疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 耳鼻咽喉科 · 先天性疾患

上半規管裂隙症候群

Superior semicircular canal dehiscence syndrome

臓器系
耳鼻咽喉科
科目
ENT
トピック
耳鼻咽喉科 07:前庭系の解剖・生理と調和性・非調和性前庭症候群耳鼻咽喉科 17:耳硬化症の臨床像・診断・治療
鑑別疾患
外リンパ瘻耳硬化症
症状
伝音難聴めまい耳鳴

🧠 全体像症候群は、を覆う骨が欠損することで内耳に「第三の窓」ができる病態である。内耳は本来、から入ったへ抜ける閉鎖系だが、の骨天蓋に穴が開くと、そこがもう1つの低経路として働き、音・圧刺激のエネルギーが本来と違う経路へ逃げる。結果として、自分の内部音が異常に大きく聞こえる自声強聴・自己音響過敏、音・圧刺激で誘発されるTullio現象・Hennebert徴候、そしてとまぎらわしい低音域のという3つの症候が生まれる。決定的な鑑別点は、では説明できないの見かけ上の低下(マイナスになることさえある)である。

病態:第三の窓

内耳()は本来、で満たされたで、から入った音の振動エネルギーは蝸牛を通ってから抜ける一方通行の経路をとる。の骨天蓋(底に接する部分)が薄く欠損すると、この閉鎖系にもう1つの低経路=「第三の窓」ができる1

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='superior canal'>上半規管</span>を覆う骨天蓋の菲薄化・欠損"] --> B["内耳に第三の窓ができる"]
    B --> C["音・圧エネルギーが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='round window'>正円窓</span>以外にも逃げる"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bone conduction (BC)'>骨導</span>音が内耳へ伝わりやすくなる"]
    D --> E["低音域で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bone-conduction threshold'>骨導閾値</span>が見かけ上低下(陰性化しうる)"]
    C --> F["音・圧刺激で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endolymph'>内リンパ</span>が異常に動く"]
    F --> G["Tullio現象:強大音でめまい・眼振"]
    F --> H["Hennebert徴候:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pressure overload'>圧負荷</span>でめまい・眼振"]
    D --> I["自分の眼球運動・足音・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mastication'>咀嚼</span>音・心拍が大きく聞こえる<br>自声強聴・自己音響過敏"]

この「第三の窓」という機序はの破裂による窓)とも共通するが、症候群ではの漏出そのものは起こらない点が異なる。

臨床像

  • 自声強聴・自己音響過敏:自分の眼球運動、足音、音、げっぷ、腹鳴が異常に大きく聞こえる1を伴うこともある。
  • 音・めまい:強大音で誘発されるTullio現象、や気圧変化(、航空機搭乗)で誘発されるHennebert徴候。誘発時には罹患したの平面に一致した眼振を認める。
  • 、慢性の・平衡不安定感。

診断

で低音域(250・500・1,000 Hz)に大きなを認めるが、とは異なりは正常に保たれることが多く、これが鑑別点になる。さらに低音域のが正常より良好(見かけ上低下)し、症例によってはマイナス(陰性)になりうる点が、では説明できない決定的な違いである1

Bárány Societyのでは、次のA・B・Cすべてを満たして確定診断とする2

領域 満たすべき所見(いずれか1つ以上)
A:症状 音に対する過敏、音誘発性めまい/眼振、めまい/眼振、
B:生理学的検査 音・中耳圧変化で誘発される罹患平面の眼振、での低音域の陰性の反応増強(低い頸部VEMP閾値または高い眼球VEMP振幅)
C:画像検査 したの裂隙を確認

画像は1 mm未満、理想的には0.625 mm以下のスライス厚で撮影し、の走行に沿ったPöschl断面と、それに直交するStenvers断面へ再構成して評価する1

⚠️ の解剖学的検討ではは0.5%程度だが、では無症候例を含め最大9%に「裂隙のようにみえる」所見が見つかりうる1画像だけで裂隙が見えても、症状・生理学的検査を満たさなければ診断確定としない(Bárány基準のA・B・Cすべてを要する)。

耳硬化症との違い

項目 症候群
機序 による第三の窓 による
低音域の 見かけ上低下し、マイナスになりうる (2 kHz付近の見かけ上の低下)はあるが陰性化はしない
正常に保たれることが多い によりなし・異常
特徴的な誘発症状 Tullio現象・Hennebert徴候、自声強聴 通常はめまいの誘発は目立たない
確定に用いる画像 のPöschl・Stenvers断面再構成 前方のなど)

治療

薬物治療で第三の窓そのものを閉じることはできない。症状が軽ければ音・圧刺激の誘因を避けて経過観察するが、耐えがたい難治性の症状がある場合は手術を検討する。アプローチによる管術(欠損部を骨・軟骨・筋膜などで塞ぐ)が代表的な術式で、低い再発率が報告されている。症候性患者のおよそ半数が最終的に手術を選択したとする報告がある1

まとめ

  • 症候群は、が内耳に「第三の窓」を作り、音・圧エネルギーが異常な経路へ逃げる病態である。
  • 自声強聴・自己音響過敏、Tullio現象・Hennebert徴候、低音域のが3つの柱で、低音域がマイナスになりうる点がとの決定的な違いである。
  • Bárány Societyのは、症状・生理学的検査(VEMP異常を含む)・での裂隙確認の3領域すべてを満たすことを求める。
  • 治療の根治は手術(アプローチによる管)のみで、薬物治療は誘因回避などの対症的な位置づけにとどまる。

出典

  1. 1.Superior Canal Dehiscence Syndrome: Lessons from the First 20 Years(Frontiers in Neurology・2017)側頭骨の解剖学的検討では上半規管の骨欠損(裂隙)の有病率は0.5%(側頭骨標本約1,000側頭骨中)だが、高分解能CTでは無症候例を含め最大9%に裂隙が見つかりうること。診断は1 mm未満、理想的には0.625 mm以下のスライス厚で撮影しPöschl断面・Stenvers断面へ再構成した側頭骨CTで行うこと。自己音響過敏の典型例として自分の眼球運動・足音・咀嚼音・げっぷ・腹鳴が大きく聞こえることが挙げられること。手術は中頭蓋窩アプローチによる管プラグが低い再発率を示し、症候性患者のおよそ半数が手術を選択すること閲覧 2026-08-11
  2. 2.Superior semicircular canal dehiscence syndrome: Diagnostic criteria consensus document of the committee for the classification of vestibular disorders of the Bárány Society(Bárány Society (Journal of Vestibular Research)・2021)診断基準はA症状(骨導音に対する過敏、音誘発性めまい/眼振、圧誘発性めまい/眼振、拍動性耳鳴のいずれか1つ以上)、B生理学的検査(音・中耳圧変化で誘発される罹患半規管平面の眼振、純音聴力検査での低音域の陰性骨導閾値、前庭誘発筋電位の反応増強〈低い頸部VEMP閾値または高い眼球VEMP振幅〉のいずれか1つ以上)、C画像検査(多断面再構成した高分解能側頭骨CTで上半規管の裂隙を確認)の3領域すべてを満たすことで確定診断すること閲覧 2026-08-11