す
  • 、
  • 、、、クロムなど職業・環境
  • 、既往放射線、

これらは損傷を蓄積させ、の不活化、の活性化、を介して腫瘍細胞のをもたらす。は肺癌リスクを増やすほかの主要因だが、は肺上皮癌とは別腫瘍である。

病理学的分類

肺・胸郭には上皮性腫瘍、軟部肉腫、性腫瘍、他臓器からの転移が生じる。原発性肺癌の中心は上皮性腫瘍である。

分類上の群 主な組織型 臨床上の位置づけ
一般的な上皮性腫瘍 腺癌、扁平上皮癌、など 臨床的には主にとして、組織型・病期・分子異常で治療を選択
肺 定型・、、 とはだが、別個の組織型

したがって、は臨床上しばしば側で扱われるが、分類ではとともに肺に位置づけられるため、単純な二分では捉えきれない。対はに有用な臨床的大別であり、の組織分類とは目的が異なる。12

腺癌

最も多い組織型で、非喫煙者、女性、若年者でもみられ、末梢発生が多い。腺管形成・を示し、IHCではTTF-1、などが診断を補助する。

扁平上皮癌

喫煙との関連が強く、中心部気管支に発生し局所浸潤しやすい。角化・を示し、p40、p63、CK5/6などが診断を補助する。

大細胞癌・大細胞神経内分泌癌

は、主としてで、腺・扁平上皮・神経内分泌への明確な形態学的・的分化を示さないとして診断する。小生検・細胞診で安易にとしない。はで、SCLCとは別の組織型である。3

SCLCの臨床病理

  • 高い、壊死、核のを示す。診断は形態を基本とし、を含むIHCは鑑別を補助する2
  • 診断時にまたはを伴うことが多く、原則として全身治療を軸に考える4
  • 化学療法・免疫療法への初期感受性が高く、ではを組み合わせる
  • 手術は絶対に行わないわけではない。2021年ESMO診療ガイドラインは、I・II(cT1〜2N0)に限り、の一環として多職種カンファレンスの決定のもとで手術を「検討しうる」としている(推奨の強さIII, B)。その場合、病理学的が必須で、目標は、未満の切除は推奨されず、術中はを行い、切除後はを行う5
  • ⚠️ ただし手術の位置づけは確立していない。米国NCIのPDQは「SCLCにおける手術の役割は証明されていない」とし、根拠が症例集積と人口ベース研究(C2)にとどまること、にをした無作為化試験(328例)でのが示されなかったことを併記している6

講義資料との違い:授業資料の「SCLCでは手術を行わない」は大多数の症例には当てはまるが、絶対則ではない。転移のない厳選した極早期例には手術の余地があり、ガイドラインも条件付きで残している。ただし無作為化試験が手術の効果を示したわけではないので、「行える例がある」と「行うべきである」を取り違えない。

NSCLCの臨床病理

早期では外科切除またはが根治選択肢となる。局所進行期はをに評価し、化学放射線、物療法、手術を組み合わせる。は分子標的薬、、性をと全身状態から選択する。

病期だけで「IIIAまでは全例手術、IIIB以降は非手術」と線引きできない。とくにIII期のはT・、完全切除の見込み、を多職種カンファレンスで評価する。

検体から診断まで

flowchart TD
  A["生検・細胞診検体"] --> B["形態学的診断"]
  B --> C["最小限のIHCで腺癌・扁平上皮癌・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neuroendocrine carcinoma'>神経内分泌癌</span>を分類"]
  C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumor burden'>腫瘍量</span>・核酸品質を確認"]
  D --> E["包括的<span class='jp-term jp-term-diagram' title='next-generation sequencing (NGS)'>次世代シーケンシング</span>"]
  D --> F["PD-L1免疫染色"]
  E --> G["標的可能ドライバー異常を同定"]
  F --> H["免疫療法適応の一要素"]
  G --> I["病期・全身状態と統合して<span class='jp-term jp-term-diagram' title='therapeutic options'>治療選択</span>"]
  H --> I

小さな生検では、診断IHCを必要最小限にし、分子検査用組織を温存する。血漿循環腫瘍は、生検不能時、組織不足時、再発・進行時の耐性評価や迅速な分子評価を補助するが、陰性でも腫瘍由来がないとは断定できず、可能なら組織検査で補完する。7

分子病理

主要な治療標的

進行非扁平上皮を中心に、次の異常を包括的に評価する。

  • EGFR
  • ALK、ROS1、RET、NTRK1/2/3、NRG1融合
  • BRAF V600E
  • KRAS G12C
  • METエクソン14
  • ERBB2()変異
  • そのほか臨床的に標的可能な異常

は複数遺伝子を同時評価でき、融合検出にはベース検査が有用なことがある。各異常の頻度は人種、喫煙歴、検査法、年代で異なるため、集団頻度から個々の患者の検査を省略しない。8

