疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 精神 · 病態

急性ストレス障害

Acute stress disorder

臓器系
精神
科目
Psychiatry
トピック
精神医学 B-02:心的外傷後ストレス障害:病因・疫学・診断・経過・鑑別・治療
鑑別疾患
心的外傷後ストレス障害
症状
悪夢不安動悸

🧠 全体像は、と同じ心的外傷への反応を、外傷後3日以上1か月未満という狭い時間の窓で切り取った診断である。侵入・陰性気分・解離・回避・覚醒亢進という5カテゴリー計14症状のうち9症状以上という高い閾値を要求する点がPTSDと異なり、1か月を超えて症状が続けばPTSDへ診断が切り替わる。ただし、この診断を「PTSDの前段階」と単純化してはいけない——を経ないままPTSDを発症する人も相当数おり、スクリーニングのとしては見逃しの多い不完全な指標である。

概要・定義

は、実際のまたは脅かされた死・重傷・への曝露(直接体験・・近親者への発生を知ること・職務上の反復曝露を含む)のあと、・陰性気分・・回避症状・覚醒症状という5つの症状カテゴリーから合計9症状以上が出現し、3日以上1か月未満持続する病態である1。1か月を超えて症状構造を満たせば、への切り替えを検討する。

症状カテゴリー 代表例
苦痛な記憶の反復、刺激への強い心理・身体反応
陰性気分 陽性の感情(幸福、満足、愛情など)を持続的に体験できない
、出来事の重要な部分を思い出せない解離性健忘
回避症状 外傷に関する記憶・思考・感情の回避、それらをさせる人物・場所・会話の回避
覚醒症状 睡眠障害、、過度の警戒心、、過剰な

💡 PTSDの4症状群(侵入・回避・認知気分の陰性変化・覚醒)と違い、カテゴリーごとの必要数を定めず、5カテゴリー合計で9症状以上という数え方をする。カテゴリーの偏りを気にせず、症状を横断的に数える診断である。

PTSDとの関係:不完全なスクリーニングという限界

⚠️ と診断された人の一部は、その後PTSDへ移行する——研究によっては変換率が50〜80%に達すると報告されている1。しかし、この関係を逆向きに読んではいけない。PTSDを発症する人の少なくとも半数は、外傷直後の急性期にASDのを満たしていない2。縦断研究の蓄積により、の診断はPTSDへの「中程度の予測力しか持たない」ことが示されている2

flowchart TD
    A["心的外傷への曝露"] --> B["急性期の侵入・陰性気分・解離・回避・覚醒症状"]
    B --> C{"9症状以上を3日〜1か月満たすか"}
    C -->|"はい"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute stress disorder'>急性ストレス障害</span>と診断"]
    C -->|"いいえ<br>(ASD基準は満たさない)"| E["急性ストレス反応として経過観察"]
    D --> F{"1か月を超えて症状構造を満たすか"}
    F -->|"はい"| G["PTSDへ診断を切り替え"]
    E --> H["一部はASD基準を経ずに<br>1か月後PTSDの基準を満たす"]
    H --> G

⭐ この非対称性の実務的な含意は明確である。の基準を満たさなかったからといって、後のPTSD発症を除外してはいけない。 ASDは「PTSDへの入り口を示す診断」の一つではあっても、「PTSDの前段階を全例で捉える網」ではない。曝露歴のある患者は、急性期にASD基準を満たすかどうかにかかわらず、1か月・3か月時点でのと症状評価を続ける必要がある。

鑑別診断

疾患 区別の鍵
外傷後1か月を超えて症状構造を満たす。役割分担は本ノート参照
ストレス因はあるが、の外傷基準・症状構造(9症状以上)を満たさない
正常な急性ストレス反応 症状はあるが9症状の閾値に届かない、または3日未満で軽快する
うつ病 陰性気分は共通するが、外傷特異的な侵入・が中心ではない
・意識障害の有無、所見を確認する

治療

外傷焦点化が、後のPTSDリスクを下げる治療として挙げられている1。一方、そのものの治療として確立した薬物療法は存在しない1。安全の確保、睡眠、支援の調整といった急性期の実際的支援を土台に、必要に応じてへつなぐ。

⚠️ 全員に外傷体験を詳細に語らせる単回のは、PTSD予防としては推奨されない(詳細はを参照)。の段階でも同じ注意が当てはまる。

まとめ

  • は、外傷曝露後3日以上1か月未満、侵入・陰性気分・解離・回避・覚醒の5カテゴリー計14症状のうち9症状以上というを持つ。
  • 1か月を超えて症状構造を満たせば、診断はPTSDへ切り替わる。
  • ASDと診断された人の50〜80%が後にPTSDへ移行するとされる一方、PTSDを発症する人の少なくとも半数は急性期にASD基準を満たさない——ASDはPTSDのスクリーニングとして見逃しの多い不完全な指標である。
  • ASD基準を満たさないことをもってPTSD発症の除外に使ってはならず、曝露歴のある患者は基準充足にかかわらず経過を追う。
  • 外傷焦点化が後のPTSDリスク低減に挙げられる一方、ASD自体に確立した薬物療法はない。

出典

  1. 1.Acute Stress Disorder(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2022)DSM-5-TR診断基準の核心(実際のまたは脅かされた死・重傷・性暴力への曝露のあと、侵入・陰性気分・解離・回避・覚醒という5カテゴリーから合計9症状以上が3日から1か月持続すること)、ASDと診断された人の50〜80%が後にPTSDへ移行すると報告する研究がある一方でPTSDの診断にASDの既往は必須でないこと、後にPTSDを発症する人の多くが外傷後最初の1か月間に完全なASD基準を満たしていないこと、外傷焦点化認知行動療法が後のPTSDリスクを下げる治療として挙げられる一方でASD自体の治療に確立した薬物療法がないこと閲覧 2026-08-12
  2. 2.Post-traumatic stress disorder: a state-of-the-art review of evidence and challenges(World Psychiatry・2019)PTSDを発症する人の少なくとも半数は急性期にASDの基準を満たしていないという記述があり、ASD診断がPTSDへの縦断研究で「中程度の予測力しか持たない」ことが示されたこと、DSM-5でASDの診断要件が特定の症状クラスターの充足を必須としない形に変更された背景に、人々が急性期のストレス反応を多様な形で経験するという認識があったこと閲覧 2026-08-12