PD-L1

PD-L1は遺伝子変異ではなく、を確認したIHCで腫瘍細胞等の蛋白発現を評価するである。腫瘍割合スコアなどを用いるが、発現は不均一・時間変動しうる。異常と独立に評価し、治療歴・病期と統合する。9

進行扁平上皮癌でも、非喫煙、若年、混合組織などの臨床背景と地域指針に応じて包括的分子検査を行う。PD-L1検査だけで治療標的探索を終えない。

講義資料との違い:授業資料の「腺癌では複数遺伝子、扁平上皮癌ではPD-L1だけ」という区分は現在の検査戦略としては単純すぎる。PD-L1は遺伝子変異ではなくIHCでみる蛋白発現であり、扁平上皮癌でも臨床背景と検体に応じて包括的分子検査を検討する。

まとめ

  • 肺癌はSCLCとに大別するが、正確な組織型と病期が治療を決める。
  • SCLCは原則として治療する。手術はI・II(cT1〜2N0)の厳選例で検討しうるが(ESMO 2021、III, B)、無作為化試験の裏づけは無い。
  • 進行では組織を温存し、NGSによる包括的とPD-L1 IHCを行う。
  • PD-L1を遺伝子変異と混同せず、扁平上皮癌でも臨床背景に応じ分子検査を省略しない。

出典

  1. 1.Thoracic Tumours: WHO Classification of Tumours, 5th Edition, Volume 5(WHO Classification of Tumours Editorial Board(IARC)・2021)WHO第5版における肺上皮性腫瘍と肺神経内分泌腫瘍の分類閲覧 2026-08-02
  2. 2.The 2021 WHO Classification of Lung Tumors: Impact of Advances Since 2015(WHO Classification of Tumours Editorial Board・2022)WHO 2021肺腫瘍分類では形態を第一に、免疫組織化学と分子検査を補助に用い、肺神経内分泌腫瘍の分類概念が更新されたことを確認した。閲覧 2026-08-09
  3. 3.The 2015 World Health Organization Classification of Lung Tumors: Impact of Genetic, Clinical and Radiologic Advances Since the 2004 Classification(WHO Classification of Tumours Editorial Board・2015)大細胞癌の診断は、明確な形態学的・免疫組織化学的分化を欠く切除腫瘍に限定されることを確認した。閲覧 2026-08-09
  4. 4.Small-cell lung cancer(Nature Reviews Disease Primers・2021)小細胞肺癌は増殖が速く早期転移しやすく、多くが診断時に転移性である一方、早期例では根治的集学的治療が可能なことを確認した。閲覧 2026-08-09
  5. 5.Small-cell lung cancer: ESMO Clinical Practice Guidelines for diagnosis, treatment and follow-up(European Society for Medical Oncology・2021)2021年ESMO診療ガイドラインが、臨床病期I・II(cT1〜2N0)の小細胞肺癌では集学的治療の一環として多職種カンファレンスの決定のもとで手術を検討しうる(III, B)とし、手術を考えるなら病理学的縦隔病期診断が必須(IV, A)、目標はR0切除(III, A)、肺葉未満の切除は推奨しない(V, E)、術中は系統的リンパ節郭清(IV, A)、切除後は補助化学療法(IV, A)としていることを、全文で確認した。閲覧 2026-09-21
  6. 6.Small Cell Lung Cancer Treatment (PDQ®)–Health Professional Version(National Cancer Institute・2025)限局型・進展型小細胞肺癌の治療原則。本文は手術について、役割は証明されていない(エビデンスレベルC2)とし、化学放射線療法に肺切除を上乗せした無作為化試験328例で全生存期間の上乗せが示されなかったことを挙げている。手術が有利でありうる集団の記述は「肺原発巣または肺と同側肺門リンパ節に病理学的に限局した小さい腫瘍」までで、T1〜2N0という病期表記や肺葉切除・系統的リンパ節郭清の語は本文に無い(2025年5月14日更新版を取得して確認)。閲覧 2026-08-02
  7. 7.The evolving landscape of biomarker testing for non-small cell lung cancer in Europe(European NSCLC biomarker testing expert group・2021)進行非小細胞肺癌では迅速かつ包括的なバイオマーカー検査が必要で、進行時の再生検と循環腫瘍DNAが耐性機序や後治療の選択に役立つことを確認した。閲覧 2026-08-09
  8. 8.IASLC Atlas of Molecular Testing for Targeted Therapy in Lung Cancer(International Association for the Study of Lung Cancer・2023)進行非小細胞肺癌で評価する治療標的遺伝子異常と分子検査の原則閲覧 2026-08-02
  9. 9.PD-L1 and TMB Testing of Patients With Lung Cancer for Immunooncology Therapies(College of American Pathologists・2024)肺癌の免疫療法選択に用いる妥当性確認済みPD-L1免疫組織化学検査閲覧 2026-08-02